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🔖災いの月光



 クリスタルの力は眠っていたバブイルの塔を蘇らせ、次元エレベーターから現れたのは破壊の巨人だった。今はエブラーナ王国近域を焼き払い暴れているが、じきにバロンや他の国にも辿り着くだろう。
 塔の窓からリツはそれを眺めていた。彼の心に、ゴルベーザに手を貸したことへの後悔は感じられない。
「ゴルベーザ様は、なぜ世界を破壊したいんですか?」
 その憎しみの根源はどこにあるのか、それは本当にあなたの意思なのか。ゴルベーザは心なしか呆然として、巨人の暴走をただただ見つめている。
 リツは弱者を殺しても正義に悖ることを為しても気に留めない。それで大切なものが守られるならば、いくらでも手を汚せるのだ。
 しかしあの破壊の先には何もない。放っておけば巨人はリツの故郷も焼き尽くすだろう。そしてゴルベーザが欲しがっていた“何か”も壊れてしまう。
「あなたの目的は何なのですか? 何のために、何を憎んでいるのですか?」
「私は……すべてを……、世界のすべてを……憎む! どれほど焦がれても手に入らぬ、あの美しき青き星を破壊し尽くすのだ!」
「でも、あれはあなたの故郷だ」
 彼には故郷がない。それを手に入れるためにクリスタルの力を求めたのだと言っていたのに。欲しいものを壊すのでは矛盾している。ゴルベーザの行動は、想い人を手に入れたいがために親友を殺そうとした俺の行いと、よく似ている。

 取り憑かれている人間というのは思いの外、弱いものだ。これは自分の肉体だという思い込みが安心感と油断を招く。「俺が本気でこの肉体を乗っ取る気ならカインの精神を消滅させるのは簡単だ」とリツは言った。
「あなたの言動は矛盾している。思うに、たぶん俺のような誰かに精神を……」
 乗っ取られているのではないか。リツがそう言いかけた時、遠くで轟音が響いて巨人が動きを止めた。バロンの飛空艇にどこから現れたのかドワーフの戦車隊が巨人に攻撃を加え、見慣れぬ大きな船がその様子を窺っている。
 セシルたちが乗っているのだろうか? 山をも崩す光線を食らえば飛空艇も戦車も一瞬で塵と化すだろう。外から巨人に挑むなど無謀だ。あの中に侵入し、内部から破壊するつもりか。
「魔導船が……おのれ! よくも巨人を!!」
 激情に駆られ、ゴルベーザはどこへともなく転移していった。残されたリツは途方に暮れる。
「……えっと、俺は徒歩であそこに乗り込めと?」
『さすがに俺の体でもあれに飛びつけるほどの脚力はないぞ』
 遠目にはよく分からんが巨人の全長はバブイルの塔とほとんど同じくらいに見える。いや、地底部分を除けば塔の半分ということになるか。何でもいいが、空から飛び移らなければ侵入は不可能だ。
 ならば今からドックに向かって飛空艇を拝借するかと踵を返しかけたリツのもとに、漆黒の竜が飛来する。
「黒竜! よかった、巨人のところへ連れて行ってくれ!」
『ゴルベーザを止めるのか?』
「彼自身か、操っている者か。どっちに仕えるかだなぁ」
『考えるまでもなかろう』
 無意味な破壊をもたらしているのは“操っている者”の方だ。そいつがゴルベーザ自身の望みをも阻害している。
「……そうだな。ゴルベーザ様をお助けしなければ」

 黒竜は飛び交う砲撃と光線を華麗に避け、きりもみ回転しながら巨人の心臓部めがけて突っ込んでゆく。
 必死でしがみついているリツは「テレポ使えるなら白魔法を勉強すりゃよかった」と嘆いているが、どちらにせよ俺の体では使えんということに気づかないほど焦っているようだ。
 巨人の歩みが止まっていることだけ唯一の救いか。ゴルベーザが“魔導船”と呼んだあの謎の船は少し離れたところでホバリングしている。セシルたちは既に内部に入り込み、動力部の破壊を試みているらしい。
「くそ、どこから入ればいいんだ!」
『やはり口からではないか?』
「気分的に嫌なんだけど」
『他の穴よりはマシだろう』
「……」
 どこを想像したのか涙目になりつつリツは黒竜を巨人の頭部へ向かわせる。目から光線が出ているのでかなり危険だが、なんとか避けて暗い口中に飛び移った。
 乗り込むための入り口があるということは、こいつは単なる化け物ではなく誰かが造った兵器ということだ。伝承では“母なる大地に大いなる恵みと慈悲をもたらさん”じゃなかったか。これでは真逆だ。
「これの製作者はバブイルやゾットを建造したのと同族なんだろう。技術と文明の発展を恩恵と称してるのか、巨人による速やかな死を慈悲としているのか」
『ゴルベーザが求めていたのは前者だったのかもしれんな』
「どちらにせよ、こんなものを造ってしまうほどの文明は毒にしかならないと思うが」
 ゴルベーザは故郷が欲しいという願いを利用され、歪められた願望は憎悪に変わり果てたというわけか。彼に取り憑いたものがリツ程度に良心を持っていれば、こうまで泥沼に陥ることもなかったろうに。

 雑魚を蹴散らし、道中で彷徨いていた機械竜を手懐けながらセシルたちを探す。途中で制御システムが破壊されたらしく辺りの壁が崩れ始めた。
「や、やべーぜ! 早く脱出しねぇと崩れちまう!」
「でもどこから出るの!?」
 エッジとリディアの声が壁の向こうから聞こえてきた。入れ違いにならなかったのはありがたいが、入ってきたところから出ればいいのではないか?
「セシル、こっちだ!」
「カイン!?」
 壁をぶち破って現れた俺の姿に彼らは瞠目する。わけも分からないながらついてこようとしたセシルとローザを引き留めたのはエッジだ。当然ではあるが、彼とリディアは俺を警戒して距離を取ろうとしている。
「その手にゃ乗んねーぜ!」
 ここで悠長に釈明をしている余裕はない。早く逃げなければ巨人と心中だ。見たところ、かなり消耗しているらしくローザもテレポを唱える力がなさそうだった。
「話は後だ! 死にたくなければ来い!」
 セシルが無言で頷き、ローザは振り向いてあとの二人を促した。
「ついて行きましょう」
「でもよ、そいつは……」
「急いで!」
 見たことのない種だがリツと相性のいいドラゴンが複数いて助かった。俺は黒竜に乗り、他の皆は機械竜に乗せて巨人の口から脱出する。待機していた魔導船へと避難する背後で、バブイルの巨人は崩れ去った。


🔖


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