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🔖黒い瞳にうつるもの



 リターナーの指導者は思い描いていたような人物と少し違っていた。
 なんとなくフィガロのじいやみたいなのを想像してたんだが、もっと凄味のある人物だった。
 威圧的な視線に晒されてティナが怯えている。
「伝書鳥の知らせでおおよそのことは聞いておる。帝国の訓練兵をたったの三分で皆殺しにしたとか?」

 一瞬、全身を刺し貫く緊張が辺りに満ちた。
「嫌!!」
「バナン様、あんまりなお言葉では!」
 言葉の意味を遅れて理解したティナが鋭い悲鳴をあげて踞る。ロックが彼女の肩を抱き、兄貴が批難がましく見つめても、バナン様は揺らがなかった。
「逃げるな!」
 揺らいだのはこっちだ。ティナの肩が震えている。

 俺の後ろに隠れていたはずのユリがティナを庇うように前へ出た。
 いつも呑気な彼女の怒った顔を見るのは初めてだった。
「初対面の女の子をいきなり恫喝しなきゃ話もできないような人の言葉に、聞く価値なんてあるんですか?」
 ……手が震えてるな。そりゃあそうか。
「その者は過去の罪に目を向けねばならぬ」
「じゃあ、あなたが今まで妻子ある帝国兵をどれだけ殺したのかも教えてくださいよ!」
 無理するなよ。そういうのはお前の役目じゃないだろう。

 俺が肩を叩くとユリはあからさまに驚いて振り返り、俺の目を見て安堵の表情を浮かべた。
 こいつとバナン様とじゃ潜ってきた修羅場の数が違いすぎる。一言物申しただけでも立派なもんだ。
「止めないで、マッシュ。あの人はフェアじゃない……あんなの酷い」
「気持ちは分かるけど、やめとけ」
 周りのリターナー兵が殺気立っている。この緊張感は誰にとってもいい影響を与えない。

 幸いにも、先に折れたのはバナン様だった。
「そうじゃな。無礼は詫びよう。おぬしの罪を責め立てるために招いたのではない」
 表情を変えないままティナに謝罪を述べると、バナン様は朗々と語り始めた。
 まだ人々の中に邪悪な心が存在しない時代、禁忌の箱を開けた男がいた……。
「箱の中からは、嫉妬、破壊、支配、あらゆる邪悪な欲が世界に溢れ出た」

 こういう偉いさんの話ってのは勿体ぶってて意図が分からない。単刀直入に「帝国と戦うために力を貸してくれ」と頼めばいいのにな。
「だが、箱の中に一粒の光が残っていた。希望という名の光が……」
 ともかく、彼がティナの意思をどこかへ誘導しようとしているのだけは理解できた。
「その力を呪われたものと考えるな。おぬしは世界に残された最後の一粒。希望と言う名の一粒の光じゃ」
 俺も昔、こういう人間に囲まれていたんだ。

 ティナは呆然としてバナン様の言葉の意味を考えている。ユリは何か言いたげにしつつ我慢していた。
「少し疲れた。休ませてもらうよ」
 バナン様が退出すると、剣呑な視線を向けてくるリターナー兵を牽制するようにロックが言い放つ。
「奥の部屋を借りるぜ。俺たちだって休みたいからな」
 そうだなあ。バナン様よりもティナやユリの方がずっと疲れてるだろう。

 ロックの案内で宿所へ向かう。ユリは未だに怒りがおさまらないらしかった。
「協力者がわざわざ訪ねてきてくれたのにあの態度。対等な立場で話なんてさせません、って言ってるようなものじゃない!」
「後で聞いてやるから、兵士がいるところでは黙っとけって」
「魔法なんか、私だって、」
 使えるとこぼしそうになったユリの口を慌てて塞いだ。

 確かにユリは魔法……“魔法のようなもの”が使える。ある日いきなり空から落ちてきた、あれだ。
 しかし彼女はそもそも異世界の存在だ。ユリの能力は、ティナが持ってる魔導の力とは違う。
 だが、利用価値の高さは同じだ。あのバナン様に余計なことを知られたくなかった。

