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🔖 辛気くさい顔したオーラカのやつらを宥めすかしてスタジアムに帰らせ、後にはチャップだけが残った。
「ゴワーズの優勝パレードは延期だってさ」
「そうか」
 無理もないだろうな。魔物の襲撃であちこち壊れたうえに町全体が混乱してて、それどころじゃねえ。
「負け惜しみじゃないけど、有耶無耶にされるくらいならこれでよかったのかも」
「……どうだろうなあ」
 確かに奇跡の優勝飾ってこれじゃあ、旅立つ俺はともかく他のやつらが気の毒だったかもな。
 そんでも優勝を逃した以上、ただの負け惜しみにしか聞こえないけどよ。

 悔しくないと言えば嘘になる。一回戦で消耗してなきゃもう少し点取れたたんじゃないか、なんてことも考える。
 しかしまあ、その消耗も見越して体作れなかった俺が悪い。負けは負け、自業自得ってやつだ。
「最後くらいは勝ちたかったけどな」
「……最後にしなきゃいいだろ」
「お前までそれ言うのかよ」
「レギュラーじゃなくたって試合には出られる。勝つまでやればいい」
 ユリもチームのやつらも、みんなしてまだ引退するなってよ。決心が鈍るからやめてほしいぜ。

「それより、ユリはどうしたんだ?」
 サイクス戦のハーフタイムでは控え室にいたが、一回戦が終わって俺が目覚めた時には行方不明で決勝戦が始まっても戻ってこなかった。
 たぶんユウナと一緒に観客席で見てたんだろうと思いたかったんだが……チャップはしれっと言い放った。
「そういえばサイクスとの試合中にどっか行ったままだな」
「んなっ、見ててくれって言ったろーが!」
「見張りなんて嫌だね。どこで何しようとユリの自由だよ」
 ちゃんと見張ってねえと、放っといたら何するか分かんねえんだよ、あいつは。

「今回はあのレフリーを糾弾する手段もねえはずなんだが」
「なくはないだろ。ユリなら何だって思いつくんじゃない?」
「おい、そう思うなら止めろよ!」
「兄ちゃんがサイクスのことを先に話しとけばよかったのに。中途半端に濁すんじゃなくて、全部さ」
「……そ、それはだなぁ、」
「うまいこと説得する自信がなかったんだろ?」
「ぬぐぐ……」
「だからって問答無用で『何もするな』ってのは横暴だよ」

 大会が終わって、チャップには前回の記憶について話してある。去年の作戦のことも全部だ。
 始めは半信半疑だったが、ユリが知ってるのもあって一応チャップも信じてみるつもりらしい。
 が、今度は「どうして最初から話さなかったんだ」と機嫌が悪くなっちまった。
 ……お前はここで死ぬ予定だなんて言えるかよ。もう事が済んだからやっと打ち明けられたんだ。
 それに、俺のために無茶すんなってのもユリには言えない。言ったら逆効果になるのは分かりきってる。

「大袈裟にしたくねえんだ、あんま怒るなとしか言えないだろ。どうすりゃよかったってんだ」
「ユリの行動を縛ろうとするなよ」
「んなことしてねえ」
「どうだか。あいつだっていろんなことを考えてるんだ。それは分かってやれ」
「だから、分かってるってのに」
「勝手に分かってると思い込まずに考えろ、って言ってんの!」
「……お、おう」

 本当に、ユリの行動を縛ってるつもりなんかねえんだがな。ただ俺はあいつに無茶してほしくないだけだ。
 そんでもって、俺を理由に他人と揉めてほしくもない。
 もちろんユウナを攫ったのもそれをダシにオーラカを脅したのも、サイクスが非難されるのは仕方ない。だがいつまでも拘ることでもねえだろ。
 ……本音を言えば俺は、アルベドを偏見の目で見てた頃の自分を責められてる気がするから、あいつとサイクスの仲が拗れるのが嫌なんだ。

 チャップは気持ちを落ち着けるように大きく息を吐いて俺を見た。
「なあ。その“前回”ってのでさ、俺は去年の作戦で死ぬはずだったんだろ?」
「……ああ」
「じゃあ、今ここにいる俺は“前回”と関係ないわけだ。本来いないはずの存在なんだから」
「ん……まあ、そう言えるかもな」
 だがそれはユリも同じだとチャップは言う。ユリもチャップも、そして俺も、本当のところ“前回”なんか関係ないんだと。

