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🔖予想外の悪夢



 闇のクリスタルを守るため地底世界にやって来たが、早々に赤い翼とドワーフ戦車隊の戦いに巻き込まれてエンタープライズは不時着した。資材を手に入れなければ再び飛ぶこともできない。ひとまず近くに見えていたドワーフの城へと向かう。
 ゴルベーザの仲間と見られるのではないかと不安だったが、ドワーフは俺たちを快く迎えてくれた。アガルトの住民も鷹揚な性格だったが、その先祖たるドワーフは彼ら以上に呑気なのかもしれないな。
「私はこの地底を治めるドワーフ王、ジオット。旅の御仁よ、無事で何よりじゃ」
「ありがとうございます。不躾ですが、闇のクリスタルは安全なところに保管されていますか?」
「やはりそのことで空から来なすったか」
 赤い翼の砲撃を受けて不時着したお陰……と言うのも妙だが、先だっての光景を目撃されていたようで、少なくとも彼らの仲間ではないと認められた。

 髭と兜で分かりにくいが、ジオット王は無念そうな顔をしている。どうやら状況は芳しくないらしい。
「既に二つのクリスタルが奴らの手に渡ってしまった。しかし我が城のクリスタルは無事じゃ。戦車隊が敵を追い返したからな」
 とはいえそれはつまり、ここにクリスタルがあるのは知られているということでもある。バロンから手を引いたゴルベーザはすぐにでも全戦力を地底に送り込んで来るはずだ。
「さきほど飛空艇と戦っていた戦車ですか」
「うむ。地上にあのような兵器があるとは……自慢の戦車隊も空から攻撃されては、ちと苦しい。そなたらの飛空艇で援護してはもらえぬか?」
 赤い翼を蹴散らしても俺たちにとって大した意味はない。ゴルベーザと直接対決をしなければ事態は解決できないだろう。
 どちらにせよエンタープライズは壊れている。ジオット王の要請に苦々しげな返事をしたのはシドだ。
「ワシらとしてもできれば助けたいが、さっきの砲撃と不時着のせいでちっとばかりイカれちまったんですわい」
「修理に必要な資材なら用意させるが」
「ここでできるのは応急処置くらいじゃ。今のままでは溶岩の熱に船体が耐えられんから、地上に戻って補強せんといかん」
 耐熱性に優れたミスリル鉱で補強すれば地底の溶岩の上でも飛べるようになる。バロンに持ち込んで改造すれば明日には完成させられるとシドは言う。明日とは無茶だな。技師たちは泣かされるに違いない。
「シド、気をつけてね……」
「ほっほ、ローザ! ワシに惚れるなよ!」
「え!?」
 ……セシルよ、お前がそこで慌てる必要はないと思うぞ。

 エンタープライズに応急措置を施してシドは一旦地上に向かった。飛空艇が戻るまで、戦車隊と俺たちだけで敵を食い止めなければならない。
「ジオット王。この城のクリスタルはどちらに?」
「玉座の裏の隠し部屋じゃ! ここならば、私の目の黒い内は安全じゃからな」
 確かに、王とクリスタルが一所にあればドワーフ兵としても守りやすいだろう。ゴルベーザもドワーフの城内部の構造までは知らないから直接テレポしてくることはない。
 だが、隠し部屋と聞いてヤンが険しい顔になる。彼は足音を消して壁に近寄ると、玉座の裏に耳を当てて様子を窺い始めた。
「どうした、ヤン?」
「誰かが盗み聞きしているようだ」
 俺とセシルも辺りを探るが人の気配は感じられなかった。もしゴルベーザがいるのなら、彼の膨大な魔力に誰も気づかないはずがない。
「ふむ……万が一のこともある。扉を開けい!」
「ラリ!」
 ジオット王の合図で隠し扉が開かれ、ヤンに導かれるままクリスタルルームに入った。やはり人はいないようだが……。
「あれは……何だ?」
 気配がしないはずだ。そこにいたのは生き物ではなかった。背後でローザが小さく悲鳴をあげる。
「僕らは陽気なカルコブリーナ! 怖くてカワイイ人形さ!」
「君らを倒して、ゴルベーザ様への土産にさせてもらうよ!」

 からくり人形たちが自らを分解させながら合体し、巨大化して立ちはだかる。この外見はドワーフの趣味なのか……、こればかりは相容れないな。
 とにかくゴルベーザの差し金とあっては放置もできない。槍を手にセシルと並んで人形に立ち向かうが、やつに近づくごとになぜか体の動きが鈍った。水の中にいるかのように手足の自由が効かなくなる。次第に酷い頭痛がしてきた。
「カイン、大丈夫か?」
「あ、あ……。セシル、すまんが少し離れる」
 人形から距離を置くと頭痛は治まった。そして頭の中に聞き慣れた声が戻ってくる。
『あの人形を動かしているのは支配の魔法だ。影響を受けて精神が乱れるんだろう』
「リツ!?」
『頑張れ。俺が自由になったらセシルたちの不意をついてクリスタルを奪うからな』
 そして俺の精神が弱ったからリツが目を覚ましたというわけか。憎まれ口を叩きつつもリツは自身の精神を盾に俺を庇ってくれているようだ。少しは体が動くようになっていた。左手に力を籠めて槍に意識を集中する。

