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🔖跳梁



 このフロアに残されたのは私とギルバートとハルさんに、ヤンとアーシュラの父娘だけ。他の皆はユリが開けた大穴に落ちて更なる階下へ向かった。
 ユリは自分のコピーを作って私たちのもとに残してくれた。曰く「防御特化なので安心して盾にしてください」……らしい。
 彼女を盾にするなんてすごく気が引けるけど、このメンバーだと頼ってしまうかもしれないなとも思う。ヤンもアーシュラも敵の攻撃を受け止めて皆の盾になるには向かないもの。
 ハルさんが複雑な表情でユリを見ているのが気になったけれど、今この時に仲間割れをすることはないと期待しよう。

 北にワープポイントがあった。でもそれは起動できなかった。ここまでの敵を倒さないと先に進めない、という仕掛けみたいね。
 床の大穴から落ちれば下には行けるけれど、青き星に魔物の群れを送り込まれないように、クリスタルが再生する魔物を倒しておかないといけない。

 このフロアに置かれていたのは闇のクリスタルだった。でも私たちの青き星にあったものとはどこか違っている。
 私たちが台座に近づくと、生き物のような不気味な動きで闇が辺り一帯に広がり始めた。
「この暗闇、意思を持ってるの?」
 何者かの気配を感じる。私たちをじっと見ている。総毛立つような感覚と共に、クリスタルから溢れ出した闇が形を取った。

「キサマラノ……命……ココデ、オシマイダ……」
「あのおっぱい丸見えの緑色のおばさんはエキドナといいます」
「闇ガ……ハンランシ……セカイハ、無ニ、カエル……!」
「レビテトだけ唱えておきましょうか。こいつは遠隔攻撃でサクッと倒してください」
 ユリ、なんか性格が変わってない? コピーだからなの?

 緊張感を削ぐその態度に私たちが戸惑っていると、構わずエキドナが襲いかかってくる。挨拶代わりに放たれたクエイクはレビテトのお陰で回避できた。
 他にもトルネドやフレアと高位の黒魔法が連発されるけれど、驚異の魔法耐性を持ったユリのコピーが盾になってくれるので私たちには届かない。
「おぞましき異形ではあるが、対処できぬ敵ではないということか」
「ま、参ります!」
 戦意を取り戻したヤンとアーシュラが立ち向かい、私の黒魔法とハルさんの弓矢で援護してなんとか倒すことができた。
 四天王並の敵が四体って聞いてたけど、これくらいの相手なら皆で頑張れば大丈夫かな?

 回復役がいないのでギルバートが全員分の薬を調合してくれる。ユリは防御面に能力を集中させているから、なるべく魔力を温存してもらいたい。
「ユリ、君は闇の氾濫というのが何か知ってるかい?」
 手渡された薬を飲みながら、ギルバートの問いかけにユリは素っ気なく答えた。
「簡単に言うと闇に呑まれて世界が消えちゃう感じですね」
「そんな! すべてがなくなってしまうということですか!?」
「闇が光を飲み込み……やがて何もかも無に帰る、と……?」
 月の接近だけでも脅威なのに、あの魔物たちが青き星に送り込まれたらそうなってしまうのかもしれない。

 不安に駆られる私たちに対してユリはあくまでも冷静だった。
「まあ彼らの言う“闇の氾濫”は別世界の出来事ですし、そこまでは再生されないので杞憂でしょう。あれらは単なるちょっと強い魔物に過ぎません」
「この月を止め、クリスタルの再生を阻止すればよいのだな?」
「そう。私たちが為すべきはそれだけです」
 薄々そうかなと思った通り、彼女はここの敵が元いた異世界のことを知っているみたい。彼女と同じ世界から来たのではないのだろうけれど。
 それはつまり、闇の氾濫によって無に帰った世界が、どこかに存在していたということかしら……。

 次のクリスタルから現れたのは私にも見覚えのある魔物だった。月の渓谷にいたゼムス配下の魔物と同じ気配がする。
「ジキニ……闇ノハンランガ……ハジマル。オマエタチハ、ココデ……シヌノダ……!」
「あの目玉はアーリマンですね。死の宣告が厄介ですが」
 ユリはちらりとギルバートの方を見ると何事か考え込み、やがて首を振る。ユリが魔物でダムシアンの歌を快く思っていないこと、ギルバートは知っている。だから戦闘でも楽器は封印して薬での補助に務めているのだけれど。
「正攻法で行きましょうか。竪琴、使ってください」
「……分かった」