「何が起きるか知ってるからそれを基準に動いちまうんだろうけど、俺もユリも、兄ちゃんだって、今を生きてるんだよ」
「……」
 そんなこた分かってんだよ、って言ってもまた「分かってない」とか言われんだろ。
 今を生きてるなんて百も承知だ。だからこそ前回の轍を踏まねえように頑張ってんじゃねえかよ。
 ……何がどう間違ってんのかさっぱり分かんねえ。

「なんか、心配だな。その調子じゃいつかユリと大喧嘩するぞ」
「妙な予言すんなよ……」
 ユリと喧嘩なんて想像つかねえ。なんだかんだ言ってあいつは自分から折れてくれるしよ。
 それとも、まさにそれが“ユリの行動を縛ってる”ってことなのか?
「前回のことより、ユリの気持ちを考えてやれよ」
 俺はいつだってそうしてるつもりなんだ。

 さて、ユウナたちは出発の準備を終えた頃だろう。俺もそろそろ行かなきゃな。
「お前もうルーと話したのか?」
「うん。待ってるからなって、言っといた」
「そっか。……ルッツとは?」
「あいつらが出発する前に挨拶はした」
「……」
 引き留めるつもりは、ないらしいな。
 チャップにその気がないなら仕方ねえ。あとは俺がなんとかして説得するだけだ。

「んじゃ、まあ……行ってくる」
「うん……」
「オーラカのことはお前に任せる。頼んだぜ」
 俺がそう言ったら、チャップは珍しく照れ臭そうに笑った。
「そっちこそ、しっかりな」
「ああ」

 港広場の長い階段をのぼったところでユウナたちが待っていた。
 まだティーダは来てないが、ユリはこっちに合流していたようだ。当たり前みたいな顔して俺に手を振るもんだから脱力しちまった。
「ワッカ、遅いよー」
「お前なあ。今までどこ行ってたんだよ」
「ん? 何が?」
「何がじゃなくて……」

 前回はここで優勝したんだ、なんて言っといてあっさり負けたのは、めちゃくちゃカッコ悪いよな。
 でもよ、試合終わって労りの言葉もないどころかユリがいないってのはちょっとショックだったぜ。
 カッコ悪いとこ見られてもいいから控え室で待っててほしかったんだ。

 素知らぬ顔してるユリに苦笑しつつ、ユウナが俺に向き直る。
「ワッカさん、もういいの?」
「おう。結果はアレだが、気持ちにケリはつけてきた。ここからはユウナのガード一筋だ」
「そっか……。それじゃあ、改めてよろしくお願いします!」
「こちらこそ、何卒よろしくお願い致します、っと」
 あんまり改まって言うのもなんか照れるな。

 話題はティーダのことに移った。
 たぶん今頃どっかでアーロンさんと話してるんだろうが、あいつが合流するとは思ってないユウナが別れの挨拶をしに行くか迷っている。
 あいつが来るのを待つ間、ユリがこっそり俺に耳打ちしてきた。
「優勝できなくて残念だったね」
「そだな。どうせ勝てるのは知ってる、って油断しちまったぜ」
「嘘ばっかり。そんなこと頭になかったくせに」
「……まあ、な。何も考えてる余裕なかった」

 やっぱ練習不足だったよな。ユリがズーク先生と旅してる間、サボり気味だったツケが回ってきたんだ。
 それにチームの地力も足りてねえ。メンタルもフィジカルも鍛え直し、だ。
「気持ちだけで勝てりゃ苦労しねえか」
「でも一回戦は勝てたじゃん。二十三年ぶりの初戦突破だよ」
「おう……実感ねえけどよ」
 なんせ気絶してたからな。ああ、考えてみりゃ、それも後悔のもとだよなあ。

 ここで優勝したっつう“前回”があるからこそ、もっと鍛えとかなきゃいけなかったんだ。
 サイクス戦を余裕で流して万全の態勢でゴワーズに挑めるようにしとくべきだった。
 ああすればよかった、こうしとけば勝てた、そんな考えが今さらぽんぽん浮かんできて消えねえ。
 やっぱよ、優勝……したかったな。これで引退なんて腑に落ちない。
 ユウナの旅が終わったら、また我慢できずにスフィアプールに戻っちまいそうだ。

