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 道なき道を突き進み、景色に変化がないまま遠くから犬の鳴き声が聞こえてくる。
 気づいた時にはもうオスタガーに到着していた。
 どこもかしこも騒がしくて人の気配に満ちてるのに、誰もいない森よりずっと怖い感じがするのはここが戦場だからだろうか。

 ここへ来るまでの道中で私は装備を一新していた。
 クマやオオカミとの戦闘でボロボロになった服は捨て、ダンカンが買ってくれた農民の服に着替えて革の胸当てもつけた。
 そして借り物ではなく正式に私用の武器も受け取った。長剣だと振り回すのに疲れちゃうから短剣だ。
 顔立ちと体格はどうにもならないのでフェレルデン人には見えないまでも、セダス大陸を歩き回って違和感のない格好になったと思う。

 大きな塔の前を横切った時、入り口を封鎖するように立ちはだかっている兵士に気づいた。
「これはもしかしてイシャルの塔?」
「ああ。既にロゲイン公爵が準備を進めているようだな」
「……うーん」
 ロゲインが王とウォーデンを見限る決心を固めたのはどのタイミングだろう。
 最初からそれを狙っていたとは思えない。きっとギリギリまでケイランを助けようとしたはずだ。だって彼は、仲間になり得る人なんだから。

 どうにかして説得する手立てがないかと思い悩む私の背中をダンカンが思いきり叩いた。
「いった! 何すんの?」
「余計なことを考えるな。……王の出迎えだ」
 言われて橋の方に目をやれば、無邪気な笑顔で金色の鎧がこっちに近づいて来る。

 こうして間近で見るとケイランって背が高いなあ。頭のてっぺんがダンカンより何センチか上にある。
「ダンカン! よく戻ったな。いない間にブライトが終わるところだったぞ」
「陛下、直々のお出迎えとは光栄です」
「彼女が探し求めた最後の新兵候補か?」
「いいえ。これはただの雑用係です」
 もうちょっと言い方あるでしょって突っ込みたいけど王様の前で勝手にしゃべっていいのか迷って口を噤む。

 ケイランは不思議そうに私を見下ろしつつ気にしないことにしたらしい。
「では候補が見つからなかったのか。遠くまで足を伸ばしたのに、残念だな」
「しかし既に見つけた二人の候補もおりますので」
「そうだな。ダンカンの見出だした戦士なら、大きな手柄を立ててくれるだろう」
 でもジョリーもダベスも次の戦闘には加われない予定だ。
 物言いたげな私の視線を感じたのか、ダンカンは微かに首を振った。

 不確かな可能性は考えない。問題は山積み、複雑に絡み合って考えれば考えるほど行き詰まるのも事実だ。
 だけど私がここにいるのだって“不確かな可能性”じゃないの? いくつかの運命の中にはきっと大団円を迎える道もあるはずだ。
「あの、ケイラン王! お話がありまもがッ」
「では陛下、我々は戦闘の準備があるので失礼いたします」
「え? ああ、でも彼女が何か……」
「これは礼儀を知らぬもので」
 ダンカンのごつい腕でヘッドロックされてしゃべれない。ケイランは「仲が良いな」とか笑って助けてくれなかった。
「よく鋭気を養ってくれ。君たちの活躍に期待している」

 ケイランがキャンプの方へ去っていくと私もようやく解放された。
「黙れって言うにしてもさあ、もうちょいやり方があるでしょうに!」
 そんなだから野蛮人扱いされるんだって憤慨してもダンカンはやれやれとため息を吐くだけ。
「次の戦いで死ぬと彼に言うつもりだったんだろう。無用な混乱を招くんじゃない」
「言っておけばケイランだって警戒するじゃん」
「言われずとも警戒はしている。戦場で死を迎えるならば、それが実力の限界ということだ」
「でも……」

 ケイランを後方待機で納得させるにはアーチデーモンについて包み隠さず話す必要がある。
 でもロゲインやケイランにウォーデンの真実を打ち明ければ今後の徴兵が困難になる。
 というかそもそもケイランの性格からして、下手に話せば「運命に打ち克ってみせる」とか言ってわざわざ例のオーガに挑みかねない。
 本当は分かってる。どうしようもないんだって、可能性なんかないに等しいって、分かってるけど納得したくない。

「己の運命に抗えるのは己だけだ、ユリ。皆それぞれに生き抜く努力をするしかないんだ」
「……」
「テントの場所は分かるな? アリスターを呼んで来てくれ」
「……はぁい」

 悔しいからロゲインに直談判しようかと思ったのに、テントのところにいる兵士はまともに対応してくれなかった。
 私が新兵候補じゃないせいかウォーデンたちも無愛想で、ダンカンを出し抜いてケイランと話すのも無理そうだ。
 挙げ句の果てには気晴らしにウィンを探そうと歩き回ってたら迷子になってしまった。

