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🔖紅色にひび割れる



 飛空艇ブラックジャックの甲板から伝書鳥が飛び立っていく。
 フィガロ城にいるユリに近況を伝える手紙を持って。
 俺は城に戻るまで連絡なんてしなくていいと思っていたんだが、兄貴にこっぴどく叱られたんでこまめに状況を伝えるようにしている。
 ゾゾでティナを見つけた、魔導研究所に行くことになった、セリスとはぐれた、ティナは無事だ、ナルシェに戻ることになった。
 そして今しがた送った手紙には、封魔壁に向かうことになった経緯を書いてある。

 飛空艇でナルシェを発った時、遠くにフィガロ城が見えた。
 ユリはどうしているだろう。こっちがウロウロしてるんで、あいつからの返事を受け取ることはできない。
 きっとユリの方でも、もどかしい気持ちでいるに違いない。
 ティナを見つけてすぐに帰る予定だったんだけどな。
 思ったより長くなっちまったのは悪いと思ってる。修練小屋での生活にすぐ馴染んだみたいに、城でも気楽に過ごせていればいいんだが。
 まあ、ばあやたちもいるし、大丈夫だよな……。

 ティナたちが封魔壁に向かう間、俺はブラックジャックで留守番していた。
 これが結構退屈だ。鍛練しようにもセッツァーが「壁や床に穴を開けたら弁償させる」とうるさいし。
 結局、眠って時間をやり過ごすしかない。

 眠って、目が覚める。ティナは幻獣たちに会えただろうかと考えながら体を起こす。
 なんとなくいい目覚めだった。
 兄弟子と一緒に体力の限界までコルツ山を駆け回って、一っ風呂浴びてから泥のように眠った翌朝みたいな気分だ。
 でも、そんな日はもう来ないんだってことを急に実感してしまった。
 ユリが現れたのはバルガスが出ていってすぐだったな。あいつがいてくれたお陰で師匠も俺もどんより沈まずに済んだのかもしれない。
 自然と、ユリに会いたいと思った。

 このところユリの言うことをよく考える。俺が好きだとか、結婚したいとか。
 どうもあいつが本気で言ってるらしいのはさすがの俺も理解した。
 誰彼構わずそんな冗談を言うやつじゃないのは分かってたんだが……。たぶん、俺の方で冗談にしてしまいたかったんだ。
 でもそんなのは不誠実だよな。

 もちろんユリが嫌いってわけじゃない。一緒にいて気楽だし、あいつのことは好きだ。それは本心だと胸を張って言える。
 だが、その“好き”は果たしてユリの想いと同じものなのか?
 あいつに恋をしているかと聞かれると返答に困るのも事実だった。
 好きだとか結婚したいだとか、そういう気持ちは俺に縁のないことだと思って今まで生きてきたんだ。

 窓の外に目をやれば、もう朝どころか昼の明るさだった。時計は十二時ちょっと過ぎを指している。
 こんなに寝坊したのは何年ぶりだろう。小屋にいた時は疲れて眠りこけていてもユリが起こしてくれたし。
 さすがに疲労が溜まってるのか、それとも単に鈍ってるだけか。このところ生活が不規則だからなあ。
 寝る時間も起きる時間も飯の時間も鍛練の時間もバラバラで、スッキリしない気分が昨夜まで続いてた。
 留守番とはいえ、常に万全の体勢でいられるように気を引き締めないといけないな。

 封魔壁には兄貴とロックも同行している。帝国の監視が厳しいはずだが、機転の効く二人がついているからその辺りは安心だ。
 正直、ロックも働きづめだからそろそろ休んだ方がいいとは思う。だけど今はゆっくり眠る気になれないという彼の気持ちも分かるから何も言えなかった。
 セリスがどこでどうしてるのかという話は俺たちの中で禁句になりつつある。
 彼女がスパイだなんて馬鹿な話はさておき、一人で帝国の真ん中に取り残されてしまったのは事実だからな。少し心配だ。

 朝飯というには遅すぎる時間だが、飯を食いにラウンジに向かう。そこには俺と同じく起きたばかりらしいセッツァーもいた。
「他のみんなは?」
「もう食い終わってる」
 じゃあ、今まで寝てたのは俺とセッツァーだけか。この怠惰の塊みたいな船長と同じ生活時間なんて、完全に弛んでるな。

 皿に大盛りにした肉を頬張る俺をセッツァーはげんなりした顔で眺めている。
「お前、よく朝からそんなに食えるな……」
「朝じゃなくて昼飯だろ?」
「俺が起きた時間が朝なんだよ」
 どんな言い分だ。
 ちなみにセッツァーの朝飯は野菜が中心で量だって俺の半分もない。それですら起きがけには食えないとぼやいている。
 要らないなら食ってやろうかと思ったが、セッツァーもしっかり食わなきゃ体力つかないからな。
 結局セッツァーは、俺の三倍近い時間をかけてやっと昼飯を終えた。

 さて、飯が終わると本当にすることがない。
 船を降りれば気兼ねなく鍛練に打ち込めるんだが。
 魔導研究所を脱出した時みたいに急遽ティナたちを助けに行かなきゃならない可能性を考えると、ここを離れる気にもなれなかった。

 暇なら近況以外でもユリに手紙を書いてやれと兄貴が言ってたのを思い出す。
 だが、さっき送ったところだし。近況以外って、何を書けばいいんだ。
 ぼーっとあいつのことを考えていたら、セッツァーが訝しげに覗き込んできた。
「ユリはどうしてるかと思ってさ」
 その言葉はなんとなく言い訳がましく響いた。

「誰だそりゃ? お前の恋人か」
「本人はそうなりたいらしいけどな」
 セッツァーが面白そうに眉をあげた。まずいことを口走ったな、興味をひいてしまったらしい。
「美人か?」
「うーん。普通だな」
「おいおい……」
 そういう時は褒めるもんだと諭される。……本人がいないのに褒めたって仕方なくないか?

