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🔖憧憬



 地下十二階……ここは幻獣の洞窟を模したフロアだ。ゆえに出てくる雑魚モンスターも少しばかり厄介だった。
 制御システム戦のために全員を集めておいてよかったな。ここからは個人行動ではなくアライアンスを組んで進むのがいいだろう。
「左に見える館にはリヴァイアサン、右がアスラだ」
「まさか二択じゃないですよね?」
「安心しろ。リディアを連れて行けばどちらも正気を取り戻す」
「それならよかった」

 特に順番は関係ないが、個人的にはリヴァイアサンの方が戦いやすかったように思う。リフレクを活用するのが面倒だからというわけではないが。
「ではサクッと左をやっつける間に右の雑魚も片づけといてもらいましょう」
 私の助言を聞いてユリはリディアを手元に残しつつ、エッジとギルバートをリーダーにして二つの即席部隊を作り上げた。
 エッジの方にはエブラーナの四人衆に加えて魔道士組とファブールの親子がついており、攻撃に特化した十人で左の館へ向かう。
 対するギルバートの方にはバロン組とルカとカルコブリーナがついて右の館へ突入した。こちらは少々戦力に不安があるのだが……。

「ギルバートたち、大丈夫かな?」
 さすがにリディアも心配そうな顔で右手の館に向かった仲間を見つめている。
 セシルとカイン、回復要員にローザとセオドアも揃っているが、リヴァイアサンを取り戻す間を持ち堪えるには不十分ではないか。とにかく火力に欠ける。
 するとユリは呪文を唱え始め、四天王全員にメーガス三姉妹とベイガンまで召喚した。それでいてなお魔力に余裕があるのはどういうわけだろう。

「スカルミリョーネさんはこちらに。他の全員で向こうの館にいる敵を抑えていてください」
「承知いたしました!」
「ご武運を、ユリ様」
「さっさと来ないと幻獣王妃まで殺しちまうかもなァ」
 無駄にやる気を出しているメーガス姉妹とカイナッツォにユリは慌てて「くれぐれもアスラさんを倒してしまわないように!」と声をかける。

 おそらく対リヴァイアサンのためなのだろう雷魔法が得意なスカルミリョーネと、ついでにルビカンテも当然のような顔をしてユリのもとに残っている。
 しかし彼女の持つ戦力のほとんどが反対側にある館を制圧に向かった。……なんというか……。
「あれだけ応援がいたら、大丈夫だね」
「そうだな」
 中ボス格の魔物軍団が突入して一気に戦力過剰となり阿鼻叫喚の声が聞こえ始めた右の館を見つめると、リディアと揃ってため息を吐いた。

 それにしてもユリの魔力は一体どうなっているのか。先程までは四天王を二人召喚して維持するのにも全力を尽くしていたはずだが。
 こちらもリヴァイアサンの待つ屋敷に乗り込みながらユリのステータスをライブラで探ってみる。……。MPの数値が見切れていた。
「どうなっているんだ」
 探られているのに気づいたユリは変なところを見るなと怒りつつ真相を話してくれた。
「ステータスを振り直せないかなって思って、やってみたらできたんです」
「お前は……いろいろ思いつくものだな」
「想像力と魔力があれば、ちょっと無茶苦茶なことも大体できちゃうんですよ」

 やはり異世界出身ならではの能力だろう。こちらの世界で育った私たちはどうしても世界の仕組みに囚われる。
 そのようなことはできるはずがない、という無意識の思い込みに縛られるのだ。
 ユリは体力や物理攻撃力、素早さなど不要なステータスをすべて魔力と魔法耐性に変換していた。
 代わりにHPが無いに等しい状態ではあるが、強力なプロテスでもかければ一切のダメージを通さないだろうから問題はない。ほぼ無敵だ。
 もしかするとスリプルをかけられたことに怒ってこれをやったのかもしれない。今の彼女にはどんな状態異常もかけられまい。
 至極不満そうなルビカンテの表情を見てそんなことを考えた。

 さて、エッジたちが露払いをしてくれたお陰で敵に遭遇することもなく館の奥に辿り着いた。テラスでは穏和そうな老人が魔物の跋扈する外の景色を眺めている。
「幻獣王さま!」
 リディアの呼びかけに老人が振り向いた。しかしその瞳に正気の色はない。
「危ない、さがってリディア!」
 まるで氷が溶けるように老人の像が崩れ落ちると、海竜の王リヴァイアサンが姿を現した。海が湧き出すかのごとく大量の水が襲いかかる。

 迫り来るその波に向かってユリが歩み出た。
「私が盾になるので、後ろから雷魔法をお願いします」
 その宣言通りに、放たれたタイダルウェーブは渦を巻きながらユリの体へと吸い込まれていく。しかも吸収した水属性の魔法を自らの魔力に変えているようだ。……その術、教えてほしい。

「幻獣王さま! ごめんなさい……!」
 私とリディアとスカルミリョーネ、そして雷は些か苦手なルビカンテも加わり一斉にサンダガを解き放つ。
 倒してしまわないかと心配だったが、さすがは幻獣の王というべきか。全員で二三発叩き込んだ辺りでようやく多少の傷を負わせることができた。
「お願い、目を覚まして!」
 精神を支配していた魔法に微かな亀裂が入るのが見えた。
「リ……ディ……ア……?」

