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🔖灰の中に燻る夢
俺たちがやっとナルシェに辿り着いた時、ユリは門をくぐってすぐのところで何をするでもなく空を見上げていた。
兄貴やティナがついてたし、心配なんかしてなかったけど、改めて無事な姿を見てホッとした。
「ユリ!」
呼んでみても無反応なもんだから少しムッとする。
ユリは空を見上げたままだ。よっぽどボケッとしてんのか?
「おい、ユリ。無視するなよ!」
やがて辺りをキョロキョロ見回したあと、ユリはようやく俺の方に目を向けた。
「……マッシュ?」
「ああ。やっと追いついたぜ」
なんだか夢現だったユリの瞳に光が戻り、急に意識がはっきりしたみたいに俺の方へ駆け寄って来て抱きついた。
「遅いよ……!!」
「悪かったって。こっちもいろいろあったんだ」
堪えきれなくなったようにユリの目尻から涙がこぼれた。さすがに動揺してしまう。
心配かけたとか、淋しい思いをさせたとか、それは当然考えてはいたいんだが……ここまで切羽詰まっていたとは。
どれくらいの時間ここで空を見ていたんだろう。ユリの体は冷えきっていた。
その肩を抱き寄せてやると、俺の腕の中でユリは安心したように息を吐いた。
「大丈夫か?」
「あ……、ごめん」
こういう時、兄貴ならスマートにやれるんだろうが。困惑して声をかけたら、ユリは慌てて俺から離れた。
そしてその視線が俺の後ろに向けられる。
ああそうだった、この二人を紹介してやらなきゃ。
「マッシュ殿、こちらの方は?」
「こいつは俺の……俺の何だろう?」
「未来の妻です」
「えーっと、元居候のユリっていうんだ。でも二人とも住んでた小屋を出ちまったから、今はリターナーの仲間だな」
次にユリの方へ向き直り、カイエンとガウを紹介する。
「こっちはドマの戦士カイエンと、獣ヶ原で拾ったガウ。レテ川で流されたあと知り合ったんだ。……ま、詳しい話は兄貴たちと合流してからにするか」
「うん」
しかし詳しい話をする機会はなかった。
それから兄貴たちと合流して、すぐにケフカ率いる帝国軍との戦闘になったんだ。
ユリはナルシェの住民と共に避難し、俺は氷漬けの幻獣を守る戦線に加わった。
敵を率いてきたのはケフカだった。お陰さまで、厄介なのはあいつだけ。
軍としてまともに機能してもいなかった帝国兵は散り散りになって逃げていき、ケフカも悔しそうに撤退した。
問題は、そのあとだ。
なんとか守りきった氷漬けの幻獣の前に立った時、ティナの様子がおかしくなった。
彼女は獣のような姿に変身し、咆哮をあげてどこかへ飛び立ってしまった。
本当なら平和的に幻獣との対話が叶うはずだったんだが……、まずティナを探さないとな。
あの姿が何だったにせよ今の彼女は正気じゃない。一人にはしておけなかった。
ユリは消沈しきっていた。どうも戦いに加われないことを気にしているらしい。
小屋で待ってろと言った日から、留守番させてばっかりだもんな。……悪いとは思ってるんだ。でも仕方ないだろ?
