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「ユリ! 目が覚めたか」
 ぼんやりと霞がかっていた意識が次第にはっきりしてくる。今のはロックの声だった。
 そうだ、三闘神の力が暴走してブラックジャックはバラバラになったんだ。それで仲間たちともはぐれてしまった。
 私はどこかの宿にいるようだった。まだ寝惚けた顔をしている私にロックが苦笑する。
「コーリンゲンだ。俺はこっから少し離れたところで目覚めて、ここに来る途中でユリが倒れてるのを見つけた」
 そして抱えて宿まで連れてきてくれたらしい。お陰で野垂れ死にせず済んだわけだ。

 ベッドの上で体を起こすと節々が痛んだ。
「他の皆は?」
「分からない。ブラックジャックは三闘神が放つ光を避けながら大破したからな……皆、どこで落っこちたもんだか」
 こういう場合、私はマッシュの無事を尋ねてもいいのだろうか。それともロックを慮ってセリスの身を気遣うべきか。
 迷った末、どっちも聞かないことにした。みんなどこかで生きていてくれるだろうと信じるしかない。

「当面の目標は、仲間の再結集とケフカ討伐?」
 私の問いかけにロックは例の、翳りのある表情を浮かべて俯いてしまった。
「俺には……その前にやることがある」
「レイチェルのこと?」
「そうだ。……ユリには話してなかったな」
 目眩に耐えながらロックの案内のもと郊外の一軒家に辿り着く。むせかえるようなローズマリーの香りに包まれてレイチェルがいた。
 彼女が亡くなったのは何年前なのか、まるでただ眠っているかのように美しいままの姿でそこにいた。
「フェニックスの秘宝。それがあれば、レイチェルを蘇らせることができるかもしれない」
 だからケフカを倒す前に、それを見つけなければならない。

「死者を蘇らせる……そんなこと、可能なのかな。レイチェルの魂はとっくにあの世にいってしまったんじゃないの?」
「かもしれない。でも、肉体が無事なら呼び戻せるかもしれないだろ」
「それでロックはどうするの」
 見たところレイチェルはティナやセリスよりも年下の少女だ。ロックとの間にできた空白を埋めることは難しいだろう。
 仮に蘇らせたところでおそらく恋人には戻れない。それは、ロックも分かっているようだった。
「俺はレイチェルを救えなかった。その失敗を取り戻したいだけなんだ。フェニックスの力で彼女が蘇ったら……彼女自身が得るはずだった幸せを手に入れてほしい」
 たとえそこに自分の姿がなかったとしても構わない。

 もしも大切な人が死んで、その人を現世に蘇らせることができたなら。私はバルガスをこの世に連れ戻すだろうか?
 兄はきっと生き返ったらまた修行を始める。そしてマッシュが生きている限り、彼を殺すまで戦いを挑み続けるだろう。
 己こそが最強であると証すために。
 私はそんな未来を望めない。バルガスが父さんを殺し、マッシュがバルガスを殺し、そして私がマッシュを憎む。そんな連鎖をいつまでも続けたくない。
 だけど、だからこそロックの気持ちが痛いほど分かる。

 すべてが変わってしまう前に戻れたらいいのに。
 あの人を失う前の日々に。幸せな未来を信じていた頃に。
 そして自分がなにかを間違えたせいでこうなってしまったのなら、その過ちを正したい。
 人ならざるものの力に頼んででも。



 私たちはまず情報収集のため、北部に新しく建設されたばかりのコロシアムに向かった。ここには世界中から荒くれ者が集まっている。
 ロックは早速、帝国兵の生き残りを見つけてガストラが遺した秘宝の噂を手に入れた。
「『皇帝に二度話しかけろ』だってさ。それが秘宝を隠した場所のヒントらしい」
「どういう意味?」
「さあな。ガストラは魔大陸で殺されちまったし、隠した本人に話しかけたところであの業突く張りが自分の財宝の在り処を教えてくれるはずもない。何かの隠喩だとは思うが……」
 結局、コロシアムで得られた手がかりはそれだけだった。
 他の仲間の情報がなかったのは残念だ。ここには誰も立ち寄っていないのだろう。

 続いて訪れたのは、かつて帝国の占領下にあったアルブルグ。
 大きな町だから情報も期待できるかと思ったけれど、世界は未だ混乱していて自分たちが置かれている状況を誰も分かっていないようだった。
 ロックは元画家に話を聞いていた。画家が何を知っているんだと疑問だった。
 その人は皇帝専属の画家で、普通の人は聞けない秘密も知っている可能性が高いとロックは言う。
 トレジャーハンターの視点って、不思議だ。

「ガストラは自分の肖像画を発注していたらしい。そして絵の中に手紙を隠してあったそうだ」
「あ……『皇帝に二度話しかけろ』か」
「たぶんな。そもそも皇帝に直接話しかけられる人間なんて限られてる。だけどそれが絵の皇帝だっていうなら話は別だ」
「その肖像画は今どこにあるんだろう」
「ジドールの大富豪、アウザーに買われたのが最後。彼は変わった絵に目がないからな……」
 何度か依頼されてお宝を売ったこともあるから、訪ねれば屋敷に入れてもらえるはずだと自慢気に言う。
 さすがトレジャーハンターって感じ。サウスフィガロでスパイ紛いのことをしていた時より楽しそうで何よりだ。

