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🔖歪な精神



 シドとヤンが生きていると知った時からリツの様子がおかしい。エンタープライズの改造が終わって封印の洞窟を目指す頃には、彼の声がまったく聞こえなくなっていた。
 ただ口を閉ざしているだけなのか、俺の頭がおかしくなったのか、それとも彼は消えてしまったのか。
 いや、考えてみれば頭の中で他人の声がするという状態の方がおかしいんだ。自分の思考で埋め尽くされている今こそ正常な状態であるはずだった。だが俺を解き放ってくれたのはリツだ。
 もはや彼がいないということに焦りと不安を感じるほど、彼の存在は俺に馴染んでいる。
 ローザへの想い、セシルへの嫉妬も……秘めていた心がようやく融解したのはリツのお陰だった。彼が喧しく嫌味を吐き、皮肉を言い、怒りを発し、憎しみを解放してくれたお陰なんだ。

 王女の首飾りを掲げ、封印の解かれた洞窟内を進む。
「ゴルベーザの手勢と鉢合わせするかと思ったのに、いないみたいだな」
「確かに変ね。ここまできて諦めたとも思えないけれど」
「ルビカンテも倒したんだ、ここに割くほど人手がいないんじゃねーの?」
 エッジの言う通り、ドワーフの戦車隊が今もバブイルのモンスターと対峙しているのでクリスタル捜索に割く人員が足りないというのはあり得る話だ。
 しかし……ゴルベーザにとって重要なのはクリスタルを手に入れることだけだ。他の何も見えてはいないようだった。彼自らここにいたとしてもおかしくはないのだが……。
 洞窟が破壊されて強引に奪われるよりも先にクリスタルをドワーフ城に移す、その選択は本当に正しいのかと不安になるセシルの気持ちも分かる。また罠が仕掛けられているのかもしれない。だからリツも黙っているのか。
 内部には、クリスタルを侵入者から守っているだけあって強力なモンスターが嫌というほど彷徨いていた。リツの助言が欲しいところだが彼は沈黙を貫いている。

 封印の中で力を蓄えていたらしい、雑魚とは言い難い強敵や扉に取り憑いたモンスターの相手に手間取りながらもなんとか洞窟の最深部に到着した。しかしセシルがクリスタルを手に取った瞬間、辺りが揺れ始める。
「く、崩れちゃうの!?」
「いや……壁が迫ってくる!」
 ゴルベーザの罠かとも思ったが、これは侵入者対策なのだろうか? どうせなら首飾りを持つ者には反応しないようにしておいてほしかった。
「クリスタルを奪った後も安心するなというわけか」
「襲ってくるなら、ブッ壊すまでよ!」
 迫りくる壁、悪魔が取り憑いた洞窟……何か引っかかる。そういえば、バロン城でもこんなことが起こらなかったか。確かセシルたちに倒されたカイナッツォが、最後の悪足掻きとして壁に呪いをかけて押し潰そうとしたんだ。
 本当に侵入者対策の罠なのか? ドワーフの証を持つ者でなければ入れない洞窟だというのに。
「カイン、危ない!」
「!!」
 セシルの叫び声で我に返った時には壁が眼前に迫っていた。咄嗟に槍で防ぐが吹き飛ばされ、床に叩きつけられる。……俺はいつから右手に槍を持っていたんだ?
 体勢を立て直し、ローザのスロウで壁の動きを止めて俺たち前衛が気を逸らす。その隙にリディアが召喚魔法を唱えると、幻獣王の大津波によってなんとか壁は破壊された。
「やったぁ! 止まった!」
「へっ、一昨日きやがれってんだ!」
「カイン、大丈夫か?」
『ああ……』
 回復魔法をかけてもらったが、妙な悪寒が止まらない。目眩がして景色が歪む。自分の体がうまく動かせない。不安なのは、リツに支配されている時の感覚ともまた違うことだ。

 ふらつきながらもセシルの後をついて洞窟の入り口へと戻る。外に出て、遥か北にバブイルの輝きを目にした瞬間、聞き慣れない声が頭の中に響き渡った。
ーーすべてを憎め。すべてを破壊せよ。我が怨念で世界を覆えーー
 リツではない。だが……微かに覚えがある。バロン城で初めてゴルベーザの姿を見た時にも、この声は語りかけてきた。
 いや、本当はずっと聞こえていたんだ。心の闇を肥やし、憎しみを弥増す甘美な囁きは……。今まではリツが防波堤になっていたに過ぎない。
 耐え難い頭痛がして思わず膝をついた俺のもとにセシルが駆け寄ってくる。クリスタルは、剣帯にくくりつけられている。
「……帰って来い、カイン……。そのクリスタルを持ち、私の元へ……」
「ゴルベーザ!?」
「野郎、どこにいやがる!」
 死人に精神魔法は効かないんじゃなかったのか。リツは本当に消滅したのか。それとも彼が、ゴルベーザのもとへ行きたがっているのか。
 ローザが腕に縋りつき、俺の精神を守るべく祈りを捧げる。彼女の光を浴びるごとにリツの気配が遠ざかってしまう気がした。
『……分かった。好きにしろ、リツ』
「カイン、しっかりして!」
「……大丈夫だ。俺は……正気に戻った!」
 ローザの手を振り払い、セシルからクリスタルを奪う。空から漆黒の影が飛来した。黒竜が迎えに来たようだ。
「月は満ちた……。これでバブイルの塔は完成する。約束の時が訪れるのだ。さあ、戻ってこい……」
「駄目だ、カイン! 耳を貸すな!」
「てめえ、待ちやがれ!」
 上空に留まった黒竜のもとへ跳躍する。闇そのもののごとく冷たい鱗が心地好い。……仲間の熱よりも。あとは振り向くこともなく北の空へ向かって駆けた。

