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🔖 戦場の熱狂ってブリッツスタジアムの空気と少し似てる気がする。
闘争心が辺りに充満してる感じ。なんだか息をするのも苦しいくらいだ。
ミヘン・セッションを間近に控えてジョゼ海岸にはある種のお祭りムードが漂っていた。
もちろん今から始まるのはお祭りなんて生易しいものじゃないけれど。
討伐隊もアルベド族も、これから行う正義の戦いに浮かれて……自分が負けるなんて考えてもいない。
キノコ岩街道でシーモア老師の姿を見つけた時には、あわよくば彼にかけあって作戦を中止してもらえないかと期待した。
でも、これは無理だろう。大きな流れがその場を支配していた。
たぶんマイカ総老師がお出ましになっても止めることはできないと思う。
寺院から破門を宣告されて、反逆者の汚名を被り、それでもシンを倒すという固い決意を胸に抱いて。
もしかしたら反逆者扱いされてるからこその熱狂なのかもしれない。
彼らの心にあるのは勝利への希望だった。それだけに、すごく厄介だ。
希望が打ち砕かれて絶望に染まるまで彼らはきっと止まらない。
脱走兵が出ないくらいの異常な戦意が海岸線に渦巻いてる。
正直こんなところにいつまでもいたくない。早く通りすぎて、ジョゼ寺院に行ってしまいたかった。
でも生憎とシーモア老師が「ユウナ殿も是非に」と司令部に招いてくださったので寄り道せざるを得なかった。
封鎖区域を通過できたのも彼のお陰だし、断れるはずもない。私たちは“勇敢なる諸君”が無惨に殺されるところを見届けなきゃいけないんだ。
昇降機を駆使して高台に設営されている司令部を目指す。仲間たちは一言も話さない。
鬱々とした気分に支配されるのが嫌で、どうでもいいことを考えていた。
ミヘン街道を徒歩で一気に越えてきたっていうのにまだ寄り道する余裕がある。
半年前より体力がついた気がする。ズーク様と旅した時なら、今ごろヘトヘトでしばらく休まないと動けなかった。
それともルカを出る時ワッカと喧嘩したから怒りのパワーで疲れを感じなかったのかな。
……ワッカ、まだ怒ってるかな。
べつに私の内心を読み取ったわけでもないだろうけれど、タイミングよくワッカが立ち止まった。
「どしたの?」
「ちょっと、言い忘れたことがあってよ。ルッツと話してくる」
「え、でも、もう戦闘が終わるまで会えないんじゃない?」
ルッツは前線に向かってるはずだ。さっき集合かかってたもん。
ワッカは私と目を合わせようとせず、戸惑うユウナに説明もしないで踵を返した。
「お前はユウナと一緒にいろ。いいな」
なにそれ。横暴だな……。
ああやって強引に話を打ち切ってしまうのは私を言いくるめるような説明ができないからだ。
つまり、言いくるめなきゃいけないような事情を抱えてるってことでもある。
ウイノ号でのことを思い出しちゃうな。今度は何を隠してるんだろう。
危ないからとか傷つくからとか、そんな理由で遠ざけられるのは嫌だ。
一緒に乗り越えてくれ、って言ってくれたらそれだけで私は何だってできるのに。
高台の途中には準備中の兵器がたくさん並んでいた。
わりと古めかしいバリスタもある。海岸でシンを迎え撃つ予定であろう電磁砲台と比べると単純な作りの兵器だ。
こうして見ると一口に“古代の兵器”と言っても年代の幅広さがよく分かる。
あの電磁砲台は千年前の遺物かもしれない。でもここにある小さな砲台はもっと大昔の兵器だろう。
シンが反応する“機械の武器”ってどこからどこまでを指すのか、ふと疑問に思う。
同じ“武器”でも剣や槍にはいちいち反応しない。やっぱり、町ごと消し飛ばせるくらい殺傷力のある兵器だけ破壊に来るのかな。
今までアルベド族が迫害されるのは一大勢力である寺院と敵対してるからだとしか思っていなかった。宗教上の都合、ってやつだ。
でもエボン=ジュのことを知ってから改めて考える。真実を知ればなおさら、彼らの思想が危険に思える。
だって彼らは、千年前のベベルと同じことをしようとしてるじゃないか。
強い武器があるなら使えばいい……って。それは生活を豊かにするという範疇を逸脱していた。
