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🔖地獄



 先に召喚されていたルビカンテが戻ってこないので油断していたら、いきなり封印の外からユリの声がして私も喚び出された。
 気づけば私はゴルベーザ様のいらっしゃった月にもよく似た場所に立っている。
 そして現出するや否やユリに抱きつかれ、ゴルベーザ様にまで無事でよかったとなぜか頭を撫でられて困惑するはめになった。
 何なんだ一体。ルビカンテが凄まじい形相で睨んでくるのでやめてほしい。

「……どういう状況だ」
 しがみついてくるユリを必死で引き剥がしながら尋ねると、静かに怒りを放ちながらルビカンテが答えた。
「先程お前のコピーと戦った。無事な姿を見て安心したのだろう」
 そう言われても私としては封印の中で呆けていただけなので実感も感慨もないのだが。
 クリスタルが再生するのは、ゴルベーザ様やユリの知る“物語”の通りに殺されたもう一人の自分だという。しかし最初から死んでいる私に言われてもな。
 アンデッドたる私に「生きていてよかった」というのも考えてみればおかしな話だ。

 次なる敵はカイナッツォだという。どうやらクリスタルはかつてセシルと戦った順に敵である我々を再生しているらしい。
 それにしては私よりも先にメーガスどもやベイガンが再生されるのは妙な気がするが、ゴルベーザ様は「ゲームの演出的な問題だ」と仰った。
 こういう腑に落ちない不自然なことがあるたび、この世界は確かに作り物らしいと実感する。
 だが、まあいい。我々は此処に在り、思考して行動するのみ。世界の仕組みになど興味はない。

 ようやく落ち着きを取り戻したユリは私から離れて、というよりも無理やり引き摺られてルビカンテの腕の中に収まった。
 で、なぜルビカンテは送還されないのだろう。通常、召喚された幻獣は召喚者に無用な負担をかけぬため用が済んだら速やかに幻界へと還るものなのだが。
 ユリは私とルビカンテを維持する分だけ、じわじわと魔力を消費し続けている。
 彼女は我関せずといった顔のルビカンテを困ったように見上げたが、ため息を吐くに留めて奴を送還しようとはしなかった。
 どうでもいいと言えばどうでもいいか。どうせ押しの強いルビカンテに逆らえないだけだ。

 私としてはとにかくカイナッツォとの戦いで呼ばれてよかったと思う。バルバリシアやルビカンテと戦うのは頗る面倒だ。考えただけで気が滅入る。
 カイナッツォならば、私の魔法でバリアを解除してやれる。何より叩きのめすことに躊躇がいらない。

 このフロアを支配するクリスタルの安置された台座があるという中心部を目指して歩く。
 ユリはルビカンテに抱かれて運ばれていた。「魔力の消耗を抑えるため」と言い張っているが、他の理由があるのは明白だ。
 しかしゴルベーザ様も極力見ないふりをしているようなので私も黙っておくことにする。
 カイナッツォの力が溢れているこのフロアは水属性の敵ばかりが彷徨いており、ルビカンテには居づらいはずだが、そうまでして離れ難いとは重症だな。

 その変態の腕の中へ素直に収まりながら、ユリはゴルベーザ様に尋ねた。
「この月は結局、何なんでしょうね。青き星を破壊するというわりには侵入者である私たちを堂々と迎え撃ってるし」
 言われてみると確かにそうだ。この偽の月は青き星に接近し続けているらしいが、そんな迂遠なことをせずとも簡単にあの星を破壊する方法はある。
 クリスタルでバブイルの巨人なり何なりを大量に再生して直接あの星へと送り込めばいいのだ。

 かつての戦いを再現し、順繰りに敵と戦わせるなど、まるで……。
「試しているのだろうな、我々を」
 ゴルベーザ様の言葉にユリは首を傾げた。
 やはりそうなのか。何者かは知らんが、今回の敵が意図するところはかつてのゼムス様と大きく違っているようだ。
「まあ、敵の事情は会って直接聞くといい。ユリは怒ると思うがな」
「今すでに私史上最大級に怒ってるんですけど」
 とてもそうは見えない穏やかな様子のユリに、ゴルベーザ様はただ苦笑を返すのみだった。

 クリスタルが近づくと辺りに更なる水の気配が強まった。戦闘態勢に入る我々のもとへ、ずかずかと歩み寄ってくる者がある。それを振り返ってユリは大いに慌てた。
「せ、セシル? どうしてここに」
 ……これがセシルか? 久々に見たが、やけに……無感情になっているな。まるで物言わぬ屍のようだ。
「ごめんなさい。急に走り出して……まだ心は戻らないみたいなんだけど」
 ユリに答えたのは、セシルの後ろから慌てて追いかけてきたローザだった。セシルは敵に操られていたらしい。そして奪われた心をまだ取り戻せていない。
 それでも無意識に戦おうとしているのか、剣を握り、瞳は虚ろながらも真っ直ぐに前を向いている。

