×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖渇望



 ユリの姿を模して作られたその者は、こちらを警戒することなく無防備な様子で立っている。
 素体はあの謎の少女と同じ、クリスタルのエネルギーを凝縮した疑似生命のようだ。そこへユリの皮を被せたといったところか。
 姿形と魔力だけはそっくりそのまま本人を真似ている。

「私だけ別次元の本人じゃなく劣化コピーなんですね」
「急拵えで作ったのだろう。ユリの能力を完璧に再現されなくてよかった」
 心底安堵した様子のゴルベーザ様に私も深く頷いた。もしクリスタルがバブイルに眠るユリの本体を再生していたら、なかなか恐ろしい事態に陥っていただろう。
 それに幻獣の洞窟に入る前に行ったステータス振り直しとやらの効果も反映されていないようだ。あそこに立つのは確かにユリの“劣化コピー”だった。
「制御システム戦で見られてる感じはしたんです。あの時にスキャンしてアレを作ってたんですね」
「呑気に構えている場合ではないと思うぞ」
 あれなら倒そうと思えば倒せるはずだ。しかし、世界の理を無視した彼女の魔法はどんなに劣化しても脅威には違いない。

 暗黒剣による傷を受けているゴルベーザ様やセシルたちは未だ本調子ではない。その他の人間たちもユリを相手にするには力不足だ。
 そのことを察したゴルベーザ様は、一旦この場から退避すると決めた。
「すまないが、ここは我々抜きで戦ってくれ」
「それは構いませんけど……」
「お前たちならば万が一倒されても死ぬことはないはずだ。本体が別所にあるからな」
「私ってそんなにヤバイ相手なんですか?」
 自覚がなかったのかと私が問えばユリは本気で驚いたような顔で見上げてきた。

 彼女にしてみれば普通に鍛練を続けて常人と同じように成長してきたつもりなのかもしれないが、それはとうに世界の常識越えている。
 この“ゲーム”の決めた枠に収まらない彼女のレベルに、常人は決して追いつけない。
 たとえばユリが世界の滅亡を望めば、誰にも止めることはできないだろう。
 もはや彼女は思っただけで相手を殺せるのだ。この世界が阿鼻叫喚の地獄に陥っていないのは、ひとえにユリが争い事を嫌う温厚な性格をしているからだった。

「もし私があっちの私に負けたらどうなるんですか?」
「為す術もなくゲームオーバーだ」
 真顔で答えたゴルベーザ様にさすがのユリも事態の深刻さを理解したらしい。
「が、頑張ります」
 まあそう気張る必要もないだろう。如何にユリのコピーが強敵だとて、私は負けるつもりなどないからな。

 ゴルベーザ様たちが下がると敵は首を傾げつつも魔法によって空間を分離した。他の皆の姿が見えなくなる。
 どうやら私とユリだけを排除すべき侵入者として認識したようだ。余計な犠牲を出すまいとする行動原理は実にユリらしい。
 あれがユリの心を持たず、純粋に彼女の能力だけを再現した戦闘人形である方が私にとっては望ましいのだが、どうかな。

「ルビカンテさん、なんでちょっと楽しそうなんですか」
「ちょっとどころではないぞ。ユリと殺し合う機会に恵まれるとは、これを楽しまずしてどうする」
「なくていいですよ、そんな機会なんか」
「もちろんだ。後にも先にもそんな機会がないからこそ、今が楽しいのだよ」
 本物の彼女と殺し合えるはずもない。だが全力の殺意をこの身に受けてみたいという誘惑は堪え難い。
「さあ、お前はどれだけ強くなった? 私に見せてくれ」
 この敵は、久しく味わっていない死の恐怖を私に思い出させてくれるだろうか。

 まずは小手調べに火燕流を放つと、彼女は自らの体が燃えるのさえ頓着せず棒立ちのまま炎を受け止めた。
 致命となる前に回復魔法を唱えてはいるが、顔をしかめもせず無表情に燃え盛っている姿は少々不気味だ。
「痛みを感じていないのか?」
「ダメージは入ってるみたい。防御魔法も何もないので、っ!?」
 炎に身を任せたまま敵は無造作にユリを指差した。その瞬間、ユリがくずおれるように身を屈める。

