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🔖 お前は怒るかもしんねえけど、という前置きをしてワッカが告げた言葉は確かに私を怒らせた。
 他の召喚士と一緒にナギ平原に降りろ? そうすべき理由は言えない?
「ふざっけんなっつーーーーの!!」
「マローダ兄ちゃん、ユリがまた怒ってるよ」
「まあ放っといてやれや。いろいろ溜まってんだろ」
 あまりにもムカついたので黙って頷いたらワッカは私の素直さにめちゃくちゃビビってた。
 でも頷いたからって大人しく従うと思ったら大間違いなんだから。

 私はワッカに言われた通りナギ平原で飛空艇を降りた。
 そしてベベルに戻るというイサールさんたちに同行することにした。
 降りろって言葉には従ったもの。そのあとベベルに来るなとは言われてないし!
 こうなったらもう自棄だ。シーモア様に会いに行ってやるんだから。
 少なくともあの人の方が、利用するためとはいえ私のことを認めてくれてる。……ワッカよりも。

 ユウナが無事なのは分かってる。みんなでベベルを脱出して、また旅を再会できるんだってちゃんと知ってる。
 確かにワッカの言う通りナギ平原で待っていれば、前回と同じ展開になるんだって、分かってるけど。
 だからってこんな状況で私だけ危険から遠ざけるのは酷すぎる。私だって、今回はユウナのガードなのに。

 実際のところワッカの意図はその先にあるんだと思う。
 シーモア様は前回の私が彼を仲間に誘ったと言ってた。それはたぶんベベルでのことだ。
 ユウナを助け出しに突入した後、どういう経緯かは知らないけれども私は彼と個人的に話す機会があったんだろう。
 そしてそれを阻止するためにワッカは私をベベルに連れて行きたくなかったわけだ。
 相手が相手だし、心配してくれるのは嬉しいけど……そんなことよりちゃんと私を認めて頼ってほしいのに。

 ベベルに着くとまずは控えの間に通された。
 飛空艇は近くに見当たらなかったし、突入には成功したんだと思うけれど、それにしては静かだ。
 僧兵たちに慌ててる様子もない。もう裁判が終わってみんな浄罪の路に送られたあとなのかな?

 しばらく待っていると、僧官見習いらしき若い人がイサールさんを呼びに来た。
「召喚士イサール、キノック老師がお呼びです」
 不思議そうな顔をしつつ、イサールさんは伝言を運んできた人にお礼を言ってから弟たちを振り返った。
「じゃあ、行ってくる。マローダ、パッセとユリさんを頼むよ」
「へいへい」
 お構い無く……と言う前に私の名前を聞いた伝言係がこっちを見つめた。

「貴女は、ユリ殿ですか?」
「へ? は、はい」
 なんか既視感。マカラーニャでもこんな感じのことがあったよ。
「貴女はシーモア老師の元へ御足労願います」
「私も呼ばれてるんですか」
 しかもキノック様じゃなくてシーモア様に。

 ユウナ奪還部隊に姿がないのは確認してるから、私が前回と違う行動をとってるのはシーモア様にも分かっただろう。
 なのに伝言があるということは、どっちみち私がベベルに来ると予想してたんだ。
 言動を見透かされてるみたいでちょっと居心地が悪い。

 控えの間を出て途中までイサールさんとご一緒する。
 彼はどうしてキノック様に呼ばれたんだろう。
 タイミング的にユウナに関わることで間違いないと思うんだけど、ワッカはイサールさんについて何も言ってなかった。

「そういえば、イサールさんたちはどこでアルベドに攫われたんですか?」
「うん? ああ、ビサイド島に行った時、罠を仕掛けられてね。不甲斐ない話だよ」
 ありゃ……ビサイドで攫われたのか。討伐隊は数が減っちゃったし、召喚士様を守る人手もなかったんだ。
「なんか、すみません」
 べつに私が悪いわけじゃないけど、ビサイドで召喚士が危ない目に遭ったとなると気が咎める。

