×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖金の砂に溺れる



 危機を感じ取ると世界を転移してしまう私の体質は、きっと遺伝。両親のどちらかが同じ性質を持っていたに違いない。
 ずっとそう考えていた。だから私が生まれたあと、両親はどちらかの転移によって別れるはめになったんだろう、って。
 いずれ必ず別れの時がやって来るなら、出会うことにどんな意味があるんだろう?
 どうせ離れることになるんだから誰とも結ばれなくていい。浅い関係で済ませておけば傷もすぐに癒える。
 私はこれまで、何かを手に入れることをいつも恐れていた。

 でも今は違う。マッシュのことを好きになってからその考えは変わったんだ。
 彼のそばにいたいと思う。彼の心が欲しいと願う。マッシュにも、私を好きになってほしい。
 もしそれが叶わなくても私の恋慕に翳りはない。
 離れている時間が長いほど、どんなに遠くからでも彼のもとに行ける気がする。
 私の両親は、私とは離れてしまったけれど、きっと今でも一緒にいるはずだ。今はそう信じている。

 自分の意思で行き先を決めたのは初めてだった。
 あの日、目を瞑ったまま落ちてきた私をマッシュがしっかりと受け止めてくれたのを思い出す。
 大好きな彼のもとへ、彼がいる世界へ。
 飛び込んだ先で、今度は誰も支えてくれはしなかったけれど。
「いったあ!」
 転がり落ちた先で強かにお尻をぶつけてしまった。
 目の前には石の壁に石の床。屋内だから、低いところに落ちてよかった。
 もし座標がずれてたら大惨事だったかもしれない。

「ユリ!?」
 ここ数日で聞き慣れた神官長さんの声に振り返る。彼女は私を見つめて呆然としていた。
 ああ、そうそう。私の頭越しに空を見上げてマッシュも「どっから降ってきたんだ?」って不思議そうにしていたっけ。
 とにかく私は、元いた世界に戻ってくることに成功したんだ。

 立ち上がって神官長さんに向き直る。お尻がちょっと痛い。
「すみません、不法侵入して」
「あなたはマッシュの伴侶となる方です、誰が構うものですか」
「それならよかっ、ええ!?」
 本人の許諾も得てないのに真顔で答える神官長さんにちょっとビックリした。
 そりゃあ、そうなったら私は嬉しいけれど。でもまだ気が早すぎるよ。まずはマッシュが私を好きになってくれなくちゃ。

「これがテレポートというものなのですね。実際に見ると不思議な出来事だわ」
 おっとりと頬に手を当てて神官長さんが呟いた。
 転移の瞬間を目撃したのは彼女だけだったようでホッとした。大勢に見られてたら騒ぎになったかもれない。
 けれど続く神官長さんの言葉で安心も消えてしまった。
「今、潜行中なのですよ。じいや達にどう説明しようかしら」
 フィガロ城は砂のなか。来客なんてあるはずがないのだった。
「あー……もう、ありのままに打ち明けるしかないですね」

 私は危ない目に遭うと異世界に飛んでしまう能力を持っています。怪しすぎて、よっぽど打ち解けた相手にでもなければ話せない。
 神官長さんは今まで、大臣は自分と違って頭が固いから黙っておいた方がいいと言っていたけれど。
「私、マッシュのいる世界になら絶対に戻ってこれる。そう確信してるんです」
 行き先を自分で決められるのならティナたちが使う“テレポ”とあまり違わない。それだったら大臣さんたちにも受け入れてもらえるだろう。
 未だかつてないくらい自信が漲っているのを感じた。彼に引き寄せられる心は誰にも邪魔できない。私自身にも、マッシュにだって無理なことだ。

 それから数ヵ月、フィガロ城は浮上することなく潜行を続けていた。
 砂漠のそこかしこに地上と繋がる酸素の補給ポイントがあるんだ。だから地上に顔を出さなくても息継ぎができる。
 地上は今、とても危険な状況にあるらしい。ケフカが凄まじい力を手にして世界中を攻撃しているという。
 ガストラだってあちこちに戦争を吹っ掛けていたけれど、それは秩序立った“攻撃”だから対処することもできていた。
 今の世界はただ……ケフカの暴力に晒されて、混沌としている。

