×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖迷惑な賢者



 俺はもしかしたら機械が苦手なのかもしれない。ある程度は飛空艇の操作を知っているカインの助言も受けつつ行っているのにもかかわらず、どうしても赤い翼をうまく動かせないのだ。
 こんなことなら黒竜に乗って一人で飛ぶ方がいいと投げ遣りな気持ちになる。彼女は翼竜ではないので乗り心地はかなり悪いが、こちらが落ちないよう気遣ってくれるのが分かるので物言わぬ飛空艇とは比べ物にならないほど愛しい。
『リツが飛空艇部隊に仕官しなかった理由は運転センスが致命的だったせいか?』
「失礼だな」
 そもそも俺は空軍を目指していたわけじゃないし、竜騎士になれないのなら空に未練はなかったんだ。代わりに飛空艇に乗りたいと思ったことは一度もない。
 平民の群れにまみれて新型の飛空艇に乗るくらいなら海軍に入ることを選んだだろう。あそこも中央のエリート貴族が多くて居心地は悪いが……。とにかく、近衛で気の合う仲間とのんびりやってるのが性に合ってたんだ。
 自分が機械を苦手としているなんて知らなかった。だから、飛空艇部隊には“入れなかった”のではなく“入らなかった”だけなのだ。
『……まあ、いいけどな』

 磁力の洞窟を脱してきたセシルたちを迎えに行くため、また赤い翼に乗るはめに陥っている。幸いにもルビカンテ配下のモンスターたちが機械の操作をマスターしていたので、運転については彼らに任せることにした。
『モンスターでも操縦できるっていうのに』
「ええい、頭の中でぐちぐちとうるさい!」
 四天王最強と名高いルビカンテは現在、地底に隠された別のクリスタルを捜索中だという。
 ……クリスタルは四つだけではなかったんだな。ゴルベーザ様の野望が叶うまで、まだ少しかかりそうだ。
 甲板で数時間ほど風を浴びていると、赤い翼はトロイアの上空に到着した。こちらを見留めてセシルたちの船も上昇してくる。
「土のクリスタルは?」
「ここにある! ローザは無事なのか!?」
 排他的なトロイアの神官どもと、どうやって話をつけたのだろう。よくクリスタルの持ち出しなど認められたものだな。
「返す宛がないことはトロイアに伝えたのか?」
「……ローザのところに案内してくれ」
 なるほど、恋人のためなら罪なき人々から略奪しても構わないか。苦痛に耐えるように顔を歪めるセシルに笑い、操縦桿を握るモンスターに合図を送る。
「ついて来い」
 ゾットの塔はすごいぞ。近づいたら自動的にドックへ転移させてくれるのだからな。俺でも無事に着陸できる。

 塔に帰還すると、セシルたちは侵入者避けのトラップにまみれた下層部に飛ばされた。ゴルベーザ様の眼前には機械仕掛けの“モニター”に彼らの様子が映し出されている。
 離れたところにいるのに、まるですぐ近くから見下ろしているような感覚で彼らの姿を見て会話もできる。このゾットを建造した何者かの技術力は恐ろしいほどだな。
「どこへ隠れおったんじゃ!?」
「そう慌てるな。ゴルベーザ様から御言葉を頂けるそうだ。ありがたく聞けよ」
 向こうからこちらの姿は見えないはずだ。どこからか声だけが聞こえてくるのは不気味だろう。
「約束を守ってくれて、嬉しい限りだ。土のクリスタルについては困っていたのでね」
「おのれ、ゴルベーザ! 姿を見せぬか!」
「逸る気持ちも分かるが、私の礼も受け取ってほしい。私は君の愛しいローザと一緒に、このゾットの塔の最上階にいる。ここまで辿り着ければローザの命をクリスタルと交換してやろう」
 温和そうなセシルの顔が怒りに染まった。それに反してゴルベーザ様はとても楽しそうだ。
「早く来なければ、君の大事なローザの命の保証は出来ぬぞ。さあ、急げ!」
 こちらの掌で踊らされていることに歯噛みしつつ、セシルたちはモンスターの跋扈する塔を突き進み始めた。
「ゴルベーザ様、愛しいローザとか大事なローザとかは余計です」
「そうか?」
『……』
 心臓がもげるかと思ったぞ。本当に、よくこの状態で想いを告げずに我慢していたものだ。むしろ何のためにこんなになるまで耐えていたのか不思議だった。
 忍耐強いというんじゃなくてカインはもしかしたらちょっと馬鹿なのか、でなければ重度の奥手なのかな?
「俺、この仕事が終わったらパブ王様に行くんだ」
『やめろ。誰の金で行く気だ』
 それはもちろんハイウインド家の資産で。前から一度、行ってみたかったんだよな。

