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🔖水鏡



 俺が召喚されたのは強風が渦を巻く崖の上だった。ここを支配しているのはバルバリシアのコピーだろう。まさか奴との戦いに俺を呼ぶとは思わなかった。
 てっきりルビカンテを相手にしなきゃならねえと思ってたんだがな。
 どうせぶちのめすなら女相手の方がいい。だから俺としてはこの状況も大歓迎だ。しかしユリはそんな俺を相手に無意味な主張を繰り返している。

「じわっと苦しめずに、スパッと殺ってくださいね」
「さあな。俺の加減じゃどうにもなんねえよ、向こうだって抵抗してくるだろうからなァ」
「仲間を楽にしてやろうって気はないんですか?」
「ない」
「カイナッツォさん!」
 まったく誰に言ってんだと思うような言葉だ。
 真摯に戦ってほしいなら俺じゃなくてメーガスども辺りを呼ぶべきだったな。まあ、奴らが“麗しのバルバリシア様”に刃向かえるとも思えんが。

 じわじわと苦しめながら嬲り殺したい! という思惑を隠さない俺にため息を吐くと、ユリはゴルベーザ様の威光を借りることにしたらしい。
「上司からも言ってあげてください!」
 無駄だと思うが、というような顔をしつつゴルベーザ様も仕方なく俺の説得を試みる。
「コピーとはいえバルバリシアに無用な苦痛を与えるのは心苦しい。聞き入れてやってくれないか?」
「そうですねえ」
 ユリの言うことなんぞ右から左だが、ゴルベーザ様直々の御命令とあっては。
「お断りします。俺は生かさず殺さず相手を苦しめるのが大好きなんで」
 ましてやバルバリシアを相手に心置きなく叩きのめせるなんて、最高じゃねえか。なぜ俺がこのチャンスをみすみす手放すと思うんだ?

 愕然とするユリを振り返り、ゴルベーザ様は「諦めろ」と首を振った。
「見ての通りだ。私も無条件に一途な忠誠を得ているわけではない」
「大体ゴルベーザ様も一度は俺たちを従わせる立場を自ら捨ててるわけだしな。言ってみりゃ“ゴルベーザ四天王”なんてもう形骸化してんだろ?」
「それは一理あるな」
 俺の言葉に乗って頷いたルビカンテを見上げ、ユリは更なる衝撃を受けている。魔物相手にどんな忠実さを期待してんだ、こいつは。
 ゴルベーザ様本人ですら俺が従わないことに納得してんのにな。

「スカルミリョーネさんの時は、苦しまないようにしてくれたじゃないですか」
「それは私がお前の願いを考慮してやっただけだ。しかしカイナッツォの主張も間違ってはいない」
 そりゃあそうだろ。敵対者をぶちのめしたいってのは誰もが抱く欲求だからな。どんな姿をしてようと俺の邪魔をするならそいつは敵だ。
 結局殺すことには変わりねえんだから、苦しめようがどうしようが俺の勝手だろう。

「じゃあルビカンテさんも仲間を倒すのが楽しいっていうんですか?」
「もちろんだ。倒すこと自体は、な」
 仲間なんて言葉に意味はない。
 大体ユリの言うところの“仲間”であるバルバリシアは、今も異次元でメーガスどもと遊んでるんだぜ。何を気にしろってんだよ。

 俺とルビカンテをじっとりと睨みつけると、ユリは拗ねたようにそっぽを向いた。
「分かりました。じゃあもう二人とも還ってください。今回の戦いでは力を借りませんから」
「断る。私は自らの望む相手と戦うつもりだ。お前の指図は受けない」
「今は私が召喚してるんですよ。戦い方もその相手も私が決めます」
「ならば力で私を従わせてみるがいい」
 おいおい、傍迷惑な喧嘩は控えてほしいもんだぜ。

 送還しようとするユリとそれに抗うルビカンテと、二人の力が拮抗してるせいで衝突した魔力の余波が辺りの空気を揺るがせる。
 ここまでルビカンテの召喚を維持し続けてるユリも相当だが、術者の命令に抵抗して無理やり留まるルビカンテの野郎も大概だ。