 厳しい言葉を用いてバナン様はティナの心に罪の意識を植えつけた。その罪悪感を楯にティナを味方に引き込もうとしている。
 フェアじゃないというユリの言い分には俺も同感だ。
 彼らが最初に差し出したのが乱暴な言葉だったのが気に入らない。
 ティナは帝国に操られていた頃の影響で感情がない。そんな彼女が最初に味わうのが過去に犯した過ちの苦痛と悲しみになって、俺も腹を立てている。

 宿所で休んだあと、ティナは今後の選択について皆に意見を聞いてまわっていた。
「私はリターナーに協力すべきなのかしら」
「俺には難しいことは分からない。でも昔から兄貴の選択に間違いはなかった。兄貴ならティナを傷つけるような真似はしないよ」
「……エドガーのことは、信じられると思う」
「そりゃよかった」
 リターナーの一員になるとか帝国に立ち向かうとかそんなことは後で考えるとして、とりあえず兄貴を頼ったらいい。
 どちらにせよリターナーはフィガロの兵力を宛にしている。兄貴の庇護下にあれば、ティナがいいように利用されることもないだろう。

 そしてティナは、まだ沸騰中のユリにも同じことを尋ねた。
「ユリはどう思う?」
「え、私にも聞きます? 反対するつもりだけど」
「みんなの話が聞きたいの。私……どうするべきなのか、分からなくて」
「いいんじゃないか。歳も近いし、ユリの話が一番参考になるだろ」
 俺がそう言ったらユリも納得したようだった。

「私、優しくない人は嫌い。あのバナンって人は優しさより自分の正義が大事みたい。リターナーはティナを必要としてるのかもしれないけど、ティナにリターナーは必要ないと思う」
 ロックが聞いたら卒倒しそうだな。でもまあ、事実といえば事実だ。
 ティナから見ればリターナーに加わるメリットなんてない。つまりバナン様はそこに気づかれたくないんだ。

「魔導の力を利用したいだけなんでしょ? 彼の戦争にティナは関係ないんだから、無視して逃げた方がいいと思う」
「ユリだって関係ないのに巻き込まれてるのは同じだけどな」
「私は自分の意思でマッシュのそばにいるんだからいいの!」
「そうかい」
「自分の、意思……」
 ティナには未だそれがない。だから、こうするのが正しいのだと言われれば盲目的に従ってしまう。帝国にいた時と同じように。……それじゃあ駄目なんだ。

「ティナが今やりたいことは何だ?」
 俺の問いかけに彼女は沈黙し、たっぷり考えてから顔をあげた。
「私……この力が何なのか、私が何者なのか、知りたい」
「じゃあ、それを調べるためにリターナーに加わるのはどうだ?」
「そうだね、あの身勝手な人たちを逆に利用してやればいいよ」
「私がリターナーを利用する……?」

 いまひとつ理解できていないティナにユリが説明する。
「素性が知りたいなら帝国を探るしかなさそうだけど、また操りの輪を着けられたら困るし。リターナーに加わって、欲しい情報を得たら逃げちゃうの」
「でも、そんなこと……いいのかしら?」
「いいって! あっちがティナを利用したがってるんだからこっちも同じ態度で返して当然だよ」
 優しい人には優しくしたい。だが彼らはそうではない。今のティナにはそれくらいの思いきりが必要かもな。

「もし途中で嫌になったら戦わなくていい。私がティナを連れて逃げるよ」
「ユリ……」
 戦わなくていい、逃がしてやる、か。それは別の世界からやって来たユリでなければ口にできない言葉だ。
 俺も兄貴もロックにも、帝国と戦わないなんて選択肢はなかった。
 生きている限り帝国の弾圧に晒される。やつらを倒さなければ平和は得られない。戦いたくなくても、戦わなくちゃいけない。
 だからこそユリの存在をありがたく思う。こいつのお陰で復讐に囚われずに済むんだ。
 俺たちの目的は勝利ではなく平和だ。本当に大切なものは戦争が終わった先の未来にあると覚えていられる。