 黒竜に乗ってバブイルに帰り着く。塔は不気味な光を放ち侵入者を拒んでいたが、クリスタルを掲げると俺たちを迎え入れるようにバリアが消えた。
「あの時も、セシルが触れるとバリアは消えたんだよな」
『……ルビカンテを追って来た時か?』
 確かにあの時もバブイルは封印されていたが、エッジが壁抜けの術だとかいってバリアをすり抜けたので俺たちも容易に侵入できたのだ。
「忍者がどうやって抜けてるのかは知らない。でもこのバリアは何人も寄せつけないはずなんだ。セシルが触れた時……今、クリスタルを掲げたみたいに、バリアが消えて……」
 リツが何を気にしているのかは分からないが、もはや半身とも言える彼の声がいつものごとく聞こえることに安堵する。まあ、話しているのは“俺”の声なのだが。
『なぜずっと黙っていたんだ』
「いや、幽体離脱できないかと思ってチャレンジしたら、昇天しそうになってただけ」
『ば……馬鹿か!? 二度とやるな』
「そう怒らなくても。俺のやりたいこととカインのやりたいことは食い違うし、取り憑いてるのが申し訳ないなと思っただけだよ」
 今更そんなことを気遣ってもらわなくても結構だ。急にいなくなる方が不安になる。第一、俺の内心とリツの行動は……それほど食い違ってもいないぞ。
「四天王も死んで、モンスターは生きててはいけないとか言われて、そのくせヤンやシドやギルバート王子まで生きてるし、これでもいろいろ考えてるんですよ。もうカインには俺の従妹と結婚してもらって領地ごと託して成仏しちゃおうかな、とかさ」
 最後のところは聞かなかったことにしておく。お前の従妹、やっと十一歳になったばかりだろうが。

 バブイルの中枢にクリスタルの台座が八つ、備えられている。ゴルベーザはそこで待っていた。
「闇のクリスタルをお持ち致しました」
「御苦労だったな」
 彼はあまり俺をカインと呼ばない。中に別人の存在があると知っているからだ。どこまで区別がついているのかは分からないが……。
 他人の体にあって他人の名で呼ばれ続けるのは辛いものだろう。リツがセシルたちを厭い、ゴルベーザのもとへ来たがるのはそれも原因の一つかもしれない。
 ゴルベーザが最後のクリスタルを空いた台座に置くと、塔が唸りをあげ始めた。バブイルに満ちている魔力をクリスタルに注ぎ込み、ただでさえ異様なほどの力を更に増幅しているようだ。
「これで月への道が開かれるのですか」
「そうだ。そして月の眠りを覚まし、私の求める力が手に入る。ようやく……」
 抽象的すぎてどうにもよく分からない。おそらくゾットやバブイルに匹敵する技術力を用いた兵器か何かの封印を解いているのだろう。だが、それを使ってゴルベーザは何をするつもりなんだ。
 彼の動機は些か不自然だった。以前リツが言っていたこと、そして先ほど聞こえた声の正体も気にかかる。

 クリスタルとバブイルが共鳴し、力が満ちるまでには時間がかかる。月の光が射し込むまで……。台座に安置された石の輝きを見つめながらリツは詩のようなものを諳じた。
「竜の口より生まれしもの天高く舞い上がり、闇と光を掲げ、眠りの地に更なる約束を持たらさん。月は果てしなき光に包まれ、母なる大地に大いなる恵みと慈悲を与えん……」
「ミシディアの伝承を知っているのか?」
「かの国に留学していた知人がおりますので」
 それはリツ自身のことだ。剣の腕前は知らないが、魔法や魔物についての造詣はかなり深い。近衛として、強くなることに貪欲だったのだろうな。
「約束の時、月から何がやって来るのでしょうか」
「それは、私の……!」
 答えようとした刹那、黒い甲冑が俄に傾ぐ。苦し気に膝をついた彼を慌てて支えた。まるでさっきの俺自身のようだ。目眩をおぼえ、立っていられないほどの頭痛と……もしやあの声はゴルベーザにも聞こえているのか? いや……。
『あの声が、ゴルベーザを操っているのか?』
「もうすぐだ。もうじきに、我が憎しみも……」
 ふとリツの気配が変わる。慇懃な近衛ではなく気を抜いた普段の彼は、目の前の何者かに問いかけた。
「あなたは、なぜセシルを殺さないんだ?」
「何を言っている?」
「……いえ、何でもありません」
 僅かにではあるが、ゴルベーザはリツの言葉に動揺しているらしかった。彼がセシルを、殺さない? ……言われてみればそうかもしれんな。チャンスは何度もあった。本気になれば骨も残さず焼き払うだけの力が、ゴルベーザにはある。
 彼も俺たちと同じなのか。自分の中に、別人の心がある。歪な存在だ。そしてゴルベーザの中にいる者は、リツと違って彼自身の意思を食い潰そうとしているようだ。


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