 彼らがモンスターとトラップに四苦八苦しているのをモニターで眺めながら優雅にお茶など飲んで過ごすこと四時間ほど。ようやく疲労困憊のセシルたちがゴルベーザ様のもとへ辿り着いた。
「ご苦労だったな、諸君」
「ゴルベーザ!」
 いきなり襲いかかってこようとする賢者の老人を槍で制する。人質がいることを理解しているんだろうか、まったく。敵ながら見ていてヒヤヒヤするぞ。
「ローザはどこだ?」
「慌てるな。クリスタルが先だ」
 血気盛んな老人たちよりは幾分か落ち着いているセシルだけをゴルベーザ様の御前へ通すと、彼は大人しく土のクリスタルを差し出した。偽物とすり替えてくるのではとも疑っていたので素直に本物を持ってきたことに拍子抜けする。
 馬鹿正直というか人がいいというか、恋敵にもかかわらずカインが憎めずにいたのも、分からなくはない。
「さあ、ローザを返せ!」
「ローザ? 何のことだ?」
「何だと!?」
「話が違うぞい!」
「おのれ、どこまでも汚い奴め!」
 クリスタルを懐に仕舞い込んだゴルベーザ様がすっとぼけると彼らはたちまち殺気立った。さて、カイナッツォのお陰でミシディアの魔道士はいないが、賢者とモンク僧は厄介だな。
「ここで戦ってもローザの行方は知れんぞ」
「約束を違えたのは貴様らではないか!」
 俺たちを殺してから家探しすればいいとでも思っているのか、賢者は怯まない。セシルはローザの不在を疑って戸惑っているが、賢者の老人にとって仲間の恋人は最優先ではないらしい。それもそうか。

 老人が殺意を滾らせてゴルベーザ様の前に立つ。そういえば彼はいつから何のためにセシルと同行しているのだろう。賢者らしく、クリスタルを守るためかと思ったがゴルベーザ様に向けた憎悪は相当に根が深いと見える。
「老いぼれに用はない」
「貴様に無くとも私にはある! 思い知れ……アンナの痛みを!!」
 誰だよ。
『ダムシアンで王子を庇った娘の名ではないか』
「ああ、何だ私怨か。賢者ともあろうものが個人的な憎しみで殺人を犯すとはな」
 魔法を使って人を助けるのが賢者ではないのか。誰かを殺したいなら統治者にでもなればいい。たくさん殺せるぞ。
 額に血管を浮かせてぶちキレている賢者は背後の仲間を顧みることなくバイオを解き放ち、続けざまに高位の属性魔法を無詠唱で撃ってきた。さすがに戦闘力は高い……しかし、そうか。一人旅に慣れているから仲間と共に戦う方法を知らないんだな。
 俺はゴルベーザ様を庇って立ち、槍を回転させて魔法を掻き消すことに専念する。ファイガやブリザガが無軌道に飛散してくるのでセシルたちは手が出せずにいた。
「あんたの力はゴルベーザ様に届かんようだぞ、爺さん」
「くっ……」
 あれだけ連続で高位魔法を唱えたくせにあまり消耗していない。まったく大した魔力量だな。でも、ただ威力が高いだけとも言える。

 魔法がすべて掻き消されると、賢者は忌々しげに息を吐いた。ここからが本気、といったところか。
「やはり、メテオを使わねば……」
 どこかで聞いたような名の魔法だ。ミシディアの古文書だったか? あまりにも強力な魔法は自分と無関係だから詳しく調べていなかった。つまりそれだけ凄まじい魔法だということだ。
 仲間であるはずのセシルたちでさえ血相を変えて賢者を止める。
「テラ、駄目だ! そんなことをしたら……」
「そなたの命が尽きてしまうぞ!」
「構わん! 私の全てを魔力に変えて、貴様を倒す!!」
 翳された杖に光が集まってゆく。背筋が粟立った。確かに今までの魔法とは別格だ。詠唱中に殺してしまおうと突進したがセシルとモンク僧に阻まれる。
「馬鹿な……! この星の者がメテオを!」
「ゴルベーザ様、一旦退却を」
 メテオ……流星? 名前からしても不穏な魔法だ。俺に庇いきれるとも思えず、ゴルベーザ様は慌てて転移魔法を唱え始めた。……が、賢者の詠唱が早い。
「死ねい! ゴルベーザ!!」
「ゴルベーザ様!」
『リツ……!』
 賢者の杖の先から、炸裂した魔力の塊に身を晒す。それはまるで断罪の光だった。カインにすまないと思う間もなく、俺の意識は焼き切れた。


🔖


 13/24 

back|menu|index