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🔖後悔



 地下十一階に入るとフロアの様子が一変した。
 なんでもここはエブラーナ王国の近くにあるバブイルの塔を模しているらしい。そしてその塔とは、ユリさんや彼女の仲間の四天王、メーガスさんたちが住んでいる場所でもある。
 僕は道中にカインさんからいろいろな話を聞いていた。かつての戦いについて、ユリさんがこの世界に来た経緯、ゴルベーザさんのことも……。
 青き星に建つ本物のバブイルの塔、その中心に聳える巨大な次元エレベーターの先には、かつて空に浮かんでいたもう一つの月がある。
 僕や父さんと同じ血を引く、月の民の住まう場所が。

 束の間の休憩中、ゴルベーザさんは皆から離れて一人で佇み、なにか考え事をしているようだった。邪魔をしたらいけないと思って立ち去ろうか迷っていたら、彼の方から話しかけてくる。
「私に用か?」
「い、いえ……あの……」
 漠然と、彼が自分の伯父だと知って話をしたいなと思っていただけで、特にこれといった用事があるわけじゃなかった。
 どんな会話をすればいいんだろう。共通の友人であるユリさんがいれば口も開きやすいのだけれど、彼女は先程の戦いからずっと眠らされたままだ。

 気まずい沈黙に耐え兼ねているとゴルベーザさんが僕を振り返る。こうしてじっくりと向かい合うのは初めてだ。なんだか緊張してしまう。
「……あなたが、父さんの兄だと聞きました」
 国王の昔を知るバロンの国民の間では、父さんは天涯孤独とされている。兄である彼の存在を知るのは母さんやシドなどごく一部の者だけだ。
 それは世界に明かせない事実なのだった。

 ゴルベーザさんは僅かに僕から目を逸らした。
「私は世界を破滅に導いた。そして姿を消した男だ」
 でも、ずっと一人ぼっちだと思っていたセシルに家族がいたのよと、母さんは嬉しそうだったのに。
 父さんだっていつか彼が帰ってくる日をずっと待っていた。

 十四年前の戦いで“黒い甲冑ゴルベーザ”はクリスタルの力を求めて世界に戦乱をもたらした巨悪としてその名を轟かせた。
 彼は父さんたちによって倒され、もう一つの月と共に遥か彼方へと姿を消した……それが世界に知られている“物語”だ。
「でも、それはユリさんのしたことだと聞きました」
「責任は私にある。本来ならば私が犯した罪を、私は何も知らぬ彼女に押しつけたのだ」
「ユリさんはそう思っているんでしょうか」
「何?」
 カインさんは言っていた。ユリさんは自分の選択を受け止めたいのに、彼が彼女の罪悪感を奪い去ろうとしているんだって。
 きっとそれは優しさで、愛情ゆえの行為だ。でもそのために彼が苦しんで、本当にユリさんが喜ぶだろうか?

「彼女は、ルビカンテさんたちをすごく大切に思っています」
「それはよく分かっている」
「あなたが呼んだからユリさんは大切な人に出会えたんです」
 そして彼らを守るため、ゴルベーザさんを救うために戦った。
「あなたが過去を悔やむのは、ユリさんがここに来なければよかったと思うのと同じです」
「……そうか。それで彼女は……」
 なんだか偉そうなことを言ってしまって恥ずかしくなった。でも僕はゴルベーザさんが過去の行いを悔やむのも、そのことでユリさんが悲しむのも嫌なんだ。

 きっと僕も、彼らと同じ時を生きて大切なものを奪われていたら、憎んだかもしれない。
 現に“ゴルベーザ”を許せない人は今も多くいる。だけど同時に、彼らのお陰で救われたものもある。
 ここにいる僕は二人のことを憎んでなんかいない。ともに歩む仲間たちだって、“ゴルベーザ”から別たれた二人を受け入れようとしてくれている。
 彼もユリさんも自分の意思で道を選び、その果てにある未来が今なら、後悔し続けるよりも大切なことがあるはずだ。

「なぜ戻ってきたんですか?」
 そう問いかけるとゴルベーザさんは静かな瞳で僕を見つめ返してきた。
「この危機に、父さんを……僕たちを、助けに来てくれたのではないですか?」
「……これは償いなどではない。単なる私の自己満足だ」
「家族を守りたいと思うのは自己満足なんかじゃありません」
「セオドア……」
 僕の名は彼の本当の名から借り受けたものだという。ずっと前に青き星で儚くなったお祖母様が、我が子に永久の幸福を願ってつけた名前……。

 過去にどんな罪を犯したのだとしても、彼の命は確かに祝福されている。
「あなたは僕たちの家族です」
 たとえどんな犠牲を払ったとしても、生き延びたことを罪だなんて思わないでほしい。

