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🔖 モニターからは優勝パレードの様子が流れてくる。
いつものように、その中心でムカつく笑顔を振り撒いてるのはビクスンたちだ。
港の広場から中継される大歓声が余計に控え室の空気を暗くしてる気がした。
いや、負けたっていつもならこんなに暗くはなんねえよな。どう考えても、これは俺の責任だ。
「すまん」
俺がボソッと呟いたのをきっかけに、抑えてたチャップの怒りが破裂したらしい。
「全然集中できてなかった」
「分かってる」
「反省点は山ほどあるよな」
「だから分かってるって」
「表面だけ分かってても意味ないんじゃないの?」
「ぐっ……」
「どこがどう悪くて次はどうするつもりなんだよ」
「そ、それは……」
「一体なにを“分かってる”んだか」
そんな畳み掛けるみたいに言わなくてもいいだろーが!
俺だって反省してる。というか、見ての通り自己嫌悪でどうしようもねえ状態だ。
オーラカは惨敗だった。俺たちが初戦敗退したって誰も驚きやしねえだろうが、今回は特に酷かった。
……全然、試合に集中できなかったんだ。ボールの場所さえまともに把握してなかった。
プールから見えるわけもねえのにジョゼ海岸の方角が気になって、そこに広がってるであろう光景が頭から離れなかった。
そんなもん全部くだらねえ言い訳だがよ……。
今回、チャップは死ななかった。だが作戦自体は俺たちの行動と関わりなく決行された。今この瞬間、あそこで何十人もの死者が出てるんだ。
素直に喜びを噛み締められない気持ちの悪さが腹の底に渦巻いて……結果、俺がチームの足を引っ張っちまった。
チャップが怒るのも無理はねえ。これで俺が「討伐隊のやつらが気になって集中できなかった」なんて知ったら、もっと激怒するだろうな。
シンと戦うのをやめてこっちに付き合ってくれ、つったのは俺だってのによ。
唸るような声でチャップの説教は続く。
「今までは精一杯やっての負けだった。負けてもやるだけのことはやってたんだ。今日の有り様は何だよ」
「……」
「俺たちが勝つには人一倍頑張らなきゃいけないのに、キャプテンが腑抜けてちゃどうしようもない」
「ま、まあ落ち着けよ、チャップ」
「ワッカさんだけのせいじゃないって」
「そうそう、俺たちもいつも通りダメだったしな」
「うん、いつも通りだったよな!」
「お前らなあ……!」
怒りの矛先が自分たちに向けられそうになったところでジャッシュが慌てて遮った。
「そっ、そういやユリは? あいつどこ行ったんだ?」
言われてみると姿がねえな。いつもなら試合が終わる頃には控え室で待ってるんだが。
全員の視線がなんとなく控え室のドアに向かい、チャップが白けたように呟く。
「オーラカに愛想つかしてゴワーズのパレードでも見に行ったんじゃないの」
「んなっ、バカなこと言うな!」
あり得そうなのがまた嫌だ。ユリはブリッツやってるやつに満遍なく好感持ってっからな。
今は見知らぬ他人だからいいが、なんかのきっかけでビクスンたちと知り合ったらすぐ仲良くなっちまいそうだ……。
いや、でも、あいつはオーラカ一筋だ。たとえ俺たちが、というか俺がどんな不甲斐ない姿を見せても……だ、大丈夫、のはずだ。
焦り始めた俺を見下ろしてチャップが一言。
「そんな様じゃ、いつかユリにも見捨てられるぞ」
俺の心臓にそれがグサッと刺さったのと同時、ちょうど控え室のドアが開いた。
「私がなんて?」
「ユリ……いや、なんでもねえよ」
タイミングが良いやら悪いやら、ひとまずチャップの怒りが静まったんで俺たちは安堵の息を吐いた。
俺がどうして集中を乱してたのかユリは知っている。そのせいか妙に気まずい。
微妙な空気を察してチャップが怪訝そうにユリを見つめた。
「……なあユリ、今日の試合、兄ちゃんの動きはどうだった?」
「おい、聞くなって」
「ごめーん、実は試合見てなかったんだ。ルーに聞いたけどいつも通りボロ負けだったらしいね」
ド直球すぎるユリの言葉にメンバーが分かりやすくへこんだが、チャップだけは眉をひそめている。
「見てなかった?」
「ちょっと他に気がかりなことがあってさ」