「そもそもお前は見てくれを気にしなさすぎなんだよ。髭を剃れ、髪も整えろ、何日も同じ服着てんじゃねえ」
「ユリみたいなこと言うなあ、セッツァー」
「そりゃそのユリってやつが正しい」
 見てくれなんてどうだっていいだろ。外見で敵を倒せるわけでもなし。
「あんまり見栄を張るのもなあ」
「見栄を張らねえってのは、自分の生き様に拘りすら持てねえってことさ」
 顔はエドガーと同じなんだから磨け、兄貴を見習え、それがユリのためでもあるとセッツァーは言う。

 あいつが俺に一目惚れしたというのが本当なら、俺の見てくれはその時のままだ。
 だったら下手に変わらない方がユリだって喜ぶんじゃないかと思う。
 そう反論しようとした時のことだった。

 一瞬、空気が張り詰めたと思ったら凄まじい殺気が辺りに満ちた。
 ラウンジの窓を凝視する。封魔壁がある方角の空が光り、そこから無数の何かが飛び出してくる。
「魔物か!?」
 違う……あれはおそらく、封魔壁の奥、結界を隔てた向こう側の世界にいたはずの存在……幻獣だ。
 それから数分後に憔悴したティナを連れて兄貴たちが戻ってきた。
 幻獣との対話は叶わなかった。彼らは封魔壁を破って飛び出し、ティナには目もくれずにベクタの方角へ飛び去ってしまったそうだ。
 あの殺気……、どうも嫌な予感がするな。

 兄貴たちによると封魔壁までケフカが尾行してきていたらしい。
 ガストラは俺たちが幻獣と接触するのを読んでいたんだ。監視所を突破できたのは泳がされていただけか。
 どちらにせよ飛び出してきた幻獣の行方は確かめないといけない。早速、セッツァーはブラックジャック号をベクタに向けて発進する。

 幻獣は何しに帝国へ行ったのか。挨拶して終わりってわけには、いかないだろうな。
 おそらく兄貴たちも魔導研究所の有り様を思い出していただろう。
 十八年前のガストラによる襲撃以来、人間との関わりを徹底的に避けてきた幻獣たちが何の目的を持って帝国に向かったのか。
 考えたくもないくらい、簡単に想像がつく。

 悲痛な顔で西の空をじっと見つめていたティナが急に踞った。
「感じる……近づいてくる……」
 その言葉と同時に、遠く前方に何かの影が見えた。
「なんだ!?」
 インペリアルエアフォースかとも思ったが、どうも違うようだ。
 各々が甲板に伏せたところで頭上を何かが猛スピードで飛び抜けていった。

「げ、幻獣……?」
「なんで攻撃してくるんだ!?」
 さっき封魔壁を飛び立ったであろう幻獣たちだ。
 彼らはベクタ方面の空から戻ってきて、ブラックジャックを避けようともせず次々と体当たりして東の空へと消えていった。
 見境がなくなって、暴走してるみたいだった。ナルシェで氷漬けの幻獣と共鳴した時のティナと同じだ。
 我を忘れたティナはコーリンゲンの一軒家を破壊してしまったという。

 あれだけの数の幻獣が暴れ狂ったら、でかい町くらい壊してしまえるだろうな。
「みんな……怒ってた……」
「帝国に、か?」
「……分からないわ」
 自分で自分が抑えられなくなって、力の赴くままに駆け抜ける。そこに復讐への欲求が加われば……。

 魔導研究所や帝国城がめちゃくちゃになるだけなら自業自得だが、あの幻獣たちに自制心は期待できない。被害は町にも及ぶだろう。
 早く後を追わなくては。だが、ベクタに向かっていたはずのブラックジャックは進路をずらし、どんどん南へと流されていく。
「お、おい、なんか揺れてるぞ!」
 さっきの体当たりのせいか。気づけば船体のあちこちから煙があがっている。

「くそっ、舵がイカれやがった! 全員中に戻れ!!」
「セッツァー!」
 一人で舵のところに戻ろうとするセッツァーを振り返り、兄貴が慌てて魔石を取り出した。
 閃光と共に幽霊のような姿の幻獣が現れる。

 程なくしてブラックジャックは帝国の南西に不時着した。乗組員を含めて仲間は全員、無事だった。ファントムの魔石のお陰だ。
 しかし船はしばらく立ち直れそうにない。修理のためにセッツァーを残し、全員で歩いてベクタを目指すことになった。
 そこで待ってるのは、たぶん喜ばしくない光景だろうな。


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