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🔖 始めは昔の夢を見てるんだと思ってた。長い、長い夢だ。
 目を開けると泣き顔のユリが俺を覗き込んでいる。懐かしい、まだガキだった頃の顔だ。
「ワッカ! よ、よかった目が覚めたぁ!」
「お前……なに泣いてんだよ」
 起き上がろうとしたら軽い目眩に襲われて体が傾く。
 慌てた様子のユリが俺の背中を支えてくれたが、手のひらの感触も温度も夢にしては現実味がありすぎた。
 今まで見てた夢があまりにもハッキリしすぎてて、夢と現実の境が分かんねえ。

 俺の家、俺のベッド、目の前にいるのはユリ。どれも見慣れたものばかりだ。
 ……ただ、長い夢から覚めた、それだけだよな。そのはずなんだが、どうしても違和感があった。
 今日の夢は妙だった。いつもとは違う。まるで現実みたいで、今だって細かい内容をちゃんと覚えてる。
 ずっとずっと長い時間を過ごして、俺もユリも年老いて、やがて異界に足を踏み入れようかって年齢になるまで……壮大な夢だった。
 そう、夢っつーより、忘れてた記憶を思い出したような感じだ。

 俺がしばらく呆けてたせいか、ユリが焦ったように俺を呼んだ。
「ねえもう平気? 気分悪くない? あれだったら吐いちゃった方がいいよ」
「んあ? おう。いや、大丈夫だ」
 こいつがこんなに心配してるってことは、俺は寝てたんじゃなく倒れてたらしい。それにしちゃ痛みも吐き気もねえんだがな。
 どうしてこうなったんだっけか。

 現実のことを考えようとするのに、さっき見てた夢が頭を離れない。悪夢ってわけじゃなかったが、酷く魘された朝と同じだけの疲労感があった。
 実際に体験した過去の出来事みたいに実感を伴って思い出せる、あの夢は何だったんだ?
 不意にユリが言ってた前世の記憶のことを思い出した。
 昔はこいつ、「今見てるのが夢か現実か区別がつかなくて不安になる」とかよく言ってたよな。俺もそんな感じだ。
 あれが単なる夢だとは、どうしても思えねえ。

「なあユリ、」
 お前が前世のことを思い出した時ってどんなだった、と尋ねる前に部屋の入り口から誰かが覗き込んだ。
「あっ、目が覚めたのか?」
 ここからはちょうど影になって顔が見えない。
 そいつは慣れた足取りで部屋に入ってきて、まだ涙ぐんでるユリの隣にしゃがんだ。

「兄ちゃんが半日も寝込むなんてなぁ。今日の飯はよっぽど凄かっ……」
 そう言いかけたところでユリの目尻からポタッと涙が落ちた。
「うわっ、ごめん! ユリが悪いって言いたいわけじゃないよ! なあワッカ!?」
「あ、ああ」
 急に話を振られて考えがまとまらないまま頷いた。
 やっと落ち着いたと思ったのに、また混乱してきたぜ。
「兄ちゃんはユリの料理食い慣れてんだから丈夫だし、すぐ回復するって言ったろ」
「うぅ〜……」
「だから泣くなってば!」

 そうだ、思い出した。俺はユリの手料理を食ってブッ倒れたんだ。
 自分の腕前を自覚してからずっと封印してたのに、何の気まぐれか急に昼飯を作ってくれたんだよな。
 腹を壊したことは何度もあるけどよ、意識を失ったのは初めてだ。まさに史上最凶の味だったぜ。
 だからこいつ、俺が臥せってるのは自分のせいだと思って泣いてたのか。

「今夜は俺がユリの家に泊まるからさ、こっちで寝ていいぞ。兄ちゃんのそばにいたいだろ」
「うん……」
「元気出せよ、な?」
 すっかり憔悴してるユリの頭を軽く撫で、今度は俺の方に向き直る。
「見ての通り、ずっとこんな状態だったんだ。あんまり怒らないでやってよ」
「……おう」
 正直こっちはそれどころじゃねえし、そもそも怒るようなことでもねえけどな。
 もう一度ユリの顔を見て微笑むと、あいつは俺が起きたことをルーに知らせてくると言って去っていった。

 ……チャップが生きてる。
 そりゃそうだろ。当たり前のことだ。なのに落ち着かねえ。ついさっきまで見ていた夢の中では、あいつは……シンにやられて死んじまってた。
 大会の当日にそれを知らせに来たルッツの青白い顔をはっきり思い出せる。
 嵐みたいに荒れ狂ってたそれからの日々も、ユウナが召喚士になるっつった時のことも、ガードになって旅をしたことも。
 だが他の部分はともかく、弟が死ぬ夢なんてもんは二度と見たくない。そう思ったところで心臓の辺りがヒヤッとした。
 俺はやっぱりあれがただの夢だとは思えねえ。本当にこれから同じことが起きるとしたら、チャップが討伐隊に入って死んじまうとしたら、俺はどうすりゃいいんだ。