 キャンプの奥から言い争う声が聞こえる。祭壇っぽいものの前で二人の男性が喧嘩してる、というか片方が一方的に突っかかっていた。
 サークル・オブ・メジャイらしき人がブチキレてこっちに歩いて来る。すれ違い様に呟かれた「居候人め」ってのは確かグレイ・ウォーデンを指す罵倒。
 ってことは向こうで立ち尽くしてるのがアリスターだ。
 ……ああ、一目でそっくりってわけじゃないけどやっぱり顔のパーツが少しケイランと似てる。

 魔道士が去って所在なげにしていたアリスターは、私を見つけてなぜかホッとしたような顔をした。
「ブライトのいいところは人々が団結するってところだよな。あんたもそう思わないか?」
「んー。共通の敵がいると確かに団結しやすいね。でもそういう友情って一時的なものじゃない?」
「おっと、真面目に返されるとは予定外だった」
 いやほんと真面目な話「アーチデーモンを倒すために嫌なやつとも手を組もう」より「故郷を大切に思う者同士お互い力を合わせよう」の方が気分いいし。
 もっとポジティブな感情で人と繋がりたいんだ、私は。

 えーっと、私はアリスターの顔を知らないって前提で話さなきゃいけないんだよね。
「あなたがアリスター?」
「おや、どっかで会ったっけな? 女の知り合いなんていないはずなんだけど」
「初対面です。ダンカンに言われてあなたを呼びに来た」
「それじゃあ、やっともう一人の候補が見つかったのか」
「ううん、候補は見つからなかったよ」
「え?」
 新しく洗礼の儀を受けるのはジョリーとダベスだけ。なのにあの二人は……。

 あの二人はグレイ・ウォーデンになれない。儀式に失敗して死んでしまう。
 でもアーチデーモンを倒すのはアリスターなんだから……ああ、閃いた!
「アリスター、ついでに他の二人を連れて来てくれないかな」
「いいけど。あんた誰なんだ?」
「ユリ。どうせ後で自己紹介するから!」
 困惑しているアリスターはひとまず置き去りにしてダンカンのところに駆け戻る。

「ねえダンカン! ジョリーとダベスに儀式をさせなくてもよくない?」
 いきなり走って来た私に驚くこともなく、ダンカンは首を振った。
「志願兵であるジョリーの入団を私が拒否することはできない。ダベスに至っては、今さら解放したところでデネリムの兵に捕まって処刑されるだけだ」
「う……そ、それは……」
「ダベスの場合は身から出た錆だな」
 洗礼の儀を逃れても絞首刑になるんじゃ変わらないか。むしろもっと悪い。

 ジョリーとダベスの死は、言葉は悪いけれど単なる無駄死にだ。それはダンカンも分かってるはずなのに。
 何もかも諦めたような瞳が私を見下ろしている。ダンカンにとっては生き延びることよりも使命を果たす方が重要なんだろうか。
「アリスターが見つからないのか?」
「もう会った。そのうちジョリーたちを連れて来るよ」
 アーチデーモンを倒せるなら他のことなんてどうでもいい。それで命を失っても、とにかくアーチデーモンさえ倒せるのなら。
 ……そういうところに腹が立って仕方なかったんだけど。

「ここに来るまで、どうやったらこの戦いの結果を変えられるか、いろいろ話し合ったよね」
 ロゲインを説得する方法。ケイランを大人しくさせる方法。ダンカンを死なせない方法。
 そして今、どうにかしてジョリーとダベスを救えないかということも。
「私が提案出しても即『それはできない、なぜならこういう理由があるから』って全却下してくれちゃってさ」
 だけど、すぐに“できない理由”が出て来るってのはつまり。
「ダンカンも同じことを考えたんだね。生きる方法、助けられる可能性を」
 諦めてるわけじゃない。何かしようと足掻いてる。たとえ運命の行き着く先が見えなくても戦う意思は消えてない。

 昼行灯みたいに突っ立ってるダンカンの手を取ってみる。……温かい。この温もりをどうしたら守れるんだろう。
 彼の瞳に私の顔が映っていた。叶いそうにない理想を無邪気に夢見るガキ臭い顔。

「アーチデーモンは私たちが何とかする。約束する。だからダンカンはウォーデンの使命より生き延びることだけ考えて」
「私一人が生き延びたところで使命を果たせなければ意味はない。一番重要なのは、」
「重要なのはブライトの後にも生きてること! 誰でもグレイ・ウォーデンの代わりになれるけどダンカンは一人しかいないんだから。そこんとこよろしく」
 アーチデーモンを倒しても、死を回避しても、その先に生きる目的がなくちゃ意味がない。
 ううん、そもそも生きる目的がなければ戦うことなんてできないんだ。
 生きたいという情熱こそが運命を変える。最後に死が訪れるまで、私は精一杯に足掻いてみせる。


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