「ユリさんはビサイド出身なのか」
「はい。ユウナのガードは半分がビサイド出身です」
「そうか……。彼女がベベルから連れ去られたと聞いた時には心配していたが、杞憂だったな」
 ビサイドの人は彼女を大切にしてくれているようだとイサールさんは嬉しそうに笑った。
 まあ……うん。ワッカのことばっかり言えないかもね。私もルーも、ユウナに関しては過保護で心配性になる。

 それにしても、こうしてベベルに到着してみるとビサイドは立地的に恵まれてるなと思う。
 南から一本道で北上してくれば効率的にすべての寺院を巡れるんだもん。
 かつてのブラスカ様とか、イサールさんみたいに北から旅してまた戻らなきゃいけない召喚士様は大変だ。
「イサールさん、ビサイドの祈り子様には?」
「攫われたのは寺院を出た後だったんだ」
「不幸中の幸いですね」
 今からまたビサイドに行って、戻って……なんて手間が大きすぎるものね。

「いっそのこと、この機会に旅をやめませんか?」
「え?」
 いきなりの言葉に彼はギョッとして私を振り向いた。
「ザナルカンドに行ったら、マローダさんかパッセ君のどっちかが死んじゃうんですよ」
 さすがに不躾すぎる言い様にイサールさんも眉をひそめる。
「君は何を言ってるんだ?」
 何というか、本当のことを。

 べつに、言っちゃってもいいよね。
 もし今すぐベベルを出発したらイサールさんたちはユウナより先にザナルカンドに行ってしまいかねない。
 そうなるよりはここで究極召喚の真実を知らせて思い止まってもらう方がいい。

「究極召喚って、どうやって手に入れるものだと思います?」
「それは……もちろん、エボン=ドームに究極召喚の祈り子様がいて、」
「他の寺院でやる対話と同じように。私もずっとそう思ってたんです。誰かがそう言ったわけでもないのに。……でも本当は違う」
 究極召喚でなければシンは倒せない。ザナルカンドに行かなければ究極召喚は手に入らない。
 その事実があまりにも当たり前に認知され過ぎていて、それ以上のことを考えようともしなかった。
 どうやって、なんて実際にザナルカンドまで辿り着いた召喚士にしか関わりのないことだから。

「ザナルカンドに祈り子像はないんです」
 私がそう言ったらイサールさんは目を瞠った。
「そんなはずはない。現に大召喚士様は究極召喚を会得してシンを倒しているじゃないか。なら、彼らは祈り子と対面したんだろう?」
「正確に言えば祈り子像はあります。でも力を失ってるんです。たとえば私が一人でザナルカンドに辿り着いたとしても、究極召喚は手に入らない」
「君の言ってることは……よく分からない」
「ガードが新しい祈り子になるんです。イサールさんたちの場合なら、マローダさんかパッセ君のどっちかが命を捧げる。そうして初めて究極召喚が手に入るんです」

 イサールさんは困惑した顔で首を振った。
「あり得ない。そんな話は聞いたことがない」
 私も最初に聞いた時は突拍子もない話だと思った。だけどよくよく考えたら辻褄が合ってるんだ。
「聞いたことがないのは、究極召喚を使ったあと誰も帰って来ないから。召喚士も、ガードも、真実を伝えられる人が死んでしまうから」
「だったら君はどうして知ってるんだ?」
「アーロンさんがユウナのガードになったからです」
 まあ本当はアーロンさん経由で知ったわけじゃないんだけど、情報の出所は重要じゃないからいいよね。

「信じられなければマイカ総老師に聞いてみるといいですよ。たぶん教えてくれると思います」
 マイカ様も嘘は吐かないだろう。
 寺院からすれば、その嘘がバレたって構わないんだ。どちらにしろスピラには選択肢がない。
 新たなシンを作り出すはめになるとしても、それが唯一の方法なら究極召喚を捨てることはできない。他の方法が見つからない限り召喚士は旅をやめられない。

