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🔖 言ってしまえばシンを倒すのに究極召喚はいらない。中にいるエボン=ジュさえ倒せばシンは消えるから。
 ただ、究極召喚獣に取り憑いたエボン=ジュを引きずり出すのに、やっぱり召喚士の力は必要だ。

 千年かけて伝えられてきた教えの嘘が、シンを倒せなかった人々の苦労を伝えてくるような気がして怖かった。
 きっと寺院も本当にシンを倒す方法は昔から分かってたんだろう。知っていてもエボン=ジュに辿り着くことができなかった。
 そして絶望して、せめてもの救いとしてナギ節を作り出した。
 ワッカに聞いた限り、ユウナたちの手が永遠のナギ節に届いたのは本当に紙一重の偶然って感じだ。
 何かを少し間違えてフラグを立て損ねたら、未来はまるっきり違ってしまいそうだった。

 それに、ワッカの知識だけではよく分からないこともある。
 たとえばユウナのガードとして旅に加わるという“ティーダ”の存在だ。
 エボン=ジュを倒したあと、スピラ各地の祈り子様が眠りにつくと同時に彼も消えてしまうらしい。
 ティーダがどうして消えてしまったのか、ユウナたちが必死に調べたけれど真実は分からなかった。
 それに答えを与えてくれる人が、もう誰もいなかったから。

 彼は“ザナルカンド”からスピラにやって来たそうだ。
 北にある遺跡じゃなくて、眠らない機械仕掛けの都市、滅びたはずのエボンの故郷。
 私たちのザナルカンドと彼のザナルカンドは別物だ。ということは、その町はどこかに実在することになる。
 エボン=ジュの消滅と同時にティーダも、そして彼のザナルカンドも消えたのだとしたら……。
 シンという鎧を纏ってエボン=ジュが召喚していたのは、失われた故郷ザナルカンド。
 つまるところティーダ自身も、エボン=ジュの作り出した夢の一部だった、ってことになる。

 祈り子様と対話したならユウナも同じ考えに辿り着いたはずだ。
 だけど前回はユウナもワッカもルールーも、その可能性について話し合ったりしなかった。
 シンの恐怖からスピラを解放するために仲間の故郷がまるごと消失したなんて……理解したくないもんね。

 ティーダはすべてが終われば自分が消えると知っていたらしい。
 なのに、それを誰にも打ち明けることなくスピラのためにエボン=ジュと戦った。
 彼が消えてしまうと知ったら、決戦の時に私たちが躊躇するからだろう。

「ここまでの話に間違いはありますか?」
 私が尋ねたらビサイドの祈り子様は悲しげに首を振った。
 千年前の当事者が言うのだから私の予想は正しいんだ。あんまり嬉しくない。
 シンの倒し方が間違ってないのはいいけれど、それで夢のザナルカンドが消えてしまうってのは否定してほしかった。

 シンを倒してザナルカンドを存続することはできないのか。
 そんな私の問いに、祈り子様は目を伏せつつも答えてくれた。
『私たちはもう、夢を見るのに疲れたの……ごめんなさい……』
「……いえ。そうですよね」
 召喚する者がいなければ召喚獣は現出することができないんだ。
 同じように、夢見る者エボン=ジュがいなくなったら夢のザナルカンドもその姿を維持することはできない。でも……。

 ワッカは今、チャップの死を回避するので頭がいっぱいだ。だけど成功したら次はユウナの旅が現実として迫ってくる。
 その先にあるのがティーダの消失だってことも今回は分かってる。
 不意に失うのと、失うと分かっていて助けられないのでは、遺された人の苦痛も違ってくる。
 私はワッカが悲しむのは嫌だ。大事な人を亡くして荒れる姿なんて見たくない。
 打てるだけの手は先に打っておきたい。

「ジェクト様は、ブラスカ様のガードになって旅をしました」
 そして究極召喚の祈り子となり、もうすぐ新たなシンとして甦る。
「この旅は祈り子様が作り出した夢とは無関係の、ジェクト様自身が選択した行いですよね?」
『……ええ。彼は……先代のシンに触れ、境界を越えてスピラに現れたの』
「つまりその時点ではジェクト様も、エボン=ジュが見る夢の住人じゃなくて確かにスピラで生きていた」
 夢を抜け出したからといって強制的に連れ戻されるわけじゃない。一時的なものとはいえ前例がある。
 もしジェクト様が究極召喚の祈り子にならなければそのままスピラで生きてたんだ。
 きっと探せばエボン=ジュを倒してもティーダを現実に留める、夢を現実に変える方法だって見つけられる。

