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🔖M8



 ゾゾでティナが目覚めてからは怒濤のような日々で、望むと望まざるにかかわらずユリとゆっくり話してるような時間はとれなかった。
 封魔壁が開かれ、そこから飛び出した幻獣たちによって帝都ベクタは破壊された。そしてガストラの方から和平案を持ち出してきた。
 結局幻獣たちと話し合えたわけじゃないし、リターナーの作戦はどれも不発に終わっていたから、一気に戦争が終わるところまで持っていけるとは思わなかった。
 これはいいことだ。……そのはずなんだ。
 ただ、ベクタで一般人に犠牲が出たことだけは残念だった。

 ティナは今、封魔壁から出てきた幻獣たちを追ってロックと一緒に大三角島へ向かっている。
 俺とユリを含めた他のメンバーは帝国を見張るために残っていた。
 いくら和平を結んだといってもベクタの中を好き勝手うろつくわけにはいかないから、なかなか不自由ではあった。
 俺はユリと顔を合わせないよう彼女を避けるのに難儀していた。
 彼女の方でも修理中のブラックジャックの様子を見に行ったりして俺を避けていたから、なんとか平穏は保たれていた。
 ……正直、セッツァーとどんな話をしているのか気にならないわけじゃなかったけど。

 ユリは元々、バルガスと違って人懐こい性格だった。俺以外の仲間には今まで通りその性格が発揮されていた。
 ナルシェにいる間にカイエンやガウとは随分仲良くなったようだ。お互いがベクタにいる時は、暇さえあれば手合わせをしている。
 同じだけの時間をナルシェで過ごしたはずの兄貴と仲良くなれなかったのは、俺との因縁のせいか兄貴の女癖のせいか。
 俺と同じ顔だから避けられているのなら兄貴にはすまないと思うけど……兄貴の場合は、それだけでもない気がするぜ。
 カイエンとは特に親しくしているようだった。俺のこととは無関係に、剣を持つ者同士、家族を亡くした者同士、単純に気が合っているようでもあった。

 ケフカが捕らえられている牢の様子を見てきた帰りらしいカイエンが、俺を見つけて「少しよろしいか」と尋ねた。
「なんだ?」
「ユリ殿のことでござる」
 あんまり聞きたい話じゃないというのが本音だ。しかしカイエンの表情は真剣で、どうも逃げる余地はなさそうだった。
「ユリ殿の兄君をおぬしが殺したとか」
「……ああ」
「しかし、殺し合いを望んだのは自分の兄だろうと彼女は申しておる。マッシュ殿に非はないはずだと」
「結構深いところまで話をしてるんだな」
 それで一体、何を伝えにきたのかと尋ねるとカイエンは重々しく頷いた。
「ユリ殿は憎しみに決着をつけたいと望んでおられる。その心の準備をするよう、おぬしに伝えてくれと言われた。おなごが命を賭す覚悟を決めているのだ、応えねば男ではないでござる」
「あいつと……決闘でもしろってのか」
 バルガスに挑まれてそうしたように?



 十年前、まだ本格的な修行を始めるには弱すぎた俺は、まずユリとの手合わせから始めさせられた。
 当時の俺からするとユリは強かった。師匠や兄弟子と同じくらい強いんじゃないかと思えた。今になって客観的に思い返せば、さすがにそんなことはないんだが。
 とにかく俺はユリにまったく勝てなくて、あいつは悠々と俺の姉貴分という顔をして、それがとても悔しかった。
 何年か経ってまともな修行が始まり、師匠に「筋がいい」と褒められるようになっても、俺はなぜだかユリにだけは絶対に勝てなかった。

 カイエンが去ったあと、ボケッと突っ立ってる俺のもとに今度はユリ本人がやって来た。
「ねえ、あの香水は何のつもり?」
 てっきり果たし合いを申し込まれると思ってたから何のことか分からなかった。ややあって、セッツァーに預けていたローズマリーの香水のことだと思い至る。
「セッツァーにもらったのか?」
「『もう少し女らしく着飾ったら可愛くなるぜ、ってマッシュから伝言だ』」
「お、俺はそんなこと言ってねえ!!」
「だろうね」
 ポケットから例の小瓶を取り出して、ユリは胡散臭そうに見つめていた。
「私が香水嫌いなの知ってるでしょ」
 確かに彼女は強い香りを身につけたがらない。
「だけど洒落たものが嫌いってわけじゃないだろ」
「そりゃあ、まあ……でもこんなものは、つけないよ」

 昔、サウスフィガロに帰った時にユリがドレスを着て見せてくれたことがあった。
 流行りの香水をつけ、髪をあげた彼女は別人のようで、俺はちょっと見惚れてしまったんだが。
 バルガスはそうじゃなかった。「そんな香りをさせてたらすぐ敵に見つかるぞ」と素っ気なく言って、さっさと飯を食い終えると何のフォローもなく寝てしまった。
 それ以来ユリは香水やドレスってものを避けていた。バルガスに「綺麗だ」と言ってもらえなかったのを根に持っているからだ。
「べつに、身につけなくたって香りは嗅げる。……心が落ち着く、いい香りだろ?」
 突っ返されたらどうしようかと思ってたら、ユリは黙って小瓶をポケットに入れ直した。

「カイエンと話した?」
「ああ。……聞いたよ」
 まさか今やるつもりなのかと俺が慌てたら、ユリは静かに首を振った。
「ここでやるようなバカな真似はしないよ。幻獣との和解が成立したら……帝国の問題が片づいたら、正々堂々、私と戦って」
「それでどうなるっていうんだ」
「私が兄の仇を討つか、私もあなたに殺されるか。どうなるかは分からない」
 どっちも生き残るって線はないのか。

 俺とユリの実力は、たぶん今のところ俺の方が勝っている。だがユリはカイエンを相手にドマ流の剣術も学んでいるし、俺がよく知っていた頃より強くなってるはずだ。
 拮抗しているのなら“引き分け”はない。ユリは負けも覚悟していると言った。
「はっきり言って絶対に勝つ自信はない。でもその時が来るまでに、もっと強くなってみせる。だから殺したくないだの殺されたくないだの、くだらないことは考えないで」
「……くだらないことなんかじゃないだろ」
 家族同然に想っていたやつを二人も殺して堪るかよ。それにユリだって……。

 もしユリが勝ったらあいつの気は済むんだろうか。俺を殺せばバルガスの死に報いられるんだろうか。
 彼女は俺に非はないはずだとカイエンに言ったんだ。
 喜んでいいのか複雑だが、彼女の方でも俺を本当の家族のように想ってくれているのは分かっていた。
 俺が負けて……バルガスを殺した時のような気持ちを、ユリに味わわせるのは嫌だった。

 もし俺がバルガスを殺していなかったら、こんなことにはならなかったんだろうか。
 兄弟子は自分の正しさを力でしか証明しない人だった。彼が奥義の継承権をもぎ取ると決めた時点で殺し合いは避けられなかった。
 俺がバルガスを殺せなかったら、バルガスが俺を殺すことになっただろう。
 そんな事態に陥ったらユリは実の兄を憎むことになったのか。それとも兄への愛が勝ち、彼を許したのか。
 どっちにしたってかけがえのないものが喪われる。

 もし俺が……十年前、城を出たりせず、自分の宿命ってやつを受け入れていたら、ユリは家族を失わずに済んだのかもしれない。
 でもそんなことを今さら考えても意味がないのは分かっていた。
 正解なんてどこにもないような気がした。何をどうしたって過去は変えられない。後悔しか残らないんだ。


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