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🔖黄砂に迷いながら
獣のような姿になってナルシェから飛び去っていったティナを探すため、まずはフィガロ城を訪れた。
マッシュの生まれ故郷。なんだかドキドキする。
砂漠の国だというから暑いだろうと思っていたけれど、私が間違ってたみたいだ。
フィガロの夜はものすごく寒い。ある意味ナルシェにも匹敵する寒さだった。
そして道中で何度か砂嵐に襲われたお陰で全身が砂塗れだ。
靴を脱いで逆さにするとビックリするほど砂が出てきた。道理でジャリジャリすると思ったよ。
エドガーさんは留守中に溜まっていた仕事を片づけ、ロックさんたちは部屋で休んでいる。
私はマッシュにお城の中を案内してもらっていた。
フィガロ城は機械仕掛けのお城だって聞いてたけれど、外観も内観もそんな雰囲気はなかった。
機械の作動音も聞こえて来ないし、中世的な普通のお城だ。
それでもこのお城は他に類を見ない唯一無二の特徴を備えている。見ているだけでは分からないフィガロ城の凄さ。
「日が落ちたら城を移動して、明日にはコーリンゲンだ」
「そんなスピードで進むんだ?」
「おう」
すごいだろ、と胸を張るマッシュに微笑ましくなる。
このフィガロ城はなんと、砂漠に潜って地下から海を越えることができるのだ。城そのものが移動手段だなんてすごい話だ。
しかも移動中にさえ大して揺れもせず音もなく、城の中で快適に過ごせるようにできてるらしい。
「砂に潜るの、楽しみだなあ」
「中に入ってちゃ何も分からないんだけどな。まあ、そのうち外にいる時に見せてやるよ」
「うん!」
誇らしげなマッシュを見てると私も嬉しくなってくる。
お城の奥まで来ると、広間でマッシュに声をかけてくる女の人がいた。
「マッシュ。戻ると聞いてたから用意しておきましたよ。お見合いの山を!」
「神官長……」
偉い立場の人みたいだからちゃんとしなきゃとか、マッシュがなぜか顔を引き攣らせてるとか、そういうのが全部吹っ飛んだ。
お、お見合い……? マッシュに?
ずいっと迫ってくる神官長さんに、マッシュは私を楯にするようにして逃げた。珍しい態度だ。
「見合い自体する気ないけど、山はないだろ、山は!」
「数打てば当たるという方針です!」
「そんなもんで当たったやつとなんか結婚したくないよ」
「もう、あなたもエドガーもそんなこと言っていつまでも恋人も作らずに……」
お母さんか親戚のおばさんみたいな口調でマッシュをあしらっていた神官長さんが、間に挟まれて呆然としている私に目を向ける。
「あなた、お名前は?」
「え、あ、ユリ、です」
神官長なんて肩書きの人に話しかけられたのは初めてで、どうやって対応すればいいのか不安になる。
でもよく考えたらエドガーさんやマッシュなんて王様とその弟だからもっと偉いんだよね?
フィガロ城にいる間いつも通りにマッシュと接してたら、怒られるんじゃないだろうか。
なんて、どんどん混乱が深まっていく。
私やマッシュの困惑なんて気に留めず、神官長さんは何か一人で頷いていた。
「そう、ユリ様とおっしゃるの。そうなのね。それなら構わないわ」
偉い人にユリ様とか呼ばれてパニックは限界に達した。その時、いつものようにマッシュが助けてくれた。
「ばあや! ……じゃなくて神官長、こいつにも部屋を用意してやってくれよ」
「ええ、もちろんですとも。丁重におもてなしさせていただきましょう」
「ユリ、ここはいいからお前は逃げろ」
「うん。ご、ごめんマッシュ!」
後は任せたとばかりにありがたく立ち去らせてもらう。
神官長さんに呼ばれてやって来た女官さんが、今夜私が泊まらせてもらう部屋へ案内してくれた。
とりあえず一息ついて、落ち着いてから自分の立場を考えないと。
って思ったのに、案内された部屋が豪華すぎて目眩がした。
コルツの小屋がまるごと収まっちゃいそうな広さなんだけど! しかもそのわりに家具が少ないからすごく殺風景だ。
こんな大きい部屋に一人で寝るのは嫌だな。セリスと同じ部屋がよかった。
せめてマッシュと一緒ならどこでも寝られるんだけれど……。
でもマッシュはこの城で育ったんだから自分の部屋で寝るだろうし、私が王様の弟の部屋に入れるわけないか。
なんだかいろいろ実感してしまう。
フィガロ城の人は皆マッシュを知ってて、丁寧な態度をとって。当たり前みたいに“偉い人”として扱われる彼を見るのは変な感じだった。