「……ユリが、オーラカの試合を見てなかった?」
今日の試合はむしろ見てなかった方がいいと思ったんだが、チャップは呆然と呟いた。
「ユリにすら見捨てられるなんていよいよ終わりかな」
「えっ」
「う!?」
「そ、そんな!」
本気で深刻そうな顔のチャップに他のやつらまで顔面蒼白になる。
まあ応援だけならビサイドのやつらもしてくれてるが、本気でオーラカが勝つ日が来るなんて信じてんのはユリくらいだしな。
こいつに見捨てられるようじゃあ本気でまずいってことだ。……まあ、ユリが試合を見てなかった理由、俺は分かってるけどよ。
絶望的な雰囲気に慌てたのはユリの方だった。
「いや、そりゃ試合は見てなかったけど心では応援してたよ!? てかべつに見捨ててないし! 何この空気?」
「……今日は歯が立たなかったんじゃなくて、俺のミスで自滅したんだよ」
「えっ! ……あー、把握しました」
つーか、ユウナはともかくルールーもユリに試合内容を詳しく教えなかったのか。
ルーにまで気を遣わせるほど酷かったってこったな。
空気を変えるために、ユリは明るく言った。
「こういう時もあるって。シーズン始まったばっかりなんだから気を取り直して頑張ろうよ」
「そ、そうだよなぁ?」
「まだ終わったわけじゃないもんな」
「トーナメントで負けてもリーグ戦で見返してやればいいんだから」
「トーナメントで勝てないのにリーグ戦で勝てるわけないだろ」
「こらチャップ、水差すな。勝負は時の運。一回のミスでウジウジしない!」
「お、おう!」
「よっしゃ、明日に向けて基礎練習からやり直しだ!」
「おー!」
……キャプテンとして言うべきじゃねえんだけどよ、単純だなあ、うちのチームって。
トレーニングルームに向かうメンバーをため息で見送りつつ、チャップが俺を振り返った。
が、ひたすらジトッと睨みつけるだけで黙り込んだままだ。
「……何だよ」
「べつに。言わなくても分かってるはずだし、分かってないとしたら驚くよ」
「うるせーな。ちゃんと反省してるっての」
「くどくど説教される気持ち、少しは分かっただろ?」
このしつこさは誰に似たんだ、まったく。俺か?
しばらく長引くかと思うと気が滅入るぜ。誰の影響だかチャップは怒ると長いんだよなあ。
……ああ、それも俺に似たのか。
「ユリも、兄ちゃんを甘やかすなよ」
「え? やだ。甘やかすよ」
あっさり返されて俺もチャップも呆気にとられた。
自分の弟に向かって今から甘やかす宣言された俺……この居心地悪さをどうしてくれるんだ。
毒気を抜かれたのかチャップは困った顔で頭を掻いた。
「あー、まあいいや。俺もトレーニングしてくる」
一気に怒りが萎んだらしいその背中に慌てて声をかけた。
「チャップ!」
「何?」
「……その、悪かった」
どんな理由があったって、今回だけは試合に全力を尽くさなきゃいけなかった。
自分の意思を曲げて俺に付き合ってくれたチャップに、謝る以外なにができるってのか。
苦々しく息を吐いて、それでもチャップの表情は少し和らいだようだった。
「次はないからな」
「おう」
チャップが出て行き、控え室のドアが静かに閉まる。ユリも俺の隣に腰かけてぼんやりモニターを眺めていた。
「試合は散々だったけど、チャップが助かってよかったね」
「そうだな」
よかった。そうだ。その気持ちに嘘偽りはない。でもなあ……。
たぶん、ユリも……ジョゼ海岸の様子が気になって試合を見る気分じゃなかったんだろう。
チャップが作戦に参加しなかったんでルッツが俺に連絡を寄越すことはない。
だが、報せがなくても今日どれだけの人間が死んだのか、よく知ってる。
ユリが「自分のせいだと思うな」と言った本当の意味が分かった。
チャップを死なせずに済んだ、助けることに成功した……その反動で、今日ジョゼで死んだやつらを見殺しにした気分になる。
正直、試合の反省なんかしてらんねえくらいキツい。
モニターから俺に視線を移してユリは悲しそうに言った。
「あのね。あとはあんまり変えない方がいいと思うんだ」
「んあ? 何を?」
「起こる予定のこと」
チャップが生きてたらユウナは旅立たないかもしれない、そうすっとシンを倒すやつがいなくなる。
変えれば変えるほど俺が知ってる“前回”とはズレていく。