 前回と同じにはしない。未来を変えるために、私も前回と同じ道は歩まない。
『あなたはザナルカンドに行くの?』
「はい。そこへ行かなきゃ、何も始まらないと思います」
『そう……』
 私は召喚士になることにした。たぶんユウナは召喚士になると思うけれど、どちらに転んでもいいように“代わり”がいれば安心だ。
「祈り子様、私に力を貸してください」
 彼女が静かに頷くと、無数の幻光虫が私めがけて殺到してきた。
 光が胸を貫く。自分の意思じゃない、別の心で満たされるような感じ。

 召喚士の試練で、悪くすれば命を落とす人もいるって……納得だ。
 召喚獣を使役するには祈り子様と深く繋がらなければいけない。
 共鳴するほど自我が押し潰されて消えてしまいそうになる。
 祈り子様の魂が紡いできた千年もの時間、そこにあった多くの感情が溢れてきて自分を見失う。
 でも私は、心の中に他人の記憶を抱えることに慣れてるから、この時間を他人のものとして受け止められる。

 試練の間を後にすると、無人の暗い大広間で僧官長様が私を待っていた。
「じい様、戻りました」
「無事で何より。これもエボンの賜物であろう」
「あんまり嬉しくなさそうですね」
「……そのようなことは」
 彼は寺院勤めの人には珍しく、自分の管理する寺院で新しい召喚士が生まれるのを喜ばない。
 さすがユウナを匿って中央に嫌われただけのことはある。

 ブラスカ様の娘としてじゃなく、ただの幼子としてユウナが自由に暮らせるようお膳立てしたのも僧官長様だった。
 私が召喚士になったのも内心では苦々しく思ってるらしい。

 旅に出るのはもうちょっと後で。寺院の扉を潜る前に、僧官長様にはそう言っておいた。
 だから私が今夜ここに入ったことは誰も知らない。お祝いの宴もなしだ。
 私が召喚士になったのは万が一の保険だから、実際に召喚士として旅をすることはないと思う。
 順当にユウナが召喚士になったら、私が試練を通過してるとは誰にも言わないつもり。
 もし打ち明けなきゃいけない事態に陥ったらワッカにめちゃくちゃ怒られそうで嫌だなぁ。

 じい様が私をじっと見つめた。
「ガードは……どうするんだね?」
「決めてない。必要になったらルカにでも行って誰かを雇います」
「そうか。それが最良なのかもしれんな」
 通常、召喚士のガードは家族や恋人、ごく親しい者が務めることが多い。
 だけど時々ガードを連れずに旅立つ召喚士もいる。お金で見ず知らずの人を雇う召喚士もいる。
 親しい人でなければ嫌だという気持ちも、親しい人だからこそ嫌だという気持ちも……よく分かる。

 それにしても、僧官長様に相談しておいてよかったな。
 はじめはこっそり忍び込もうかと思ってたんだ。でも信心深い人の多いビサイドで目撃者ゼロの寺院侵入ミッションは無理があった。
 内緒で召喚士の試練を受けたいと言ったら、参拝する人のいない夜中に僧官長が扉を開けてくれた。
「じい様って、年寄りにしては頭柔らかくて好き!」
「褒め言葉だけはありがたく頂戴しよう」
「あはは」
 眉間に深くシワを寄せる僧官長様に笑いつつ、もう夜中なので「おやすみなさい」と手を振って寺院を後にする。

 万事順調、と思ったのにうちの玄関先にいきなり人影が見えてギョッとした。
「ひえっ!?」
「……おい、顔見るなり失礼だな」
「わ、ワッカ!」
 やばい、寺院から出てきたところを一番バレたら面倒なやつにばっちり見られた。

「何してたんだよ」
「そりゃ、あの、お、お祈りだよ。大会で勝てますように、って」
「こんな夜中に?」
「集中したかったからね」
「危ねえから寺院に行くのは人がいる時間にしろ」
「えぇ……過保護すぎ……。村の中なんだし大丈夫だよ」
「うるせー。ダメつったらダメだ!」
 なにやら不機嫌なワッカに引きずられるようにしてうちの中に入る。
 そういうワッカこそ、こんな夜中に私んちの前で何してたんだ。

「何か用だった?」
「こっちに泊まろうと思ったらいねえから、探してたんだ」
「え、泊まるの!?」
「ダメなのかよ」
「だってそんな、私たちまだ結婚してないのに!」
「ばっ……人聞きの悪いこと言うな! 何もしねえよ」
「えー、しないんだ……」
「ガッカリするとこじゃねえっつーの!」