 そろそろ出発だという時、ゴルベーザさんが今は道程の半分ほどだと教えてくれた。その言葉にミストの崖を越える時のユリさんが言ったことを思い出してしまった。
 あと半分。励ましてくれたんだろうけれど逆に「まだ半分もあるのか……」と心が萎えそうになる。
 この二人は性格や考え方が似ているのかもしれない。そう思うと、ちょっと面白い。
 それにしても、彼はここの構造をよく知っているみたいだ。階層ごとのフロアの特徴や出現する敵の外見だけでなく、この月全体が彼のいた場所を模しているのだろうか。

「あなたのいた月のことを教えてくれませんか?」
「気になるか」
「はい。僕にも、月の民の血が流れていますから」
 かつての戦いのあと、父さんは青き星に残り、彼は遠ざかる月で眠りにつくことを選んだ。
 バブイルの塔やゾットの塔、デビルロード、あらゆる魔法……月の叡智は僕らを変えてしまうかもしれない。彼らは青き星が育つのを待っているんだ。

「セオドア。月の民が青き星に降り立つことを、お前はどう思う?」
 僕は、そんなにも永き時を待つ必要などないんじゃないかと思っている。だって僕らはもうとっくに出会っているのだから、共に歩んでいけばいいじゃないか。
「会ってみたいです。僕が生きているうちに、青き星に降りてきてくださればと」
 どうせ変わらないものなんてない。月の民がどんな影響を与えても与えなくても、僕らの青き星は恙無く成長していくだろう。

 ゴルベーザさんは、僕の言葉に優しく微笑んだ。
「私は月の生まれではないのでな。彼らとは意見の合わぬ部分もある。青き星も、月も、実は大して変わらない。……ユリも同意してくれるはずだ」
「ユリさん?」
 彼女の世界から見れば我らの月も青き星も、そしてこの異質な月も、あらゆる異世界さえ……同じようなものだ。そう言って彼は告げた。
「いずれお前も知るだろう。その魂の故郷のことを」

 遠くにクリスタルの台座が見えたところでユリさんが目を覚ました。
 自分を抱えるルビカンテさんの目を見て眠らされている間に戦闘が終わったと気づき、ムッとしている。
 そんな彼女にルビカンテさんは「見たくないだろうから見せなかったまでだ」と素っ気なく言い捨てた。
 彼は基本的にユリさんに対して甘いのだけれど、たまにわざと怒らせようとしてるのかと思うようなことを言う。

 彼女の大切なものとの戦いは終わったとゴルベーザさんが言っていたけれど、ユリさんはもう一つの道を歩んだ仲間たちを殺したことに、酷く傷ついている。
 目尻に涙を湛えて彼女はルビカンテさんの手に縋った。
「お願いだから、いなくならないでくださいね」
「私はお前のそばにいる。仮に死んだとしてもどうせ何十年先には甦るのだ。あまり気に病むな」
「それでも、離れるのは嫌です。気づいた時には喪っていたなんてもう嫌です。置いていかれるのは……」
「ならば私が死ぬ時には先にお前を殺してやろうか?」
 からかうような言葉にユリさんは頷いた。死ぬ時も甦る時も一緒がいいと、切実な言葉に動揺しつつもルビカンテさんは約束は守ると頷いた。

 離れたところにいたカインさんが、彼女の声が聞こえてるはずもないのになぜか胸を押さえて蹲っている。
 月よりも遠い場所から来た人……。ユリさんも大きな孤独を抱えているらしい。
 でもゴルベーザさんのお陰でこの世界に来て、仲間に出会って、傷を癒すことができたんだ。

 台座の上に浮かぶクリスタルの前に、周囲の警戒にあたっていた皆も含めて全員が集まっていた。
 クリスタルが光を放つと同時にけたたましく警報音が鳴り響く。ぞわりと肌が総毛立った。
「異様な気配が……」
「これは、バブイルの塔と同じか?」
「デビルロードにも似てるぜ」
「機械の音が近づいてくるよ!」
「まさか、そんな……!」
 皆が口々に囁く。どこかで感じたことのある気配だった。人類の叡智を越えた建造物、月の民が遺した数々の遺産と似ている。

 現れたのは巨大な三つの球体だ。機械なのに何者かの意思を感じる。塵芥を踏みにじるように冷徹な目が僕らを見据えていた。
「巨人の制御システムか!」
「こ、こんなものまで再生するなんて」
「巨人そのものが再生されなかっただけありがたく思わねばな」
 ゴルベーザさんの言葉に頷き、エッジさんが奮起する。
「そうだな。いっぺん倒せたんだ、これだけの面子が揃ってりゃ楽勝だろうよ」
 強大な敵に圧倒されていた皆もそれで気持ちが引き締まる。そうだ。今この場にはすべての仲間が揃っているんだ。負けるはずがない。

 父さんとカインさん、エッジさんが先陣を切り、僕らも武器を取りその後に続く。背後で小さく呟いたユリさんの言葉には、気づけないまま。
「……スキャンされてる……?」


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