「カイナッツォさんの気配のせいでしょうか」
「陛下に化けてバロンを操っていた四天王のことね?」
「……はい」
 ローザの問いにユリは気まずそうな顔で頷いた。やはりセシルにもまだ憎しみが残っていたのだろう。心を失ってなお、奴と戦うことを求めるほどに。
 かつてカイナッツォがあの人間を殺したのはユリが現れるよりも前のことだった。こればかりは「自分の指示だ」とは言えない。
「分かりました。一緒に……戦いましょう」
 私としてはカイナッツォを痛めつける人員がどれだけ増えたとてまったく構わんのだがな。

 ゴルベーザ様はもちろんのこと、セシルとローザに加えてミシディアの双子も戦闘に加わることとなった。
 特に黒魔道士はかつてカイナッツォに戦わずして逃げられ、更にからかうようにデモンズウォールをけしかけられたことを腹に据えかねていたようだ。
 まったく、節操なしにどこへでも恨みの種を巻き散らかす輩だな彼奴は。
 ユリは相変わらず憂いを帯びた表情でいる。何を迷うことがあるのか。こちらの戦力が増えればそれだけ早く片がつくではないか。
 剣に乗せるのが憎悪であれ救済であれ、殺される側にとっては何の違いもない。兵は多いほど良い。

 クリスタルが光を放つ。父にも等しき王の命を奪われたセシルが、仇敵を前にして苦悶の表情を浮かべた。そうだ。どうせなら、ここで遺恨を晴らしておけばいいのだ。
「つなみが来ます!」
 奴が姿を現すと共に、ユリの背丈を覆うほどの波が押し寄せた。魔道士どもが慌てて結界を張ろうとするが到底間に合いそうにない。
 あの水量はおそらく雷の魔法でも相殺しきれないだろう。
「ユリ、魔力を借りるぞ」
 彼女の返事を確認する間もなく周囲に地割れを呼び起こして水を吸収させる。
 クリスタルが再生するのは“あの頃”のカイナッツォらしく、今の彼奴よりは魔力も低いのがありがたい。この程度ならば防ぎきれるだろう。

 ユリとローザが全員にレビテトを唱える。これで私もやり易くなった。カイナッツォの周囲の地面を腐らせ、毒を浸食させてゆく。
 なにやら「じわじわ殺すやり方はやめてほしい」というような視線を受けたが、これが私の戦術なのだから仕方があるまい。
 もし規定のシナリオ通りに物語が進行していたら……今ここにいる私もこうやってゴルベーザ様の御手を煩わせていたのだな。敵の侵入を阻む結界を作り上げたユリには感謝しなければ。

 攻撃が届かなくなったと判断したのか、カイナッツォは自身の周りに水を集め始めた。防御に徹するつもりのようだ。
「水のバリアか。今度は逃がさねえぜ!」
「私たちの力、受けてもらいます!」
 双子が魔力を併せ、聖属性を纏う雷が水の膜を打ち消した。それが精神にまで届いたのか、奴の瞳に僅かながら正気が戻る。
「ココ、ハ……? ……ソウカ……オレハ……ネムリヲ……サマタゲ、ラレタノカ……」
 人にとっては獄であれど魔物にとって死の眠りは安らぎだ。
 たとえばルビカンテのように己の敗北を認められず眠りを拒む魔物もいるが、この怠惰な男がいずれ目覚めるまでの安息を厭うはすもない。

「バリアを失った今なら氷の魔法が通るぞ」
「へっ、任せとけ。氷魔法は一番得意だ!」
 ルビカンテの助言にどこか楽しげな様子で答えた黒魔道士を、ユリが睨む。
 その彼女に「そんな顔すんな」と苦笑を返した魔道士は、練り上げた氷の気をセシルの剣へと集束してゆく。
「倒すんじゃなく、解放すればいいんだろ。一撃で決めてやるさ」
「パロム……」
 呼吸を合わせてゴルベーザ様もセシルに冷気を纏わせる。二人分の魔力から身を守るため、ローザと双子の片割れはセシルを防御結界で覆った。

「セシルよ、頼むぞ」
 ゴルベーザ様の声を聞き、虚ろなる瞳に一瞬の光が灯る。微かに頷くとセシルは浄化を纏った剣を振り下ろした。
 何を思ってか、カイナッツォはそれを避けずに受け入れた。
「マタ……ネムレル……コレデ……」
「迷わず眠れ。お前の安息は私が守ろう」
「ゴルベーザ、サマ……モッタイナキ……オコト……バ……」
 これがカイナッツォだと思うと気持ち悪く感じるほどに素直に消えてゆく姿を見送り、セシルが小さな声で呟いた。
「へい……か……」
「セシル……?」

 もう一人の自分か。妙なものだ。
 奴がユリの封印の中で惰眠を貪っているのは知っているにもかかわらず、目の前で死にゆく姿を見れば本当に奴自身あらゆる次元から消滅したような錯覚が起きる。
 ユリが私を喚んだのは、無事を確認したかったから。……こういうことか。
 まあ私ならば、カイナッツォが永久に消滅したとて嬉しいだけだがな。


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