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🔖03



 大怪我を負った兵士が駆け込んできて、作戦会議中だったリターナーの本部は俄に騒がしくなった。
「サウスフィガロが……」
 帝国軍に攻め落とされた。そう聞いた瞬間、目眩がした。
 ちょっと前にはティナを奪還するためフィガロ城を魔導アーマーが襲ったという。もしもそれらがそのままサウスフィガロを目指したのだとしたら。
 母さんは無事だろうか。私の頭にあったのはそれだけだ。

 バナンはティナを連れてナルシェに向かうという。そしてロックは、これからアジトを探しにくるであろう帝国軍の足止めをするため単身サウスフィガロに行くことになった。
「私もサウスフィガロに行く」
「いや、これは潜入に慣れた人間じゃないとできない任務だ。悪いけど……」
 ダメだと言おうとしたロックを遮ったのはマッシュだった。
「連れて行ってくれないか。ユリは足手まといにはならない。俺が保証する」
「口を挟まないで!」
 よりにもよってマッシュの保証など受けたくなかった。

「帝国の制圧下にあるならサウスフィガロは厳戒体制だと思う。私はあの町で生まれ育った。私と一緒なら町に入れてもらえるかもれない。それに、活動の拠点だって提供できる」
 私の言葉にあまり長くは考えず、ロックは頷いた。
「分かった。一緒に行こう、ユリ」
 とにかく母さんの無事を確認しなければ。このうえ母さんまでいなくなったら私はもう生きていけない。
 ロックが荷物を取りに行く間にマッシュの方へ向き直る。
「私以外に殺されたら許さないからね」
「ああ」
 短く苦々しげな返事は、ため息にも似ていた。

 ロックと共に今までの道程を逆に辿る。二人きりなので行きよりも素早く行動できた。
 心持ち駆け足でモンスターを避けながら進む。呼吸を保ちながら、先を行く背中に声をかけた。
「あのさ。サウスフィガロが攻め込まれたのって、エドガー王がリターナーに加わったから?」
 タイミングからしてそうとしか思えない。フィガロ城でティナを隠し、魔導師ケフカの眼前で逃げ出した。エドガー王は帝国への反意を明らかにしたのだ。
 少なくとも帝国は表向きそういう名分を掲げるだろうとロックが首肯する。
「でも実際には、前から帝国に通じてるやつがいたんだ。そいつが軍を引き入れたらしい」
「ああ……心当たりはある」
 帝国との同盟が結ばれた時、まだ私は幼かったけれど、町のほとんどの人々は同盟に反対だった。あの貴族を除いては。

 帝国からしてみればフィガロが裏切るのを待っていた部分もあるわけか。
 そしてエドガーがティナを匿い帝国に楯突いたので、ここぞとばかりにサウスフィガロに攻め入ったんだ。
 でも例の貴族が関わっているなら救いはある。
 あいつは前々から帝国に媚を売る機会を窺っていた。きっとあいつの裏切りで、ろくな戦闘もなく制圧されたに違いない。
 それなら母さんは無事だ。

 またも登山道を使わずコルツ山の崖を抜ける。意外にもロックはマッシュと同じくらい身軽だった。戦闘の時にはあまり目立たないのに。
「ところで、ユリは格闘家じゃないんだな?」
「兄に止められたからその道には進まなかったの。でも剣の腕は信用してくれていいよ」
 言いながら、襲ってきた鳥のモンスターを剣で往なす。崖にしがみついているのでちょっと動きにくい。
「腕がいいのは見りゃ分かる」
「それはどうも。こんな経緯だけど、リターナーには全面的に協力するよ。私だってサウスフィガロを取られて黙ってはいられない」
「ありがとう。心強いぜ」
 そう言いながらロックはさらに別のモンスターに向かって煙玉を投げつける。どうも縄張りに入り込んでしまったようでどんどん鳥が群がってくる。

 平地に降り立ったところで二人して同時に息を吐いた。繁殖期のモンスターはとても厄介だ。
 剣なら大抵の人には勝つ自信があるけれど、他に飛び道具も使えるようになっておくべきかもしれない。
 ただ、崖にしがみつきながら鳥と戦うなんていう機会は二度とない方がありがたい。

 急ぎとはいえ、あまりに荒んだ格好では見咎められそうなので一晩野宿をして身綺麗にしておく。
 夕食の仕度をしながらロックは「ユリって意外と話しやすいな」と微妙に失礼なことを言った。
「最初に会った時はずっとマッシュを睨んでたからなあ。絶対とっつきにくいやつだと思ってた」
「べつに、あいつ以外につらくあたるつもりはないよ」
 マッシュにもつらくあたるなと言われるかと思ったけれど、ロックはそこには触れなかった。
「なんかさ、言っちゃ悪いけどあんまり兄貴と似てないな」
「それ私に対する禁句だから二度と言わないでね」
「似たかったのかよ? あれに?」
 髪も目も同じ色なのにずいぶんと似てない兄妹ね、とよく言われたものだ。それはひとえに兄が肉体を鍛えすぎていたせいだろう。

「子供の頃は、どうせ似てないなら他人として生まれたらよかったと思ってた。そしたら兄さんと結婚できたのに、って」
「えっ!?」
「私は、自分では兄さんと似てるつもりでいるよ。バルガスは私の目標だったもの。ロックたちがどう思ってるかは知らないけどさ」
 本当はバルガスと最後にどんな会話を交わしたのか知りたかった。でも聞くのが怖かった。そんなこと、今さら知っても……何にもならない。
 ロックは目を伏せて呟いた。
「そっか。そうだよな。他人には分からないこともあるよな」
 分からないのに聞いたって意味がない。分からない人たちの口から兄のことなど聞きたくなかった。



