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🔖永遠の約束



 試練の山の頂には奇妙な祠がある。200年前に当時のミンウが魔法を封印するために建てたという話だが、どう考えてもその時代の技術では作れない建造物に思える。ミシディアの古文書を探してもその建築方法や材料についての記述は見当たらなかった。
 祠の外観は古びて貧相な廃屋のようだが、中に入ると真新しい神殿だった。結界が張られているらしく外の音や気配が一切遮断されている。外から窺うよりも広く感じた。尋常ならざる魔法が用いられているのは間違いない。
 たとえばゴルベーザが使うような、人の領域からは逸脱した魔法だ。もしかしたらゾットの塔と同じように、この祠も月の遺産というやつなのかもしれないな。
 セシルはファブールで傷を癒した後に船でバロンを目指したが、リヴァイアサンの襲撃にあってミシディア大陸に漂着した。そして村の長老から助言を受けて山を登り、パラディンとなったようだ。
 試練を阻止するべく派遣された四天王、スカルミリョーネも魔道士と賢者によってたかって魔法をかけられて倒されてしまった。

 パラディンなんて、伝承の中にしか存在しないものと思っていたけどな。これでセシルは更なる力を得たというわけだ。
 主にモンスターばかりが集うゴルベーザの陣営としては、彼が聖剣を操るパラディンとなったのは大きな痛手だった。でも俺は人間だからあまり脅威に感じない。
 どちらかというと試練の内容に興味があった。山に封じられた光が、この祠で戦士を迎え、パラディンになる資格を問う。
 もう一人の自分、過去の罪、苦悩と憎悪、己の中にある負の一面と相対し、それを克服できれば光の力を得られるのだとか。
 もう一人の自分……。俺はなんでカインの体にいるのだろうな。やはり無自覚ながらも竜騎士に未練があったのか。死して肉体を喪い、妬ましくも憧れの対象であった彼の体に取り憑いてしまった。
 離れる方法も分からないまま彼の肉体を支配している。セシルが身の内に飼う暗黒に光を照らしてパラディンになったように、その試練というやつで俺とカインを引き離せないだろうか。
 しばしの間、静寂に満ちる祠で瞑想を続けてみたが、光は訪れなかった。

 次はトロイアのクリスタルを奪いに行きたいのだが、ちょっと困ったことが起きている。土のクリスタルは一足先に何者かに奪われてしまったようなのだ。
 そしてそいつは律儀にも自前でクリスタルの台座を作り、磁力の洞窟に引き籠ってエネルギーを蓄えているという。
 トロイア大森林の中にあるその洞窟は、名前の通り凄まじい磁力が発生しており、モンスターが跋扈しているにもかかわらず金属製の武具を持ち込むことができなくなっている。もし甲冑など着込んで突入した日には地面に頬擦りしたまま餓死するはめになるだろう。
 たとえばゴルベーザ様がクロスアーマーなり金属部品のない装備で突入し、魔法で雑魚を散らしながら強引にクリスタルを奪ってテレポで逃げられればいいのだが……。
 磁場の影響だろうか、クリスタルの正確な位置を察知できないのが問題だった。盗人から宝物を横取りするには、真正面から洞窟に挑んで中を探索する以外に手がないのだ。
 まったく、トロイア上層部の管理不行き届きでとんだ迷惑を被っている。城に攻め込むだけなら大した苦労はなかったというのに。
 とりあえずはモンスターの群れを送り込んで捜索させようかということになっているが、こういう人海戦術が必要な時こそ役立つアンデッドの首領、スカルミリョーネが既に倒されているので更に困る。
 そんな膠着状態にあって、パラディンになったセシルたちがデビルロードを通ってバロン城に戻ってきたと報告が入った。