「うぁあっ!」
「ユリ!?」
 即座にケアルをかけるが、彼女の体に外傷は見当たらない。しかし間違いなく苦痛が彼女を苛んでいる。何が起きている?
「しん、ぞう、を……」
「何?」
 やがてユリにケアルが効かなくなったが、どうやら敵の攻撃を防ぐために外部からのあらゆる干渉を遮断したようだ。冷や汗をかきながらユリが体勢を整える。
「あいつ魔法で直接心臓を潰そうとしてきました。自分で言うのもなんだけど、やり方がエグすぎません!?」
「……そうだな」
 その効率的に殺してやろうという手法はとてもユリらしいと思うのだが。

 魔法が効かなくなったと分かるや否や敵はテレポで急接近をはかり、強化魔法にて己の筋力を高めるとユリに蹴りを放ってきた。
「いっ!」
 骨が何本か折れた。ユリは魔法を遮断していた結界をすぐに対物理に切り替えるが、そうすると敵はまた魔法で肉体の内部から干渉してくる。
 まずいな。同等の力を持っているだけに後手に回った方が不利になる。このままではユリの敗けだ。

『またそうやって迷惑をかけるの?』
「な、にを……」
『また誰かを犠牲にして生きるの?』
「……!」
『また失うくらいなら手に入れない方がいいよ』
『また一人になるのは嫌だよ』
『また絶望するだけなら生きるのをやめてしまおう?』
 しかしこれは……なぜ私を無視してユリばかり攻撃するのだろう。コピーといえど彼女の形をしたものに蔑ろにされるのは至極不愉快だ。

「ユリは一人にならない」
『……』
「私がさせない。ユリが嫌だと言ってもな」
 ズタボロになっているユリの腕を掴んで背後に庇ってやると、敵は無感情に私を見上げてきた。

 やはり私に対しては殺意を見せない。ユリだけを殺せば召喚術も切れると踏んでのことか。
「お前はユリの記憶を持っているのか?」
『私はユリの一番強い感情です』
「なぜ自分を攻撃する。まさか、私を殺すのが怖いのか?」
 すると彼女はその無表情に初めて動揺の色を浮かべた。図星だったか。
「みくびられたものだ」
 彼女の一番強い感情とは仲間を奪われた怒りだと思っていたが、どうやら違ったらしい。求めるものを手にした今は私をなくすことの恐怖が何にも勝っている。
 真っ向から戦いを挑んだところで彼女は私に対して全力を見せはしないだろう。まったく……度しがたいほど愚かで愛しい奴だ。

「今ここで私を殺せば、もう喪うことに怯えなくとも済むぞ」
「ルビカンテさん! なに言ってるんですか!?」
 焦って縋りつくユリにホールドをかけ、敵と相対する。彼女はじっと私の瞳を見つめていた。
「どうした? 亡くすのがそんなに恐ろしいのなら、確かめてみるがいい」

 速やかに戦闘を終わらせるべくユリだけを狙っていた殺意が、今度は私に向けられる。
 的確に首を狙ってくる氷の刃を炎にまいて消し潰し、襲いかかる津波も蒸発させた。こんなもので終わるはずがない。まだ本気を出していないな。
「私に届きもしないではないか。やる気があるのか?」
『……』
「そのように哀れな術で殺されるのならば、確かに私はいずれユリを置いて逝くだろうな」
 彼女のやり口が変わった。目に見える攻撃魔法ではなく、この世界にはない概念が魔力によって具現化される。
 心臓を、脳を、肉体の内側から何かが私の命を掴み、破壊しようとしている。なるほど。ユリを苦しめていたのはこれか。

 この世界にある魔法ならば対となる防御法も用意されているが、これは殺意をそのまま形にしたような攻撃だ。常人であれば抗う術もなく殺されていただろう。
「しかし私は人間ではない。人の肉体のように容易くは壊せまい」
 血を巡らせるように肉体の隅々まで魔力を行き渡らせる。この肉体の支配者は私だ。どんな術であれ侵食させはしない。
 魔法などというものは所詮、意思で行う殴り合いだ。属性も魔力量も結局は関係ない。
 創造魔法であれ精神魔法であれ、常軌を逸したユリの魔法であれ……最後に意思の力で相手を屈服させ、支配したものこそが勝利するのだ。
「その程度の殺意では、私の意思には勝てぬ」

