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🔖白と白が混じり合う



 山に入る前にエドガーさんから大袈裟すぎるほどの防寒着を押しつけられて辟易したのだけれど、ナルシェが近づくに連れてそのことに感謝し始めた。
 すごく寒い。うっかりすると立ち止まった拍子に死んじゃいそうなくらい。
 あと半月もすれば春が来る。だから世界は最後に思い切り寒くなっておこうというつもりらしい。
 ナルシェの町は、雪の中に埋もれていた。

 町の入り口で堅牢な門が行く手を阻んでいる。見張りをしていた人たちが私たちを見て剣を抜き、駆け寄って来た。
「貴様、この前の帝国兵!!」
「待たれよ。我らの話を、」
「ナルシェには近寄らせんぞ!」
 バナンが前に出るものの完全に無視されている。ざまあみろなんて言ってる場合じゃなかった。彼らはティナを狙っているんだ。

 続いてエドガーさんがティナを庇うように立つ。
「私たちは敵ではない。私はフィガロ国王、エドガー……」
「嘘をつけ!」
 エドガーさんも駄目だった。
 交戦になりそうなほど距離が縮まり、騒ぎが起きる前にと私たちは慌てて撤退した。

 少し前にもティナはナルシェを訪れている。まだ帝国に操られている時のことで、氷漬けの幻獣を奪いに来たんだ。
 その作戦の時に彼女はナルシェの人たちと戦ったんだと思う。向けられた敵意は尋常ではなかった。
 それは彼女の意思ではないし、彼女はその時のことを覚えてもいない……と言っても彼らは納得しないだろうけれど。
 なんとなく納得いかない。

 エドガーさんが呆れたように息を吐いた。
「聞く耳持たないって感じだな。男はこれだから好きになれない」
「ごめんなさい。私のせいで……」
「ティナのせいじゃないよ。この二人だって胡散臭いし、町に入れたくないと思うのは仕方ないよ」
「手厳しいな、ユリは」
 まあ素性の怪しさなら私だってひとのことを言えたものではないんだけどね。

 でも実際、エドガーさんは帝国と同盟を結んでいた国の王様で、バナンは帝国に刃向かうテロリストの親玉。
 そんな二人が連れ立ってやって来たら、誰でも「偽者だ」って考えるんじゃないかな。
 仮にティナが同行していなくても追い払われたのに違いない、と私は思う。

 門から堂々と入ることはできなかったけれど、バナンによると町の裏に回り込めればリターナーの同志が暮らす家に行けるそうだ。
 ティナがここを脱出した時に使った坑道から忍び込むことになり、町の外れに向かう。
「以前は、この辺りから出てきたのだけれど」
「ロックに聞いたことがあるな。どこかに隠し扉があるとか」
 見たところただの岩壁が続いているばかり。

 ロックさんの本職は冒険家だと言っていた。だからきっとなんかそれっぽい仕掛けがあるんだろうな、と壁に手を触れてみたら、音を立てて扉が開いた。
 一発で引き当ててしまって自分でも呆気にとられる。
「君には幸運の女神がついているのかな?」
「その幸運はマッシュのために置いておきたいですね……」
 こんなどうでもいいところで使うよりも、レテ川ではぐれたマッシュに私の運を捧げたい。

 不貞腐れる私にエドガーさんが苦笑した。
「君が待ってるんだから、あいつもすぐに戻って来るさ」
 ……マッシュはたぶん、私が待ってることはあんまり気に留めてないんじゃないかな。必死で合流しようとしてくれているとは思うけれど。
 きっと大変な目に遭っているに違いない。なのに私は、マッシュがそばにいない不安で頭がいっぱいだ。
 エドガーさんだって彼を信じて待っている。私も見習わなくちゃいけないのに……。

 背後で隠し扉が閉ざされると、坑道の中は真っ暗だった。
 ティナが壁に備え付けられていた松明に魔法で火をつけてくれて、ようやく足元が見えるようになった。
 明るくなったのはいいけれど……影が炎に揺らめいて恐怖感が倍増だ。
「ユリ、大丈夫?」
「あい……」
「怖いのね」
「いえ……だいじょうぶです……」
 怖いなんて、言ってられない。

