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🔖くたばれ初恋



 危機に瀕した時、案じているのが自分の身なのかリツの無事なのか、時々分からなくなる。
 俺が死ねば彼も消えるだろう。そして彼が無茶をすれば俺も死ぬことになる。それほど近しい存在が今までいなかったので戸惑うばかりだった。
 気づくと肉体の支配権を取り戻していた。リツはメテオのショックで気を失ったようだ。
 近衛として、何かを考える間もなくゴルベーザを庇ったのだろう。視界が真っ白に染まり意識が掻き消される寸前に彼の後悔に似た想いが感じられた。このまま死んでは俺に申し訳ないと一応は考えたようだ。
 しかしゴルベーザに与えられた鎧のお陰か、なんとか無事だった。それよりも彼の精神が心配だ。まさか消滅したわけではないと思うが……。

 正面から魔法を食らったお陰で手足がまだ痺れている。なんとか体を起こすと、慌てた様子でセシルが駆け寄ってきた。思わず槍を手に取るが彼に敵意はなかった。
「カイン!」
 皆も無事だったようだ。しかしゴルベーザの姿は既になく、メテオを放った賢者も息絶えている。
「セシル……俺は……」
 親友への羨望と殺意はリツの精神と共に影を潜めていた。今はそれよりも頭の中で声がしないことの方が気にかかる。これが正常な状態であるはずなのに動揺している自分が不思議でならなかった。
 リツの存在を知らず、俺がゴルベーザに精神を支配されていたと思っているセシルはそれ以上なにも言うなと静かに首を振った。
「操られていたんだ……、仕方ないさ」
 しかし意識はあったのだ。俺の体を好き勝手に動かしている彼に、口先で反論はしながらも居心地の良さを感じていた。溜め込んでいた羨望、嫉妬、憎悪が融解していくかのごとく。
 リツの言う通り、俺はただローザを……、
「いかん、ローザを救わねば!」
「何?」
 雑談をしている場合ではなかった。
 予定ではクリスタルを受け取り次第、セシルたちをここに置き去りにしてゾットの塔を破壊することになっていたんだ。ゴルベーザが一人で逃げたならローザを殺す仕掛けが作動してしまう。

 釈明は後にしてセシルたちを連れ上階へとひた走る。牢獄となっていた部屋の扉を突き破り、俺が槍を投げて拘束具を壊すと同時にセシルが彼女を抱き留めた。
「セシル!」
「ローザ……、無事でよかった!」
「私、あなたが来てくれると信じていたわ」
「……君がいなくなって分かったよ。僕は君を……」
「セシル……」
 勝手に耐えて勝手に疲弊した俺をリツは馬鹿だと笑った。おそらくそれが真実なのだろう。
 もっと早くに想いを告げ、潔くフラれていたらよかったんだ。ローザの答えを聞くのが恐ろしく、彼女に焦がれた恋心ごと無理に封じ込めてしまったせいで、純粋だったはずの想いは歪みセシルを憎むはめになった。
「やれやれ、お熱いこっちゃ!」
 揶揄するシドの言葉に頬を染めながら抱擁をやめたローザが、初めてこちらに目を向ける。
「……すまない、ローザ……操られていたばかりじゃない。俺は、君に……そばにいて欲しかったんだ」
「カイン……」
 白バラに籠めたのは諦めだった。セシルがいなかったからといってローザが俺を見ることはない。彼女にとって俺は、兄のような存在でしかないのだから。この関係を作り上げたのは他の誰でもない俺自身だというのに。
「一緒に戦いましょう。カイン……」
「……竜騎士である君の力が必要だ。共にゴルベーザと戦ってくれるな?」
「セシル……すまない」
 打ち明ければ受け止めてくれる人がいる。凝り固まった想いだが、いつか昇華できる日も来るだろう。

 塔を脱する手段を探す俺たちのもとに一陣の風が吹く。ゴルベーザと共に退散したかと思っていたが、戻ってきてしまったか。
「ほっほっほほほ! ゴルベーザ様に手傷を負わせるとは、お前たちを見くびっていたようね!」
「バルバリシア……」
 ふと気づくと右手に槍を握っていた。これがリツの無事である証ならいいんだがな。
「お前も寝返ったのね。それだけの力を持ちながら、愚かなこと」
「寝返ったのではなく、在るべき場所に戻っただけだ」
「それは“もう一つの心”も同意なのかしら?」
 確かに、俺にはもう一つ心がある。彼が古びて脆くなった戒めを解き、俺のくだらん憎悪を引き受けてくれたのだ。だからこそ俺は未だセシルの友でいられる。
「心の在処は俺自身が一番よく分かっているさ」
 俺はリツのためにゴルベーザを殺せないが、彼もまた俺のためにローザを守ってくれるだろう。
「……お前もローザも消しておくべきだったわね。ゾットの支配者たる私が、ここをお前たちの墓場にしてやろう!」
「見くびるな。空中戦はお前だけのものではないぞ!」

 風と雷を操るバルバリシアと屋内で戦うなど自殺行為だ。しかしセシルが仲間の盾となり、ファブールのモンク僧が機敏な動きで彼女を誘い、ローザの守護魔法を得て俺は竜巻を越えることができた。
 人間は数を頼りに互いの弱点を補うことができる。いかに四天王が強力だとて仲間さえいれば負けはしない。……それは、敵としてセシルたちと相対したからこそ得た教訓でもある。
「おのれ……!」
「悪いな、バルバリシア。メーガスたちと共に眠るがいい」
 四天王ほどの魔物ならば、ゴルベーザの力で再び甦ることもできるだろうか。その気があるならの話だが。俺を……リツを置き捨てて去った彼には仲間への執着心などないようにも思える。
 死人であるリツが心の中に居たせいだろう。四天王やゴルベーザに敵意を抱くのは困難なことだった。死に向かうバルバリシアに感じるのは哀惜にも似た想いだ。
「ただでは死なぬ……。ゾットの塔もろとも消え去るがいい!」
「っ!? 避けろセシル!」
 咄嗟に身構えたセシルに雷撃が殺到する。盾に弾かれた雷は壁と床を伝い、ゾットの塔を駆け巡ったようだ。

「塔が崩れる!」
「くそッ! 最後にやってくれたな……」
 テレポーターは破壊されている。塔はバルバリシアの魔力を利用して浮かんでいたのだ。彼女が倒れた今、間もなく地に落ちるだろう。
「飛空艇まで走れば……」
「ま、間に合わんぞい!」
 踵を返そうとした途端に天井が崩れ、出口が塞がった。瓦礫を取り除くべく走り出そうとした俺たちをローザが制止する。
「テレポで脱出するわ。私につかまって!」
 一瞬、躊躇した俺に彼女が手を伸ばす。迷うことなく触れてきた指先に昔の記憶が甦った。
 何の衒いもなくローザと向き合っていられたのは遠い昔だ。恋など要らない。だから、またあの頃のような気持ちに、戻りたい……。


🔖


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