 相変わらず心配そうにしているユリの顔を見て、こいつになら相談できる気がした。
 七歳の時から頭の中に他人の記憶を抱えて生きてきたユリなら、今のワケ分かんねえ俺の状態も理解してくれるんじゃないか。
 ……でもなあ。俺はついさっきまでユリの前世ってやつを信じてなかったのに、俺が見た変な夢のことは信じて相談に乗ってくれってのも、ちっと身勝手な話だぜ。

 俺が迷ってるのを具合が悪いと勘違いしたのか、ユリがそっと触れてきた。
「ワッカ、本当に大丈夫? もうちょっと寝てなよ……」
「だーいじょぶだって、心配すんな」
 途端にユリと過ごした何十年の月日が蘇ってきて妙な気分になった。
 今が“いつ”なのかよく分からなくなりそうだ。
 目の前にいるユリは、まだ俺にとって単なる妹分のはずだってのに。俺はこいつと過ごした“これから”を知っている。

「お前って今いくつだっけ?」
 俺がそう尋ねると、ユリは愕然とした顔で大袈裟に仰け反った。
「急に何……っま、まさか記憶喪失!?」
 喪失っつーか、どっちかと言えば記憶が増えたような感じだけどな。
「説明すっからよ、先に答えてくれ」
「十五歳ですけど」
 うーん。聞いてみたはいいが、その頃何があったのかまでいちいち覚えてねえな。
 いや待てよ、そうだ、十五っていえば確かユリがルカで一人暮らしを始めた歳だ。……夢の中ではそうだった。

「なあ、なんで久しぶりに料理なんかしようと思ったんだ」
「それは……なんとなくだよ」
「しばらく会えなくなるから、か?」
「えっ!」
「そういやこの頃よく一人でルカに行ってたもんなあ。安いアパート探してたんじゃねえのか」
「な、なんで、知っ」
「ルカに住んでガキでも雇ってくれる職場を探して金稼いで自立して、いずれスタジアムのフロント係になるってか」

 口をポカンと開けっ放して呆然としていたユリだが、やがて自分の作った料理をじっと見つめ始めた。
「私は何を作り出してしまったんだろう」
「べつにそれ食っておかしくなったわけじゃねえよ。たぶん」
 でもまあ意識を失うほどの衝撃で記憶が混乱しちまったんだとしたら、ある意味ユリの料理が原因か。
 こいつが気にするかもしんねえからそんなこと言わねえけどな。
「先に断っとくが、変なこと言ってんのは自覚してる。……俺、この人生が二回目のような気がすんだよ」

 これからユリが島を出て、その二年後にチャップがいなくなって、ユウナは召喚士になった。
 俺たちはザナルカンドまで旅して、シンを倒して……永遠のナギ節を手に入れたんだ。
 結婚して子供が生まれて年老いて、死ぬまでの何十年間の記憶が頭ん中におさまっている。

 ユリは俺の話を聞いて「何バカなこと言ってんだ」とは表情にも出さず、真剣に考え込んでいた。
「もしかして、未来予知の能力に目覚めたとかじゃない?」
「それはちっと違う気がするぜ」
 予知なんて大層なもんじゃない。だってよ、ビサイドの外で起きてたこととか、俺の知り得ないことは知らないんだ。
 あの夢で俺が見て、感じたのは……自分がやったことと自分の気持ちだけだった。
 つまるところ夢の中で俺は普通に生きてただけなんだ。そしてその鮮明な記憶を持ったまま目が覚めた。

「なんつーか、うまく言えねえけど、ただの夢とか妄想じゃねえと思うんだ」
「うん。信じるよ。私の時も……それが夢じゃないって、根拠なんか説明できないけど、なんとなく分かったから」
 こうやって今ユリと話してるのが現実だって実感があるのと同じように、俺は確かにあの時間を生きていた。
 何もかも理想通りじゃねえ。うまくいかないこともたくさんあった。最たるものがチャップの死だ。
 所詮ただの夢、なんて無視してるうちにあれが現実になりゃしねえかと怖い。

 結局ユリは、俺の言うことを少しも疑わずにすんなり信じたようだった。
「大体、あの察しの悪いワッカが私の上京計画に気づく時点でおかしいもんね。未来の記憶があるならバレたのも頷けるよ」
「お前な……さりげなく悪口を言ってんじゃねえぞ」
「あはは!」
 ユリにそんなもんは妄想だと片づけられず信じてもらえてホッとしたが、同時に気まずくなる。
「悪かったな、お前の前世のこと真面目に取り合ってやらなくてよ」
「へ? い、いいよべつに。そんなの信じられないのが普通だし」
 でもな、きっとユリは、前世の記憶なんか持ってなくても俺の話をすぐに信じてくれたと思うんだ。

 何がどうなってんのかさっぱり分からねえってのは、それだけでとんでもなく不安になる。
 なのに俺はユリの記憶を「シンの毒気だ、祈ってりゃ治る」と簡単に片づけていた。
 仮にそれがシンの毒気が見せた妄想だったとしても、俺はユリが見たものを信じてやるべきだった。

