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🔖螺旋の牢獄



 地底へ通じる大穴は塞がった。クリスタルを取り戻すにせよ、残る一つを守るにせよ、今度はバブイルの地上部から乗り込まなければ地底には戻れない。
 とはいえ塔の周辺は断崖絶壁になっており、飛空艇はもちろんのこと徒歩でも容易には近づけなかった。
 突破口を探して彷徨いていると、エブラーナ大陸の西部にバブイルまで続いていそうな洞窟を発見する。
 洞窟の内部には負傷したエブラーナ兵と避難民で溢れていた。彼らの城はルビカンテによって破壊され、生き残った住民はこの洞窟へ逃げ込んだらしい。そしてバブイルまで抜け道を掘り、反撃を試みているという。
 ルビカンテが今もエブラーナを攻めているなら、その軍勢が出てくる場所から塔に潜入できるはずだ。俺たちはエブラーナの民が掘った洞窟を更に奥へと進むことにした。

「負傷者が増えてきたわね……」
 通路を進むにつれモンスターが増え、傷ついて倒れているエブラーナ兵の姿が散見する。セシルとローザが回復魔法を唱えると、彼らは傷が治りきってもいないうちから洞窟の奥へ向かおうとした。
「まだ動いては駄目よ!」
「皆のところに戻って養生するんだ」
 俺たちがルビカンテと戦うつもりだと知ると兵士たちは項垂れた。どうやら敵はこちらの行動に気づいているようだ。洞窟を通って塔からモンスターが攻め寄せている。
 入り口付近には女子供や老人が隠れていた。ここで踏み留まってモンスターを食い止めていたのだが、エブラーナの王子が先走ってバブイルに突っ込んでしまったらしい。
「若様は、熱くなると見境がなくなって……」
 モンスターの群れに阻まれ、彼らは後を追うことができないでいる。どうせ塔に向かうのだ、ついでに王子を見つけて引き返させればいいだろう。
「彼のことは僕らが引き受ける。君たちは民を守ってやれ」
「お、お願いします、若様を……!」
「任せろ」
 ルビカンテは四天王最強の男。一人で挑むには無謀すぎる相手だ。急がなくては。

 ひたすら洞窟を駆け、モンスターの姿もなくなったところで奥から人の声が聞こえてくる。
『戦闘中だな。この壁の向こう……まっすぐ行って分かれ道を左』
「セシル、こっちだ!」
 リツは火属性と相性がいいらしく、入り組んだ洞窟でもルビカンテの居場所を探り当ててくれた。角を抜けたところで火燕流が躍り、蹲っている人影の向こうにルビカンテが立っている。
「確かに自信を持つに足る強さだ。しかし私には未だ及ばぬ。己を鍛えて出直すがいい。いつでも相手になるぞ」
「待ち……やが、れ……!」
 転移魔法で去り行くルビカンテを追おうとしたエブラーナ王子だが、全身に火傷を負って動けずにいた。
「動かないで! 回復魔法をかけるわ」
「ちきしょう、あの野郎……。借りは……絶対に返してやる!」
 ローザがケアルを唱えるのも待たずに王子はルビカンテの後を追うべく立ち上がる。若様は熱くなりやすいとか言っていたが、エブラーナの者は皆血気に逸りやすいのではないか。
「一人では無理だ。君も奴の強さを味わったろう」
「ヘッ! 俺をただの甘ちゃん王子と思うなよ。親父から受け継いだ忍術で……」
 血を流しながらボロボロの体で歩き出そうとする姿を見、幼い精神で人の死に向かい合いすぎたリディアが限界を迎えた。
「いい加減にして! もうこれ以上死んじゃうのは、いやよ!」
「お、おい……?」
「テラのお爺ちゃんも、ヤンも……シドのおじちゃんも! みんな……みんな!」
 泣き出してしまったリディアにさすがの王子も戸惑い立ち止まった。

 エブラーナについては交流もないためよく知らないが、城を焼け出された身で単身ルビカンテに挑もうというのは無謀でしかない。
 気まずそうにリディアから目を逸らした王子はやっと大人しくローザの治療を受け始めた。
「僕たちはなんとしても敵の奪ったクリスタルを取り戻さなくてはならないんだ。君に力があるなら尚更、協力してくれないか」
「……こんな綺麗な姉ちゃんに泣かれたんじゃ、しょうがねえ。ここは一発……手を組んでやろうじゃねーか」
「まったく、減らず口を言える傷ではないだろうに」
『王子とは思えない気安さだな』
 リツの苦手なタイプかと思ったが、声音は意外にも好意的だ。彼の好みはよく分からん。平民染みた性格は嫌いなのかと思っていた。
「私に治せるのはここまでね。本当は安静にしているべきなのだけれど」
「ありがとよ、あんたも可愛いぜ」
 傷が癒えた王子は軽くローザを口説いて塔への道を歩き出した。
「おっしゃ! そんじゃ改めて、俺はエブラーナのエッジ様だ。仲良く乗り込むとしようぜ!」
「調子いい人ね」
『セシルが軽く殺気を放ってるけど』
 それに関して俺は止めんぞ。見て見ぬふりをさせてもらう。