 将来結婚するとは言うけれど、私たちの関係は今までと少しも変わってない。
 正式に婚約したわけでもないし、恋人になったわけでもない。だからお互いの家に泊まるってのも久しぶりだ。
 ただでさえ堅苦しい性格のワッカが婚約してもない異性の家に泊まるなんて、人には聞かれたくない話があるんだと思う。
 でなければ、単にワッカにとって私は妹のままで“異性”になれてないだけかもしれないけれど。

 こんな夜中と言いつつ部屋に入ってもワッカはすぐに眠ろうとせず、床に座り込んで持ってきた酒瓶を軽く振った。
「飲むか?」
「おー。じゃあ一杯だけもらおっかな」
 少し前まで私はワッカから禁酒を厳命されてた。酔うと暴れるうえに記憶をなくすからだ。
 だけど“前回”のことを思い出してから、どういう心境の変化なのか一緒にお酒を飲もうと誘ってくる。

 正直に言うとお酒の味はあんまり好きじゃない。
 前世の影響から「未成年なのに飲酒」ってことに抵抗もある。スピラでそんなの考えても仕方ないのにね。
 でもやっぱり宴会の多いビサイドでお酒に弱いと苦労するし、慣らしておくに越したことはない。ワッカもそう思って私に飲ませるようになったんだろう。
 それに、こういう静かな夜に二人で黙ってお酒を飲む時間は好き。大人になった気分だ。

「ふふ……気持ち悪くなってきた……」
「早ぇよ、おい。かなり弱いやつ持ってきたんだけどなあ」
「もうちょっと強いの飲まなきゃ意味ないんじゃない?」
「無茶しても仕方ないだろ。ゆっくり飲め、ゆっくり」
「む〜〜〜」

 ここ一年くらいで泥酔するまでの時間は延びたと思う。でも代わりに胸の辺りがムカムカするのが早くなってきた。
 暴れだす前に酔い潰れてダウンしちゃうってのは、お酒に強くなったのか弱くなったのか微妙なとこだ。
 自分のキャパシティは分かってきた。でも飲める量はなかなか増えないんだよね。ワッカの晩酌に付き合えるようになるまで、道は険しそう。

 酔い潰れてうっかり召喚士になったことを口走らないように気をつけないと。
 ちびちび飲んでたら、しばらく黙ってたワッカがようやく本題に入った。
「ユリ、昔あった寺院とアルベドの小競り合い、知ってっか」
「んー?」
「アルベドが居住地を作ろうとしたのを寺院が邪魔したって話だ」
 ああ、なんか聞いたことあるかも。
「ヒトが住んでる村のすぐそばに機械使って町を作ろうとして、僧兵に追い払われたんだっけ」
 それがどうしたのって聞き返したら、ワッカは思いのほか深刻な顔をしていた。

「追い払われただけで済んだと思うか?」
「さあ〜。もしかしたら殺されたかもしれないね」
「……あっさりその結論に行くのかよ」
 だって寺院とアルベドはいつの時代も仲が悪いし、何があっても驚かないよ。
「でもそれ何十年か前の話でしょ? なんでいきなりそんなこと」
「ちょっと思い出しただけだ」

 なんでもシンを倒す旅の途中でそういう話を耳にして前回のワッカはずっと気にしてたらしい。
 それで旅が終わってしばらくしてから、寺院が本当にアルベド族を殺したのか調べた。
「で、そんな記録は出てこなかった、と」
「小競り合いがあったってところまでは確かなんだけどよ」
「じゃあそんな深刻じゃなかったのかも。ホントならむしろ“アルベドの悪行”をしっかり記録したと思う」
「まあ、それはそうだな」
 アルベドが集落を作ろうとして寺院が邪魔した。その程度の話だったのかもね。もちろん寺院が事実を揉み消した可能性もあるけど。

 ワッカはちょっと前まで敬虔なエボン教徒だった。
 今は教えに嘘があるのを知って、というか思い出して寺院に不信感を抱いてる。
 お祈りにもあんまり熱心じゃないし、寺院に行く回数も減った。
 少し前だったら、こんな話を聞いて全面的にアルベドが悪いって怒ってただろうにね。
 だけど“前回”を思い出す前に抱いてた信頼感も消えてないから板挟みになってるらしい。

 もう何杯目か、注いだばかりのお酒を飲み干してワッカは更に続ける。
「お前の前世は、当たり前に機械を使ってたんだよな。だから……その、アルベドに対する風当たりとか、気にしてるんじゃねえかと思ってよ」
「へ?」
 なんだそれ。そりゃ謂われのない偏見は可哀想だと思うけれど、私は特別アルベド贔屓ってこともないよ。