 漁船を借りたり、時には船賃を出し渋って手作りの筏で遠洋に出たり、最悪の時には泳いだりしてフェニックスの足跡を追いかける。
 ようやくジドールに到着してアウザーの屋敷を訪ねると、彼の画廊にはアルブルグで聞いた皇帝の肖像画が飾ってあった。
「二度話しかけろ、か」
 ロックは額縁に手をかける。そしてそれを外し、絵をめくった。裏に手紙が貼りつけてあった。
 手紙には次のように書いてある。『我が秘宝は、山が星型に並ぶところに隠した』と。

「アルブルグに寄った時、北の方にでかい山が現れてただろ。たぶんあれがそうだな」
「あった気もする。星型に並んでたっけ?」
「空から確認できたらいいんだけど……でも、元帝国領の海底から現れた火山だ。怪しいと思わないか?」
「まあね」
 ジドールから船に乗ると高くつくので、一旦サウスフィガロに寄ることにした。私の無事に一言の感想もなく「マッシュは一緒じゃないのか」と言う母さんを適当にあしらって我が家で一休みする。
 そこから蒸気船を借りて、フェニックスの洞窟と呼ばれる場所へ向かった。

 死んだ人間をも生き返らせる力があるというフェニックスの秘宝。だんだんその噂に信憑性が出てきた。
 だってガストラの隠し方があまりにも厳重すぎるのだ。
 そのわりに探し出すヒントを残していたところを見ると、自分が死んだあと誰かに秘宝を探させて蘇るつもりでいたのかもしれない。

 時に靴底を溶かしながら溶岩原を進む。洞窟の中は熱気に満ちていて、休憩できるような場所がなかった。
 壁を登り、天井を這い、まるでヤモリにでもなった気分だった。
 冒険家に弟子入りするのも面白そうだなんて思ったこともあった。今はそれを撤回する。面白さに危険と苦労が見合っていない。

 艱難辛苦の末に辿り着いた祭壇にフェニックスの秘宝が安置されていた。
 でもそれは……その魔石には、痛々しいほど深くヒビが入っていた。
「ロック!」
 ガラガラと音を立てて背後の壁が崩れる。モンスターの襲撃かと思わず剣を抜いたけれど、そこにいたのはセリスたちだった。
 私とロックの足跡を辿って皆もここまでやって来てくれたんだ。

 ひび割れた石を大切そうに布にくるんで抱え込み、ロックは皆を振り向いた。
「やっと見つけた。魂を蘇らせる伝説の秘宝……」
「ロック……レイチェルを?」
「俺はレイチェルを守ってやれなかった。真実をなくしてしまったんだ。だから、それを取り戻すまで俺にとって本当のことは何もない……」
 本当のこと……。私のそれはどこにあるんだろう。マッシュを殺せば、あるいは彼に殺されることができたなら取り戻せるんだろうか。
「行こう。コーリンゲンに」

 セッツァーの計らいで皆は新たな飛空艇を手に入れていた。世界最速の鳥の名を冠した飛空艇ファルコン号だ。
 あっという間に旧帝国領から西のコーリンゲンに辿り着いた。
 魔石を手に郊外の家へ向かうロックとセリスを見送り、私は手近にあった瓦礫に腰を下ろした。

 目の前にはマッシュがいる。彼はロックが去った方角を見つめていた。
「ついて行かないのか?」
「あとはロックと、彼を見守るセリスの問題だよ」
「ユリはレイチェルが蘇ることを望んでるのかと思ってた」
「……望んでるよ。でもたとえダメでも、それはロックにとって絶望にはならない。今の彼は未来に向かって生きる力がある」
 レイチェルの魂が蘇らなくても、彼女が伝えたかったことは伝わるはずだ。あの部屋にはローズマリーの香りが満ちている。
 ローズマリーは思い出。思い出は、私を蘇らせる力をくれる。

 ふうーっと大きく息を吐いて何か決心したような顔でマッシュが振り向いた。
「ユリ、お師匠様は生きてる」
「……は?」
 思いも寄らないことを言われて呆気にとられた。
「サウスフィガロの街でおふくろさんから聞いたんだ。今はコルツ山がなくなっちまったんで、ナルシェ近くに小屋を建てて修行をしてるよ」
「な、なにそれ。私が行った時にはそんな話しなかったのに」
「たぶんその時には、まだお師匠様と会ってなかったんだろう」
 タイミングが良いのか悪いのか。ロックと訪ねた時に父の消息を知らされていたら、私はロックにはついて行かなかったかもしれない。

 そしてまた、その希望は悲しい知らせともなった。
 マッシュはバルガスの遺体を埋葬したと言っていた。その時に父さんは見つからなかったのだと。
 父さんが生きていたと知らされたことで、埋葬を済ませたバルガスの死が今までよりも決定的に刻みつけられた。
 兄が永久に帰ってこないことを否応なく自覚させられる。

 マッシュは父さんのもとで更なる修行を積んできたようだ。私を見つめる瞳に迷いや躊躇いはなかった。
「勝負、引き受けるよ。今の俺なら絶対、ユリには負けない」


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