 自分で言うだけあってエッジは確かに腕が立つようだ。さすがにリディアの黒魔法ほど威力はないが、素早い立ち回りで放たれる忍術は敵の撹乱にも雑魚の掃討にも役立っている。
 強力なモンスターが跋扈するバブイルの塔を登り続け、本当にルビカンテが持っていることを願いつつクリスタルを探す。そんな折、塔の中途でルゲイエの研究室だったと思われる部屋を見つけた。
 クリスタルはなかったが、代わりに高貴な服を纏った人間の男女が俺たちを……というよりエッジを見て立ち上がる。
「親父! おふくろ! 生きてたのか!」
「よかった……、お前も無事だったのね……」
 エブラーナの王と王妃か。洞窟に避難していた民が敵に攫われたと言っていたが、幸いにも無事だったようだ。
『あれはモンスターだな』
「……、何?」
『人間の気配じゃない。魔力も異様に高すぎる』
 そんな風には見えなかったがリツが嘘をつく理由もない。敵の罠だとすれば、あれは偽者なのか?
「お前もいらっしゃい」
「私たちと一緒に」
「いらっしゃいって、どこへ?」
「待て、不用意に近づくな」
「危ない!」
 威厳に満ちた表情が醜悪に歪み、エブラーナ王は手刀を振りかざした。間一髪で避けたエッジの足元に風圧で亀裂が入り、呆けている彼を庇ってセシルが立ちはだかる。

 カイナッツォのように偽者が化けているのであればよかったが、彼らはどうやら本物の王と王妃だ。ただし精神に異常を来している。
 人間の形を留めていた肉体は歪み始め、エッジの目の前でモンスターへと変貌した。
「ど、どうしちまったんだ? 親父ッ! おふくろッ!」
「あれは、ベイガンのように……?」
『違う。近衛兵長はモンスターとなっても自分を失っていなかった。息子であると理解しているのに攻撃を加えるのは、たぶん彼らは失敗作なんだろう。肉体の変化に適応できず精神が乱れている』
 簡単に失敗作などと言い捨ててくれるなよ。……確かにベイガンは肉体が変化しても正気を保ち続け、最後にリツと言葉を交わすことができた。ならば彼らの心も取り戻せるのではないか?
「親父! 俺が分からねえのか!?」
『まだ肉体の暴走に抗うだけの自我はある。動きが鈍いのが証拠だ』
「完全に狂ってはいない。語りかければ、あるいは!」
 丸太のごとき腕がエッジに向かって降り下ろされたが、俺とセシルでそれを受け止める。エッジが避けずにいると王の拳は床を打った。リツの言う通り、溢れ出す殺気を抑えようと本来の自我が抗っているようだ。
「エッ……ジ……」
「親父!」
 もはや人間ではなくなった自分を、彼らはどう思っているのだろうか。

「わ、我々は、もう……人ではない……生きていては、ならぬ存在だ」
 ローザが跪き、死せる魂に祈りを捧げ始める。リディアはきつく瞼を閉ざして顔を背けた。
「意識のあるうちに、去らねばならぬ。後を頼むぞ……、息子よ」
「い、嫌だ! 行くな!」
「さよなら、エッジ……最後に会えて、よかっ……」
「待ってくれ! おふくろ……!」
 まだ人間である内に、狂ってしまう前に、彼らは自ら死を選んだ。元とは違う存在になってしまったらそれはもう自分自身とは言えない。
 俺は、リツの境地には達せない。魔物となっても自分は自分だと言えるほどに、確固たるものがないからだ。人間でなくなれば、竜騎士でなければ、何を以て自己の在処を確信できるのか。
『……では一度死んだ身の俺もやはり、生きていてはならない存在だと思うか?』
 だが……死してなお俺を介して現世に留まるリツは、生きていてはならない存在なのか? 運命に従い、大人しく去らねばならないのか? 今までに喪った者たちも……。
 まだ生きていたいと望むのは恥なのか。それを叶える術に手を伸ばすのは罪なのか。俺には分からない。ただ、彼がいなくなったら耐え難い喪失感に苛まれるだろう。……それだけは間違いない。


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