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🔖嫉妬



 地下七階に入った途端、大量のスカルナントに取り囲まれて難儀した。
 フロア全体にこれだけアンデッドが溢れているのを見たらゴルベーザさんに聞くまでもなく私にも分かる。次に再生されるのはスカルミリョーネさんだ。

 無限湧きの雑魚退治をしてる掃討組にしろ気の重くなるような戦いが続くボス戦組にしろ、みんな疲労が溜まっている。エッジさんの提案もあって、ここでメンバーチェンジを行っておくことにした。
 まず前衛にはセオドアとツキノワ君、後衛は対アンデッドに強いポロムとレオノーラさん。そして相手が四天王なのでゴルベーザさんにも加わってもらうことになる。
 炎属性と白魔法が欲しいので私はもちろんルビカンテさんを召喚するつもりなのだけれど……。

 ゴルベーザさんはともかくとして、なんだか小動物感に溢れたメンバー。魔法の才能がある人ばかりだし、絶対に全員ルビカンテさん好みのタイプなのが引っかかってしまう。
 私にとっては地獄のような布陣だった。ただでさえ放置して気まずい状態からルビカンテさんを召喚するというのに、喚びたくなさが募る。

 とはいえ長引かせても後が怖いだけだから、覚悟を決めよう。
 カイナッツォさんとの戦いに呼んでも仕方ないし、アンデッドの蔓延る今が一番、ルビカンテさんの力が必要な時だ。そう自分に言い聞かせて呪文を唱える。
「ユリ……」
 現れたルビカンテさんは思い切り怖い笑顔を浮かべていた。完全に怒ってるよ……。
「あ、えっと、お出でいただきアリガトウゴザイマス」
「なぜ今まで喚ばなかったんだ? 私を差し置いてベイガンやメーガスらを召喚するとは」
「ルビカンテさんはコストが高すぎて大変なんですよ」
 一応それは本当だ。

 召喚する相手が強いほど多くの魔力を消費し、召喚中に彼らが何か行動を取ればそれだけ維持費も嵩む。
 ベイガンさんやメーガスたちレベルなら消費率はさほどでもないけれど、四天王クラスともなると出現させるだけでも一苦労だ。
 私の言い訳を聞いてルビカンテさんは怒りを潜めると、心配そうに私の頬を撫でてきた。戦闘モードが萎えちゃいそうなのでやめてほしい。
「苦しいのか?」
「……苦しくはないですけど」
 封印を解いて生身の彼らに来てもらえれば、こんな風に魔力のやりくりを考える必要もない。だけど……。

 リヴァイアサンたちは幻界にまで乗り込んできた敵と直接対峙したうえで敗北し、自由を奪われたという。
 あの少女がどんな手を使って幻獣を支配しているのかは分からないけれど、生身で真っ向から対面するのは危険なんだ。
 封印の中にいる限り皆の精神は守られる。そう考えるとまだ鍵を開ける気にはなれなかった。

 際限なく出てくるアンデッドを焼き払いながら進む。ルビカンテさんが火燕流を打ちまくってくれるので、戦闘は楽だけど歩いてるでも私の魔力は減りっぱなしだ。
 これではスカルミリョーネさんと戦う余力が残らないんじゃないか。体力を魔力に変換する魔法みたいなものが欲しい。
 私の身を案じつつも遠慮はしてくれないルビカンテさんに半ば無理矢理引き摺られて歩く。そんな私に、後ろからおずおずと声をかけてくる人があった。

「あ、あの……」
 話しかけてきたのはレオノーラさんだった。ルビカンテさんが攻撃の手を止めたのでちょっと疲労が落ち着いた。
 私の背後に控えるルビカンテさんに怯えつつも、レオノーラさんは一大決心を固めた顔で私に詰め寄ってくる。
「ユリさんは、白魔法と黒魔法に召喚魔法まで習得しておられるのですね。もしや賢者を志しておられるのでしょうか?」
 意外すぎる質問にちょっと呆けてしまう。私が賢者? 何の冗談だろう。テラさんが激怒しそうだ。