 今にして思えばこれもユウナレスカ様の策略だったのかな?
 シンが現れてすぐに倒す方法も提示された。そのせいで、誰も“他の方法”を探そうとはしなかった。
 彼女が究極召喚を編み出さなければ、人はもっと早くエボン=ジュの存在に気づいていたかもしれない。
 シンという鎧を壊すだけの究極召喚ではなく、エボン=ジュを排除する方法を探したかもしれない。
 ユウナレスカ様は……シンを倒す術を与えながら、同時にシンを永遠に生かし続けている。その中にいる父親とかつてのザナルカンドの民が見る夢を守るために。

 しばらく呆然としていたイサールさんだけれど、たっぷり考えたあと渋々ながら納得したようだ。
「どうして僕にその話を?」
「うーん。ドナさんは二人きりだから彼女が望むならザナルカンドに行ってもいいと思ったんだけど、イサールさんは三人連れだったので」
「遺される者がいるから……か」
 弟を二人遺して死ぬならまだ受け入れられる。でも犠牲はそれだけで終わらない。

「マローダさんか、パッセ君か。選べます?」
 片方を祈り子にして、もう一人はナギ平原でイサールさんが死ぬのを見届けなきゃいけない。
 そしてひとりぼっちでナギ節を迎えるんだ。
「それより酷いことなんてそうそうないですよ」
「……」
 もしザナルカンドに行ってしまったら「やっぱり止めた」は許されないだろう。決めるならここで決めた方がいい。

 グアド族のガードが私を迎えに来て、そこでイサールさんとは別れることになった。
 彼は旅をやめるとは言わなかった。でも最後は彼自身が決めることだ。これ以上は口出しできない。
 自分の命だけが懸かっていた時とは状況が違うし、イサールさんの覚悟も変わってくれればいいのだけれど。

 そして私も別種の覚悟を決めなきゃいけない。
 グアド族の人が丁寧に部屋の扉を開けてくれた。
 悠々とソファーに座っていたシーモア様が私を見て立ち上がる。
 後ろで扉が閉まる音がした。

「ユリ殿。筋書きはお決まりでしょうか?」
 このままシーモア様の動きを警戒しながら前回の通りに事を進めるか。
 それとも何を考えてるやらさっぱり分からないシーモア様に協力して、とにかく前回とは違う展開を探すのか。
 ……シーモア老師の思惑に乗るなんていうと不安しかないけれど、実はもっと簡単な問題だ。
 もうとっくに未来は変わってる。私たちは“前回”に縋れない。
「ザナルカンドに行きます。でも私、シーモア様の企みによっては途中で逃げ出すかもしれませんよ」

 新しいシンにはならないけど別の方法でスピラを滅ぼします、とかだったら絶対に逃げる。
 そんなことを考えて恐る恐る様子を窺ったら、シーモア様は苦笑しながら言った。
「実は私も、どこまで貴女に協力を求めていいものか計りかねているのです」
「ええっ?」
 もしかして、あっちも私が思ってるより行き当たりばったりで動いてるのかな……?

「前回の私はユウナ殿に敗れ、シンと同化し、エボン=ジュの記憶に触れました」
 エボン=ジュは既に人間としての意思を失っていたけれど、その記憶はシンの中に残っていたらしい。
「スピラの、そしてエボン=ジュの盛衰を見届けたのです」
「それでシンになりたいと思わなくなったんですか?」
「左様です」
 最盛期のザナルカンド、戦争に負けた都市、祈り子となった住民、永遠に栄える夢の町と、それが滅びる瞬間まで。
 前回の彼はシンと同化することで、シンになっても彼の望む永遠は手に入らないと分かったんだ。

「邯鄲の夢ですね。人の栄枯盛衰もすべては一時の夢……」
 どんな欲を抱いてもそれが叶ってどうなるのか知ってしまったら、もう欲なんて消えてしまう。
 シンになっても意味がない。エボン=ジュの夢でさえ結局は潰えたんだ。だから今のシーモア様はシンになろうとしていない。
 ……ワッカも、自分では気づかないだけで本当は前回手に入れたものなんてもう欲しくはないんじゃないのかな。