 死の宣告を受けた者はアーリマンの意のままに時が来れば意識を失ってしまう。ローザたちがいないこの場でそれは真実の死に繋がる。
 月で戦った時にはヘイストやスロウで皆の時間を調整してすぐに蘇生できるようにしたけど、ユリは……、
「殺られる前に殺る」
 ある意味すごく分かりやすい戦法を選んだ。ヤンとアーシュラがはりきっている。

 ユリは先ず全員にヘイストを唱えた。周りの時空が歪んで見える。私たちの素早さが極端に上がっているんだ。
 ギルバートが竪琴でアーリマンの動きを抑え、私の魔法とハルさんの矢で翼を射抜き、地に落ちた体を取り囲んでユリとヤンとアーシュラが止めを刺す。
 息つく間もない一瞬の攻防だった。
「闇の氾濫……月を止められなければ、同じことが……」
「光と闇、陰と陽。どちらが欠けても世界は成り立たぬ。なぜあの魔物はそんなことを望むのか」
「感傷は後にしてさっさと次へ行きましょう」
 なんだかユリがどんどん無愛想になってる気がする。ヤンとギルバートはともかくハルさんが辛そうだし、アーシュラも戸惑っていた。もうちょっと態度を和らげてほしいな。

 次のクリスタルに触れると、双頭のドラゴンが姿を現した。
「……シネ……ヒカリノ……モノドモヨ……!!」
 なんて強い悪意と威圧感。こんな魔物でさえ支配下に置かれるのでは幻獣神さまが奪われるのも無理はないと思ってしまう。でも、絶対に取り戻してみせる。
「ギルバートさん、竪琴で敵意を私に集中させられますよね?」
「や、やってみるよ」
 できますか、じゃなく、できますよね。あからさまな威圧を感じるユリの言葉にギルバートが慌てて頷く。

 ユリは自分にリフレクをかけ、襲いくるドラゴンに備えて身構えた。嵐のごとき猛烈な勢いで放たれる魔法はすべてリフレクで跳ね返される。
 怒り狂ったドラゴンは悶えながらも音色の支配に逆らってギルバートの方へと向かった。
「危ない!」
「くっ……」
 ドラゴンの長い首がギルバートを絡め取ろうとする寸前、凄まじい勢いで割り込んできたユリがその巨体を突き飛ばした。

「てめえの相手はこっちだってんだよ、クソ蛇野郎!」
「ユリ……?」
 いけない、魔法攻撃の呪文が途切れちゃった。
 そのままドラゴンに巻きつかれ、ユリは負けじと噛みついている。強靭な竜鱗がミシミシと音を立てて砕かれた。
 ユリの姿が変貌していく。漆黒の瞳が消えて幻獣王さまのような白一色になり、牙が生え、肌が青褪め……ちょっとカイナッツォに似た魔物の姿へと。

 あれは変身魔法じゃなくて魔物としての本性が出かかってるのかしら。死にかけたギルバートまで含めて全員が呆気にとられてしまった。
 慌てて気を取り直す。いくらユリが頑丈になってるからって、ドラゴンと取っ組み合いなんていつまでもしていられない。
「ユリ!」
 口調はともかく顔はカイナッツォに似ないで! という想いを籠めてユリを巻き込みながらサンダガを連発すると、ドラゴンの動きと共にユリの変化も止まった。

「今よ! 一斉に攻撃して!」
「し、しかしこのままではユリ殿まで」
「彼女なら平気よ!」
 たぶん。
 躊躇いつつもヤンとアーシュラが双頭をそれぞれに叩き潰し、ハルさんの矢がユリを掠めてドラゴンの心臓を貫いた。
「勝っ……た……?」
「わ、私の知識を遥かに越えた相手です……」
「恐ろしい相手であった……」
 皆、それドラゴンのことなの、ユリのことなの?