 リターナーのアジトを発った翌日の昼、サウスフィガロに到着した。やはり大勢の旅人や商人が門前で足止めを食らっている。
「現在この街は厳戒体制だ。旅人の来訪は禁止している」
「ユリ・ハーコート、ここの住民です。フィガロ王が帝国を裏切ったと聞いて、慌てて帰ってきたんです」
 できる限り王への反感を乗せてそう言い募る。マッシュを思い浮かべると簡単に恨みがましい声が出た。

 通行許可を待つ人の群れの中、しばらくしてから帝国兵が私たちのもとに戻ってきた。
「ユリ・ハーコートの身元を確認した。通っていいぞ」
「ありがとうございます! お勤めご苦労様です」
 深くお辞儀をして門をくぐると見張りの兵士は愛想よく手を振って応えた。
 しばらく歩いて彼らに声が届かない距離まで来たところでロックが呆れたように言った。
「面の皮が厚いっていうかなんていうか……ユリ、俺に弟子入りしないか?」
「面白そうだけどやめとくよ」
 嘘八百が得意かのように言われるのは心外だ。ロックの本業は冒険家だというし、そっちなら弟子入りするのも吝かでないけれど。

 真っ先に母の無事を確認した。心配した、と思わずこぼしたら「私を誰だと思ってるの」と怒られた。
 誰って、武道家ダンカンの妻ですよ。分かってるけど心配くらいさせてよ。
 まったく、武道家の妻の娘なんかになるもんじゃない。

 ロックは早速、工作活動を開始した。
 ティナの居場所やリターナーのアジトの位置、エドガー王の所在、あらゆる誤情報を帝国に流して撹乱している。
 今のところどれが本当の話なのか帝国は掴めていない様子だ。
 ロックは我が家を拠点に活動していたけれど、そのことに気づいている人もいないと思う。
 彼の変装技術は見事だった。時に商人の格好で、またある時にはどうやって手に入れたのか帝国兵の制服で現れることもあった。
 私でさえ一瞬その人がロックかどうか自信が持てない時がある。
 戦闘技術が秀でているわけではない。それでもロックは強い人だと感じた。あまり馴染みのなかった種類の強さに、感心と少しの憧れを持つようになっていた。

 そうこうしているうちに時が過ぎていく。皆はナルシェに着いた頃だろうか。
 私が淹れたお茶を飲みながらロックが言った。
「そろそろ本当の情報を流すかな」
「アジトの位置? バラして大丈夫なの?」
「ああ。もうとっくに別の場所へ移ってる。そこへ帝国のやつらを向かわせれば少し戦力を削げるからな」
「なるほど。きっとアジトは罠だらけになってるんだろうね」
「ご明察」
 アジトに踏み込んだ帝国兵に死傷者も出るだろう。そう告げるロックの表情は、普段の気さくな性格とはうってかわって暗い影がある。

 どうしてリターナーに加わったのか、そういえば聞いたことがなかった。
 マッシュは兄を助けるため。エドガーは国を守るため。ティナは自分を知るため。彼らがリターナーに身を置く前からロックはその一員だった。
「……ロックはどうしてリターナーに?」
「恋人が帝国に殺されたから」
 淡々と返された言葉が胸に刺さった。
「そうなんだ」
 この人は私と同じなんだ。大切な人を亡くしたことをちゃんと悲しめてないんだ。
 その人がいない現実を認めるのが怖くて。
 だから普段は、今まで通りに明るくふるまっている。何事も起きていないかのように。

 ロックは私に「マッシュを許せ」とは言わない。それができない相談だと彼自身よく知っているんだ。


 その翌日、ロックはマランダ国を落としたセリス・シェール将軍が帝国を裏切ったという噂を仕入れてきた。彼女は北の屋敷に捕らえられているらしい。
「そいつと話ができたらいいんだけどな」
「帝国に離反したからってリターナーに加わってくれるとは限らないんじゃない?」
「そうかな。可能性は高いと思うぜ。だって彼女には行き場所がない」
 帝国に帰ることはできないし、その支配下にある国にも行けない。といって帝国と敵対している国に逃げ込むのも難しい。言われてみると確かにそうだ。
 居場所がないならリターナーに迎え入れるのもいいだろう。

 まずは屋敷に忍び込んで様子を見るつもりだとロックは言う。
「それから、できたら将軍を連れて町を出る。ユリはどうする?」
「じゃあ私は食糧とかを持って外で待ってるよ」
「この状況で物資を持ち出すのは難しそうだけど」
「コルツ山で修行中の父に届けに行くとでも言えば許可が降りると思う」
 父は名の知れた武道家だ。そしてその死は未だサウスフィガロに伝わっていない。私も母も口を閉ざしているから。
 私をじっと見つめ、ロックは頷いた。
「分かった。それじゃあ、頼む」
「任せて。そっちもセリス将軍を助けてあげてね」
「おう!」
 朗らかな笑みを見せてロックは去った。

 涙も出ないくらい悲しくても笑顔を浮かべることはできる。笑ってるふりなんて簡単だ。
 でも嘘の涙は流せない。悲しみまで嘘にしてしまうのが耐えられないから、いつか自然に本当の涙が流れ落ちるまで悲しくないふりをし続ける。
 帝国を倒して平和になればロックは本当に泣けるのだろうか。笑えるのだろうか。
 憎むべき仇を倒したところで、愛する人は帰ってこない。


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