「でも先のことが分かるって、どこまで覚えてるの?」
「一応、物心ついてから死ぬまで満遍なく覚えてるぜ。曖昧なとこもあるけどよ」
 目が覚めてすぐは年取って死ぬ間際のことまでハッキリ覚えてたんだが、今はちょっとボンヤリしてきた。
 さすがに毎日の細かい生活についてなんかはうまく思い出せなくなってる。

「死ぬ瞬間は覚えてねえな。お前もそうだろ?」
「うん……。それ、えっと……前の人生で私が言ってたの?」
「ああ。確か、記憶が途切れてるからそこら辺の時期に死んだんだろうって見当つけてんだよな」
「前世のこと、結構がっつり話してるんだ」
「まあな。……いろいろあって、俺もお前の話をちゃんと信じるようになったんだよ」
「そっかぁ」

 よく覚えてるのは印象に残るようなデカい出来事だ。たとえばシンを倒す旅の記憶なんかは詳細に思い出せる。
 そういうのが邪魔して、散らかってる記憶を時系列順に整理するのはちょっと大変だった。
 俺が本当にブリッツを引退したのとガッタが結婚したのはどっちが先だったか、とかいったことは覚えてねえ。
 最初に子供が生まれたのはダットのところだが、あとはどんな順番だったか忘れちまったし。
 ユリにいろいろ相談するためにも、いっぺん紙に書き出してみた方がいいかもなあ。
 
「あー、あと、お前が誰と結婚するかも覚えてるぞ」
「結婚!? わ、私が?」
 なんで驚いてんだ。……あ、そうか。ここ一年くらい「嫁になりたい」ってもう言わなくなってたもんなあ。
 将来本当に俺と結婚するのか、自信がなくなってたってところか。
「教えてやろっか」
「やだ聞きたくない!」
「なんでだよ」
「だってそんなの……よりによってワッカから聞かされたくない〜!」
「俺が相手じゃ不満だってのかよ」
「いつかフラれて諦めて他の人を好きになるとしても今はもうちょっと夢を……見て……え?」

 長年「こいつは妹みたいなもんだ、そのうち俺の嫁になりたいなんて言わなくなる」と自分に言い聞かせてきた。
 そこへ急にまだ体験してもないはずの結婚生活の記憶が蘇っても……案外、気まずくねえもんだな。
 結局のところ俺がユリをどう思ってるかなんて、こいつが島に住むようになってからずっと変わってないんだ。
 どうせそのうち結婚するんだと思うと、ユリが好きだって事実はすんなり腑に落ちた。

 自分を落ち着かせるように大きく息を吐いて、ユリが恐る恐る俺を見上げてきた。
「ほんと?」
「おう」
 途端に顔が真っ赤に染まる。火照る頬を押さえつつ、ユリはだらしなく笑って「嬉しい」と呟いた。
「……い、言っとくけどあと三年は申し込むつもりねえぞ」
「三年って?」
「これからいろいろ忙しくなるからだ」
 べつに結婚してもおかしくない歳ではある。ただ、もし本当に夢と同じことが起こるなら、シンを倒すまでは待たなきゃなんねえ。

 ユリがルカに行こうとしてたなんて俺は全然気づいてなかった。
 あの夢を見てなけりゃ、こいつが密かに準備を整えて島を出て行くのを止められず、夢の通りになってたはずだ。
 ユリが実際にルカに行こうとしてたと分かって、ますます単なる夢だとは思えなくなった。

「お前、ルカには行くなよ」
「えーなんで?」
「俺がいつまでも子供扱いして真剣に相手しねえから、一人前だって認めさせるために島を出たんだよな」
「あう……そこまでバレてるのってすごい恥ずかしい……」
「だから、もう必要ねえだろ」
「でもワッカが私を子供扱いしてることに変わりはないじゃん」
「もうしねえよ。だからルカに行くのはダメだ」

 未だ納得してない様子のユリにちょっと焦る。
 ここでルカに行かせなけりゃゴワーズのやつらと仲良くなることもないはずなんだ。
 阻止しねえと、引退後のビクスンやアンバスがユリを口実にしょっちゅうビサイドに遊びに来るからな……。

「お前がフロント係なんかやってたせいで、いろいろと気が気じゃねえことが多かったんだよ」
「え、スタジアムで働いてたの? やるじゃん私!」
「おい、ちゃんと聞け。そのフロントもどうせ一年で辞めることになるんだって。なら最初からやんなくていいだろ」
「えぇ〜、その理屈はおかしいよ」
「お前が出てくのは俺が嫌なんだ!」
 もうちっとマシな理由で引き留めたかったが、つい本音が出ちまった。だがユリは、なにやら嬉しそうに笑っていた。
「う、うん。分かった。まだ仕事も住むところも見つかってないし、ルカに行くのはやめる」
 まあ、ユリが納得したならいいか。

 あれが単なる夢なのか、俺がこれから歩んでいく予定の未来なのか、本当のところは分からねえ。
 でもたぶん二年以内に確信が持てるだろう。あの作戦が起こるかどうか……。
 何もしなかったらいいことも悪いことも夢と同じようになるのかもしれない。
 だとしたら、起きてほしくないことは起こらないように変えちまえばいい。
 何が起きるか予め分かってたら、チャップを……死なせなくて済むかもしれないんだ。


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