 エドガーさんが松明を持って先頭を歩く。たまにモンスターが飛び出してくる。暗闇と、そこに敵が潜んでいる恐怖。
 不意にティナが私の右側に回り込み、剣を持っていない左手を私に向かって差し出した。
「手を繋いで行きましょう」
「ティナ……好き……!」
 できることならマッシュのお嫁さんになりたいけれど、もしもダメだったら私、ティナのお嫁さんになりたい。

 複雑に入り組んだ坑道を抜けてようやく光が見えた。洞窟の外に出て雪景色の町を見下ろす。
 たとえ凍死しそうなほど寒くても、見晴らしがよくて明るいってやっぱり素晴らしいことだよね。

 同志の家とやらは洞窟を出てすぐのところに建っていた。町からは外れているようだ。
 その人は中立国家であるナルシェをリターナーに引き入れるべく勧誘しているわけだから、ちょっと煙たがられているのかもしれない。

 バナンがノックして名乗るとすぐに扉が開き、壮年の男性がドアを開けた。
 穏和な顔立ちの親しみやすそうなおじさんだ。バナンみたいにやたらと人を威嚇してこない。
 彼はまずバナンと目配せを交わし、エドガーさんに気づいて丁寧に礼をする。
「エドガー王、わざわざご足労を……」
「お邪魔させていただくよ」
 そう言いつつもエドガーさんは私とティナを先に家の中へ入れてくれた。

 リターナーのおじさんがティナを見て破顔する。
「ティナ、無事だったか! 記憶はどうだ?」
「まだ、何も……」
「そうか。まあ、焦ることはない。無理に思い出そうとせず、ゆっくりと今過ごすを味わうことだ」
 彼がティナに嵌められた操りの輪を外して介抱してくれたという人なのかな。
 バナンじゃなくてこの人がリーダーをやればいいのになぁ、なんて思いながら見つめていたら、彼は私に視線を移した。
「君は?」
「あ、ユリです」
「ユリか。わしの名はジュン、よろしく頼むよ」
 もう一度言う。この人がリーダーをやればいいのになぁ。

 ナルシェはリターナーと組むことにかなり否定的らしい。
 帝国と並び立つには貧弱なリターナーやフィガロと違って、炭鉱資源という強力な手札を使って対等な立場を築いているからだ。
 せっかくいい関係を築いているのにわざわざ強国と敵対したくない。ナルシェにはリターナーに加わる旨味がない。
 ティナを強引に勧誘した時と同じく、リターナーの側が一方的にナルシェの協力を必要としている状況だった。

 門で少し揉めたのもあって、ほとぼりを冷ますために二晩ほどジュンさんの家に潜伏してから長老の家に向かった。
 長老は、静かにバナンの話を聞いた後で眉根を寄せて首を振る。
「大体の話は分かった。要するに、わしらにも血を流せということであろう? しかしナルシェに戦争を持ち込むつもりならば……」
「そうは言っておらん!」
「同じことじゃ」
 エドガーさんがリターナーに身を投じても、幻獣との対話を試みるという話を聞いても、ナルシェ長老の態度は変わらなかった。

「ハッハッハ! その通り! わしらは、あんたに血を流せと言っておる」
 いきなりバナンが大きな笑い声をあげたのでビクッとしてしまった。仲間が物騒なことを言い出したのでジュンさんが青褪めている。
「ガストラは更なる魔導の力を得るべく画策しておる。氷漬けの幻獣を狙ったのもそのためじゃ。帝国の野望を阻止できねば、古の過ちを繰り返すことになるぞ」
 脅迫にも似たバナンの言葉に、ナルシェの人たちが怯え始めた。

「古の過ち……」
「まさか、魔大戦……?」
「あのような争いが、また起こるというのですか」
「人間はもっと、知恵のある生き物ではなかったのか」
 魔大戦。……以前ダンカンから聞いたことがあるけれど詳しいことは思い出せなかった。
 大昔に起きた戦争だってくらいの認識だ。