「待ってるばっかりで、私なんにも役に立たないね」
「俺はユリを役立たずだなんて思ってないぞ。戦う力がないやつなんていっぱいいる。ただ役割が違うだけだ」
「それってつまり、戦いでは役立たずってことだよね」
いや、そうだけど、そういうことじゃなくてだな。
「だからさ、戦いで役に立ってほしくなんかないんだよ。お前が来てから小屋は綺麗で、山から帰ったらうまい飯があって、それがユリの役割だろ」
「結婚しようってこと?」
「は? なんでそうなっ……」
ユリには、俺のそばで戦うより家にいて俺を待っていてほしい……。うーん。確かに俺の今の言葉はそう聞こえるような気もする。
思ってることを伝えるってのは難しいもんだな。今までそんな風に感じたことはなかったんだが、ユリ相手にはどう言っていいかいつも悩まされる。
結婚してください、って、会って数秒で言ったんだよな、こいつ。
兄貴みたいなこと言うやつだってのが最初の印象だった。女だと分かっても平気だったのはそのお陰だろうか。
何度か冗談混じりに好きだとか結婚したいだとか言われたが、俺には本気だとは受け取れなかった。
ユリは兄貴みたいに、軽口でそういうことを言うタイプなんだろうと思ってた。
しかし、小屋を出て仲間が増えて人と関わる機会に恵まれた今でも、ユリは俺以外にそんなことを言わない。
「なあ、本気で俺と結婚したいのか?」
俺がそう聞いたらユリは呆気にとられたように見上げてきた。
「結婚……したいかって聞かれたら、結婚したい。私はマッシュが好きだから、恋人になりたいし、いつかは……」
いつか、もっと先の話だけど。もし俺がユリを好きになって結婚したいと思うようになったら。
もしこいつに、今すぐ結婚しなけりゃまずい事情があるとかいうなら、まだ分かるんだが。
「よっぽど切迫してるんでもなきゃ、そんなこと言う必要ないと思うけどなあ」
「本気で結婚したい人と思う相手にしか、そんなこと軽々しく言わないよ」
「でもお前、まだそんな歳じゃないだろ」
この世界にだって来たばかりで知らないことだらけじゃないか。俺以外の知人がどれだけいるっていうんだ? どんな理由で俺を選ぶんだよ?
そりゃ俺だって、嫌なわけじゃないけど、なんか……よく分からないんだよなあ。
結婚なんてのは子供を作ったり財産をわけたりする必要があるから仕方なく結ぶ契約であって。
誰かを好きだって気持ちとそれを結びつけて考えたことがなかったんだ。
ユリは困ったように笑っていた。
「私ね。昔、誰かに言われたんだ。『お前は何が欲しいとか、どこかに留まりたいとか、そういう気持ちが弱すぎる』って」
だからいろんな世界をフラフラしてしまうのかもしれないと彼女は言う。
初めて会った時、いきなり知らない世界に飛ばされるのはよくあることだと言っていた。
今まで元いた世界に戻れたことはなく、いろいろな場所を転々としてきたんだと。
「どうせすぐまた他の世界に飛んじゃうなら……物だって人だって、欲しがっても意味ないと思ってた」
そういえば最初に小屋へ連れて帰った時も、どうせすぐどこかへ飛ぶからと遠慮して出て行こうとしてたっけな。彼女を引き留めたのは俺だった。
「でも、マッシュは違う。そばにいると幸せな気持ちになる。そばにいないとすごく淋しい。もう他の世界には行きたくない。私、マッシュが欲しい」
「……えっ」
ボーッと聞いてたら最後に凄まじいことを言われた気がする。
「それは、その、どういう意味で……」
さすがに顔が赤くなってるのが自分でも分かる。不思議そうな顔をしていたユリだが、自分の言ったことを自覚したのか俺より真っ赤になって慌て始めた。
「ち、違う! そういう意味じゃ……そ、そういう意味でも、いいけど」
「いいのかよ」
「マッシュが私のこと好きになってくれたあとならいくらでも!」
何を言ってんだよ、何を。
俺もべつに、女だからって無差別に苦手なわけじゃない。
師匠の奥さんとか酒場の給仕とか武器屋の店員とか、そういう人たちは平気なんだ。彼女たちは俺に対して結婚ってやつを持ち出してこないからな。
自分の結婚について考えたくなかったのは……それを求めてくるのが俺の血にしか興味のないやつらだったからだ。
俺にとって“結婚”は、相手の地位やなんかの価値を利用するためのものだった。
……でもユリは、そんなんじゃない。こいつはただ純粋に相手のことが好きで、そばにいるために結婚を望むんだ。
誰かと一緒になりたいから。ただその人が好きだから。
遠い昔には父上と母上を羨み、憧れた気持ちがあったはずなのに、いつの間にか男と女の間に打算を挟まない愛情が芽生えるなんて忘れていた。
俺の抱えたものなんか何も知らないくせに、ただ出会っただけで、ユリは俺を好きになってくれたのにな。
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