 勝手に落ち込み始めた私を不思議そうに見つめ、シーモア様は「夢が潰えたわけではありませんよ」と不敵に笑った。
「シンとて滅びからは逃れられない。ならば私は、より手早く確実な方法で永遠を求めることにしました」
「……どんな方法で?」
「祈り子になるのです。私自身がシンになるのではなく、夢を作り出す側になればいい」

 思わずポカンと口を開けっ放してしまった。
 じゃあシーモア様がシンになるのと変わらないじゃん! むしろもっと厄介なくらいだ。
 そうツッコもうとした私を制してシーモア様が続ける。
 私たちがエボン=ジュを倒すのを止めはしない、シンは一旦、完全に滅びるのだと。

「私はスピラの民がそれを望まぬ限り、シンを作り出すことはしません」
「そんなこと誰も望むわけないじゃないですか」
 誰もがナギ節を心待ちにしてる。シンを倒すために戦ってるっていうのに。
 でもシーモア様は、ますます笑みを深めて言うんだ。
「お忘れですか、ユリ殿。スピラの民が抱いた願いがシンを形作ったのです」
 変わらぬ平穏を望むザナルカンドの民が、シンをこの世に送り出したのだと。……そう言われると反論できなかった。

 ザナルカンドの民が望んだのはシンの存在じゃなくて戦争で滅びた故郷を夢の中に再現することだ。
 でも……確かに、戦争を止めようと願う心がシンを作り出したっていうのも事実だろう。

 それに私は心のどこかで、きっといつかシンの存在が求められる日が来るのを分かっていた。
 ザナルカンドの末路は遠い過去でありながら、スピラの未来でもあり得るんだ。
 私たちがエボン=ジュを倒してシンが復活しなくなって、スピラの時間が動き出す。
 そうして文明が発展して人が増えれば、いずれ必ず戦争が起きるだろう。
 歴史は繰り返すなんてよく言ったもんだよ。

「ユリ殿は、シンの存在を不要だとお考えですか?」
「すごいこと聞きますね」
「貴女の思考は螺旋の外からやってくる。スピラを他とは違う目で見ている気がしてならぬのです」
 それは少し間違ってる。私はみんなと同じ目でスピラを見てるよ。
 ただ……みんなと違って、スピラではない世界も見てきたというだけだ。

 シンは倒すべきものだ。だって放置していると片っ端からいろんなものを壊されてしまうから。
 その中に大切なものが含まれてしまう前に、シンを倒さなくちゃいけない。
 だけど私自身がシンを“倒したい”と願ったことは、たぶん一度もなかった。
 ううん……白状すると私は確かにシンを不要だと考えてはいない。

「シンの破壊行為について、前にも考えたことがあるんです」
「ほう?」
「一体なにを基準に“文明が発展しすぎてる”と判断するんだろうって」
 私が生まれてからブラスカ様のナギ節が訪れるまでの八年、ビサイド島も何度か襲われた。
 機械なんてほとんどないビサイドが、襲われたんだ。

 ベベルの僧兵は銃で武装してるらしいけれど、ここは滅多に襲われない。
 千年前並みの機械が使われてる寺院やルカの町もシンに襲われることは意外と少ない。
 なのにビサイドやキーリカみたいに小さな村はしょっちゅう被害を受けてる。

「ではユリ殿、貴女の結論はどうなったのですか?」
「……シンが破壊するのは、直すのが簡単な田舎が多い」
 ビサイドでは避難と復興を手早く行えるテントで暮らしてる。
 お隣のキーリカ島でも、森から切り出した木材ですぐに作り直せるコテージが主要な住居だ。
「ベベルやルカ、各地の寺院はスピラの心臓なんです。だからシンはそこを徹底的には潰さない」
「なるほど。生かさず殺さず……シンが“人口を調節している”とお考えなのですね」
 増えすぎて争いが起きない程度に、減りすぎて滅亡しない程度に。