 結局、俺たちの維持に魔力を使って疲弊していたユリが競り負けた。息を荒げて項垂れるユリを回復してやりながらルビカンテは告げる。
「敗北して敵の手に落ちたのは己の責任だ。向こうの我々に同情しすぎるな」
「でも、私……たとえ別の次元にいる存在だとしても、皆のことを傷つけたくない」
「目の前にいる私を見ろ。お前が守り抜いたから私はここにいる。起こりもしなかった過去の可能性に惑わされるな」
 奴らの歩んだ未来で生き残ることができなかったのは、奴ら自身の責任だ。ユリに出会えなかったせいで死んだなんてのは思い違いも甚だしい。

 自分で言うのもなんだが、向こうの俺たちは単に弱いから死んだというだけだろう。俺自身だって助けてくれなんて頼むつもりもないしな。
「救えなかった、などとは思わぬことだ。傲慢が過ぎるぞ」
 確かにユリは惑わされている。外見も同じ、気配も同じ、違う未来を歩んだだけの同一人物。そんなもん囚われる価値のない無意味な事実じゃねえか。
 過去が積み重なって今があるなら、俺とは違う道を歩んだ時点でそいつは“今ここに在る俺”とは別人だ。

 消沈しつつあったユリだが、不意に無気味な笑みを浮かべてルビカンテを見上げた。
「自信がないんですね」
「何だと?」
「バルバリシアさんは強いし、頑張っても辛勝にしかならないから、楽に殺してあげることができないんだ」
 んな安い挑発に誰が乗るかと吐き捨てればユリは更に言い募る。
「挑発ではなく単なる事実なのでお気になさらず。私を含むあらゆる魔物と人間の記憶に、あなた達は“本気を出しても同僚に圧勝できなかった四天王の劣等生”として強く刻み込まれるだけです」

 俺が乗らなくても、熱しやすいルビカンテの野郎はその挑発にすぐ乗せられた。
「分かった。苦しむ間もなく殺してやればいいのだろう」
「そうできるなら……“できるなら”してくだされば嬉しいです。でも、無理しなくていいですよ?」
 だめ押しの煽りでルビカンテは完全にやる気を出したようだ。単純野郎め。
 ま、わざわざ説得しなくたって、こいつは俺と違って敵を苦しめるような真似をしない性格だがな。

「言っとくが、俺は乗ってねえぞ。好きにやらせてもらうからな」
「もちろん私も強制はしません。お好きにどうぞ、四天王になれたのが不思議なくらい弱っちいカイナッツォさん」
 くそ、今のは不本意ながらちょっとばかりイラッときたぜ。

 クリスタルの台座に辿り着くと、ユリはセシルの息子とカインに増援を依頼した。俺だけじゃ本当に勝てるか不安なんだそうだ。
 こいつ、こんなにねちねち嫌味たらしい性格だったか? 誰に似たんだ?
 滅多に怒らないやつってのはキレるとどうなるか予測できないところがある。今ここにいるユリなら大した脅威でもないが、封印の中に眠っている本体にまで怒りが受け継がれたら面倒かもしれん。
 殺されるならまだいい。だがユリは俺たちの誰も殺したがらないだろうから、つまりは殺された方がマシだという目に遭わされる可能性がある。

 そんなことを考えてる間にクリスタルが光を放ち、刃のごとく鋭い風が辺り一帯の空気を切り裂いた。
「セオドア、正面から当たるなよ」
「は、はい!」
 カインたちはゴルベーザ様とユリを庇うように盾を構えて立ちはだかる。そいつらの周りに水の壁を呼び出して風を防ぎつつ、何やら釈然としない気分だ。
 なんだこのそよ風は。やる気ねえにも程があるだろうよ、バルバリシア。
「ダレニモ……シタガワヌ……、……ジユウナル、イシヲ……!」
 苦悶の声をあげながら放たれた竜巻は、こちらに向かってくることなくバルバリシア自身の体を切り刻んだ。

 肉体は敵の手によって再生され心も堕ちている。だが、精神だけは抗い続けているらしい。
 気に入らねえな。虐め倒しても恨まれるのは俺じゃねえ。こっちが見えてないやつなんぞ相手にするのも時間の無駄だ。
「おいルビカンテ、お前サンダガでも打ってろよ」
「雷は相性が悪いのだがな。ユリ、魔力を借りるぞ」

 バルバリシアの周りに水を集めてそれを凍りつかせ、動きを止める。轟音をあげて雷撃が殺到し、悲鳴があがるとユリは強く目を閉じた。
 あの女の顔が苦悶に歪むのを見たくないのかと思ったが、単に俺とルビカンテに魔力をとられて死にかけているだけらしい。
 ……お望み通りバルバリシアはさっくり殺してやるさ。その代わりにユリから魔力を搾り取って虐め倒すとするか。