アルベド族は「シンと戦うため」と称して手当たり次第に古代の兵器をサルベージしてる。
でもその“古代”に……シンのいない時代に、これらの兵器が“何”に対して使われてたか、彼らは本当に分かってるんだろうか。
機械の力でシンを倒して、それがうまくいったとして残された兵器をどうするつもりなのか。後始末をどうするか、ちゃんと考えてるのかな。
「なんか無駄な戦いって感じ」
「ユリ」
思わず溢れた言葉をユウナが聞き咎めた。でも止まらない。
「機械のせいで生まれたシンに機械で挑むなんて、過去から何も学んでないってことじゃん」
こんなにイラつくのは、前回の私がこの作戦に参加してたって聞いてるせいだ。
前世の記憶を持ってるならそんなバカな真似するべきじゃなかったのに。
あからさまに不機嫌な私の顔を覗き込んでティーダがニヤニヤしている。
「なんだよユリ、ワッカに放っとかれて拗ねてんの?」
「てい!」
「いって! 暴力反対ッス!!」
陰鬱な戦場で強いて明るく振る舞うティーダは偉いね。でもまた余計なこと言ったら次は脛を蹴る。
昇降機で上昇すると陣幕が見えてきた。討伐隊の人が私たちを手招く。
「召喚士様。司令部はこちらです」
もう着いちゃった。ユウナが困惑したように私を振り返る。
「ワッカさん、どうしよう?」
「うーん」
まだ戻ってこないんだよね。先に行っちゃうと後から一人できたワッカが入れてもらえないかもしれない。
「私ここで待っとくよ。ユウナの連れだって分かってるから一緒に入れるでしょ」
「うん……。そうだね。じゃあユリ、お願い」
それにしてもルッツと何を話してるんだろう。まさか開戦まで前線にいるってことはないと思うけれど。
司令部の入り口にはついさっきルッツに追い払われて不貞腐れてるガッタが立っていた。
「間もなく戦いが始まります。いろんな準備を忘れないでください」
「丁寧で的確な案内ありがとー」
投げやりな態度を皮肉ったらめちゃくちゃ睨まれてしまった。
「俺はシンと戦いたくてここまで来たんだ! ……こんな雑用のためじゃない」
「認められたいのなら、まずは与えられた任務を黙ってこなすことだ」
素っ気ないアーロン様の言葉に口を噤んだものの、ユウナたちが中に入ってしまうとガッタは吐き捨てるように言った。
「黙ってたって、誰も認めてなんかくれないじゃないか」
……荒れてるなあ。無理もないけれど。
ワッカが追いついてくるまで私も司令部の中には入らず、ガッタと並んで待つ。門番気分だ。
ここで戦場を見守ることしかできないのは確かに辛そうだった。
「ユリだって、俺の気持ちは分かるだろ」
「そりゃまあね」
後ろで大人しく守られてろなんて言われたら腹が立つ。心配されて嬉しいよりも認められないことが悔しいんだ。
ルッツはワッカほど過保護じゃないし、頭も柔らかいけど……ガッタが討伐隊に入った原因が自分だからだろう、あまり無茶させたくないらしい。
「でもアーロン様の言葉は正しいよ。組織に所属した以上は自分の仕事をきっちりやるしかない」
「ああ、自分の仕事ね。魔物なんか出るはずのない司令部にボーッと突っ立ってる、とかな」
「戦わなくて済むならラッキーじゃん? 持ち場がここならどうやっても戦死は免れるし」
「戦わずに生きるより戦って死ぬ方がマシだ!」
「そんなこと言わないでよ。死ぬより生きてる方がいいよ」
「……ごめん」
死にたいわけじゃない、死ぬために戦場に立つわけでもない。
より良く生きるために戦おうとする、その気持ち自体は間違ってるはずもないのだけれど。
シンを倒せるなら命を捨ててもいいって気持ち、そんなのいいから生きててほしいって気持ち、どちらも分かるから……。
結局、どうするかは自分の意思次第なんだよね。
「なあ、ユリだったらどうする?」
「え? うーん……。私だったら黙って前線に出ちゃうかも」
「そっか。戦闘が始まっちゃえば先輩だって指図しようがないもんな」
怒られるだろうけれど、私だって戦う力がある、大事な人を守るために戦う権利があるって、認めてほしい。
無茶くらいするよ。でも生きて帰れば文句はないでしょ。勝てば官軍って言うし。
ガッタはなんとなく心が決まったようだ。さっきよりスッキリした顔をしてる。
「ま、一番カッコいいのは、シンを倒してちゃんと帰ってくることだからね」