 家畜のように管理され、私の故郷も端数処理で壊されたのだとしたら許せない。でも……。
 それでも私は、シンが不要だとは思えなかった。
 この千年の間に“人間同士の大きな争い”は起こってない。シンのお陰で争う余裕がないからだ。
 仮にシンがいなかったらどうなるのか。
 スピラは狭い。人間の繁殖力には耐えられないだろう。
 住み処を、資源を、あるいは他の何かを求めて、他から奪わなければい足りなくなる時がいつか必ずやってくる。
 そもそもザナルカンドとベベルの戦争だって人間の文明が発展しすぎたせいで衝突が起きたのに。

「私はシンのいない世界を知ってます。そこは争いも苦しみも、平和も喜びもあるスピラと似たような世界だった」
 シンが人を不幸にしてるわけじゃない。シンなんて結局は自然災害みたいなものだ。被害を受けるかどうかは、言ってしまえばその人の運次第。
 たとえシンがいなくなったところでスピラから“悲しみ”がなくなるわけではないもの。
 だから私は自分の意思でシンを倒したいとは願わない。倒せるなら倒せばいいけれど、居ても構わない程度に思ってる。
 私の答えを聞いてシーモア様は満足そうに笑った。

「で……シーモア様は、スピラにはシンが必要だと思ってるわけですか」
「再びこの世界が栄華を極めれば、滅びもまた等しく訪れる。スピラを永遠に守るためにこそ、シンは必要なのです」
 エボン=ジュの記憶を持つシーモア様は祈り子となってスピラに留まり続ける。
 もしも世界がシンのような存在を必要とした時に、それを与えるために。

 シーモア様がシンになるのは絶対に困るけど、祈り子になるっていうのはどうなんだろう?
 ルカで彼は究極召喚獣を普通の召喚獣のように使役していた。エボン=ジュに乗り移られなければ究極召喚を使っても私が死ぬことはない。
 自分から勝手に召喚されてエボン=ジュを取り込むようなこともしないと思う。
 だって彼がシンになってしまえば私たちは倒し方を知ってるんだから。

 でもちょっと待って。
 エボン=ジュはザナルカンドの住民を祈り子にして夢の町を召喚し、それを守るためにシンという鎧を纏った。
 じゃあ最初のシンはどっから来たの? 媒体になる究極召喚獣は、その時まだいなかったはずだ。
 もしかしたら住民の一人が祈り子ではなくシンの核に志願したのかもしれないけれど。
 エボン=ジュを倒せばシンは蘇らないけれど、シーモア様が“新しく作る”方法を知っているとしたら。
 ううん、前回シンと同化してエボン=ジュの記憶を見たのなら間違いなく知っているはずだ。

「私たちがエボン=ジュを倒して、そのあとすぐシーモア様がポンポン新しいシンを作らないって保証はないですよね」
 シンを完全に消滅させるべきではない、というのは正直、理解できる。その言い分を認めてもいい。
 だけど私にとってはそれよりも、ユウナやワッカの「シンを倒したい」という願いの方が大事だ。
 私は彼らのためにシンを倒そうとしてるんだから。

 疑いの視線を向ければシーモア様は余裕の笑みを返してきた。
「少なくとも千年、待ちましょう。望まれぬ限りシンを作りはしないという点については、私の約束を信じていただくしかありません」
「千年経ったら、また戦争が起きると思いますか?」
「千年も持たぬと私は思っていますよ」
 断言されてしまった。

「でも人間は変わるものです。機械戦争で学んで、成長してるはずです」
 何か問題は起きるだろう。争いもあるかもしれない。それでもシンを必要とするほどの事態にはならないと……信じたい。
 でもシーモア様は冷たく笑う。
「人は変わりません。変わらぬために適応することを成長と称しているだけです」
 私の中にある人間不審で厭世的な“彼”の心は確かにシーモア様と同感だった。

 もう一度だけ考えるチャンスを与えるとシーモア様は言う。ユウナレスカ様を倒すまでがこの取引の有効期限だ。
「どうぞ、よくお考えください」
 これを蹴って前回の通りにシーモア様と戦うなら、得るものも失うものもない。
 ではシーモア様を祈り子にしたら、何を得て何を失うのか。
 考えないと。考えて、私の答えを出さなくちゃいけない。


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