 死に抗うように荒れ狂う風の壁をカインとセオドアが飛び越え、ゴルベーザ様は二人に重力の魔法をかける。俺は呼び集めた水をバルバリシアに纏わせ、ルビカンテが放つ雷撃の威力を底上げした。
 そこへ重力魔法によって数倍の重さを得た二本の槍が落下し、バルバリシアを刺し貫く。
「レイヲ、イウ……。ヤット……ジブンヲ……トリモド……セタ……」
「よくやった。永久の眠りにつけ、バルバリシア」
「ウレシュウ……ゴザイマス……、マタ……オメニ…カカ……レ……」

 こんな紛い物に惑わされやがって。何も似てねえぞ。
 あの性格トルネド女が自分で自分の暴走を止めるなんて殊勝な真似をするわけがないってぇの。ああくだらねえ。
 クリスタルが砕けると同時に魔力が底をついてユリはぶっ倒れた。ルビカンテが慌てて抱き起こすがそれでも還ってやる気はないらしい。けっ、ざまあねえな。

 ふと気づけば、感慨に耽るカインの横ではセシルの息子が若干惚けたようにバルバリシアの消えたあとを見つめている。
 精神魔法で探るまでもなく、あいつに見惚れていたのは一目瞭然だ。人間のガキには目の毒だったな。そういやゴルベーザ様も出会ったばかりの頃はそんな反応だった。
 それにしてもこの……セオドアがぼんやりとバルバリシアに目を奪われてる表情ときたら、ローザを見ていた時のセシルにそっくりだ。

「お前ら一族はあれか、金髪に弱いのか?」
 思わず口に出すとセオドアは仰天して俺を振り返った。
「えっ!? い、いえ、僕はそんなつもりで見ていたわけでは……」
「どうだかねぇ。お前の親父は明らかに金髪マニアだぜ?」
 なんせバロン王に拾われた時から周りはほとんど金髪ばかりだったからな。自分の髪に疎外感と劣等感を抱いてた時期もあったようだ。
 厳めしい鎧兜で姿を隠せる暗黒騎士になったのも外見コンプレックスが一因だろう。

 で、必死に否定しているセオドアも、ローザはともかくカインに懐いてるらしいうえにバルバリシアまで好みときたらもはや疑いようがない。
「それは父さんだけですよ!」
「ほお〜」
「ほ、本当です!」

 あんまりムキになるんで面白がってたらゴルベーザ様まで心外だという顔で口を突っ込んできた。
「私は黒髪が好きだからな。金髪好きは血筋というわけではあるまい」
 さりげなくセシルの金髪好きを肯定してしまっていることにも気づかずゴルベーザ様が放った言葉は思わぬところへ飛び火した。
「黒髪? まさか、ゴルベーザ様……」
 咄嗟にユリを抱きかかえて距離をとりつつルビカンテが疑わしげな目を向ける。
「い、いや違う、ユリのことではない。そんなつもりでは」
 だったら誰のことだ。ユリみたいな髪色は珍しいが、ファブールやエブラーナ辺りにゃたまにいるか。

 それはともかく、慌てて弁解しようとしているゴルベーザ様の邪魔をしてもう少し引っ掻き回してみる。
「なるほど。黒髪は好きだがユリにはまったく魅力を感じないというわけですか」
 急に話を振られて、魔力不足で朦朧としたままユリが眉をひそめる。
「え、強いてそう言われるとちょっと傷つくんですけど……」
「そういう意味でもない! ユリのことはもちろん魅力的だと思っているとも」
「どのように魅力的だと仰るのですか、ゴルベーザ様。よもや私と敵対するおつもりでは」
「そんなわけがあるか!」

 紙一重でキレかかっているルビカンテに焦りながらゴルベーザ様は「この収拾をどうつけるんだ」という顔で俺を振り返る。
 そんな風に助けを求められると気持ちいいもんだな。頼られるのは嬉しいぜ。
「張り合い甲斐のある恋のライバルができてよかったじゃねえか、ルビカンテ」
「ほう……やはり……」
「カイナッツォ! お前というやつは……!!」
 ってわけで俺は、事態を放置してさっさと送還されてやることにした。収拾なんかつけるわけねえだろ。その一瞬が愉しけりゃそれでいいのさ。
 まあ十中八九ユリが途中で止めるんだろうが、誤解が解けなきゃ面白くなるのにな。


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