「任せとけって。お前たちの旅、ここで終わるかもな」
「頑張りすぎないで、適当に手抜きなよー」
「お前、そんな不真面目だからワッカが煩いんじゃないのか?」
「うっせー!」
そういうガッタだって真面目一辺倒だからルッツが心配するんだよ。
要領よく立ち回って勝ちだけ拾える器用なやつなら、もっと信頼してもらえるのかもね。
伝令に呼ばれてガッタがその場を離れると、入れ代わるようにワッカが追いついてきた。
「遅かったね」
「お前な、ユウナと一緒にいろって言ったろーが」
「司令部すぐそこじゃん! ちょっと離れただけでしょ」
「ほんと言うこと聞かねえな」
ワッカこそ、ほんと過保護だな。
どんな話をしてきたのか知らないけれどワッカの表情は随分と暗い。
「ねえ、なんかあったの?」
「お前は何があっても前線に行くなよ」
「どうせもう司令部の外には出られないって」
準備が整ったという号令が聞こえてくる。すぐに戦闘が始まるだろう。部外者かうろつける時間は終わりだ。
「行かないって、約束しろ。頼む」
「え、うん……」
痛いほど強くワッカが私の腕を掴んでくる。その目はあまりにも必死で、いつもの心配性とは違ってる気がした。
「ワッカ、ほんとにどうしたの?」
「絶対そばを離れんなよ」
「……うん」
前にも聞いたけど、べつに私はここで死ぬ予定なんてないんだよね?
そりゃ前回は心配したんだろうけど、今回の私は討伐隊員じゃないんだからそんな不安がらなくてもいいのに。
なんか……私まで怖くなってきた。
私たちが司令部に入るとすぐに作戦が開始された。
海岸のコケラが悲鳴をあげ、呼応するように海面が揺らぐ。すぐに巨大な影が現れた。
チョコボ騎兵の突撃、電磁砲が発射されるまでの時間を稼ぐために小さな砲台が次々と火を吹くけれど、シンはびくともしなかった。
圧倒的な光景から目を背けることもできない。突然、ワッカに腕を引っ張られて物陰に隠れた。
思いきり抱きしめられると同時に轟音が響き、地面が揺れる。
わけが分からないまま咄嗟にブリザドで防波堤を築く。
シンの重力波は届かなかったものの、飛んできた瓦礫が司令部を破壊したようだ。
音のせいか震動に揺さぶられたせいか、頭がぐわんぐわんする。
土煙がおさまってみると、崖の一部が崩れて仲間たちは散り散りになっていた。
ワッカに抱きしめられたまま呆然と海岸線を見下ろす。突撃したはずの部隊はどこに消えたのか。
充填を終えて攻撃を開始した電磁砲台は、シンの反撃によってあっさりと崩壊した。
悠々とシンが去った後には静けさだけが残された。
すべては一瞬だった。あまりにも呆気なかった。
まともなことを考える余裕はない。冷静になったら心が壊れそうだった。
ただ、私を庇うように覆い被さっていたワッカの体が気になる。
「怪我、してない?」
「そりゃこっちの台詞だ」
生きてることを確かめるように私を眺めて、ワッカはようやく安堵の息を吐いた。
「お前が生きてて……よかった」
「私はワッカを置いてったりしないよ」
「ああ……。そうしてくれ」
チャップも生きてるし私もそばにいる。なのに結局ワッカは“前回”の記憶で傷ついてる。それが悔しくて堪らない。
取り急ぎ発見された死者の異界送りだけを終えて、私たちは寺院に向かうことにした。
たぶん数日の間は海岸線に魔物が増えると予想される。
魔物討伐と遺体運搬のため、寺院から送られた僧兵が私たちとすれ違いにジョゼ海岸へと走っていく。
ワッカはずっと私の手を握っていた。離したらどっかに逃げるとでも思ってるみたいだ。
今ばかりは心配しすぎだなんて怒る気になれなかった。それよりも嫌な予感がしていた。
ワッカはルッツには討伐隊を抜けろって言わなかった。それはルッツが死なないからだと思ってたんだ。
でも思い返してみればワッカは、この旅に出る前からよく密かにルッツと話をしてた。
説得してなかったんじゃなくて、私に隠してただけじゃないの?
前線に行くなって、絶対そばにいろってあんなに必死だったのは……私がルッツを助けに行かないかと心配だったんじゃないか。
キノコ岩街道を発つ時だってワッカは「ルッツたちは無事かな」って、一言も口にしなかった。
……無事じゃないって、知ってるから?