「確かに白黒魔法は使えますけど、私は魔物なので賢者にはなれませんよ」
「えっ? ま、魔物だったのですか!?」
 知らなかったんだ。気配で分かるものだと思ってたけど、一度全員に周知しておくべきかなぁ。でも知っている人には「何を今更?」と思われそう。

 レオノーラさんはトロイアの神官見習いだというし、魔物に対して嫌悪感を抱かれるかと思ったのだけれど、なぜか目を輝かせて食いついてきた。
「そ、それで誰も知らない魔法を使えるのですね!」
 誰も知らない魔法を使えるのはモンスターだからじゃなくて、異世界人の知識とルゲイエさんの技術で新魔法を開発しているからだけど。

 あまりパロム以外と話をしているところを見ないので無口な人だと思っていたレオノーラさんは、単にちょっと人見知りが激しかっただけらしい。
 そして彼女の向学心は、知らない人や魔物と話すことへの苦手意識を上回ったようだ。
「その、魔力を回復させる白魔法は、一体どうやって習得なさったのですか?」
「これは白魔法とは呼べないな。自分で新たな魔法を作り出したのだ。ユリの魔法に白や黒の枠組みなど必要ない」
 勝手に答えてくれたルビカンテさんの言葉を聞いて、目を丸くしたレオノーラさんは食い入るように私を見ている。

 実は別作品の白魔法を参考にして借りただけなんですが。
 見本さえあれば魔力を乗せるだけで簡単に新しい魔法を創造できる。ただ、この世界にはその見本が存在しないだけだ。
 もし向こうの世界のビデオゲームをやる機会があったなら、私よりこっちの世界出身の人の方がすっと効率よく新魔法を開発できると思う。ゴルベーザさんも地味に新魔法開発に励んでいるようだし。

 向こうの世界のフィクションで描かれる魔法を“ぼくの考えたカッコいい魔法集”みたいに挿し絵解説つきで売れば儲かるかもしれない。
 なんてくだらないことを考える私の手を取り、レオノーラさんが叫んだ。
「魔物としての魔法の使い方、教えていただけませんか!?」
「え……いや、私はそういうのはちょっと。そもそも私の魔法はほとんどルビカンテさんたちに教わったものですし」
 それをまた他人に教えるなんて荷が重い。よく知らない人と熱心に会話するのが苦手なのは私も同じなんだ。

 スパッと断って手を離すとレオノーラさんは気の毒なほど消沈した。かと思えば即復活し、まさかのお願いに出てきた。
「で、では、ルビカンテさん! 私にもご教示くださいませんか」
 なん……だと……。
「私は構わないが」
「本当ですか!?」
「人間にしては見込みがある。戦い甲斐のある強者を育てられるならば、私はいつでも歓迎しよう」
 レオノーラさんの潜在能力に気づいたのだろう、ルビカンテさんは乗り気だった。むしろすぐにでも彼女を賢者レベルまで鍛えたくてうずうずしているのが分かる。

 期待に満ちた瞳で見上げる彼女とそれを優しく見つめ返す彼の姿は、私の心のどこかをドス黒く焦がした。
「ユリ? 何か急に魔力が減ったようだが」
「気のせいです」
 ちょっと頭を打ちつけるのにちょうどいい岩でも落ちてないか、ライブラしてみただけです。

 私の魔力が減ったという言葉からルビカンテさんが召喚獣である事実を思い出したらしく、レオノーラさんが慌てている。
「す、すみません。ユリさんの魔力で召喚してくださっているのに、私なんかが、お時間を割いていただくのは、無理ですよね」
「いや、どうせこの辺りの敵など片手間に倒せる。道中に稽古をつけるくらいなら構わないだろう」
 駄目だと言う権利など私にないのは分かってる。でも……。
「でも……レオノーラさんにはパロムがいるじゃないですか。他の人に教わったら彼が気を悪くするのでは?」
「パロムは白魔法を使えませんから。わ、私、一刻も早くパロムに追いついて……、彼の助けになりたいんです!」
 それはとても健気だと思うけど、だからってなぜルビカンテさんに魔法を教わるなんて話になるんだ。