 というかワッカが普通に私の前世について口にするからドキッとしてしまう。
 成り行きで打ち明けるはめになってそこからワッカも信じてくれるようになったって話だけど……。
 前回どうだとしても“私”はワッカにその話をしてないんだもん。
 どこまで知られてるのか私自身は知らないなんて、落ち着かない。

「えっと、うん、機械に抵抗がないのはホントだよ。便利なものは使えばいいと思う。でも……」
 それは前世の感覚だ。スピラに生きる“ユリ”としてはアルベドと完全に同じ考えってわけにはいかない。
「アルベド族は兵器も使うからね。全部に賛同はできないし、ビサイドに住むって言われたら私も嫌。追い出したいと思う」
「そう、なのか?」
 すごく意外そうな顔をされて私の方こそ意外だった。なんでワッカは私がアルベド族を受け入れると思ってるんだろう。

「村のしきたりに従ってくれるならいいんだよ。郷に入っては郷に従え、って言うし」
 機械の兵器さえ使わなければアルベドもヒトも変わらない。
「ただアルベドの場合、譲歩も妥協もなく禁じられた機械を持ってきそうだから島に入れたくない」
「……機械を禁じる理由なんか、本当はなかったんだけどな」
「なんで?」
「いや、なんでって……、」
 ベベルの奥には機械がいっぱい。ベベル勤めの僧兵は禁じられた兵器を当然みたいに使ってる。それは聞いたけど、そんなのどうだってよくない?

「だってエボン=ジュの話を聞く限り、機械戦争のせいでシンが生まれたのは事実でしょ」
「まあ……そうだな」
「シンが兵器に反応して襲ってくるのも事実でしょ?」
「……うん」
「じゃあ機械の使用を禁じるのも当然じゃない」
「でもよ、とうのベベルが教えを破って機械まみれなんだぜ。納得できっかよ」
「ベベルやルカは機械につられてシンが現れても最低限の抵抗手段があるじゃん」

 僧兵や討伐隊を総動員してシンの進路を変えるなりなんなり、大きな町なら兵器を所持するデメリットを回避できる。
 だから私がもしベベルに住んでたら、アルベド族が隣に住んでも「べつにいいよ」って言えただろう。
 でもビサイドはダメだ。ここでアルベドのやり方は受け入れられない。
「小さくて無力な村で、自分からシンを呼び寄せるような真似したくないのは当たり前だよ」
「……そう思ったやつらが、昔アルベド族を追い出したってか」
「たぶんね」

 教えが正しいかアルベドが正しいか、そういうことじゃない。
 機械を禁じる理由が何でも、寺院の思惑がどうでも。
 兵器をめがけてシンがやって来るという事実がある限り、アルベド族を隣人として認めることはできない。
 彼らだって私たちと一緒になるために機械を捨てるつもりはないだろう。
 だから決裂して、争いになり、敗れた方が去った。それだけのことだ。

 ワッカは何とも言えない顔でため息を吐きつつまた杯を傾ける。全然酔っ払う気配がないのが羨ましい。

「なんかさ、私にアルベド族を好きになってほしいの?」
「なってほしいっつーか、ユリは前からアルベドに好意的だったろ」
「そっかな。普通だと思うけど」
「“普通”に接するやつ、あんまいねえからな」
「あー、確かに」
 もともとアルベド族の扱いが悪すぎるから、偏見なく接してるだけでかなり好意的に見えるんだね。
 でもだからってどうしてワッカがそんなことを気にするんだろう。

 ワッカはどう見ても、寺院とアルベドの小競り合いは寺院に非があったと考えてる。そして私に同意してほしかったみたいだ。
 何十年分の記憶があってアルベドを受け入れるに至ったんだとは分かるけれど、私から見るといきなり心変わりしたようで困惑する。
 ついこの間までは寺院の教え通り、アルベドなんて反逆者だって言ってたくせに。

「アルベド族となんかあったの?」
「ああ、旅に出てから、リュックってアルベド族がユウナのガードになるんだ」
「へぇ……」
 寺院嫌いのアルベドが召喚士のガードになるなんて意外だ。ユウナのお母さん関係の知り合いかな。
「その人との交流でアルベド嫌いが治った?」
「そんなとこだな」
「じゃあユウナのことも、もう知ってるんだね」
「おう」
「……そっか」

 昔のアルベド嫌いだった頃に戻ってほしいわけじゃない。機械を使う人間は罪人だとか言われると私も少し辛かったし。
 アルベド族を貶す言葉を聞くとユウナも悲しむ。だからワッカが偏見を捨てて広い視野を持つのはいいことだ。
 いいことのはずなんだ。
 なのに……どうしてこんなにモヤモヤするんだろう。変だな。


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