 ケリつけてきたって言ったそばから未練が湧いてくる。そんな俺を見上げつつ、ユリがぽつりと爆弾発言を落とした。
「そういえば、オーラカが勝ったらキスしてくれるんじゃなかったっけ」
「……は!?」
 な、なんだそりゃ、んなこと言った覚えはな……いや、ある。
 確かに言った。去年の試合で、俺が原因でオーラカがズタボロに負けた時だ。
 なんでだったかキスをするのしねーのって話になって「オーラカが勝ったら」って誤魔化したんだった。

「いや……でも、あれだ。優勝逃しちまったしな」
「優勝したら、とは言ってないじゃん」
「じゃあ訂正する。優勝したら、っつーことで」
「もう引退するくせに?」
「う……」
「もし優勝してたら『旅が終わったらな』って言ったんだろーね」
「そ、そんなことは」
「それで旅が終わったら『結婚してから』って言うんだ。結婚したら今度は……」
 悄気るユリに焦った。ちょっと待て、俺は何も、したくなくて先に延ばしてるわけじゃねえぞ!

「べつに嫌ならいいよ。無理にしてほしいわけじゃないから」
「嫌とは言ってねえ! ただその、ケジメっつーかなんつーか」
 今は大事な旅の途中だ。ましてユウナは自分が死ぬ覚悟を決めてる。そいつの横でヘラヘラしてたくないだろ。
 自制するなら徹底的にしとかないと、旅の最中でも浮かれちまうんじゃないかと心配なんだ。

「どうせ近い将来結婚するんだしよ、焦ることないだろ?」
「……分かってるよ」
 おいマジで分かってんのか。なんか誤解して勝手に傷ついてる気がするんだが……。

 チャップの不吉な予言が頭を過る。慌てて弁解しようとしたところでユウナが声をあげた。
 見れば階段を上がってくる人影が二つ。あああ、もう来ちまった。
 いやもちろんあの二人が来てくれんのはありがたいんだが、ユリのフォローするタイミングを失ったのが痛え……。

「ユウナ。今この時よりお前のガードを務めたい」
「えっ?」
「不都合か」
「いいえ! ね、みんな、いいよね?」
「お、おお、もちろん。アーロンさんが加わってくれるなんて光栄っす。なあ?」
「なんで私に聞くの?」
「う……」
 ダメだ、やっぱすげえ機嫌悪い。

 仏頂面のユリを見てティーダが首を傾げる。
「なんだよワッカ、ユリと喧嘩したのか?」
「し、してねえよ!」
「大変ッスね」
 喧嘩……いや、こんなもん喧嘩の範疇じゃねえよな。ちょっと機嫌を損ねただけだ。

 旅の予定を確認し合うのはアーロンさんたちに任せ、不貞腐れてるユリの腕を引いて少し離れる。
「ユリ」
「何?」
「あのな、俺はお前が好きだぞ」
「え……?」
 しばらくポカンとしてたユリだが、なぜか盛大なため息を吐いた。その反応はねえだろ。
「なんかよく分からないけど怒ってるからとりあえず機嫌とっとこ、って感じが見え見え」
「う!?」
 いや、機嫌なおしてほしいのは事実だが、断じて嘘は言ってねえぞ。

 もうなんつって弁解すりゃいいのかさっぱりだ。頭を抱える俺を見てユリはようやく笑ってくれた。
「いいよ。ワッカが言葉足らずなのも何かにつけ言い方悪いのも、悪気がないのも知ってるから」
 とんでもない言われ様だな、おい。否定できねえけどよ。
「私もワッカのこと好きだよ」
「……おう」
 よかった。とりあえずホッとしたぜ。

 大体どうしてこんなややこしい状態になったんだっけか。
 オーラカの試合中どこ行ってたのかも聞きそびれてるしよ。
「魔物が襲ってきた時、大丈夫だったのか?」
「ん? うん。何だったんだろうね、あれ。シーモア様がいてくれて助かったよ」
 警備が手薄だったのに魔物を殲滅できたのは確かにシーモア老師のお陰だよな。
 しかし……今にして思えばあれはもしかして、魔物を呼んだのはとうのシーモア老師なんじゃないのか?