 もしもすべての国がガストラに屈して、帝国が魔導の力を独占することになったら、内戦でもない限り戦争は起こらないと私は思う。
 でもバナンの言い分は違うらしい。
「もはやどの国であろうと無関係ではおれんぞ、長老」
 一国だけが強大な力を有しているのは確かに不公平で危険だ。
 けれど、そうやって戦争の恐怖を使って人を脅迫し、自分の意のままに従わせようとするバナンのやり方はやっぱり好きになれない。

 吐いた言葉がそのまま本心だとは限らない、リーダーとはそういうものだとマッシュが言ってたから、口は挟まないにしても。
 お腹のなかでは「やっぱりこの人は好きになれそうにない」なんてことを考えていた。

 話し合いは決裂した。でも私たちがジュンさんの家に滞在することと、長老の家を訪ねることは許された。
 説得は長引きそうだ。
 べつに私はマッシュが戻ってくるのを待っているだけだから、勝手に話し合えばいい。
 そう思っていたのだけれど。
「おぬし、リターナーの者ではなさそうじゃが、何故ここに?」
 町をぶらぶら歩いていたら長老に声をかけられて少しどころじゃなく驚いた。

 なぜここにいるのか。たぶん成り行きとしか言い様がない。
 私はただマッシュに置いて行かれたくなくて、少しでも彼のそばにいたくて半ば無理矢理ついて来ただけ。
「正直、私は帝国に恨みも何もないんです。だから帝国を倒さなきゃいけないって言われてもピンとこなくて」
 本当はこんな話、戦争の話に首を突っ込むのも怖くて仕方ない。隣にマッシュがいたら何も怖いものなんてないのに。
「戦争なんて、しない方がいいに決まってる。でも大事な人がリターナーに加わってるから、私はここにいる。それだけです」

 魔法が滅びて蒸気機関が発展した世界……、この町に来て初めてそれを実感している。
 ナルシェではあちこちで蒸気が吹き出しているから、町の外ほど寒さを感じない。
 この町は蒸気機関と共に生きてきたんだ。それじゃあ帝国が魔法を復活させたら、代わりに発展した蒸気機関はどうなってしまうんだろう。
 長老は静かに町を見渡した。
 あちこちで生活の音がする。降り続ける雪が蒸気と混じり合う。家の窓から零れるやわらかな明かりがとても暖かそうで、人恋しくなる。
 綺麗な町だった。

「確かに帝国は各地に戦争を仕掛け、領土を拡大しておる。恨みを抱く者もおろう。しかし帝国のお陰で豊かに暮らしておる者に、罪があると言えるか?」
 敵対してる人たちから見れば悪逆非道の帝国。でも支配下に置かれた国だって今も普通に人が生きてるわけだし。
 帝国が天下を取ったからって世界が滅びるわけじゃない。
 長老の言うことは分かる。でも、恨みを抱く人の気持ちも分かる。
 ガストラ皇帝の政治の是非を私が判断するのは不可能だった。善とか悪とか語るには、この世界のことを知らなすぎる。

「このナルシェは炭坑で栄えた都市……帝国はナルシェの資源を必要とし、我々は帝国の資金を必要としている」
「リターナーには、同じだけのお金は出せないでしょうね」
「血を流し、倒れるのはこの町の者たちかもしれん。簡単には……決断できまいよ」

 それから二週間ほどが経った。事態は何も進展していない。
 ナルシェの人々は帝国を敵に回したくないと言う。リターナーは帝国と戦えと言う。マッシュは未だ帰らない。
 なんだか、マッシュが去った修練小屋で一人ぼんやり過ごした日々を思い出してしまう。
 ダンカンやバルガスの遺体は、どうなったんだろう。私、あの小屋に帰りたいな。
 ううん、本当はどこだって構わない。マッシュと一緒に、のんびり過ごしたい……。


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