 魔法で操られているといえども所詮は人形。ローザの支援を受けつつ三人がかりで挑めば呆気なく分解された。しかし奴らは単なる時間稼ぎだったようだ。
 クリスタルルームに異様な気配が満ちる。闇を切り取ったかのごとく、漆黒の甲冑が姿を現した。
「ゴルベーザ!」
「先日は世話になったな、諸君。あの時の礼に私の目的を少しばかり教えてやろう」
 圧倒され、動くことができない。精神魔法の影響を受けてしまうのは俺自身に迷いがあるからではないのか。陛下亡き今、己の正義を信じられるセシルとは違い、俺は迷い続けている。
「光と闇、八つのクリスタル……それは封印されし月への道、バブイルの塔を復活させる鍵だ。月には我々の人知を超えた力が眠っている。このクリスタルで七つ目……滅びの未来までは残すところ後一つとなったわけだ」
 話の裏でゴルベーザは何かの魔法を組み立てている。リツの精神を通じてそれを感じ取っているのに、セシルたちに警告を与えてやることができない。口を閉ざしているのは支配の魔法か、リツの意思か、それとも俺自身の中にある、心の闇か。
「これも君たちのお陰だ。この礼もしなければなるまい」
『カイン、魔法が来る』
「……セシル!」
「受け取れ。これが私からの、最後の贈り物だ」
 咄嗟にできたのはセシルを突き飛ばすことだけだった。

 ゴルベーザが行っていたのは黒竜の召喚だった。呪縛の魔法を食らって視界が歪む。辛うじて意識があるのはリツと精神を分け合っているお陰か。
『落ち着け、ローザは無事だ』
 霞む視界の代わりにリツが気配を探ってくれる。ローザとヤンは黒竜のブレスによって気を失い、セシルは俺が突き飛ばしたので直撃だけは免れたようだ。しかし彼一人でゴルベーザに抗えるわけもない。
「リツ……頼む」
『俺に任せていいのかな?』
 他に方法もあるまい。支配の魔法は強力だ。ならば……ゴルベーザよりは、リツに操られた方がマシだ。
「動けぬ体に残された瞳で、真の恐怖を味わうがいい」
 黒い牙がセシルに向かって殺到するのを追いかけ、俺の体は俺の意思を離れて動き始めた。懐いているリツの存在を感じたのか黒竜は躊躇する。生命を刈り取る殺意の牙は俺の槍で掻き消された。
「カイン! すまない……」
「呆けるな、盾を構えろ」
 死人には精神魔法が効かないらしい。リツが肉体を支配している限り、俺は心を縛る魔法から逃れられる。ただしリツにはゴルベーザを倒すつもりなどないのだろうが。

 おろおろと主のもとへ戻った黒竜に苦笑し、ゴルベーザはこちらに向き直った。
「“カイン”よ、戻ってくる気はないのか?」
「……俺は……」
『果たさねばならない約束があるだろう、リツ。ゴルベーザのもとへ行けば世界を滅ぼすことになるぞ』
 お前の故郷、ベイガンに託されたものでさえ、クリスタルの力を用いて滅ぼされるだろう。ミストやダムシアンを破壊したように。……それでもリツは迷っていた。
 まるで悪意の誘惑から彼を覆い隠すかのように、どこからともなく白い霧が出てきた。黒竜が悲痛な声をあげて消え去り、召喚魔法を妨害されたゴルベーザは膨大な魔力を失って呻いた。
「馬鹿な……我が術を掻き消すとは……!」
「セシル! もう大丈夫よ!」
 霧が凝縮し、かつてミストで見たドラゴンが現れる。黒竜とは真逆の白い光がゴルベーザの身を焼いた。
 倒れ伏した彼の姿に焦燥と怒りを感じたのは、俺の心かリツの心か。危うく助け起こしそうになるのを踏み留まった。
 主君が倒されたショックから、リツは肉体の支配権を俺に返して寄越したらしい。

 霧が晴れ、そこに立っていたのは見知らぬ緑髪の娘だった。
「ゴルベーザを……倒したのか……、君は?」
「久しぶりね、セシル!」
「まさか……リディア!?」
 どうやらドラゴンを呼び出した召喚士はセシルの知り合いらしい。しかしミストの村にいたあの女性は既に故人だ。それとも他に生き残りがいたのだろうか。
 セシルが回復魔法を唱え、ローザとヤンも目を覚ました。
「ありがとう、リディア」
「かたじけない。お陰で助かった」
「でも、その姿は一体?」
「リヴァイアサンに飲み込まれたあと、幻界に連れて行かれたの。幻獣たちと友達になって、みんなを助けるために魔法の特訓をしたのよ! でも幻界はこっちと時間の流れが違うから……」
「それで大人に?」
 ついて行けずにいる俺とヤンに気づくと、セシルは改めて彼女を紹介してくれた。
「ミストの村のリディアだよ」
 いや、誰だ。
『タイタンを呼び出した子供だって』
 あの時の、母親に縋って泣いていた子供か? これは驚いたな。姿が変わっていることもだが、俺たちを助けてくれるとは……。
「幻界の王妃様に言われたの。今、もっと大きな運命が動いている……私たちが立ち向かわなくちゃいけないって……」
「リディア……」

 ふとリツが笑っている気配がした。セシルが瞠目してクリスタルの台座を凝視する。
「ゴルベーザ!」
「私は……死なぬ……!」
 確かに死んでいたはずのゴルベーザが音もなく起き上がり、クリスタルに手を伸ばしていた。慌てて駆け寄るが間に合わず、彼は三つめのクリスタルを手に素早く転移魔法で逃げ出してしまった。
「くそ! 生きていたなんて!」
『間抜け』
 リツめ、気づいていて言わなかったな。俺の手助けはしてくれても完全な味方になってはくれないのか。まったく扱いにくいやつだ。
『ゴルベーザ様はもしかすると、俺たちと同じかもしれない』
「何……?」
 どういう意味かと問いたかったがセシルたちの手前あまり話せず、リツもそれ以上は答えてくれなかった。


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