 不意に周囲の景色が消えた。転移魔法をかけられたのだろうか? いや、違うな。どこかへ飛ばされたわけではなさそうだ。
 私を囲うのは闇のようであり光のようでもあるが、そのどちらでもない。強いて定義するなら“無”とでも言おうか。
 つまるところ私は消滅させられたらしい。敵は肉体も精神もまとめて私という存在を“なかったこと”にしようとしている。
 なんと乱暴な魔法か。抗う私の意思に勝てず、暴力で殺せぬならば始めから私のいなかった世界を作ればいいという理屈だ。
 こんなことを想像力だけで成すとは並大抵の精神ではない。

 だが、それが魔法である限り破るのは簡単だ。より強い意思で己の存在を維持すればいいのだから。
 私は以前にも一度それをやっている。自分が敗北して死んだとは認められず、魔物と化して己の死を“なかったこと”にした。

『……』
「私を消せなかったのが不思議か?」
 相も変わらず無表情に、彼女は私を見上げている。
「お前が私を消そうとしたように、私はお前の魔法を消したんだ」
『……私の魔力が消えてる』
「馬鹿なことを。お前は異世界から来た何の力も持たない人間だ。始めから“魔法など使えるわけがない”だろう」
 この世界における魔法とは天より授かる秘術だった。それが常識であり、染み着いた思考を覆すのは難しい。
 しかしユリにとっては違う。彼女は強く思い込むだけで奇跡を起こす。想像力だけでどんな魔法でも創ることができる。

 曲げられぬ意思があり、それを実現させるだけの魔力があれば、無茶苦茶なことも可能なのだ。
 たとえば目の前の存在を消滅させたり、あるいは敵の魔力を奪い去って無力な人間に作り替えたり、といった風に。

「さて、眠らせてやりたいところだが、お前は消えなければならない。私を喪う恐怖などユリには必要ないからな」
『……置いていったりしない?』
「私が私である限り、そのようなことは起こらないと約束しよう」
 そして私は彼女の存在を消滅させた。

 地にへたり込んだままユリが呆然として私を見つめている。
「あまり舐めるな。私はお前が思っているほど簡単には死なない」
「……ルビカンテさん、魔法を創れるようになってたんですか」
「できるという思い込みがあればできる。それはユリが証明しているだろう?」
「常識と理性は思い込みで変えられないから、普通はそんな簡単にいかないってゴルベーザさんが言ってたんですけど」
「では私には常識と理性がないのかもしれないな」
「え、えええ……?」
 それっていいのかなと思い悩むユリは無視して、待避していたゴルベーザ様に戻っていただくよう呼びかける。

 それにしても……執着されるのは嬉しいものだが、根源に私を喪いたくないという思いがあるのではまともな戦いになるはずもない。
 大切なものを喪う恐怖。ユリの中にはそれよりも強い感情があると思っていたのだがな。
「なぜ敵はお前の怒りを利用しなかったのだろう」
 たとえばクリスタルの力を以て再生された我々が無意味に傷つけられるのを見た時の、あの怒りと憎悪だ。
 敵の原動力が純然たる殺意であれば、私も容易くは勝てなかっただろうに。

「だって私の怒りは、敵がクリスタルを使って好き勝手してるから発生してる感情ですよ。そんなの再生しても敵に従うわけないです」
「そういうものか」
「でもその感情でコピーされてたら、味方として私がもう一人増えてたのかな?」

 恐怖や哀しみでは駄目だ。それは受動的な、身を守るための力に過ぎない。私はユリの全力を受け止めてみたかった。あの怒り、あの憎悪を。
 かくなるうえは、私もユリに憎まれてみればよいのだろうか?
「だから、なんで残念そうな顔してるんですか」
「本気のお前と戦いたかったよ。残念だ」
「そんなの無理ですからね?」
「だろうな。お前は私を愛しすぎている」
「ま、また真顔ですごい自意識過剰なことを言う……」

 やはり本物のユリと同様の心を持っている限り、私を傷つけることは不可能らしい。私への愛着を抜き去らなければいけないな。
 こうなったらルゲイエにユリのコピーでも作らせるか。
 無論、能力だけを模倣した意思を持たぬ人形だそれならば痛む心もないだろうから、全力で戦ってくれるに違いない。


🔖


 104/112 

back|menu|index