それでもいいと思ってた。未来に何が起こるか知りようがないのは当然だろ。それが普通なんだ。
だが“予定されてた未来”を知ってると無駄な痛みを抱えちまうって事実を、今日になって思い知った。
死ぬと分かってたのに救えなかったんなら、今日ジョゼにいたやつらは俺のせいで死んだも同然じゃないのか。
チャップを助けといて他のやつらは見殺しか? 弟じゃなきゃ助けなくてもいいのかよ。
……そんな風に、考えても意味ねえことを考える。
弟一人くらいなら説得して決心を変えられたが、作戦まるごと潰して全員を救うなんて俺には無理だ。
かといって「無理なことだった、仕方ない」と割り切るのも難しい。辛いもんは辛いんだ。
「お前が心配してることは、俺もなんとなく分かってる」
「うん……」
ユリの言うように、こっから先なんも変えずに流されていくのは、たぶん一番楽なんだよな。
その道を選べば考えるのをやめて諦めるだけで済む。でもな……。
「前に話しただろ、ティーダってやつのこと」
「覚えてるよ」
「あいつなあ、始めは家に帰りたがってたんだ。でも結局最後まで一緒にエボン=ジュと戦ってくれた」
そんな義理なんか、なかったのにな。
あいつのザナルカンドを作り出したのは千年前のスピラの人間で、今度はそいつらの都合で消えちまうって、分かってたくせによ。
「中途半端に手出しすべきじゃねえって、分かってんだけどよ……」
助けたいと思う気持ちはどうしようもない。
前回はチャップが死んで、ユウナのガードになって、俺も自分の死を覚悟した。
って言えば聞こえはいいが、要するに生きていくことを考えるのが面倒になってたんだ。
そんな俺もチャップにどっかしら似てるあいつに会って……気持ちに区切りがついた。
無理やり何かのせいにするんじゃなく、弟を喪った事実をすとんと受け入れられるようになった。
今日チャップを助けられたみたいに、あいつのことも助けてやりてえ。
成功しても失敗しても今みたいな苦い気持ちを味わうはめになるんだろう。それでも構わねえ。
「死んじまったやつらにゃ悪いが、俺はやっぱり、チャップが生きててよかったと思う」
「そうだね。それは素直に喜ぶべきとこだよ」
「なんつーかよ、未来を知ってても知らなくても、身内が死ぬのは……誰だって嫌だろ」
「……そっか。そうだよね」
大事なやつが異界に足を踏み入れようとしてたら後先考えずに手を伸ばしちまう。そんなのは、当たり前のことだ。
しばらく俺を見つめていたユリは、やがて優しく微笑んだ。
「分かった。ティーダが消えなくて済む方法、私も考える」
「頼りにしてんぜ」
「任せたまえ!」
やたら自信満々なユリに笑ってしまった。しかしまあ、一人でぐだぐだ悩まなくていいってのは本当ありがてえな。
そして、ついでに言っておくべきことを思い出した。
「ああそうだ、お前、一年後のミヘン・セッションには参加すんなよ」
「えっ、私も討伐隊に入ってたの? なんで?」
「なんでって……俺が知るかよ」
「参加するなってことは私、死んだの?」
「いや、死んだら結婚できねえだろーが」
「あ、そっか」
なにやら間の抜けた会話だが、ユリの表情は真剣だった。
「私ってほんとにワッカと結婚するのかな」
「それを今さら聞くかぁ?」
「なんか想像できないんだもん。恋人っぽいこと、してないし」
色気もへったくれもないのは確かだな。でもビサイドにいる夫婦のほとんど似たようなもんだぜ。
ガキの頃から兄弟みたいに育ってそのまま結婚すんのに、色気なんか出るわけねえよ。
しかしユリはそれでも納得いかないらしい。
「ワッカってほんとに私のこと好きなの?」
「は?」
「本当に好きならキスくらいしてもいいんじゃない? ていうか、したくならないの?」
「いっ、いきなり何を言い出すんだよ」
思わずドアの方を確認した。……誰も覗いてねえよな。
そういや前回のいつだったか、ティーダが「ユリは都会的な人間だ」とか言ってたっけな。
ルカで働いた経験があるからだと思ってたが、やっぱ前世の影響も大きいんだろう。
ビサイドの結婚観とユリが望んでるものが食い違ってるのは俺も分かってる。
「ん」
分かっては、いるけどよ。なんで目瞑ってじっと待ってんだ。今ここでしろってのか!?
