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🔖決意



 砕けたクリスタルの周りにいると、他のモンスターは近寄ってこられないみたいだ。
 フロア全域の敵を掃討して安全な道を確保するために散っていた仲間たちを待ちつつ、クリスタルが再生した強敵と戦う役目の僕らは短い休憩をとることになった。

 まだ地下三階だけど、先は随分と長そうだ。青き星に接近するこの月……どうすれば止められるんだろう。
 皆が周りのモンスターを排除してくれるから、前線の僕らは強敵だけに当たることができる。それでも長引けばいずれは全員が疲れきってしまう。
 最終的な目標が見えないまま歩み続けるのはとても大変だ。
 考えるほど焦って空回りしそうで、気を落ち着かせるために焚き火の炎をじっと見つめて座っていた。

「セオドア!」
 声をかけられて振り向くと、先行して地下四階の敵を倒していたアーシュラが戻ってきていた。
「そっちは大丈夫かい?」
「ええ。敵が多くて、やり甲斐があるわ」
 明るく笑った彼女は確かに、その言葉通りまだまだ元気そうだ。雑魚は絶対に父さんたちのもとへ近寄らせないと請け負ってくれる。

「セシル様の容態は?」
「変わらないよ。でも……父さんは、何が起きてるのか、ちゃんと分かってると思う」
 呼びかけても反応はなく、僕の目を見てもくれないけど、無意識にでも隣を歩く母さんを守ろうとしているのが分かる。
 万が一モンスターに襲われても父さんは戦えるだろうとカインさんだって言っていた。
 父さんは心を失ってしまったわけじゃない。だから、それを取り戻すためにも進まなくては。

 アーシュラは僕の隣に腰掛けると、小さく微笑みを浮かべた。焚き火の明かりに照らされた横顔がやけに大人びて見えて、なんとなく目を逸らす。
「昔のセオドアは、セシル様たちの血を受け継いでいることをずっと重荷に感じてたのに。変わったね」
「……そうかもしれない」
 ずっと自分の血を誇りに思えなかった。僕を作り上げているものは父さんと母さんの威光ばかりで、僕自身なんてどこにもないと感じていたから。
「カインさんや、ビッグスさん……ウェッジさん……。父さんと一緒に戦った人たちが、教えてくれたんだ」

  本当のことを言うと今も重荷には違いない。世界を救った英雄の子供として認められるほどの力なんて無くて、周囲の期待に足が竦むこともある。
 だけど今はこの体に流れる血を疎んではいない。重荷から逃げ出したいんじゃなくて、背負う力が欲しいと願ってるんだ。
「僕は、ずっと甘えてたんだ。父さんたちが偉大すぎるから、最初から敵うわけがないんだって諦めてた。今は……ちゃんと向き合って、自分の力で父さんを越えたいと思う」
 願うだけじゃなくて、それを手に入れると誓ったんだ。

 僕をじっと見つめていたアーシュラがその視線を焚き火に向けて呟いた。
「目を背けるためじゃなくて、まっすぐに見据えるために壁はある、か」
「え……?」
 何か考え事を振りきるように首を振ると、アーシュラは立ち上がった。
「大丈夫。セシル様は、きっと戻ってくるわ」
「……うん。ありがとう、アーシュラ」

 階段を降りると、地下四階にも上のエリアで見たようなクリスタルの台座があった。
 次の敵は魔法を防ぐ障壁を持っているとかで、ゴルベーザさんの指示によりパロムさんと交代してアーシュラが戦闘に加わることになった。
 そしてゴルベーザさんも後退して父さんの補助に向かい、彼らの代わりに母さんが僕たちの支援に入る。

 ユリさんが召喚魔法を唱えた。さっきはバロンの近衛兵の格好をした人だったけれど、今度は機械でできたゴーレムのような人型の魔物が現れる。
「あれ、バルナバだけ? ルゲイエさんは?」
「ウガ……オヤジ、イソガシイ……ヨビダスナ」
 それだけ言うとバルナバと呼ばれたモンスターは光に包まれて消えていった。
「……」
 ユリさんは呆然と彼の消えた辺りを見つめている。えっと、召喚魔法って、幻獣が言うことを聞いてくれずに還っちゃうこともあるんだ?