 フィガロ城の暮らしにも随分と馴染んできた気がする。
 たぶん、城が浮上していないのが私にとって都合のいい効果をもたらしているみたいだ。
 閉鎖的な環境で生活を共にして、城内には連帯感が生まれている。
 私を以前よりも親しい仲間、あるいは家族の一員として受け入れてくれるようになっていた。
 そして直接それを教えられたことはないけれど、どうも神官長さんがいろいろと働きかけてくれたようでもある。
 彼女は私がマッシュと結婚するものと思っているらしい。

「もしもマッシュが城に戻る気になったら、ユリはどうなさるの?」
 そりゃあもちろん、彼が嫌だと言わない限りマッシュの行くところが私のいるべき場所だ。
「その時は私もここに勤めようと思います。礼儀作法とかはマッシュが教えてくれると思うし、たぶん大丈夫です」
「城暮らしが嫌ではないのね」
「マッシュが自分で戻りたいと思うなら、それはいいことだと思います」
 エドガーさんのことがある。兄弟が離れたままでいるのは、やっぱり淋しいから。

 でも、一度は国を出た王様の弟が戻るとなると難しい問題も発生するんだろう。
 そのことで神官長さんと大臣さんが話し合っているのをよく見かけた。
 マッシュ自身ともエドガーさんとも連絡がとれない今、結論には決して辿り着かない議論だけれど。
 あの二人はどうしたいと思ってるんだろう? エドガーさんはきっと「マッシュのしたいように」と言うに違いない。
 マッシュは、昔のようにお兄さんを支えたいと思うけれど……。

 そのあとは当たり障りなく、お芝居や小説の話をして神官長さんと過ごしていた。
 平穏が突然の揺れによって破られる。
 補給ポイントにつける時も多少は揺れるけれど、それとは明らかに違う。断続的な揺れが続いていた。まるで何かが城に体当たりしてるみたいだ。
「な、なに?」
「サンドワームにでもぶつかったのかしら。すぐに進路を逸らすから大丈夫ですよ」
 神官長さんに言われてひとまず心を落ち着けようとする。でも揺れがおさまる気配はなかった。

「このままずっと浮上しないんですか?」
 ケフカが放つ魔法のことがあるのは分かるけれど、サウスフィガロや他の町も心配だし、様子を見に浮上するくらいはいいんじゃないか。
 私の問いかけに神官長さんは首を振る。
「あの光を避けるためが第一の理由ではあるけれど、変わってしまった地形を把握するためにも潜っているのよ」
「ああ、航路を確認してるんですか」
「うっかり海に出てしまったら大変なことになるものね」
 それは想像したら怖い。

 雑談で気を紛らせてみたものの城は今も揺れている。
「……揺れが、おさまらないみたい、ですが」
「様子を見に行きましょうか」
 さすがに心配そうな顔をして神官長さんが立ち上がった。
「私も行きます」


 神官長さんは機関室の方へ降りていき、私は何やら騒がしい反対側へ向かってみる。
 階段の下に男の人が何人か立っていた。兵士ではなさそうだ。一人がこちらに気づいて叫ぶ。
「おい、そこの侍女! すぐに助けを呼べ!」
「あなたちは?」
「牢に捕まってた盗賊だ。牢屋がサンドワームにぶち破られて巣に繋がっちまったんだ!」
「牢番が戦ってるけど手が足りねえ!」
 じゃあ揺れはそのせいだったのか。
「そこまで出てきて、なんで自分で行かないんですか」
「脱走したと思われるだろ!?」
 ……律儀というかなんというか。