エドガーさんに会ってマッシュが王様の弟だと知っても、私にとってマッシュはただのマッシュだったのに。
ここにいると彼の後ろにいろんなものが付き纏っているみたいで、なんとなく遠い人になったような気がするんだ。
お見合いなんか用意され、好きな人とじゃなくて家のために結婚をするように求められる立場の、身分の高い人なんだよね、本当は。
巨大ベッドの端に腰かけてぼんやりしてたら、部屋の扉がノックもなく開かれた。疲れた顔のマッシュが現れる。
「……」
私がいるのに気づいて少し驚いたみたいだった。
「どうしたの?」
「ユリ……ここに案内されたのか?」
「う、うん」
何かいけなかったんだろうか。
マッシュは部屋の外を振り向いて戻ろうか迷っている様子だった。結局、そのまま部屋に入ってきて私の隣に腰かけた。
もしかして一緒に寝てくれるんだろうかと期待してしまう。
コルツの小屋で留守番して以来、一人で寝るのは淋しくて嫌だ。
ダンカンと三人でいた頃のように、賑やかな場所にいたい。
隣に座ったまま考え事をしてるマッシュの横顔をじっと見つめる。疲れててもかっこいいなぁ。
「大丈夫?」
「うーん。見合い攻勢がちょっと、すごくてな」
城を出たとは言ってもエドガーさんとの縁が切れたわけではないし、ここに戻ってきたらマッシュは“王様の弟”になるんだ。
だから結婚だって好き勝手にはできなくて、そういう環境で育ったから女の人が苦手になったのかな、と思う。
「私が好きだとか結婚したいとか言うのも迷惑だよね」
「お前のそれは違うって」
「違うの?」
「十年前……城にいた頃は、俺が結婚するってのは争いの種を蒔くようなものだったんだ。でなけりゃ、争いをおさめるためのものか」
「政略結婚ってやつ?」
「それだ。でも、お前はただ俺を好きでいてくれるだけなんだろ」
だったら迷惑じゃない。そんな風にはっきり言われて顔が熱くなってきた。
だけどそんなフワフワした気持ちはすぐに突き落とされることになる。
「なあユリ、お前はここに残れよ」
それはどこかで予期していた言葉でもあったけれど。
ティナを探しに行くのに、戦えない私は足手まといだから。
それでもナルシェに置いて行かれなかっただけマシだと思う。マッシュの故郷であるこの場所まで連れて来てくれたんだもの。
べつに、留守番に異議があるわけじゃない。また心配しながらマッシュを待っているのが辛いだけ。
マッシュや他の皆と比べたら私なんて他人に縋るばっかりの頼りない人間にしか見えないだろうな。
自分の力で歩くこともできないのに対等な相手として見てもらえるわけがない。
「私ってマッシュから見たらやっぱり子供かな」
「そりゃそう……い、いや、その」
「やっぱり、そうだよね」
最初に男だと思われたのもそのせいかもしれない。もっと“大人の女”アピールが必要だ。やり方は分からないけど。
考え事をして私が俯いたから落ち込んだと思ったのか、マッシュが慌てて言い募る。
「子供だから駄目とか、そういうんじゃないぜ。ただ俺は……今まで考えたことなかったから異性ってのがよく分からないんだ」
恋愛しようと思ったことがない。だから好きだと言われてもすぐにはピンとこないんだ、って。
その気持ちは私にもなんとなく分かる。私だってマッシュに出会うまで自分が誰かに恋愛感情を持つなんて思いもしなかった。
マッシュは、まっすぐに私を見つめて言った。
「これからちゃんと考えるから、もうちょっと待ってくれ」
それはとても意外な言葉だった。
「考えてくれるの?」
「ん?」
「素性が怪しいから駄目とか、こんな年下は対象外とか、ないの?」
「そいつは関係ないんじゃないか。親父とお袋も歳は離れてたらしいし、お袋は孤児院出身だしな」
じゃあ、私にもまだチャンスはあるってことなのかな。年齢も身分も気にならないなら。
「ユリが俺のこと好きだって言うなら、俺もお前のこと真面目に考えないと駄目だろ」
「……マッシュのそういうところ、大好き」
私がそう言ったら、マッシュは少しだけ顔を赤くして「そうか」とそっぽを向いた。
たとえ離れていてもマッシュは私のことを考えてみてくれる。それが分かっているなら大丈夫。
私、ここでちゃんと待ってるよ。
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