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 たまに瓦礫やモンスターが落ちてくる中を優雅にファルコンで掻い潜りながら、セッツァーが言った。
「よく留守番を承諾したな。お前なら戦力になったんじゃないのか?」
 飛来したモンスターにサンダガを放つ。どこまでも落下していく死骸を見つめながら私は答えた。
「飛空艇を守る戦力だって必要でしょ?」
 皆それぞれにケフカを倒すべき個人的な理由、感情を持っている。でも私にはそれが足りない気がした。あの狂人に、敵愾心はあれど恨みや憎しみはそんなになかった。
 兄の死で、家族のように思っていたマッシュを恨むはめになり、そういった感情には疲れてしまったんだ。
「あいつを殺すのは皆に任せるよ」

 ガレキの塔内部では激闘が繰り広げられているのだろう。外が平和になるほど中の大変さが分かる。
 タバコをくわえてセッツァーが笑う。
「で、お前さんが待ってるのはどっちだ」
「へ?」
 どっち、とは……?
「ロックなら俺にもまだツキがまわってくるんだがなぁ」
 ああ、もしかして「ロックとマッシュのどちらを待ってるのか」って意味だったのか。
「どうして皆そう言うかな。べつにロックのことはそんなんじゃないよ」
 彼に抱いていたのは同情であって愛情ではない。むしろ私は、ロックが早くセリスと結ばれたらいいと思っているのに。

「大体セッツァーだって、セリス一筋ってわけじゃないくせに。ティナにも揺れてるんじゃないの」
「まあな」
 悪びれもせず頷くセッツァーに、指摘した私の方が唖然としてしまった。
 そういえばこの人はそもそも惚れた相手を誘拐しようと画策するような悪人だった。女性二人の間で揺らぐくらいどうってことないのだろう。
「なんてったってあいつは、身一つで大空を自由に飛べるんだからな。羨ましいぜ」
 でもティナのことを語る瞳が少年のようにキラキラと輝いていた。こういうところが女性を惹きつけるのか、と興味深く思う。

 しばらくファルコンを守って戦っていると、急に魔法が使えなくなった。同時にガレキの塔が崩れ始める。そうか、三闘神が滅びたら魔導の力も消えるんだ。
「今突っ込むのはやべえな。あのでかいのが落下したら行くぞ。念のため頭上に注意しとけ」
「了解、船長」
 瓦礫が剥がれ落ちるタイミングを見計らいながらファルコンは塔に近づいていく。

 塔のほぼ頂に近い部分から幻獣が飛び出して消えた。セッツァーはまっすぐそちらを目指した。
 ケフカとの戦いを終えて満身創痍の皆がそこにいた。
 どうやって乗せようかと迷っていたら、ティナのテレポで皆が甲板に移ってきた。さらにティナはトランスしたまま落下してくる瓦礫を弾き飛ばして、ファルコンを先導する。
 早く塔から距離を取らなければ。

 彼女の体から光が消えた。……人間に戻ったんだ。
「セッツァー! スピードを上げて!」
「限界まで上げてんだよ!」
 宙に放り出されたティナの体をセッツァーが抱き留める。案外、彼もすでに迷ってはいないのかもしれない。

 三闘神に奪い取られていた自然の力が戻り、世界が息を吹き返していくのを皆それぞれの想いを抱えながら見下ろしていた。



 マッシュは予てから言っていた通り、一旦エドガーと共にフィガロ城へ帰っていった。
 私は旅に出ようかと思ってうちに帰ったのだけれど、ちょうど父さんも戻っていたので一週間くらいは待つことにする。
 世界が蘇って五日目の朝だった。明るい陽射しを浴びてマッシュが我が家の前に立っていた。
 あの時には言えなかった言葉が自然と口からこぼれた。
「おかえり」
「……ただいま」
 はにかむような笑顔が切ないくらい愛しかった。

 家へ迎え入れようとする私を制して、マッシュは辺りをキョロキョロ見回した。そしてローズマリーを束ねて紐でくくっただけの小さなブーケを私に向かって差し出した。
「その……ちゃんと言ってなかったからな。俺は、ユリのことが……」
 その瞬間ガタンと音がして、母さんの叱責する声と「すまんすまん」と平謝りする父さんの声が聞こえてくる。マッシュは顔を赤くして固まっていた。
 まったく、若い恋人同士を見ているのでもあるまいし、覗きなんて何が楽しいんだか。

