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 かつてはレテ川が流れていた場所、今は海に隔たれた岸辺にポツンと一軒家が建っている。マッシュによるとそこにはちょっと変わった男性が一人で住んでいるそうだ。
 そしてニケアで聞き合わせた噂からすると、その人がガウの父親ではないかということだった。
「よしっ、あの親父さんに教えてやろう! ガウが彼の息子だってことを!!」
 そういうわけで、一路ジドールに飛んでガウをおめかしさせる次第となった。

 一軒家を訪ねて親子再会、それから豪勢な料理を作って団欒のパーティという予定だ。マッシュはジドールのレストランでガウにテーブルマナーを叩き込んでいた。
「こら! 手で食べるなって何回言ったら分かるんだ?」
「ガウ……」
「ガウじゃなくてハイでしょ!?」
「はう!」
「………」
 そういえばマッシュはうちに来た当初テーブルマナーの悪さに愕然としていたっけ。だんだん父さんやバルガスに感化されて荒っぽくなっていったものの、体の奥には王宮仕込みのマナーが染み着いているようだ。
「でもあんなところに一人で住んでるおじさんが、テーブルマナーなんか気にしないと思うけどな」
「ダメだ。せっかくの対面なんだぞ、立派になったところを親父さんに見せてやらなくちゃ!」
 まあ、はりきってるようだからいいか。ガウには気の毒だけれど、この際だから人間らしい食事の作法ってものを覚えてもらうのもいいだろう。

 マッシュがガウの教育に手を焼いている間に、カイエンと二人で手土産にするための食糧を買い込んだ。
 あまり大勢で押しかけても迷惑なので、行くのはガウとマッシュと私だけ。必然的に料理をするのは私ということになる。
 他人の家の台所でちゃんとごちそうを作れるか、少し心配だった。
 それからガウの服を選んでいるはずの皆のもとへ向かう。
 そこは……控え目に言って戦場と化していた。

「この服なんてどうかしら? ガウに似合いそうだわ! でもあっちの服も捨て難いわね」
「どれにしようかなー? あっ! このシャツなんかいいけど、ガウには少し派手すぎるかも。やっぱりあっちの方が……」
「やはりこれだ! タキシードでビシっときめてシルクハットを被り、口には薔薇をくわえて……」
「それじゃ大袈裟すぎるだろ! ったくもう、真面目に考えろよ。まず頭にはバンダナを巻いてだな」
「バンダナのどこが立派な格好なのやら。まあ、ロックに品性を求めるのも酷か」
「なんだと!? バンダナをバカにするな!」

 こういう時、常識人として振る舞ってほしいカイエンは店の入り口に飾ってあったド派手な帽子に目を奪われていた。
「この帽子などガウ殿にぴったりでござる」
「ちっ、センスねぇやつらだな。おい、親父。俺と同じ格好をオーダーで!」
「な、なんと! これのどこが扇子でござるか!?」
「……」
 店主の笑顔が強張っている。私は適当な服を選んで支払いを済ませ、カイエンを残してさっさと戦場を去ることにした。



「いいか、ガウ。立派になった自分を親父さんに見せてやるんだぞ」
「はう……」
 結局ガウは「はい」を言えるようにならなかったけれど、ギリギリで及第点には達したようだ。

 マッシュが扉をノックすると老人が顔を出した。……いや、髪は真っ白で老け込んでいるけれど、肌の様子からすると見た目よりもかなり若いかもしれない。
「親父さん、久しぶりだな」
「おお! あの時の修理屋か! ちょうどいいところに。また時計が止まっちまったんじゃ」
「なあ、あんた、息子がいたんじゃないのか?」
「……息子?」
「おう。実はそいつ、生きてるんだよ。ガウ!」
 マッシュに背中を押され、ガウが一歩前に出る。
「オ……ヤジ……」
 けれど彼は不思議そうに首を傾げるだけだった。
「なんじゃ、さっきから……息子じゃと? わしには息子などおらん!!」

 ニケアで仕入れた噂がどんなものだったのか、詳しく聞いておけばよかった。でなければガウを連れてくる前に下調べをしておくべきだった。
 でも後悔するには遅すぎた。
「そういえば昔、悪い夢を見たことがある。……悪魔の子が生まれる夢じゃ。わしはそいつを連れて獣ヶ原まで行くんじゃ。獣ヶ原に着くと、その子はにわかに泣きだしよった」
「おいっ!! 親父さん……」
「獣ヶ原にその子を捨てる。わしは後ろを見ないようにしてそこから立ち去った」
 この人はもう正気を失っている。考えてみれば分かることだった。なぜ彼は一人でここに住んでいるのか。……ガウの母親はどうなったのか。
「すると突然、泣き声が止んだ。わしは後ろを見てしまうんじゃ……そこには……見たこともないような化け物が……。ああ、恐ろしい夢じゃ! 思い出しただけでも身震いがする!」