 リディアの声が届き、幻獣王リヴァイアサンが正気を取り戻した。それにしてもタイダルウェーブで回復したためまったく無傷のユリが恐ろしい。
「幻獣王さま!」
「おお……可愛い娘、リディアよ。……許してくれ。わしの力が至らぬばかりに多くの幻獣たちが奪われた」
「いいえ。みんな帰ってきてくれました。幻獣王さまも、こうして……」
 支配を逃れたリヴァイアサンが再び穏和な老人の姿に戻り、駆け寄ってきたリディアの頭を撫でた。親代わりというよりは祖父と孫といったところだな。

「お前たちのお陰じゃ。これ以上ヤツらの思い通りにはさせぬ。我が力、いつでもそなたと共に……」
「じゃあ向こうに移動しますね」
「ユリ、まだわしが話してる途中」
 感動の再会を遮ってユリは無情にもテレポを唱えた。もうちょっと余韻に浸らせてやってほしいと思うのだが、まだアスラも残っているので仕方がないか。

 雑魚を制圧していたエッジたちも巻き込んで反対側の館へとテレポする。
 こちらにはまったく敵の姿が見当たらず、館もところどころ破壊されている有り様だった。
 ベイガンとマグはいいとしても、バルバリシアにカイナッツォ、メーガスの次女三女あたりは時間稼ぎには向かんのではないか。破壊活動専門だろう。

 荒れ果てた館のテラスには一人の女が佇んでいる。
「王妃さま! よかった、無事で……」
 アスラが未だ操られているのはリディアも理解している。つまりその言葉は“まだ殺されていなくてよかった”という意味だろうな。味方に。
 振り向いた顔は憤怒。人ならぬ本性を現して、襲いかかるアスラにリディアは躊躇いを見せた。
「リヴァイアサンを喚ぶんだ。彼の語りかける声ならば届くかもしれん」
「わ、分かったわ!」
 召喚魔法が唱えられ、その間ユリのプロテスで身を固めた私が盾となる。六本の腕から繰り出される攻撃をすべて防ぐのは難儀だ。

 すぐにリヴァイアサンが現れ、怒りの形相を浮かべるアスラに呼びかけた。
「アスラ、わしだ! 分からぬか!?」
 新たに対峙した彼を敵と認識したのか、アスラの殺意が私からリヴァイアサンへと逸れる。
「目を開いて見るがよい! お前が今、刃を向けし相手を!」
 ユリがプロテスを唱え、リヴァイアサンは妻に呼びかけながらも大津波を呼び起こした。
「思い出せ! 我らが娘との日々を……!」

 波を切り裂きながらもアスラの気配が変わった。慈愛の顔がリディアの姿を探している。
「ムス……メ……?」
「お願い、王妃さま! 戻ってきて!」
「リ……リディア……」
 幼い頃より十数年を幻界で過ごし、リディアの心はすでに人間よりも幻獣に近くなっている。すでにその記憶の中で両親の姿は塗り替えられているのだろう。
 幻獣王と王妃が人の形をとるのはリディアへの気遣いなのかもしれない。彼女が何者であるかを思い出させるために。

 光を取り戻したアスラが人の姿に変じると、リディアは幼子のような顔で幻界の母に抱きついた。
「リディア。あなたの心に触れ、ようやく敵の支配から逃れることができました」
「王妃さま、良かった……本当に……!」
 涙ながらに抱き締め合う母娘の横でユリは鰻を白眼視している。
「リヴァイアサンは出てきた意味なかったっぽいですね」
「ユリはなぜわしに冷たいんじゃ……わしもう還る」
「幻獣王さまも、ありがとうございます!」
「うむ。いつでも喚ぶがよいぞ、我が娘よ」
 不貞腐れた顔で送還されようとしていたリヴァイアサンも、リディアのフォローですぐさま上機嫌になり幻界へと還っていった。束の間だが和みの一時だな。

「ごめんなさいね、リディア。あなたを幻界から追い出して……」
「いいえ。王妃さまが私のためを思ってくださったこと、分かっています」
「ありがとう……。でもね、私も会いたかったのです。あなたに、ずっと」
「王妃さま……」
「これからはあなたと共に。いつでも喚びなさい」
「はい……!」
 愛しくも物悲しく、家族が恋しくなるような光景は我々には辛い。ふとユリの表情を探れば、彼女は微笑んで「親子っていいですね」と言った。

 無条件で甘えることが許され、何の理由もなく愛することができる。その夢のような関係をユリは知らない。
「そう淋しそうな顔をするな。お前も子を持てば分かる」
「ゴルベーザ様」
 返事をする間もなくユリを私から引き離し、ルビカンテが私を睨みつけた。こいつは……まだ根に持っているのか。私はユリに手を出す気などないというのに。

 しかしまあ人間らしい執着心を見せるようになったものだ。昔のルビカンテからは考えられない。
 彼女を愛することで、蔑み続けた己の過去をも許せるようになればいいのだが。
 ……そうだな。私はいろいろなものをなくしたが、今は別の道を歩んでは得られなかった絆を得た。
 私は“ゴルベーザ”であった過去のすべてを疎んじてはいない。ユリもまた同様に、犯した罪を今の幸福と共に受け入れようとしている。
 ならば、セオドアに言われたように……私が彼女の為したことを奪うべきではないのだろう。


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