 前にも言ったことではあるが、ユウナたちに聞こえないよう声をひそめつつもういっぺん言っておく。
「シーモア老師には注意しとけよ」
「それ前も聞いたけど、何かあるの?」
「あの方はシンになりたいらしい」
「は?」
「死んだら苦しみも悲しみも消える。だから自分がシンになって、スピラを永遠に救うんだとさ」
 あの方の素性を知ってたせいか、ユリは前からシーモア老師に同情的だった。だから……心配なんだ。

 だが老師の目論見を聞いてさすがにユリも顔を引き攣らせている。
「なかなかアグレッシブな救済方法っすね。じゃあユウナと結婚するのってまさか……」
「究極召喚の祈り子になるためだ」
「わお」
「ってわけで、いろいろ危ねえ人だからお前はなるべく近寄るな。つっても、今のところ近寄る機会もねえけどよ」
「そ、そーだね! あはは」
 笑うとこじゃねえよ。真面目な話だっての。

「んで、俺たちの試合も見ずにお前はどこで何やってたんだ?」
「えぇ? まだ聞くんだ。しつこいなあ」
「正直に言えばすぐ終わんだよ。無茶してねえだろうな」
 もちろん立ち入り禁止区域に侵入してレフリーを告発する証拠探しなんかしてないよな、と睨む。
 ユリは何食わぬ顔で答えた。

「アルベドが寄越した脅迫メッセージを証拠品として評議会に提出しただけだよ」
「……あ?」
「私一人で訴えても仕方ないから、アルベド・サイクス以外の全チームに協力してもらったけどね」
「ぜ……全チームって、」
「ルカ・ゴワーズ、キーリカ・ビースト、ロンゾ・ファング、グアド・グローリー。みんなで訴えればさすがに運営側も動くでしょ」

 アルベド・サイクスと例のレフリーは少なくとも今シーズン出場停止になるはずだとユリは言う。
 しかも不正の事実が公表されれば停止処分が解けたところで観客の不信感は何十年も拭えないだろうと。
 復帰後、あいつらが実力で勝ったとしても常に疑いの目を向けられるんだ。
 どうせまた裏で相手を脅したに違いない……そんな風に言われながら戦うなんて想像しただけでもゾッとする。

 他のチームのやつらがユリに協力したのは分からなくもないことだ。
 端から見てもシュートを打てるところで打たない俺たちの行動は怪しかっただろう。観客だって不正に感づいてる。
 アルベド・サイクスが何の処分も受けなけりゃ、普段からそんな裏取引が横行してると思われかねない。
 自分たちの潔白を示すためにサイクスを糾弾したってわけだ。
 しかしユリが行動しなかったら他のチームはそう熱心に動かなかったんじゃないか。
 ……処分が厳しくなればユリが恨まれるかもしれない。それが一番、怖い。

「あのな、後でアルベド族がユウナのガードになるって、言ったよな」
「覚えてるけど。だから何?」
「何ってお前……サイクスのやつらと拗れたら、そいつがやりにくいだろ?」
「どうして私がそんなことに気を遣わなきゃいけないの?」
 だってお前、リュックと仲良かった、っつーかこれから仲良くなる予定なんだぞ。
 なのにリュックの知り合いだったり友人だったりするサイクスのやつらと険悪になったら、気まずいじゃねえか。

 やっと持ち直してきたはずの機嫌がまた急降下してる。それは分かってたが、ここは引けなかった。
「俺の怪我なんかすぐ治るだろ。今すでにどうってことねえし。だから見逃してくれって言ったんじゃねえか」
「やだ」
「駄々捏ねてんじゃねえよ」
 こんなことならユウナが誘拐されるのを阻止するべきだったのかもな。今さら後悔しても遅いけどよ。

「お前がアルベドと揉めるのは嫌なんだよ、俺は」
「私は怒っちゃいけないの?」
「そうじゃなくてだな、」
「ワッカが脅されてあんな目に遭わされて、それでもアルベドを許さなきゃいけないわけ?」
「ちょい待て、落ち着けよ」
「私がボコボコにされても、そいつになんか事情があったらワッカは簡単に許すの?」
「……」

 そりゃ俺だって、もしユリが誰かに殴られでもしたら、どんな事情があっても絶対に許さねえ。
 こんな華奢で頼りなくて大事なやつなんだぞ。ぶっ殺しても足りないに決まってる。
「でも、俺とお前じゃ違うだろ」
 俺はちょっとラフプレイ食らった程度じゃ何ともねえんだし……。

 どこで限界を越えたのか。ユリは全身に怒りを漲らせて俺を睨みつけて叫んだ。
「ユウナ! 私ちょっと先に行ってるから!」
「えっ?」
「おい、ちょっと待てって」
「頭冷やしたいから放っといて!」
 伸ばした俺の腕を振り払って、ユリは一人でミヘン街道に出ていった。

