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🔖道標



 臨時の休息所で火の番をしていると、背後に気配を感じた。
 セシルたちの後方を守っていた四人衆が敵の掃討を終えて追いついてきたようだ。雑魚を片づけるだけだが、数が多すぎて思ったよりも手間取っている。
 ユリが無闇な大所帯を不満に思うのも無理はなく、この先へ同行するには力不足な者が混じってるというのが事実だ。
 こんなところまで連れてくるべきではなかった。だが、来ることを選んだのはこいつら自身でもある。

「留守を頼むといったはずだ。なぜここまでついて来た?」
 振り向かずに尋ねると四人は口々に言い募った。
「それは義を果たすためにございます」
「黙って見てられなかったんです! この月が大地に迫ってくるのを……」
「この老いぼれの命、世界のために賭してみたく」
「及ばずながら我々も御館様のお力になれればと」
 まったく、じいではあるまいし、俺は小言を吐く柄じゃねえってのによ。

「自惚れるな。未だ修行中の身だと理解しているのか?」
「も、申し訳ございません……!」
 あわてふためく気配に笑いつつ、怒っていないのがバレないように表情を引き締めて振り返る。四人は叱責されても追い払われても必ず共に行くと決意を固めた顔をしている。
 力不足なのは確かだ。しかしそれは昔の俺だって同じだった。
 今回の戦いで、こいつらも一皮剥けるだろう。無理やり追い返さないのはそれを期待しているからだ。

「だが、あてにしてるぜ。しっかり皆を守ってくれ」
「御館様!」
「ありがたきお言葉……」
「それと、一つだけ約束しろ」 
 まだまだ序ノ口。先へ進むほどクリスタルが再生する敵も強力になっていくのなら、前線組の俺たちよりもむしろ雑魚の掃討をしている奴らの方がキツくなる。
「死ぬなよ。必ず国へ帰るんだ。何があってもな」
「わ、分かりました! お館様も!」
 俺も、ね。ツキノワのやつ、どさくさに紛れて釘を刺していきやがった。言われなくたって俺もあいつらを抱えてちゃ無謀に突っ走れねえよ。

 四人は周囲の警戒にあたるため再び姿を消した。気配が消えるなり物陰からユリが顔を出す。……ニヤニヤしやがって。
「ふっ」
「何だよその顔は!」
「いえべつに。一人で突っ走って死にかけてたエッジさんがそんな偉そうなこと言うなんて、成長したなあと」
 ほらな。ああもう、昔のことを知ってる相手ってのは扱いづれえぜ。
 俺だって好きで偉そうにしてるわけじゃない。これでも王様なんだから仕方ないだろう。メンツってもんがあるんだ。

「それより、ゴルベーザにも雑魚の掃討を頼めないか? 魔道士の手があればありがたい」
 さっさと話題を変えるとユリもそれ以上からかうことなく素直に頷いた。
「そうですね。ローザがセシルのところへ戻るので、ゴルベーザさんには先行部隊に入ってもらいましょうか」
 広いうえに敵が多いんで、適度に交代しないとお互い疲労が溜まっちまう。俺もそのうち掃討戦に加わるつもりだ。
 若いやつらにもクリスタルが再生した敵と戦わせてやりたいしな。強敵と戦うのは自分自身を鍛えるのに役立つ。

 地下五階に入るとユリはまた召喚魔法を唱え始めた。今度は同時に三人だ。そのうちに四天王をいっぺんに召喚できるようになるんじゃないのか。末恐ろしい話だぜ。
 こいつの技を見てリディアは、魔力回復魔法を教わって自分も幻獣の召喚時間を伸ばしたいなんて言ってたが……。
 無尽蔵の魔力で何度も次元を越えて召喚魔法を唱えるなんてのは、それこそ魔物だからできる人外の業だろうよ。
 ユリが魔法に全力を注げるのは、精神を磨り減らすことを怖れる必要のない魔物だからだ。人間がそれをやっちまったら命を賭けるはめになる。

 勝手な話かもしれないが、俺はリディアに人間でいてほしい。だから魔物化を肯定するユリと一緒に戦わせたくなかった。こいつに倣ってほしくないんだ。
 実は魔道士を雑魚の掃討に出したいのも、リディアを強敵に当てないためだったりするんだが。
 ……あいつがいつか人間やめるとしても、もっと後でいいだろうよ。