 それからしばらく考えて、ティナはリターナーに協力すると決断した。
 今後の戦い方について会議が開かれているが、ユリがまた余計な口を挟まないように俺たちは離れたところで話を聞いている。
 ユリは特に不満を言うでもなく、俺の隣で大人しく立っていた。

「ねえ、エドガーさんってフィガロの王様なんだね」
 不意にそんなことを言われて、そういえば話してなかったと思い出した。
「ああ……えっと、べつに隠してたわけじゃないぞ?」
「うん。言う機会がなかっただけでしょ」
 ユリは俺の素性を気にしていないようだった。そのことにホッとする。

 ところで、こっから先は本格的に帝国との戦争だ。ユリをどこまで連れて行くか迷っていた。
 今ならサウスフィガロで暮らすこともできる。しかしユリは、このタイミングで放り出したくないとそれを拒んだ。
「マッシュのそばにいたいし……、それに今のままじゃティナが心配で放っておけないよ」
「まあ、そりゃそうだな」

 ユリがティナを心配するのは分かる。その想いが俺より強いのは、こいつが兄貴とロックのことを心からは信じていないからだ。
 ティナをリターナーに連れて来たのがあの二人だからだろう。それについては弁解しておきたい。
「リーダーってのはさ、頭下げたくてもできないことがあるんだよ。敵の言いなりにならないために、自分の方が偉いって顔してなきゃいけないんだ」
「……バナンもそうだって言いたいの?」
「それに、兄貴やロックもな」
 辛いとか苦しいとか、申し訳ないとか、口に出せないこともたくさんある。

「バナン様にも守らなきゃならないものがある。そのためにティナを傷つけたとしてもな。兄貴だってフィガロの利益になるならそれを優先しなきゃいけない」
「まあ、王様だもんね……」
「でも兄貴は、ティナを傷つけるくらいなら彼女を戦争から逃がすと思うぜ」
 国のためとか正義のためとか、常に頭のすみに置いているとしても、兄貴は絶対にティナを道具扱いなんかしない。
 彼女が自分の意思で戦うことを望んでいる。それが帝国との大きな違いだ。

 じっと俺の話に耳を傾けていたユリの瞳に、洞窟を照らす灯りが揺らめいていた。
 こいつの目は色が濃いせいか周りの景色を綺麗に映し出す。何を見ているのか、はっきりと分かる。
「中身は似てないって思ってたけど、やっぱりマッシュとエドガーさんは似てるよね」
「そうか?」
「国王としての考え方……本心より義務を優先する考え方、分かるんでしょ?」
「一応は俺も王宮育ちだからなあ」
 だが、十年も離れていた。あっちは立派に国を守ってる王様で俺はしがない格闘家。もう、兄貴の気持ちが何でも分かるわけじゃないけどな。

「マッシュが難しいこと考えないのは、理論的に考えたら人に優しくできないから?」
「へっ? いや、そんなつもりはないけど」
 でも言われてみると……。
 俺は兄貴が、見たくても見られなかったものを代わりに見ている。義務とか責任とかに縛られず、心の赴くまま自由に生きるために。
 兄貴が難しいことを考える分、俺は難しいことは考えずに自分の気持ちだけで生きている。

 バナン様が敢えてティナに酷い言葉をぶつけた理由だって、考えれば分かってしまう。
 分かって彼に同情し、ティナを巻き込むことに賛同したくないから考えないんだ。
「ユリって、意外と鋭いよな」
「わーい、褒められたー!」
「……」
 意外とは何だと怒りもせず、素直に喜ぶユリを見てると力が抜けた。
 でも、こいつのこういうところは好きだ。この無邪気さはいつまでも変わらずにいてほしいと思う。


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