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 バブイルの塔はほとんどもぬけの殻に近い状態だった。この塔はエブラーナ王国の領土に程近い。クリスタルを持たぬ国だが、バブイルが動き出せば戦いになることは間違いなかった。
 おそらくゴルベーザが封印の洞窟に赴いている間に、ルビカンテは手勢を率いて地上の敵を処理しているのだろう。そしてクリスタルを探して塔を登る俺たちの前に留守番役らしき男が現れた。
「ヒャヒャヒャ! ゴルベーザ様もルビカンテも居らん! ワシが最高責任者だ!」
 あれはルゲイエか。主の留守を守るのに彼だけとは不自然な気もするが……。
「変なおじさん」
「しいッ! 見ちゃ駄目よ、リディア」
 一人でハイになっている老人を見つめ、リディアがつい正直な声を漏らした。咄嗟に物陰に隠れたがやはり見つかってしまったようだ。
「貴様ら! いつの間に!」
「……お前だけとは好都合だな」
「馬鹿にするでない。四天王に名を連ねずとも、ゴルベーザ様のブレインと言われるこのルゲイエ! バブイルの塔の一つや二つ、ワシだけで守れるわ!」
『バブイルの塔って他にもあるのか』
 いや、ないだろう。こんなものが何本もあっては困る。

 ルゲイエは研究者であり戦士ではない。ゾットの塔や飛空艇のメンテナンスもこなし、技術力は相当なものだが戦闘に長けてはいないので倒すのは簡単だ。それだけに、あまり戦いたいと思えない。
『買収すれば簡単に裏切ってくれそうだけどな』
 冗談だろう。ルゲイエを養えるほどの金を提供できるのは仲間内ではローザの実家くらいだ。そして当たり前だがファレル家にそんなことをさせるつもりはない。
 非戦闘員を殺すのは心苦しいが、放置してルビカンテやゴルベーザを呼ばれては困るのも確かだった。またドワーフ城でのようにクリスタルだけを持って逃げられるかもしれないんだ。
「我が最愛の息子が、貴様らの首をひきちぎってくれよう! さあ行け、バルナバ。こてんぱんにしてやるのだ」
「ウガー!」
「いたたっ! ワシを殴ってどうする! あっちだ、あっち。分かったな!?」
「ウガー!」
「よし、お前のパワーを見せてやれ!」
 どうやらルゲイエは機械兵に戦わせるつもりでいるようだ。あれを破壊することで抵抗を諦めてくれればありがたい。
「なんか……、戦いにくいね」
「う、うむ」
 脱力させられる光景にリディアとヤンは武器を構えられずにいる。なんとか戦意を振り絞り、俺は槍を手に取った。

 戸惑いつつも盾を構えたセシルに向かってバルナバとやらが接近してくる、が、どうにも動きが遅すぎる。何なんだ。故障か?
「おっと、油が切れそうじゃ。先に足しておこう」
『あ、ファイアのチャンス』
「リディア、炎魔法を頼む!」
 こくりと頷いた彼女が魔法を放つと、油を持っていたせいかルゲイエごと瞬く間に炎上した。
「ギャーッ! 燃え移ったあ!」
「ア……ブ……ラ……ク……レ……」
 そして動きを止めたまま困ったように俺たちを見ていたバルナバが、エネルギー不足のまま自爆してしまう。……なんだか嫌な予感がする。ろくに戦わないまま終わる気がして仕方ない。
「おのれええええ! ワシの本当の恐さを思い知れえ!」
 ゾットの塔で会った時にはちゃんと人間だったはずだが、バブイルに移って広大な研究室を得たルゲイエは自分の肉体をも機械に改造していたようだ。
 息子と同じ機械兵士となったルゲイエがビームを照射すべくエネルギーを蓄え始めたところで、リツは容赦なく言い放つ。
『今サンダーのチャンス』
「リディア、雷魔法を……」
 皮膚を突き破るように突出した機械部品の見た目が不気味だったせいか、リディアは目を瞑って顔を背けながら最大級の雷を打ち出した。
 両腕のレーザー砲が爆発して煙をあげ、ルゲイエだったものは全身に電流を走らせながら崩れ落ちた。
「……」
 リディアの魔法二発で倒してしまった。

 真面目に戦えばルゲイエの造る兵器は脅威だ。しかし彼自身に大した戦闘能力はない。そんな男だけを残してバブイルの守護者であるルビカンテは周辺の敵を掃討するため地上にいる。ならばクリスタルも持っていったはずだ。
「ルビカンテがあいつにクリスタルの守備を任せていたとは思えん。おそらく地上に移してあるのだろう」
「ではこのまま塔を登っていこう!」
 今日ほど竜騎士の脚力が役立った日は他にないのではないか。この巨大な塔をひたすら登るのは常人には辛いものがある。
 険しい高山で修行に励むモンクのヤンはともかく、重装備のセシルと魔道士であるローザとリディアはかなり疲労していた。
 もし……地底の最下層から空の遥か彼方の天辺まで続くバブイルの“どこか”にクリスタルを隠されていたら、俺たちには打つ手がないのでは?
『正直、ゴルベーザ様はクリスタルを持って俺たちの前に出たり消えたりするだけでいいよな』
 見つけたと思ってもあちらは転移魔法で軽やかに姿を隠す。そんなことをされたら精神的にも肉体的にも疲弊しきって絶対にクリスタルを取り戻せないだろう。