 俺がそんな打算的なことを考えてる間に、魔方陣から人影が姿を表した。上の階でコピーと戦ったが、ゴルベーザ配下のメーガス三姉妹ってやつらだ。
「ユリ様!」
「我らをお呼び頂くとは!」
「コウエイのきわみ!」
 殺したばかりの相手と今度は仲間として相見えるのはどうも妙な気分だ。だが、ちゃんと生きているのを見ると安心する。

 上で俺が倒した子供はラグって名前だったらしい。出てくるなりユリに抱きついて上半身あたりの感触を楽しんでいる。
 なんつーか、女で子供だから許されることだな。いやべつに羨ましくはないけどよ。
「やはりユリのやわらかさも、バルバリシア様とは、ひと味ちがったよさがあるな」
「ラグ! な、なんということを!」
「ルビカンテ様のいらっしゃる時は触れさせてもらえないものねえ」
「姉者も止めてください!」
 なんでルビカンテがいる時は抱きつけないんだ? まさかこんなガキ相手にまで嫉妬してるのか、あいつ。
 ユリはラグを抱き上げてやり、あらぬ場所を触られても無視している。全然動じてないな。

 このメーガス姉妹ってやつらもベイガンってのと同じく元バロンの人間らしい。気配としては完全に魔物のそれだが、元人間だけあって言動は普通の人間と変わりない。
 ユリに抱かれてるラグも、それを叱りつつ自分で歩かせようとするドグって女も、のんびり見守る魔道士のマグも、和気藹々としてて……。
 こいつらにとって人間であることを止めるのは、やむにやまれぬ決断でも悲劇でもなく、生きていくため、強くなるための単なる選択肢の一つだったんだろう。
 もし人間の体に限界が見えたら、俺も同じように思うんだろうか。今よりもっと強くなれるとしたら、そして人間の肉体に未練がないのなら。
 ……なんてな。俺にはエブラーナ王としての責任がある。だから、そんなことを望むなんてきっと……永遠にあり得ない。

 クリスタルに近寄ると、例のごとく光を放って魔物の気配が満ち始めた。
「こ、今度は何だ!?」
「セオドア君、下がってください」
 次の相手は純粋な戦闘要員ではないとユリが言う。なら倒すのが楽なのかっていうと、むしろ逆だそうだ。
「トリッキーな攻撃を仕掛けてくるのでまともに相手をしないように。すみませんが、カインさんたちは壁になってください」
「構わんが、また俺だけ強化魔法をかけないんじゃないだろうな」
「今回は大丈夫ですよ」
 なんでも以前カインだけ強化魔法を忘れられたことがあるらしい。なんか分かるぜ。不憫というか不遇というか、それが似合う不幸というか。カインはそんな感じだよな。

 それはさておき、クリスタルによって再生されたのは痩せこけた老人とゴーレムみたいな機械仕掛けの大男だった。見た感じは弱そうだ。
 この爺さんはルビカンテ配下の技術者で、バブイルの塔を改造して大砲を取りつけた野郎だという。ドワーフを長く苦戦させたやつらだな。

 ドグが俺たち前衛に強化魔法をかける。それから今度はマグではなくユリにリフレクを唱えた。
「さ、思い切りどうぞ」
「わかった!」
 ラグが唱えたファイガはユリのリフレクに弾かれ、バハムートが放つメガフレア並の威力になって大男の巨体を焼いた。
 どういう理屈か知らないが跳ね返す時にユリの魔力を吸収してパワーアップしてるようだ。それを受け止めてまだピンピンしてる機械人形も余程だな。

 その馬鹿げた威力に呆れる間もなく、敵の爺さんが熱光線を放ってくる。
「ぐぅっ!?」
「熱っ、こ、これは……!」
 すぐさま味方の白魔法も飛んでくるが、さすがに強化魔法じゃレーザーは防ぎきれない。火傷しては治療されの応酬は長引くほど辛いものがある。
 改造した自分の体からレーザーを連射してくる爺さんに直接攻撃を仕掛けるような余裕はなかった。