 確かに彼は黒魔法も白魔法も完璧に使いこなせるし、四天王で一番の魔力と魔法攻撃力を備え、ゴルベーザさん並の耐久力もある。
 おまけに鍛練となると一切の容赦がなく、生徒は自分の限界ギリギリに挑まされ、それでいて本当に限界を越えさせないだけの判断力を併せ持ってもいる。
 だから教師としてはまったくもって適任だ。そう気づいて愕然とした私はなぜか今すぐ従姉のいる向こうの世界に帰りたくなった。

 だって、ルビカンテさんが彼女の成長に手を貸したいと思うなら私に何が言えるだろう。いや、言ってはいけないんだ。
 ただでさえ私の身勝手な偽善行為で彼らは異次元に封じ込められているのだから。
 他の人じゃなく私のそばにいて、私と話して、私を見てほしい……なんて女々しいことを言ったら、嫌われてしまう。

「私……ゴルベーザさんのとこへ行ってるので」
 どうぞ二人で稽古でも何でもしてくれと絞り出そうとするのを制止するように、ポロムがひょっこりと顔を出してレオノーラの肩に手を置いた。
「白魔法なら私が教えるわよ」
「ポロムさん……」
「ユリはせっかく会えた愛しの彼と二人きりでいたいのよ。だから邪魔してはいけないわ」
「何?」
 怪訝そうなルビカンテさんと愕然とする私を交互に見つめ、レオノーラさんはハッと口に手をあて仰天した。
「お、お二人はそういうご関係だったのですね!」
 違います。べつに嫉妬心からルビカンテさんに女の子を近づけたくないとかそんな理由で渋ってるわけじゃないです。

「ユリさん、ルビカンテさん、厚かましいお願いをして、申し訳ありません!」
「あ、ああ」
 だから違うんですってば。ルビカンテさんも動揺しつつ納得しないでください。と内心では連なる言葉がまったく声に出てこない。
 聖母のような慈愛の微笑みを浮かべたポロムは「ごゆっくり、ウフフ」とか言いながらレオノーラを連れて離れていった。
 ごゆっくりしてる暇なんてないに決まってる。これから戦いは更に苛酷になっていくのに。

 二人の姿が見えなくなるとルビカンテさんは私の目を覗き込んで直球で尋ねてきた。
「嫉妬していたのか?」
「し、」
 してないなんて言えるはずもない。どう考えてもくだらない嫉妬だ。レオノーラさんには申し訳ないことをしてしまった。
「ごめんなさい。自分がこんなに独占欲が強いなんて知りませんでした」
 もっと広くて深くて大きな器がほしい。魔物になって十四年、人間性にはまったく成長が見られない。

 自己嫌悪に俯く私の頬を両手で挟み込むと、ルビカンテさんは心の奥まで探るようにじっと見つめてくる。
「あ、あの、」
 何か言ってほしい。そんな風にただ黙っていられたらわけが分からなくなって耳の後ろまで熱くなる。
「今あちらに帰ったら、お前の本体に何をするか分からないな。お前が戻る頃には子供ができているかもしれないぞ」
「は、えっ? な、なんてこと言ってるんですか!?」
 大体あっちにいる私の本体は生命活動を停止しているらしいけれど、できるのだろうか? ってそうじゃなくて。

「……自分に嫉妬してしまいそうなので、やめてください……」
 言ってからそういう問題でもない気がしたけれど、ルビカンテさんはとても嬉しそうだった。だから、まあいいかと思う。


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