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 ファルコンを手に入れて以来、皆は世界中をまわって少しずつ仲間をかき集めていたようだ。
 そしてサウスフィガロに寄った際に父さんが生きていることを知らされ、マッシュはナルシェの近くで父さんと再会した。
 夢幻闘舞。体を悪くしながらも父さんが編み出した究極の必殺技。
 ハーコート流の基礎である爆裂拳は気合いを拳に集中して瞬時に何発もの打撃を与える技だ。夢幻闘舞はまさにその最終奥義。拳だけではなく全身を闘気の塊と化して相手を圧倒する。

 コーリンゲンの外れで私とマッシュは向かい合っていた。
 彼が迷いを断ち切ったのは、最終奥義を会得した自信からか、それともこの一年でさらに成長したお陰か。
 今の私たちの実力は拮抗しているとは言えない。おそらく私は負けるだろう。
 でも、それですべてが終わるのなら、他に道はない。

「マッシュがうちに来たのも宿命ってやつなのかな」
 不意に口をついて出た言葉にマッシュが怪訝そうな顔をする。
「継承者候補が二人になった時点で争いが起こるのは目に見えてた。父さんだってバルガスの性格は重々知ってたんだから」
 マッシュが自分より強くなれば潔く譲る、なんてことを兄がするわけがない。また自分より弱い者をいつまでも弟弟子として受け入れたわけもない。
 ただ目を背けていただけで、いずれ必ず決裂の時が来るのは分かりきっていた。
「国を捨ててうちに来たくせに。……バルガスを排除して自分が奥義を継ぎたい、自分の居場所を確立したいという想いが、まったくなかったって本当に言えるの?」

 一気に距離を詰めて剣を振り抜くと、マッシュは紙一重でそれをかわした。
「俺はバルガスを殺したくなんてなかった! 本当の兄貴みたいに愛してたんだ!」
「本心なんて誰にも分からない! 現にマッシュは、自分の素性を十年も隠してたじゃない!」
「それは……ッ!」
 王位の継承争いが嫌で城を飛び出したのに、辿り着いた我が家で後継ぎの座を狙ってバルガスを殺す……そんなことをするわけがないのは分かっている。
 しかし狙い通り、動揺したマッシュは僅かに隙を見せる。そこを容赦なく突いた。

 素性を隠していたのは私たちのためだ。城を飛び出してきた王子だなんて彼には絶対に言えなかった。
 もし身分がバレたら敵にせよ味方にせよマッシュを追ってくるだろう。私たちに迷惑がかかる。それだけじゃ済まないかもしれない。
 私たち一家を王家の争い事に巻き込みたくないから隠していたんだ。
 そしてまた、真実を話すことでようやく手に入れた家族を失うことを恐れてもいた。

 マッシュの攻勢が止まり、私の攻撃を受け流すだけで精一杯になった。
「俺はバルガスに死んでほしくなかった。ずっと……皆で一緒にいたかった……! 殺したくなんてなかった!!」
 血を吐くような叫びだった。実際マッシュの体は私の剣による傷で血塗れだった。もう少し攻撃を続ければ失血で動きが鈍ってくるだろう。
「殺したくなかった? それがなんだって言うの。バルガスは死んだ。あなたが殺した。その事実は変わらない」
 ふわりとローズマリーが香る。レイチェルの寝床を飾っていた愛らしい花。
 失われた幸せな日々をもう一度手に入れることはできない。思い出として胸に抱き、新たな幸せを探してゆくしかない。

「……ブリザラ!」
 突然、至近距離から放たれた魔法にマッシュが膝をつく。
「ッ! 魔法もありなのか?」
「私は武道家じゃない。ルール無用だよ」
 どんな力だって使い尽くすつもりだ。そうしなければ、殺すつもりで向かわなければ今のマッシュには勝てない。