 ドラゴンに乗って空を駆り、人の気配が失せたバロン城に飛び降りる。
「なぜ誰もいないんだ」
『セシルたちが倒したのでなければ、避難させたのか?』
 いくらなんでもセシルが城の人間を皆殺しにするとは考えにくい。全員がゴルベーザ様に降ったわけではなく、ただ何も知らなかっただけの者も数多くいるのだから。
 セシルの狙いは陛下……カイナッツォだろう。謁見の間に通じる廊下に駆け込むと、一体のモンスターが斃れていた。近衛の制服を纏っている。
「ベイガン……」
 肉体は変質しているが、と言っていたな。彼はゴルベーザに力を借りて、人間の肉体を捨てモンスターと化していたんだ。今よりも強くなるために。二度と誰かに屈することのないように。
 それでも聖剣を得たセシルには敗れたのだ。ベイガンもまた運が悪かったと言うべきだろうか。パラディンとなる前なら近衛兵長がセシルに負けることはなかったのに。
 いや、賢者にモンク僧、ミシディアの魔道士まで束になって来られたら為す術もないか。せめて……部下を連れていれば、彼の隣で戦うものがいれば。近衛のやつらは何をやっていたんだ。
「どうして一人で戦ったんだよ……」
 死ぬ必要のないところ、だったんじゃないのか?

 父の跡を継げなかった落ちこぼれ。彼が近衛兵にと口添えしてくれなければ俺は自棄になって何をしていたかも分からない。
「悪いが、セシルは俺が殺すぞ」
『リツ……』
 この身に代えてもと言いたいところだが俺の体は既に亡い。一人で挑んでも返り討ちに遭うだけだろう。カインを巻き添えにしてしまう。それでも……、それでも、行かなくては。
 急げばカイナッツォと協力してあいつらを殺せるかもしれない。溢れる憎悪のままに駆け出そうとした俺の腕を、掴んで制止するものがあった。
「リツ……」
「ベイガン!」
 蛇眼は虚ろで何も映してはいないようだ。目の前にいるのが誰なのか、見えていない。だから俺の名を呼んだのだろうか。
「最後まで、生きるんだ、リツ……。どんな方法を……、使ってでも……」
「生きてさえいれば勝ちだって? でも俺は……」
 もう死んでいるんだ。惜しむ命もない。だからあなたの代わりに復讐を。……そう、言うつもりだったのに。続くベイガンの言葉に思考が止まった。
「力ある魔物ならば、いずれまた甦る……」
「え!?」
「君の領地に、私の一族がいる」
「え……ど、どういうこと?」
「皆を頼むぞ……、リツ」
「ちょっと待って、ベイガン!」
 言いたいことを言うだけ言って、彼は死体も残さず影に溶けるように消滅した。それが「いずれまた甦る」という言葉を裏づけるかのごとき光景だったから、俺は動揺を抑えられない。

 本気でセシルを倒すつもりなら陸軍を総動員して城を守っていただろう。城が空なのは守る気がなかったからだ。
 敗北を嫌い、そのくせ死を恐れないのが魔物の特徴だ。なぜって彼らは、人間とは違う次元に生きているから。死しても大いなる魂と一つになることはない。死後の世界で眠りにつき、力を蓄えて甦るんだ。
「まさかあの人、負けた時のためにモンスターになっておいたのか?」
 それで、俺の領地にベイガンの一族がいるって? 彼の領地は既にないから、皆バロン城下に住んでいたはずだ。でもそういえば、俺が死んだ頃から見ていないな。祖母ちゃんも弟たちも従兄弟も。
 このままカイナッツォが殺されればゴルベーザ様はバロンを放棄するだろう。支配を解かれた国で、王の側近だったベイガンは生きていれば間違いなく全責任を負わされる。彼の一族は良くて追放処分といったところか。
『……リツの家に潜り込ませていたんだろう』
「り、利用された!」
『お前の兄貴分は大した強か者だな』
 まったくだ。俺が死んだとカイナッツォかゴルベーザ様に聞かされた時にもきっと保身のことを考えて悲しんでくれなかったに違いない。俺の家族の処遇と、そして万が一の時に備えて自分の一族もまとめて守るために。
 いつだって蛇みたいにしぶとく生き残る術を探している人だった。
 それなら俺もそうさせてもらう。彼に託されたものがあり、それを守る方法があるのなら、復讐なんかしてる場合ではなかった。
 俺は俺で、死してなお生にしがみついてる強か者だ。
「約束は守り抜いてみせますよ、近衛兵長」


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