 俺たちが言い争ってたのを知らないユウナたちはいきなりのことに呆然としている。
 やがて我に返ったルールーが呆れたように息を吐いた。
「ユリといいチャップといい、滅多に怒らないのに。どうしてあんたはしょっちゅう怒らせてるのかしらね」
「俺が聞きてえよ……」
 やり方が間違ってんのかもしれねえ。でも俺はいつだってあいつらのためを思って言ってんだ。
 それが毎回毎回、裏目に出てよ……俺だって結構、堪えるぜ。

 かなり先走っていたユリと合流できたのはルカを発って三日後、旅行公司でのことだった。
 黒魔法が使えるのも考えもんだな。自分で戦えるから勝手にどこまでも行っちまう。
 ……や、だから、これがダメなんだよな……。ユリが一人で行きたいと思うなら好きにさせてやらなきゃいけねえんだ。

 笑ってユウナを迎えたユリはもう怒ってないみたいだった。
 俺を見上げてくる表情にも怒りは感じられない。
 ただ、べつに腫れても赤くなってもいないんだが、目を見てたら少し泣いたんじゃないかって気がした。
 罪悪感がそう思わせるだけかもしれねえけど。

「……この間は、ごめん」
 謝るつもりでいたのに先を越されてへこむ。
「いや、俺も……悪かった」
 なんでこうなっちまうのか自分でも分からんが、ユリを怒らせたかったわけじゃないんだ。
「嫌な気持ちにさせてごめんな」
「ワッカは悪くないよ。私の心が狭いだけ。……アルベド・サイクスのこと、許せるように頑張ってみるね」
 もうそんなのはいいから、いっそのこと「てめーのこういうとこが気に障るんだよ!」ってはっきり言ってほしいぜ。

 気を抜くとため息が漏れる。
 ここんとこユリを苛つかせちまうことが多い気がするんだ。
 なんでかって、よく考えりゃ前回ユリは討伐隊に入ってたから今の時期は一緒に行動してなかった。
 そのせいなのかもしれねえ。たぶん俺が、うまくやれてないってことなんだろう。

 ユリは自室に戻り、俺は待合室でボーッとしていた。
「あーあ……」
「ワッカ、大丈夫ッスか?」
「だいじょーぶじゃねっすよ」
「へこんでんなあ」
「俺はダメなやつだぁ……」
 自棄酒ってのは大嫌いだが今はちょっと飲みたい気分だった。

 前回の記憶を辿ればユリを泣かせちまったことは何度かある。
 でもユリが俺に本気でキレたって記憶はどこ探しても見当たらない。精々が呆れたり苛立ったりってくらいだ。
 どうしてあんなに怒ったのか知りたい。知っておかねえと、いつの間にか嫌われちまうんじゃないかと不安だ。
 なのに聞くのが怖かった。ユリが俺を嫌う可能性について考えたくねえんだ。

 ティーダは徐に俺の隣にしゃがんだ。そして不意に呟く。
「ユリって、いいやつだよな」
「おう。そーだろそーだろ!」
「ってなんでワッカが胸張ってんだよ。ユリの親かっつーの」
 しゃーねえだろ。あいつが好かれんのは自分のことみたいに嬉しいぜ。
 そんでもって誰かがユリのことを嫌うのは自分が嫌われるよりもキツいんだ。
 敵を作るような真似はしてほしくない。心配して……何がいけねえんだよ。

 どうやらティーダは放っといたら一人で落ち込んでいきそうな俺を見兼ねて相手してくれてるらしい。
「そのユリが惚れてんだからさ、ワッカもいいやつだろ」
「そうかぁ?」
「ダメなやつなんて言ったらまた怒られるッスよ。ユリの惚れた相手貶してんだから」
 あいつが惚れるに足る男であれ、ってか。難しい話だぜ。

 ほんの三年前までは「妹離れの覚悟しとかねえと」なんて考えてたのにな。
 今じゃユリが俺から離れていくことなんか想像したくもねえ。
 あいつと一緒に暮らす未来を手に取るように思い出せるってのによ。その記憶を抱えてあいつのいない日々を過ごすのは、キツいなんてもんじゃねえ。
 前回の通りにしようと思えば思うほどズレていく気がするんだ。チャップを助けて……変えるのは簡単だったのに。
 それはもしかしたら、俺とユリが結婚する未来だって簡単に変わっちまうかもしれない、ってことなのか?


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