 とりあえず一向に話が進みそうにないので外に出て扉を閉める。でも板を一枚隔てた向こう側で父さんたちが聞き耳を立てているのを感じた。
「どうせだから散歩でもしようか」
「そ、そうだな」
 しどろもどろのマッシュを連れて町を出る。
 裁きの光に吹き飛ばされて小さくなってしまったコルツ山。もう修行者のための霊峰とは呼べなかった。
 けれどその麓の小屋に、バルガスの墓がある。花はすでに供えられていた。サウスフィガロに来る前に、マッシュがここへ来たのだろう。

「それで、話の続きは?」
 ふっと小さく息を吐いて、マッシュは私をまっすぐに見つめて跪いた。その仕種、花束の差し出し方。これを教わりにフィガロ城へ行ったのだろうか。
「……俺は、ユリのことが好きだ。結婚してくれ」
「うん。私もあなたのことが好き。結婚しよう」
 ローズマリーの花束を受け取る。今度セリスがサウスフィガロに引っ越してくる予定だから、乾燥させてお茶にして、二人で飲もうかな。

「って、なんかめちゃくちゃあっさりしてないか!? ユリって、俺のことそういう風に見てなかっただろ」
「誰に言ってるの。法律さえ許せばバルガスと結婚してた私だよ」
「真顔で言わないでくれ」
 そう言われても私にとって家族を想う気持ちと恋慕の情はいささかも変わりないのだ。そもそも家族として受け入れられる相手しか愛さないのだから。そして……。
「十年前からずっと、マッシュは私の家族だよ。何も変わってなんかいない」
 跪いたまま、マッシュは「ちょっとは変わってくれよ」とため息を吐いた。家族愛ではなく恋慕の情を示せと言うのならば。
 マッシュの両頬に手を添えて、額ではなく唇に口づける。
「これでいい?」

 色恋沙汰が苦手なのは何ともならないらしく、マッシュが復帰するまでまたしばらくかかった。
「……俺、フィガロに行ってきたよ。正式に継承権を放棄したんだ。ハーコートの家に入ろうと思う」
「父さんに言ったの、それ?」
「ユリがそれでいいって言うならいいってさ」
 べつにフィガロの姓を捨てたからといってマッシュがエドガーを助けられないということはないけれど、正直そこまでしなくてもいいんじゃないかと思った。
 もしかすると、私がバルガスを亡くしたから自分も兄と縁を切る、なんて気持ちがあったんじゃないか。そう尋ねたら、マッシュは「そうじゃない」と慌てて首を振る。

「確かに継承権を放棄したのは、けじめの問題もある。でもそれは俺自身の望んだことだ。フィガロの名を捨てれば、俺は前より堂々と兄貴を助けられるし、行きたい時にドマやどこへでも行けて、帰りたいところに帰れるだろ」
 十年前に本当には得られなかった自由を、今度はコインに託さず自分で運命を選び取ってきたのだと。

 今の彼はただのマッシュだ。フィガロ王の弟ではなく、まだハーコートの後継ぎでもない。そんな風にまっさらに彼を見たことは今までなかった気がする。
「十年前は、小さくて可愛かったのにな」
「悪かったなあ、でかくなっちまって」
「でも男らしくて格好よくなったよ。立派な武道家になった」
 それが私にとって最大限の褒め言葉だと知っているから、マッシュは嬉しそうに笑った。

 こんな風に笑い合うことさえ許されないような気がしていた。一つの大きな幸せを失ってしまったから、悲しんでいないと、兄に悪いような気がしていたんだ。
 でも全力を賭してマッシュに挑み、完膚なきまでに負けて、諦めがついた。憎しみにすべて振りきっても私は勝てなかったのだ。
 それなら私は、これまで通りマッシュを愛することにする。

「ねえ、マッシュ」
「ん?」
「もう一回、好きだって言ってみて」
「えっ……さ、さっき言っただろ!」
 兄弟子のことなら素直に愛してると言えるくせに。
「じゃあ、まずユリが言ってくれよ」
「さっき言ったでしょ?」
「……バルガスには愛してるって言いまくってただろうが」
 ああそう、確かに。これまで通りとはいかないみたいだ。家族になら躊躇いなく愛を告げられるのに、家族であるはずのマッシュには好きの一言さえ照れくさい。

 あらぬ方を見ているマッシュの髪が陽を浴びて金色に輝いている。
「だから、俺は……ユリのことが、ずっと……」
 口の中でもごもごと消えた言葉は、きっと私にしか聞こえなかった。


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