「あ〜〜〜、オーラカが勝ったら、そん時な」
「ちっ、逃げやがった」
「行儀悪ぃから舌打ちなんかすんじゃねえ。あと『しやがった』とかも言うな」
「……そういうとこだよ」
「何が?」
「はあぁ」
わざとらしいため息で誤魔化された。そういうとこって、どういうとこだよ。
「なんか、ずるい」
「へっ?」
「好きになってドキドキして気持ちが通じて結婚の約束して、私はそれ体験できないのに、ワッカだけ知ってるなんてずるくない?」
「俺に聞かれてもなぁ……」
「結婚しようって、言って」
「……い、今から結婚するわけじゃねえんだしよ、」
「その時になったら『今更だろ』って誤魔化されそうだもん。だから今ここで言って」
「信用なさすぎねえか?」
もう居た堪れねえからこの話は終わってくれ……って願いも虚しく、ユリは急に眉尻をさげて泣きそうな顔をする。
「もしかしたら心変わりするかもしれないもんね。だから迂闊なこと言えないんだ」
「んなこと言ってねえだろ!」
「……えーん」
だああっ、あからさまな嘘泣きだって分かってんのに……!
「だから、その……いろいろ面倒なことが終わったら、だな。俺と……結婚、してくれ」
「なんで?」
「なんで!?」
そこは普通に「はい」で良くないか?
つーか、なんでって何なんだよ。どう答えりゃ満足するんだ。頭痛くなってきたぜ。
ユリは俺が正解に辿り着くのを待ちつつ器用にベンチの上で正座している。落ちるぞ。
「前回そうしたから、そう決まってるから私と結婚するの?」
「そんなんじゃねえよ」
「ワッカは……本当に私と結婚したいと思ってるの?」
「当たり前だろーが」
「どうして結婚したいの?」
「なんでどーしてって、おめえは子供か!」
「いいからちゃんと答えて」
……待てよ。ひょっとするとこれは、好きだと言え、ってことか? ……言ってなかったっけか。
そういや「前回は俺とユリが結婚してた」って教えただけで、改めて好きだとか言ってない気もするぜ。
確かにそいつはちょっと問題だな。
「前回がどうこうじゃねえよ。ただ、俺が……お前のこと好きだから、嫁に来てほしいだけだ」
その瞬間ユリの表情は一変した。やっと納得してくれたらしい。
「私もワッカのお嫁さんになりたい。私と結婚してください」
「お、おう」
だから、そうするって最初から言ってんじゃねえか。改まって言わせるなよ。こっ恥ずかしいだろーが!
くそ、なんか知らんがめちゃくちゃ疲れた……。
しかし今のやり取りのお陰でちょっと気持ちが楽になったな。
もしかしたらユリは、俺に他のことを考えさせるために絡んできたんだろうか。
「前から聞こうと思ってたんだが、お前こそなんで俺の嫁になりたいんだ?」
「そんなのワッカが好きだからに決まってんじゃん」
「あ、そう……ですか」
「照れてる?」
「うるせえ」
いつから始まったのか思い出せないが、気づけばユリは俺にだけそんなことを言い続けている。
ユリが故郷をなくして以来あれこれ面倒見てたのはチャップも同じだってのによ。
考えてみりゃ、なんで俺なんだろうな。
お前いつから俺のこと好きなんだ、って自分から聞くのはどうも気が引ける……。
「私がワッカを好きになったのは四歳の時だよ」
「なんで考えてること分かるんだよ」
こいつもしかして俺の心が読めるんじゃないのか……?
いやそれより、四歳の時だと? そんな昔からとは思わなかった。会ったばっかりの頃じゃねえか。
初めて会った時は、まだユリの生まれた島も健在だった。
親父さんたちに連れられて何度か本島に遊びに来ていたのを覚えてる。
あの頃ユリは物心ついてもいなかったはずだ。 俺だって「向かいの島に住んでる子供連中の一人」くらいの認識だった。
「悪いけどよ。俺はその頃のことまったく覚えてねえぞ」
「小学生男子が年下の女子なんか気に留めてるわけないって。自分で言うのもあれだけど私はワッカの眼中になかったと思う」
ショーガクセイってのが何かも気になるが、じゃあどうしてそれが嫁になりたいに繋がるんだ。
そんなガキの時分に好きだの結婚したいだの考えるか?
「思えばライバルが強すぎたよね。でも障害があるほど燃えるって言うし」
「あ? ライバルって誰だよ」
「うん。あの時、いつか私が一番好きって言わせてやる! って決心したんだ」
「いや、だから一人で納得すんなよ」
この二十二年間、色恋沙汰とは縁がなかった。唯一の物好きがユリだってのにライバルなんかいるはずねえだろ。
だがユリは俺の困惑を無視して話を進める。
「きっかけなんてない。でも私は、初めて会った時からワッカのこと大好きだよ」
「そ……そうかよ」
「これからもずっと、何があっても、大好きだよ」
「ああもう分かったって!」
油断してたところに不意打ちだ。
そんな笑顔を見せられたら、細かいことはどうでもいいか、なんて思っちまったじゃねえか……。
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