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🔖04
ナルシェで他の皆と合流するなり戦闘準備が始まった。
帝国軍は私たちのすぐ後ろから追って来ており、まさに間一髪という感じだった。あと少しでも遅れていたら不意打ちを食らってナルシェは総崩れになっただろう。
未だ弱小勢力のリターナーにとってナルシェを失うのはあまりに痛い。何としてもこの地を守らなければならない。
敵の総大将はケフカ・パラッツォ。リターナーの偵察兵によると魔導アーマーは連れていないようでホッとした。
作戦はいたって単純だ。敵を誘い込んで、雪で生き埋めにする。
まずはナルシェのガード連中がガードモンスターを操って帝国軍を町の奥へと追いやり、雪原に辿り着いた敵軍をリターナーの面々で幻獣がいる渓谷に誘う。
ほどよく敵が集まったところで洞窟に住むモーグリ族が雪崩を起こす手筈だ。
囮は身軽なロックと私がやることになった。雪崩に巻き込まれないよう、ロックにはセリスが、私にはティナがついて魔法で援護してくれる。
他のメンバーは市街地でガードのサポートをする予定だ。
正直なところ直接的なぶつかり合いにはならなそうで安堵していた。
モンスター相手ならば何度も振るった剣だけれど、人間を相手にするとなると心構えが違ってくる。
臆してはいられない。もしそうすべき時が来たら迷わずやるのだ。でも、その時が来なければいいとも願っている。
帝国軍の到着を待つ間、私は緊張を和らげるためにティナと話していた。
彼女は操りの輪による影響からまだ完全に快復してはおらず、感情が乏しいままだ。それでもリターナーの本部で別れた時よりは表情が出てきたように思う。
あのバナンの荒療治にも効果はあったということか。
指が冷えきらないよう足踏みをしながら剣を磨く私の傍らで、ティナは小首を傾げた。
「ユリには、愛する人はいるの?」
「ん……う、うん?」
記憶がなく、感情を知らない彼女の今一番の関心事は“愛”らしい。男女愛、家族愛、いろいろあるけれど。そのどれでもいいのだろうか?
「私は、兄を愛してる……愛してたよ」
「お兄さん。マッシュにとってのエドガーみたいなものね」
その喩えはあまりにも不愉快だったけれど、さすがの私もティナには強く言えなかった。
彼女が知っている“兄弟”といえばあの二人しかいないのだ。真っ先に名前が浮かんでも仕方がない。
「兄は私の生きる目標だった。ううん、今でもそう。私を形作ってるのはバルガスの意思と言ってもいい。バルガスは力を追い求めてた。だから私もそれが欲しい」
「力が……?」
「そう。兄みたいな……ティナみたいな、他者を圧倒できる力。それがあれば大切なものをなくさずに済む」
「ユリは、愛するものを守るために力が欲しいのね」
「きっと誰だってそうだよ」
ティナは自分の力を恐れている。でも、力があるのは悪いことではない。無力さに歯噛みしながら耐えるよりも、力があればいろいろなことができるのだから。
白い息を吐き出して、ティナはさらに尋ねた。
「愛するってどんな気持ち?」
その答えは難しい。彼女が求めているのが家族愛ならいいけれど、違うのだとしたら私には答えようがない。愛にはいろんな形がある。
しかし共通して言えるのはそれらがとてもあたたかいということだ。
極寒のナルシェにあっても、もし兄が一緒だったら、私はこんな寒さなど何とも感じなかっただろう。
敵と戦うのに臆することもなかった。兄さえそばにいてくれたなら怖いものなんてなかった。
「たとえるなら胸の奥に小さなロウソクの炎がともるような。あったかくて、心が落ち着く。その人が心にいるだけで幸せな気持ちになる」
でも私の小さな灯火は呆気なく消えてしまった。
どこまでも純粋なティナの瞳には煩わしい憐憫もなくて、その冷たさが今の私には心地よかった。
「バルガスは死んでしまった。今のユリは、誰も愛していないの?」
即答できない自分にやや苛立つ。
「そんなことはないよ。サウスフィガロには母さんがいるし」
母のことも、バルガスに殺された父のことも、もちろん愛している。でも……それは兄に向けた愛情と同じものだろうか。
バルガスは私の半身のようだった。欠けてはならない存在だった。