 呆然と立ち尽くすマッシュを見て、彼は微笑んだ。
「あんたみたいな立派な子を持った親は幸せじゃろうて」
 しかしすぐにその笑みも消え失せる。
「わしゃ今でも悪魔の子に追われる夢を見るんじゃ。恐ろしや、恐ろしや…… 」
「この……言わせておけば! ……ぶん殴られたいか!?」
 思わず殴りかかりそうになったマッシュの前にガウが両手を広げて立ち塞がった。
「ガウ……ゥ……」
「す、すまねえ、つい……」
「オヤジ……いきてる……。ガウ、しあわせ!」
「ガウ!」
 家を飛び出したガウをマッシュが追いかけていった。今しがた起きたことなどもう忘れたかのような顔をしている彼を振り返る。
「これ、食糧です。よかったらどうぞ」
「お前さんがた、配達人じゃったのか。修理屋はまだ来んのかのう」
「ええ……早く、来るといいですね」


 ファルコン号に戻ると報告を待ちかねたようにセリスとティナが迎えに出てきた。
「おかえり! 早かったわね」
「どうだった?」
 何も言えない私とマッシュに、セリスたちは何かを察したようだった。
「がう! きがえる!!」
「……俺も部屋に戻るよ」
 どうにも重たい空気だった。
「今夜は皆でパーティでもしようか」
「そうね。そうしましょう」
 モブリズで鍛えた腕をふるうわとティナが拳を握り、手伝うとはりきっているセリスに食糧を渡した。
 本当なら、あの家でパーティをする予定だったんだけどね。彼一人では食べきれないであろう量だから残りは持って帰ってきた。今日中に使い尽くしてしまうとしよう。

 部屋に戻ってあっという間にいつもの野生児ファッションに着替えたガウが、ジドールで買った服と、使わなかったナイフとフォークを私に差し出してきた。
「みんなが、おれにくれた。ぴかぴか、おれのたからもの! ユリ、もっててくれ!」
「そっか。うん、なくさないように、預かっといてあげるよ」
「オヤジ、いきてる。ガウ、なかま、いる。うれしい」
 ああダメだ、それ以上は私も持たない。

「……ねえ、もしかしたらガウのお父さんじゃなかったのかもしれない」
 堪えきれずに私がそう言うと、ガウはゆっくりと首を振った。
「ガウのオヤジ。おれ、オヤジのにおい、しってる。ぬいぐるみと同じにおい、した!」
「ぬいぐるみ?」
「おれ、うまれたときから、ずっともってる!」
 そうだったのか。あの人、正気をなくしても心の底には子を想う欠片が残っていたんだ。……よかった。

 ガウの“たからもの”を抱えてマッシュの部屋に向かう。ベッドに大の字で寝転がっていたマッシュは、私が持っているガウの服を見て起き上がった。
「余計なことしちまった。ガウのやつ、窮屈だっただろうな」
「そんなことない。ガウは喜んでるよ。これ、宝物なんだってさ。すぐに着替えたのは引っかけたり破いたりするのが嫌だったからじゃないかな」
「だったらいいんだけど」
 図体の大きな男が肩を丸めて落ち込んでいるとなんだかとても憐れを誘う。

「結果はうまくいかなかったけど、マッシュがガウのことを想ってくれてるって、あの子はちゃんと分かってる。頑張ったね、マッシュ」
 偉い偉いと頭を撫でて額にキスを落とすとマッシュはがくりと項垂れた。
「あのなあ! どういう扱いなんだよ。俺はやっぱり……年上の弟分なのか?」
「兄さんって呼んでほしいなら呼んであげてもいいけど。他の呼び方でもいいし」
「ユリ、もしかして……気づいてたのか」
「え?」
「……そういうわけでもないみたいだな」
 うん? 何の話だろう。マッシュが私に惚れてるという話なら何年も前から分かっているし、今更だから違うだろう。

 なんとなく隣に腰かけ、ガウの服をシワにならないよう畳んでおく。私を見ながらマッシュはポツリと言った。
「ケフカの野郎をブッ飛ばしたら、俺は一旦フィガロに戻る。兄貴に大事な話があるんだ」
「そう」
「そのあと、サウスフィガロに帰ってもいいか……?」
「いいんじゃない。母さんは歓迎すると思うよ。私はいないかもしれないけど」
「へ!?」
 戦いが終わったあとのことは少し前から考えていた。

「ロックとあちこち旅するのが結構面白かったから、戦いが終わったら修行の旅に出ようかと思って」
「いや、そ、それはちょっと待ってくれないか。兄貴と話したあとユリにも大事な話があるんだよ」
「ふーん。結婚でも申し込むつもり?」
「……!!」
「いいよ」
「い……え!? ダメだ、頭が追いつかなくなってきた!」
 自分から話し始めたくせに混乱しているマッシュが落ち着くのを待ち、問いかける。
「違う話だった?」
「……違わない」

 ひとまず、ガウを傷つけてしまったんじゃないかというショックからは立ち直ったようでホッとした。けれどマッシュはまた別のことに気を揉んでいる。
「でもユリ、この間まで俺のこと憎んでただろ……」
「憎しみと愛情は両立できるんだよ。というか、愛してなければ憎むのが辛くなんてなかった」
「あ、い……いつから気づいてたんだ? 俺自身、自覚したのは最近なんだが」
「うーん。何年前かなぁ? 正確には覚えてないよ。私の前ではいつも大人の男ぶりたがるから、意識してるんだなって思ってた」
「そうだったのか」
 何を他人事みたいに感心してるんだか。

 母さんも若い頃は苦労させられたらしいけれど、やっぱり武道家の妻になんかなるものじゃないかもしれないね。


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