 皮膚が凍り、動けないマッシュに剣を突きつける。
「……殺したくなかった。ずっとそう言ってほしかったのかもれない。私も母さんも悲しむ前にどこかで受け入れてしまってた。武の道を極めるために、いつか起きるかもしれなかったことが実際に起きただけだって諦めてた」
「ユリ……」
「死んでほしくなかった。生きててほしかった。もう叶わないその願いを口に出す勇気が私にはなかったんだ」
 こんな稽古では足りない。
「バルガスを倒した力を私に見せてよ、マッシュ。……私を殺すつもりで来て」

 マッシュはぎゅっと目を瞑り、次に彼の瞳が見えた時、そこから一瞬にして闘気が燃え広がった。ブリザラの氷が溶ける。
 きらきらと輝く青い瞳。十年前と何も変わっていない。ただそこには私に対する殺意があった。
 殺すつもりで挑まなければ勝てない相手だと認めてくれたんだ。



 気づくと私はファルコン号のベッドに寝かされていた。傍らの椅子に座っていたマッシュが苦笑する。
「ロックたちにめちゃくちゃ怒られた。仲間内で喧嘩なんかしてる場合じゃないだろってさ」
「……やっぱり、本気を出したらマッシュの方が強いね」
「当たり前だ。ちょっとの間だったけど、お師匠様に思いきりしごかれてきたんだからな。俺は……ユリを殺したくなかったし、殺されたくもなかった。だからお前よりずっと強くならなくちゃいけなかったんだ」
「じゃあ私も、もっと強くならないと」
「え!? おい、まだ続ける気かよ!」

 今は全身くたくたで動けないけれど、しばらくすれば再戦を挑むこともできるようになる。ケアルを取り入れながら戦えばもう少し互角に近いところまで持っていけるだろう。
 けれど何度やっても無駄だとマッシュは言った。
「絶対に俺が勝つ。ユリには負けない」
「そうかもね。べつにまた殺し合いをしてとは言わないよ。手合わせをしようってこと」
「ああ……それならいいけどさ」
 その技はバルガスをも倒したのだから。……私はマッシュには勝てない。そのことが今はなんだか嬉しかった。

 軋む体を無視してゆっくりと起き上がる。マッシュが慌てて背中を支えようとするのを振り払った。
「兄さんは継承争いに負けたんだ。やっとそのことを認められる気がする」
 すると途端にマッシュは表情を曇らせた。
「俺は継承権がほしかったわけじゃない。お師匠様だって、本当ならバルガスを選ぼうとしていたんだ」
「バカ。誰だって誰かの子供なんだよ。必ず親から何かを受け継いでる。そこから逃げるなんて無理なことだよ。……城を出てもマッシュが“マッシュ・フィガロ”であるのと同じように」
 欲しかろうが要らなかろうが、どちらかが選ばれるのは必定だった。

 バルガスのことを思い出すとまだ苦しい。きっとこの苦しみからは逃れられない。大切な家族なんだ。私の一生をかけて、兄の死を悲しみ続けるだろう。
 そうして思い描く兄の隣には、マッシュがいた。私の……もう一人の兄さん。
 何もかもが失われてしまったわけではない。母さんがいて、父さんも生きていて、マッシュがいる。
 家族がいてくれれば何度だって絶望の淵から蘇ることができる。

 ベッドの縁に腰かけてマッシュの手を取る。彼の緊張が伝わってきておかしくなった。
「いつか私に子供が生まれたら、その子をマッシュの弟子にしてくれる?」
 そうしてハーコートの技を後世に継いでいってほしい。フィガロ王の弟には無理な願いなのかもしれないけれど、マッシュは「そうするつもりだ」と頷いてくれた。
「でもそんな回りくどいことしなくたって……」
「うん?」
「いや! やっぱり何でもない!」
 急に顔を赤くしてそっぽを向いたマッシュは、まるで少年のようだった。
 そうか。そんな回りくどいことしなくたって、他の方法もあるかもしれないね。


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