 しばらく無言で塔を登っていた。どこからか砲撃の音が聞こえ、誰ともなくそちらに足を向けて歩き始める。
「あそこに砲台があるぞ!」
 赤い翼の砲撃に加えてこの塔からも戦車隊に爆撃を行っていたのだ。競り出した砲台から轟音をあげて魔法弾が放たれ続ける。バブイルの魔力を使って打ち出される砲弾ならば弾切れを狙うこともできない。
『照準も自動か。無人で作動して近づく者を攻撃し続ける、厄介だな』
「停止スイッチもないとは、どうやって止めたらいいんだ!」
「砲台ごと破壊するしか……」
 しかし下手に触れば暴発した魔力に巻き込まれてタダでは済まんぞ。
『ドワーフを救うか、無視して見なかったふりするか』
 これを目にして無視できるわけがないだろう。どちらにせよ、砲台を破壊しておかなければ次はバブイルに近づくことさえ難しくなる。しかしどうすればいいのか。
 ローザが部屋の外から魔法で攻撃できないかとリディアに尋ねたが、対象が目視できなければ魔法といえども当てるのは無理だという。暴発を避けつつ破壊する方法が思いつかない。
 焦る俺たちを、ヤンが突然部屋の外へ追い出した。
「何を!?」
「ここは私が引き受ける。皆はクリスタルの捜索を続けてくれ」
 呆気に取られている内に扉は固く閉ざされる。万が一の防護壁にもなっているのだろう、頑丈な壁も扉も破ることができない。彼は砲台を止めるために一人で犠牲になろうとしている。
「ヤン! 馬鹿な真似はやめて!」
「妻に伝えてくれ……私の分も生きろと!」
「ここを開けろ! 頼む……!!」
 やがて壁の向こうで凄まじい爆発音が轟き、振動が塔全体を揺さぶった。砲撃の音は聞こえなくなり、ひしゃげた扉は二度と開くこともできないほど歪んでしまっていた。

 誰もその場から動けなかった。話す気力があるのは俺の中にいるリツだけだ。
『被害としては最小限で済んだな』
 ……リツの声が俺にしか聞こえなくて何よりだった。セシルは未だしも、青褪めて立ち尽くすローザやリディアには聞かせられない。
『失って困る戦力としては第一にローザ、次がリディア、そしてバロンの軍を動かせるセシルとカインだ。ファブールの一兵士でしかない彼はものの数に入らない。悲しみに浸りたければ戦いが終わってからにした方がいい』
「……俺たちの為すべきは、立ち止まらずクリスタルを探すことか」
『空軍さんは感傷的で困りますよ』
 セシルが顔を上げ、こちらに向かって頷いた。ヤンのお陰でドワーフも少しは楽になっただろう。だが俺たちがクリスタル取り戻せなければ、また新たな砲台を作られて終わりだ。先に進まなくては。

 なんとかローザも気力を取り戻し、砲台のある部屋を見つめたまま動けないリディアの背中を押した。その時だった。
「なかなか楽しい余興だったぞ」
「ゴルベーザ!?」
 ゾットのように、ここにも監視モニターがあったらしい。どこから見ていたのかゴルベーザの嘲笑う声がする。
「遊びはこれまで……そろそろお別れの時間だ」
 俺たちの足元に転移の魔方陣が浮かび上がり、視界が暗転した次の瞬間には塔の外へと放り出されていた。遥か眼下に燃え滾るマグマが見える。
「テレポを……!」
『いや、レビテトだ』
「ローザ、レビテトを頼む!」
 咄嗟に唱えられた魔法のお陰で体が軽くなり、溶岩の海に叩きつけられる寸前でエンタープライズ号が滑り込んで俺たちを拾い上げた。

「シド! 助かったよ」
「ギリギリセーフじゃったの!」
 かなり無理のある作業で耐熱装甲を施してきたのだろう、エンタープライズは船底以外がボロボロのままだった。本当にギリギリだったな。あと数分、数秒でも遅ければ全員マグマに突っ込むところだった。
「む? ヤンはどうした」
「ヤンは……ドワーフを守るために」
「……そうか」
 静かに頷いただけでシドはすべてを察した。人の死に慣れるのは嫌なものだ。悲しみに囚われぬよう気を張っているうちにその感情まで忘れてしまいそうになる。
「チッ、やはり追って来おったか」
「赤い翼か……!」
 敵の方が速い。モンスターの改造した船が新型飛空艇よりも高性能だとは……ゴルベーザと、ルゲイエの手が入っているならば当然か。このままでは追いつかれる。
「ええい、エンジンが限界じゃ! セシル、代われ!」
「シド! 何をする気だ!?」

 地上への穴はすぐそこだ。しかしそこを抜けても追撃は止まらないだろう。シドは操縦桿をセシルに預けると、飛空艇後尾の縁に立って追っ手を睨む。何をしようとしているかは知らんが、ろくでもないことだというのだけは分かる。
「年寄りが無茶をするな。策があるなら俺がやる」
『俺は嫌だけど』
 踏み留まろうとするリツの精神を押し退け、シドを連れ戻そうと歩みを進める。だがあの頑固爺は聞く耳持たず、船縁から引き下ろそうとする俺とローザの手を振り払った。
「お主らは火薬の扱いを知らんじゃろうが。なーに、ちっとばかり派手にぶちかまして、あの大穴を塞いでやるだけじゃ」
「シド、あなたまで!」
「フフ……ローザとセシルの子を見たかったが……ヤンが寂しがるといかんからな」
 地上が迫る。声を発することもできず、セシルは無心に飛空艇を動かしていた。地底の熱気を振り払いエンタープライズが青空に向かって突き進んでゆく。
「いや! おじいちゃん!」
「せめて、おじちゃんと呼べ!」
 船が火口から飛び出すと同時に、シドはその身を投げ出した。
「見ておれよゴルベーザ! 飛空艇技師シド、一世一代の見せ場じゃ!」


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