「ウヒャヒャヒャ……ミタカ……ワタシノ、チカラ!」
 敵のレーザーには強化魔法を剥がす効果まであるらしく、ドグとマグは俺たちの回復と強化の張り直しで手一杯。
 俺もカインもセオドアも、降り注ぐレーザーの前に動くことさえできなかった。

「ウ、ウ……ガ……アブラ……キレタ」
 高速でフレア級のファイガを撃ちまくって大男を倒したユリたちが爺さんの方へ向き直った。
 頼むぜ。これ以上焼かれたら体が穴だらけになっちまう。
「一撃でいきます。パワーをメガフレアに!」
「いいですとも!」
 ラグの魔法に加えてユリの非常識な魔力も重ねた二人がけの魔法が、リフレクで更に威力を高められて爺さんへと襲いかかる。
「ヒャヒャヒャ……オマエタチノ……パワー……ミセテ、ヤレ……!」
 爆発の後、爺さんは一瞬で消し炭になった。むしろリフレクがあったはずのユリまで少し焦げて煙をあげていた。

「ユリ様! 大丈夫ですか!?」
「駄目ですよ、ユリ様の魔法はたまにリフレクを貫通してしまうのですから」
「ブザマだなぁ、ユリ!」
「うう、面目ない……」
 相変わらず緊張感のないやり取りをしながらマグはユリを回復してやり、これ以上彼女の魔力を奪わないためにメーガス姉妹は異次元へと還っていった。
 なんだかな。いまひとつ締まらねえが、やっぱり恐ろしいぜ。ユリを敵に回すことだけは絶対に避けたいと思う。

 クリスタルの砕けた台座の周りでまたキャンプを張ることにした。たとえ数分でも休憩をとらないと、この先で脱落者を出しかねない。
 気は急くが、焦っても空回るだけだと自分を戒める。

「なあユリ、親父とおふくろも……この先にいると思うか?」
「はい。魔物となることを受け入れずに死んだ、もう一人の彼らがいます」
 断言されて少し戸惑ったが、覚悟していたことなので衝撃はなかった。それよりも続くユリの言葉に驚いてしまう。
「やっぱり本人に対して“自分を倒せ”って悪趣味だと思うんで、あの二人の召喚は控えたいんですけど。いいですか?」
「へ……ちょっと待て、親父たちは無事なのか?」
 だって、ずっとエブラーナにいたんだぜ。

 魔物となっても祖国の守護者になることを選んだ親父たちは、ユリの仲間ではなかった。
 なのにどうしてルビカンテたちと一緒にユリの作った異次元にいるってんだ。
「見殺しにするわけないでしょう? 身内ではなくても知り合いだし、同じ魔物仲間だし」
 さも当たり前のように言われて思わずぽかんと口を開け放してしまった。

 この下で戦うであろう両親は、魔物としての生を拒んで死んだ、別の道を歩んだ末の“もしも”の二人だという。
 それが本来の道筋だったというなら、今も生きている親父たちはなぜ魔物になることを受け入れたんだろうと疑問だった。あの時は「生きていてはいけない存在だ」と言ってたのに。
 今頃、答えが分かった気がする。
 生きられなかった仲間の可能性を悼み、メーガスたちを姉妹のように受け入れ、そして仲間でもない俺の親父たちまで当たり前に守ると言うユリを見ていると。
 そう、ユリがいたからだ。魔物であっても生きる権利はあると躊躇なく言える異世界人が親父たちの心を変えたんだ。

「……なあユリ。この世界へ来てくれてありがとうよ」
「え? な、なんですかいきなり」
「お前を選んだゴルベーザにも今は感謝してる。お前がいなきゃ、たぶん俺たちはもっと多くのことを見逃して、もっとたくさんのものを失ってたんだろう」
 こいつが違う未来を示してくれたから二人は生きている。たとえ魔物と化しても、今も俺とエブラーナを見守ってくれている。
「お前がいてくれて嬉しいよ」
「うれし、い?」

 彼女との出会いが未来を変えたんだ。それは俺の両親だけじゃなく、俺の心も救ってくれた。
 目をまんまるくしていたユリは、やがて照れたのか何なのか顔を背けて俯いた。頬が赤い。どうやら礼を言われ慣れてないらしいな。
 本当に……いろんな意味で、稀有な存在だぜ。


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