 ちょっと昔の臆病だった頃に戻って怯えつつ、ギルバートがユリに回復薬を差し出した。幸いもう彼女はいつも通りだ。
 今の彼女が水の魔物だっていうのは知ってるけど、カイナッツォには似てほしくない。知ってる人の姿形が歪んで変貌していくのって嫌なものだわ。

「ねえユリ、もしかしてコピーだから感情をなくしてたりする?」
「はい。五人に分裂してるので感情なんて持たせたらわけが分からなくなりますし」
「性格が変わってるのもそのせいね?」
「自覚はありませんけど、この私は痛みに鈍くしてるので多少冷酷かもしれませんね」
 そう言って辺りを見回したところで彼女はようやく私たちの困惑に気づいたらしい。

「あ、失礼があるかと思いますがお許しを。今の私はバーサク状態も同然なので、べつに悪意あってのことじゃないです」
「そう……」
 狂戦士と化してその物腰ならむしろいい方よね。暴走した末がこれだというなら、普段のユリがどれだけ戦闘嫌いで穏やかな性格なのかよく分かる。
「よ、よかった。ずっと何か怒ってるのかと思っていました……」
「感情を排したユリは敵に回したくないな」
 泣きそうなアーシュラに苦笑するギルバート、その背後でヤンも深く頷いてるし、ハルさんも密かに安堵の息を吐いている。
 戦力として大いに助かってるのは事実だけど、やっぱりユリにはいつもの彼女でいてほしいわ。

 最後のクリスタルからは、三つ首の巨大な魔獣が姿を現した。
「闇ノ……ハンランハ……トメラレヌ……。オマエタチハ……ココデ、シネ!」
 爛々と輝く三対の瞳に見据えられて怖気が立つ。まるで地獄を具現化したようなその姿にユリは、
「わんわんお……」
「ユリ、大丈夫?」
「わん……」
 混乱していた。
 彼女のコピーは他のエリアでも同時に戦っている。自分が複数いるってどんな精神状態なのか想像もつかないけれど、ユリは確実に壊れ始めていた。

「こ、こんな化け物、一体どうやって倒せば……」
「我が拳、通用するのかどうか」
 微かに恐怖で震えながらもじっとケルベロスを見つめていたハルさんがふと呟いた。
「三つ首を持つ地獄の番犬……音楽を聞かせて眠らせるという神話もありますが」
「ああ、それ効くかもしれません。どうせカウンターもないしそんなに強くない相手なので」
 見た目からは恐怖しか感じられないのだけど、ユリの言葉に多少勇気づけられた。
「試してみようか」

 ギルバートが竪琴を奏で始める。穏やかな音色に誘われて、眠りこそしないもののケルベロスの動きは明らかに鈍くなった。
 高位の魔法を打ってはくるけれど、確かにユリの言う通り大した威力はなさそうだ。
 ユリが盾となりながらヤンとアーシュラで敵の注意を逸らし、私の魔法とハルさんの矢で危なげなく倒すことができた。

 他の皆も戦いを終えた頃だろうか。ユリはやれやれとため息を吐きながら「ここの敵は弱くてまだよかった」と嘆く。
「これで弱いんですか……」
「ともあれ、闇の氾濫とやらが起こらなくて何よりだ」
「先に行った者たちが心配だね」

 すべての敵を倒したお陰か起動されたワープポイントに向かいながら、一人ハルさんが憂鬱そうな表情を浮かべている。
 そんな彼女を覗き込みながらユリが首を傾げた。
「そうですか? ハルさんの火力は充分優秀でしたよ。援護があるのでギルバートも隠れずに済んでたし」
「え……?」
 何も言っていないのに返事をされてハルさんが戸惑っている。
 そういえばユリは、相手の心を読んで支配する精神魔法が使えるのよね。あまり使わないので苦手だとは言ってたけれど、ちょっとしたことなら表情を見て察することができる。

「学者が強くてもべつに困らないんだし、この際だから道中で鍛えては? 暴力より知略だとか言わず両方持っとけばいいんですよ」
 もしかしたらハルさんは皆と比べて戦う力がないことを内心で憂えていたのかもしれない。でも、彼女がいたからギルバートが強くなれたのはユリの言う通りだと思う。
 ギルバートもハルさんも、大切なものを守るために自分の力を振り絞っている。
 ただでさえダムシアンは頭でっかちなのだから筋力つけなきゃと余計な一言はあったけれど、ユリの言葉はハルさんに何らかの救いを与えたようだった。

 かつての“ゴルベーザ”とダムシアンとはいろいろあったけど……この機会にいい方向へ変化すればいいな。


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