いずれ先に逝ってしまうことを無自覚に覚悟していた両親とは違い、バルガスは私にとって、死ぬはずのない最強の存在だったんだ。
兄は私のすべてだった。
あまりにも突然だった。それが私を戸惑わせる。そして兄を殺したのがマッシュであるという事実が、あまりにも残酷だった。
他人に伝えられたのなら決して信じはしなかっただろう。でも私にバルガスの死を告げたのは、マッシュだったんだ。
彼が告げる真実は、信じないという逃げ道を完全に塞いでいた。
「……兄は死んでしまったけれど、愛がなくなるわけじゃない。私は今でもバルガスを愛してる」
「だから、バルガスを殺したマッシュを憎んでいるの?」
「ティナは愛を知りたいんだよね。だったら覚えておかないと。愛は憎悪を生むってこと」
愛する人が奪われたら、奪ったものを憎まざるを得なくなる。たとえそうしたいとは思っていなくても。
「さあ、もう敵が来る。話は終わり」
私がそう言うとティナは素直に従った。
彼女も帝国兵として何人もの敵を……人間を、殺した経験がある。今は記憶がないけれど、思い出したらそのことをどう考えるのだろう。
きっとティナが殺した人々の家族は今も彼女を憎んでいるはずだ。永遠に憎むはずだ。
愛するとはどんな気持ちかと彼女は聞いた。私も知りたい。憎まれるのは、どんな気持ちかと。
氷漬けの幻獣を目前に捉えた谷で帝国軍は雪崩に呑み込まれ、ほぼ壊滅した。こちらの被害は極軽微、敵の被害は甚大だ。
帝国はナルシェ攻略にあまり本腰を入れていなかったようだ。ドマを攻めた軍に比べて士気も練度もあまりに低いとカイエンが言っていた。指揮官の違いもあるのかもしれない。
あるいは、たった一匹の幻獣を奪うために精鋭を大量投入するつもりはないということか。
総大将のケフカが悪態をつきながら逃げ去っていくのを見送り、私たちはホッと一息ついた。
誰が何を言ったわけでもないけれど、なんとなく皆で氷漬けの幻獣の前に集まっていた。
ナルシェ炭坑から掘り出されたという幻獣……千年前、魔大戦の時代から眠り続け、突然この世に戻ってきた。
もしこの幻獣が目覚めてバナンの言うように対話が叶ったなら、帝国が得た魔導の秘密も明らかになる。
幻獣から力を取り出して人間に注入したという情報が本当なら、帝国はすでに他の幻獣を手中におさめていたということだ。
氷が光を反射して幻獣の姿はよく見えない。鱗があって、巨大なトカゲに似た……でも翼が生えているようにも見えた。
私の横を通り抜けてティナがゆっくりと幻獣に近づいた。彼女はなんだかぼんやりしていた。
「ティナ?」
幻獣に引き寄せられているみたいだ。嫌な予感がした。
手を伸ばせば指先が幻獣に届くギリギリのところでティナは立ち止まった。彼女には周りが見えていないようだった。
「今の声は……あなたが……?」
応えるように幻獣が強烈な光を放ち、ティナは悲鳴をあげて蹲る。
「ティナ! 大丈夫!?」
慌てて皆も駆け寄ってきた。ティナは肩を震わせ、幻獣は今もまだ光っている。本当に目覚めようとしているのかもしれない。
「何? この感覚は……」
まだ操りの輪が嵌められていた時にもティナは幻獣と反応し合ったという。その時は付き添っていた帝国兵が二人、どこかへ消えてしまった。
このままティナを幻獣の近くにいさせていいのだろうか。
幻獣の光が気になった。あれは間違いなくティナに影響を与えている。しかも、どう考えてもいい影響だとは思えなかった。
「ティナ、一旦ここから離れ、」
言い終える間もなく衝撃がきて目が眩んだ。あの光が質量をもってぶつかってきたようだった。
私の体は宙を飛び、誰かが受け止めてくれた。
「ユリ! 平気か?」
「……うん」
気づけば誰も彼もが雪原に倒れ伏している。ただ一人、ティナを除いて。
今や彼女は幻獣と同じ光を放っていた。体から淡い光の粒がこぼれ落ちて、氷が溶けるように輪郭が揺らめいた。
「教えて……私は誰? 誰なの……!」
鋭い爪と輝く鬣。美しい獣に変貌したティナが空へとのぼってゆく。
最後に一際強く光って、彼女はどこかへ飛び去ってしまった。
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