「あれがジョゼの寺院ッスか? すっげえな」
「あの雷キノコ岩はね、召喚士が祈り子様と対面した時だけ開くの」
「今来てるの……どんな人だろう」
「ドナだったりして」
雑談しながら寺院に入っていくユウナたちを見送り、なんとなく足が止まる。
ワッカが旅行公司の方に視線を向けて固まっている。私もつられてそっちに目をやった。
暗がりに、ぽつんと立っている人影。
「ルッツ!」
「……よお」
私の声に振り向いてルッツは軽く手を挙げる。無事だった。海岸から付き纏っていた不安感は私の杞憂だったんだ。
そう安堵してルッツに駆け寄ったけれど、近づいたことでルッツの瞳に射した影に気づいてしまった。
「ガッタのやつな。死んじまったよ」
私の横でワッカが息を呑む気配。一瞬で膨大な思いが脳裏を駆け抜けた。
じゃあ、あそこで死ぬ可能性があったのはガッタ? でもワッカはルッツを気にしてた。
それに今、ルッツか生きててこんなに動揺してるのはやっぱりルッツが死ぬ予定だったってことだ。
「運がなかった。ま、運も実力のうちってことさ」
鼓動が速くなる。気力が抜け落ちていたようなルッツの目に、怒りの火がついた。
「ちくしょうッ! 新米のくせに、無茶しやがるからこうなるんだ!!」
「ルッツ……」
「なんであいつ、最前線まで来やがったんだ! なんで司令部で、大人しくしてなかったんだ!!」
耳鳴りのように声が響いてくる。
……なあ、ユリだったらどうする?
私だったら……。
「私が……、黙って行っちゃえばって、ガッタに言ったから……」
だからガッタは最前線に行ったんだ。自分を頼ってくれない人を見返すために。
私の一言がルッツとガッタの未来を変えた。
「お前が?」
怒りが突き抜けてやりきれなくなると、人は笑ってしまうものらしい。ルッツは疲れたような、不思議な笑みを浮かべていた。
「お前があいつに、そう言ったのか?」
徐に伸ばされたルッツの手が目の前に迫って身が竦む。同時に、ワッカが私とルッツの間に立ちはだかっていた。
「ガッタには運がなかった。そう言ったのは、おめえだろ」
「お前に俺の気持ちが分かるか? 俺の悔しさが分かるかよッ!!」
「ルッツ、やめて! ワッカ退いてよ! 私が、」
鈍い音がして心臓が凍りつきそうになった。無抵抗で殴られたワッカを見て、崩れ落ちたのはルッツの方だった。
へたり込んだまま動けないルッツの腕をとり、ワッカが支えて立ち上がらせる。
「なあルッツ、お前もうビサイドに帰れ。しばらく休めよ」
「……そう、だな。……そうするか」
自分が泣きたいのかもよく分かんないって顔で頷いて、ルッツはふらつきながら公司に入っていった。
かける言葉もないのに後を追おうとしてワッカに引き留められる。
「私が余計なこと言ったせいで、代わりにガッタが」
「違う」
「違わないよ。前回はルッツが死んだんでしょ? だから……私には、言わなかったんだね」
先に聞いてればきっとルッツを助けるのは簡単だった。でもその代わりに私が死んでたかもしれない。ワッカはそれを恐れて黙ってたんだ。
どんな影響があるか予測できないから未来を変えない方がいい。そう言ったのは私なのに。
あんなこと言わなきゃよかった。この作戦が意味を持たないのは知ってたんだから。
前線に行っても無駄だ、ここは堪えて次に賭けろとでも言ってれば、ガッタは死ななかっただろう。
だけどそうしたら……ルッツは助からなかったかもしれない。
「もう、なんかわけ分かんなくなってきちゃった……」
後知恵と後悔で身動きとれなくて苦しい。
前回は、と小さく呟いてワッカは私の体を抱き寄せた。胸板で顔をぶつけてちょっと涙が出る。乱暴だなぁ。
「……お前は、あいつの二つ隣にいたんだ。作戦が終わってよ、ルッツと持ち場を交換してりゃよかったって、泣いてた」
自分が代わりに犠牲になるなんて簡単だ。勢いに任せて命を投げ捨てるだけでいい。
「俺はあいつに持ち場をずらせって言ったんだ。予定通りのところにいたらお前は死ぬ、ってな」
自分だけ生き延びた罪悪感に耐えながら、生きていくことの方がずっと辛い。