 すぐに引き返そうとしたところで神官長さんが機関室から戻ってきた。
「ユリ、部屋まで下がりなさい。機関室にモンスターが……」
「牢屋の方から入ってきたみたいです。穴を塞がないと」
 なんてやってる間に牢屋側から見張りの兵士さんが駆け上がってきた。盗賊たちがその後に続く。
「神官長様、あちらはもう持ちません! 次から次に新手が、」
 最後まで言う暇もなく機関室側からも兵士がわらわらと上がってきた。
「さがれ! 扉を封鎖するぞ!」
 どうやら兵士を総動員しても倒せないレベルのモンスターが機関室に入り込んでしまったらしい。このまま突っ立ってたら挟み撃ちだ。

 王の間まで引っ込むと城内の全員がその場に集まっているようだった。
 大臣さんにメイドさんに子供たち、兵士も大勢いるし、さっき牢の方にいた盗賊たちまでちゃっかり一緒に避難している。
 フィガロ城の一番分厚い扉が閉ざされた。といっても耐久力はあまり高くない。
 この城は、攻め込まれたら砂に潜って逃げるように設計されている。城内での戦いは想定されていないんだ。

 モンスターはとりあえず地下に留まっているのか扉は静かだった。けれどその状況がいつまで持つか。
 ざわざわと肌が粟立った。
 私だけならテレポートで避難できる……今はそれこそ私が最も恐れる事態だった。
 このピリピリした空気の中から一人だけ逃げ出すなんて絶対に嫌だ。
 体が他の世界へ引っ張られないように心で踏ん張る。マッシュが帰って来るまで私はここにいる。何としても、ここで待つんだ。

 大臣さんを中心に兵士たちが話し合っている。
「モンスターの襲撃を阻止せねばどうにもならんな」
「盗賊たちに装備を与えて突破させよう」
「おい、無茶言うなよ! 俺たちに死ねってのか!?」
「いくら盗賊相手だからって横暴だー!」
「牢屋はサンドワームの巣穴に繋がっちまったんだぞ!」
 見張り役だった兵士が「そうではない」と首を振る。
「巣穴ではない。我々が縄張りに踏み込んだので怒っているだけだ。しばらく放っておけば散っていくだろう」
 問題なのは機関室の方だと別の兵士が続ける。

 城を移動させなければいずれ酸素が尽きる。なのに機関室は乗っ取られたまま。ここでじっとしていても事態は動かない……。
 大臣さんが地図を広げて、機関士がそれを覗き込む。
「城の現在位置から考えて牢の穴と繋がったのはサウスフィガロの洞窟だろう」
「聞いたか、賊ども。逃げることを許す。その代わり、城の現状を外に知らせるのだ」
 盗賊の親玉っぽい人が、顎に手を当てて考えている。危険をおかしてこの機会に逃げるべきか、それとも。

「でもエドガーさんがいないのに、勝手に逃がしちゃっていいんですか?」
 大臣さんは私の言葉にふふっと笑った。
「もちろん、国王の許可もなしに罪人を赦免するなど許されざることですな」
 そこへすかさず神官長さんが入ってくる。
「留守にしている方が悪いのですよ」
 よ、容赦ない御言葉……。こういう時は神官長というより“ばあや”って感じがする。
「陛下が留守の間は大臣に全権を委任しておられますから、彼の言葉は陛下の言葉と同じです」
 うーん、すごい信頼だ。確かに大臣さんがいるからこそエドガーさんも旅を続けられているのだろう。

 さっきまでぶーたれていた盗賊たちは揃って親玉っぽい人を見つめている。そして彼は心を決めた。
「武器をくれ。俺たちはここを脱出する」
 でも彼らが本当に助けを呼んでくれる保証はない。第一、助けに来られる余裕のある人が近くにいるかどうか。
「あの、むしろ全員で脱出した方がよくないですか?」
 しかしそれには大臣さんも神官長さんも、他のすべての人々が異を唱えた。
「城内にモンスターが蔓延っているのに捨て置けませぬ」
 私たちの生も死もこの城と共にあるのだと。

 それなら……皆の覚悟が決まっているなら、私も倣おう。
 しばらくの間は酸素も持つ。フィガロ城の現状が知られれば、きっとマッシュは駆けつけてくれる。


🔖


 27/76 

back|menu|index