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🔖05



 ティナが行方不明になってしまったので、幻獣との対話を試みて彼らを仲間に引き入れるというリターナーの作戦は大失敗に終わった。
 それどころの話じゃない。早く彼女の居場所を見つけなければ帝国にティナを奪い返される可能性すらあった。

 ティナは獣のような姿となって南西の方角へ飛んでいった。
 捜索はこの中で一番ティナとの付き合いが長いロックと、軽装で体力があり旅向きのマッシュ、万が一ティナが暴走した時に魔封剣で対処できるセリスが行うことになった。
 重装備のエドガーとカイエン、それからカイエンに懐いているガウは居残りだ。
 私は捜索班に加わるべきだったのかもしれない。けれどそうは言い出さなかったし、ロックも来いとは言わなかった。
 だから自然な成り行きで私も留守番ということになった。

 結局、理由なんて後付けなんだ。
 帝国軍の残党にあたることを考えればセリスとマッシュは残るべきだったし、目的はティナを探すことなのだから鼻がきくガウを連れて行くべきだった。
 この采配は仲間内の不和を避けるためだろう。セリスとカイエン、そして私とマッシュを引き離しておくため。
 ナルシェを発つ際、マッシュは私の方を見なかった。
 自分でもずいぶんと身勝手だとは思うけれど、こっちが避けるならともかく、あちらに避けられるのはなんだか腹が立った。



 氷漬けの幻獣はあれ以来なんの反応も示していない。やはりティナが鍵なんだ。
 彼女が生まれ持っていたという魔導の力は幻獣とどんな関係があるのだろう。

 幻獣が安置されている谷から、雪崩をうまくやり過ごした帝国兵が這い出てくる。その排除も私たちの仕事だ。
 しかしナルシェ侵攻部隊はどうも元ツェン国の人間を中心に編成されていたようで、彼らのほとんどは戦うことなく投降し、バナンと話してそのままリターナーに加わることが多かった。

 敵の姿がない時はカイエンやガウと手合わせをして過ごした。
 ドマの剣士……侍と呼ぶらしい、彼らの剣術はサウスフィガロ流とはかなり違っていて目新しかった。
 それに野生児じみた動きの良さを見せるガウもなかなかの難敵だ。
 互いの全力をぶつけ合い、弱点を探し、それを修正しながら。人間相手の鍛練は楽しかった。
 久しぶりに“楽しい”と思えた。

 一汗流したあとジュンの家で風呂を借りて、出てくるとちょうどエドガーがお茶を飲んでいるところだった。
 せっかくお風呂に入ったのにまた汗をかくのは気分が良くないけれど、エドガーと二人になるのも嫌だったので家を出ようとしたら、お茶に誘われてしまった。
 ……私が彼を、正確には彼の弟を快く思っていないのは知っているはずなのに。むしろそれを分かっているから話をしようとしているのか。
 エドガーはマッシュのフォローをするつもりでいるのかもしれない。私は敵に相対するのと同じ緊張感をもって彼の向かいに腰を下ろした。

 ロックたちが発って以来、エドガーは護衛を連れてフィガロとナルシェを往き来していた。
 どうやらサウスフィガロの駐留軍に動きはないようで、しばらくゆっくりできると息を吐く。
 帝国の制圧下にあることは心配だけれど、サウスフィガロが当面平穏なら私も安心だった。

 エドガーに勧められたお茶はマッシュが淹れるのと同じ香りがした。思わず眉をひそめると、エドガーは苦笑を浮かべる。
「どうやら俺のいろいろな部分が君を緊張させてしまうようだね」
「分かってて話しかけてくるんだもんな……」
「目の前に浮かない顔をしているレディがいるのに、放っておけるわけがないだろう?」
 浮かない顔の原因が何を言ってるんだろう。正直、マッシュのことがなくてもこういう人は苦手なのだけれど。

 その顔も、声も、瞳も、仕種も、お茶の好みも。
 私は兄の仇と同じ顔をした男に愛想よくできるほど人間ができてはいない。
 エドガーだって私と話して楽しくはないはずだ。ティータイムを過ごすならナルシェのレディたちでも誘えばいいものを。