「俺の言葉でルッツが生きてんなら、ガッタが死んだのも俺のせいだ」
「違う! ワッカのせいじゃない!!」
「だったらお前のせいでもねえだろ」
「……だけど」
「もう、言うな」
だけど、ガッタが大人しく司令部にいてくれたら、二人とも死なずに済んだんじゃないかな。
私さえ余計なことを言わなければ全部うまくいったんじゃないのかな。
先に教えてくれたらよかったのに。そうしたら私だって、ルッツの説得はワッカに任せて……。
なんて言ったらワッカのせいだってことになってしまう。
私が自分を責めれば責めるほど、ルッツの死を回避しようとしたワッカも傷つくんだ。
何かを手に取ったらべつの何かを失うはめになる。
ルッツが生きててよかった。それは本当の気持ちなのに。
「お前が生きててよかった。俺にとっちゃ、それが全部だ」
未来を知ってても知らなくても、後悔せずに生きることなんてできない。
ユウナは祈り子様との対話を終えて、休憩もせずに負傷者の手当てと異界送りでてんてこ舞いだった。
止まったら考えてしまう。考え始めたら、動けなくなる。
忙しさで気を紛らわせようとしてるのは分かっていたから誰もユウナを止めなかった。
朝になり、みんな空元気で無理やり笑っていた。それでも笑って迎える今日に感謝しなければいけない。
ガッタはこの時間を過ごせなかったんだから……。
幻光河に向かう道中、足を止めた。
「私、ルッツと話したい。ちょっと寺院に戻る」
「ユリ……」
それなら俺も行くと言い出しそうなワッカを制止する。べつに喧嘩しに行くわけじゃないんだから。
「先に行ってて。幻光河までには追いつく」
信用してほしいと言ったらワッカも渋々ながら頷いてくれた。
このまま旅を続けたら、ビサイドに帰ってからどんな顔してルッツと会えばいいのか。……ちゃんとしておきたいんだ。
急いで駆け戻るとルッツはガンドフ様の御聖像に祈りを捧げていた。
大召喚様の像は四つ。各地で逸話を残したガンドフ様には、旅の安全を願って祈りを捧げる人が多い。
自分が一番辛い時にユウナのために祈ってるんだ、ルッツは。
足音に気づいてルッツが振り向いた。私を見留めて目を瞠る。
「ユリ? どうした、忘れ物か」
「ううん……」
一晩寝て落ち着いたのか、もう燃え滾るような怒りは消えている。
「ルッツ、私のこと殴っていいよ」
「……何言ってんだよ」
「エクスポーション買っといたし、半殺しくらいならすぐ治せるから大丈夫」
「馬鹿……。できるわけねえだろ」
「ワッカにはバレないって」
「俺が嫌なんだよ」
いつものように穏やかな顔にも見える。でも今のルッツはただ無気力な感じだ。
「ワッカが割って入ってくれてよかった。お前をぶん殴ってたら自分で自分を許せねえよ」
だけど怒りをぶつける相手がいなきゃ内に溜め込むばかりになってしまう。
チャップを亡くした前回のワッカが荒れ狂ったように、ルッツだって苦しいはずなのに。
どうしてあいつが死んだのか、どうして自分が生きてるのか、泣けないほど辛いはずなのに。
「あの、さ」
「うん?」
「ルッツが生きててよかった。戻ってきてくれてありがとう」
さっきと同じ笑みを浮かべて、ルッツはそっと私の頭を撫でた。
二人とも親を亡くして兄弟みたいに育ってきた。ガッタはいつもルッツのあとを追いかけてた。
そうやって討伐隊に入って……ガッタだけがいなくなってしまった。
私のせいだとはもう言わないけれど、私はこのことを忘れない。
「ユリ……ユウナちゃんのこと、頼むな」
「……うん。任せて」
お祈りを終えるとルッツはビサイドに帰るべく寺院を発った。
生きててよかった、それが全部だ。亡くしてしまった事実を悲しみはしても囚われてちゃいけない。
祈り子様と会って行こう。
いざとなればユウナの身代わりになるつもりで召喚士になったけれど……もう、それは止める。
私は絶対に自分の命を擲ったりしない。危険に飛び込むはめになったとしても必ず生きてやる。
誰を助けても誰を亡くしても、どんなに悲しくても精一杯に生き抜いてやる。
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