 口をつけないまま紅茶が冷えていく。
 エドガーは当たり障りのない世間話ばかりしていた。私は曖昧に頷いたりしながらずっと彼の顔を見つめていた。
 今まではこんなにじっくりと眺める機会がなかった。でも改めて見ると本当にそっくりだ。双子の兄……兄に似ていないと言われる私には羨ましいくらい、同じ顔。
 だけどマッシュとエドガーは違う。この人を見ていても胸をかきむしりたくなるような衝動は沸き起こらない。
 エドガーのことは観察できる。だけどマッシュの顔をまっすぐに見つめることは、まだできないんだ。

 私の視線に根負けしたかのようにエドガーは小さく息を吐いた。
「いけないな。どうしてもあいつのフォローをしたくなる」
「それは当然だと思う。自分の弟が憎まれてるのに、気にしない兄なんていないよ」
 私が聞く耳を持たないのはともかくとして。
「マッシュを憎んでいるか」
「……」
「あいつを憎まないでくれ、とは俺には言えない。しかし、マッシュは決して欲心から兄弟子を殺すような男ではない」
「そんなこと……あなたに言われる筋合いはない」
 十年も一緒にいたんだ。マッシュがどういう人間か、私だって嫌というほど分かっている。分かってるからこそ心が乱れるんだ。
 彼が欲心からバルガスを殺すような男であれば私はこんなに苦しまなかった。

 冷めたお茶をさげさせて、エドガーはふと遠くを見つめた。
「マッシュが城を出た経緯は知っているかい?」
「いいえ」
「聞いてもらってもいいだろうか」
「話すのはご自由に。興味があれば聞くし、なければ聞きませんから」
「では勝手に話すとしよう」

 十年前、先代のフィガロ王が亡くなった。帝国の魔導士に毒殺されたという噂だった。
 私たち庶民には伝わってこなかったけれど、双子の王子であるエドガーとマッシュのどちらが王位につくのかで宮廷は結構揉めたらしい。
 マッシュは身分に嫌気がさして、兄と一緒に城を出ることを望んだ。しかしエドガーは首を縦に振らなかった。
 彼らはコインに運命を託すことにした。
 表が出たらマッシュの勝ち。裏が出たらエドガーの勝ち。互いに好きな道を選ぶ。
 そしてマッシュは、一人で城を出ていくことを選んだ。

 今でこそバルガスに勝るとも劣らない立派な体格になったけれど、うちに来た当初のマッシュは小柄で大人しそうな少年だった。
 弟ができたような気持ちだった。彼の方が年上だなんて私には意味のないことで、あの頃はマッシュも頼りなくて、すでに剣術を習い始めていた私は庇護欲を掻き立てられたのだった。
 共に食事をすること、同じ部屋で眠ること、何気ないことを彼が大袈裟に喜んだ理由が今になって分かる。
 マッシュは家族を求めていたんだ。王族としては得られない、ごく普通の家族を。
 体だけじゃない。心も強くなりたかった。自らの宿命に負けないために。あの団欒を守るため、彼は父に師事したのだ。

 だったらなぜ。なぜバルガスを殺したのか。どうして大切な家族を殺したんだ。所詮は仮初めの家族だから? 本当の兄ではないからとどめをさすことができたんじゃないの?
 マッシュはそんな男ではないと心のどこかで信じている。私は彼を知っている。
 だからこそ事実を受け止めることができない。
 きっと決闘を殺し合いに発展させたのはバルガスの方だ。マッシュはやむにやまれず兄を殺したのだろう。……でも、本当に?
 修行に打ち込むうちにマッシュの技はバルガスに追いつきつつあった。奥義継承者に、なろうと思えばなることもできた。そういう欲が一切なかったと言えるだろうか。
 あり得ない。あり得たのかもしれない。どちらだって同じことだ。
 結局のところ、マッシュがバルガスを殺した。それだけが揺るぎない真実なんだ。

 エドガーはまっすぐに私を見つめている。バルガスを殺したと告げたマッシュとそっくりの、真摯な瞳。
 ……コイン一枚に自分の人生を賭けて、宿命に従いマッシュは我が家にやって来た。
 その宿命がバルガスを殺した。私にとってはそれだけの話だった。
 マッシュがどんな人間であったのかなど関係ない。彼がバルガスを殺したんだ。


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