「ルゲイエさん、一ヶ月おこづかいなし」
「それだけか、甘いな」
「いいです、えげつないお仕置きはルビカンテさんたちがやっといてくれるので」
 カインさんがやれやれと肩を竦めている。どうやら今回、ユリさんの仲間は召喚できなかったみたいだ。

 近づくとクリスタルは光を放ち、その中から三つの人影が現れる。
「相手は……三人!?」
 アーシュラが身構え、カインさんとエッジさんも武器を抜いた。
「あれは、マグと妹たち?」
 女性が三人。大柄の白魔道士らしき相手をマグと呼んで母さんが驚きに目を見張った。
 さっきのベイガンさんは以前ユリさんが言ってた「勧誘して魔物に変えた人」だったらしいし、この三人もそうなのかもしれない。

 背の高い女性がマグにリフレクをかける。それを見た母さんが慌てて僕たちにシェルを唱えた。重ねるように強化魔法を唱えつつユリさんが言う。
「攻撃力を凄まじく上げるので、素早く……できれば痛くないように、倒してあげてください」
 彼女の魔法が届いた瞬間、激痛が体を走った。
「ぐっ……!?」
 無理やり筋肉が引き絞られるような痛みのあとには全身がエネルギーに満ちてくる。見ればカインさんやアーシュラたちも同じ魔法をかけられていた。

 剣を握って跳躍する。振り抜いた剣は空気を切り向こうの壁にまで傷をつけた。確かに凄まじく攻撃力が上がっているみたいだ。
 小さな女の子がリフレクのかかったマグに黒魔法を放ち、跳ね返された魔法が次々とこっちへ飛んでくる。
 マグは他の二人を回復し、背の高い女性は傷を厭うこともなくまっすぐに僕らの方へと突撃してきた。

 なんて息の合ったコンビネーションなんだ……! とにかく回復を止めさせないと、長期戦になってしまう。
「アーシュラ!」
 僕の呼ぶ声に合わせて彼女が頷く。僕が盾を構えたまま体当たりをして回復魔法を中断させると、同時にアーシュラが渾身の拳を叩き込んだ。

 魔法の止んだ一瞬の隙をついてカインさんの槍が一人を貫く。
「ドグ殿、悪く思うなよ」
「ワレラ……イシノ、ナイ……コピーニハ……ナラヌ!」
 さらにエッジさんの刀が一人を切り裂いた。
「後味悪いな、くそっ!」
「ア……アネジャ……」
 そして母さんの放った矢が、正確に心臓を射抜いた。
「マグ、ごめんなさい」
「ソレデ……イイ……」

 強化魔法が解けてまた身体中に痛みが走る。顔をしかめながらアーシュラが呟いた。
「今のが、父上も苦戦した……メーガス三姉妹……」
「ユリ、本当に彼女たちは生きているのよね?」
「はい、次のエリアで喚ぶつもりです」
 力を使い果たしたクリスタルが砕け散る。ユリさんは蒼白な顔でそれを見ていた。

 上の階で戦ったベイガンさんという人も、今のメーガス姉妹も、父さんのかつての敵でありユリさんの仲間だ。
 彼女たちは皆、ユリさんに守られて生き延びた。今も異次元で待っていてユリさんに召喚されると僕らを助けに来てくれる。
 でも今しがた倒したのも、違う道を歩んだ先にいる彼女たち本人だという。誰にも守られることなく、父さんの敵として死んだ架空の未来を再現した姿だった。
 エッジさんではないけれど、確かに後味が悪い。こんな調子じゃ精神的に辛い戦いが続きそうだ。

 カインさんが心配そうに大丈夫かと声をかけると、ユリさんは硬い笑顔を見せた。
「私は大丈夫です。この怒りは元凶を八つ裂きにして晴らすので」
「あまり憎しみを増幅しないでね。あなたがゼロムスみたいになったら私たちでも倒せないわよ」
「ローザ……笑えん冗談はやめてくれ」
 母さんの言葉を聞いてふと思う。クリスタルが再生するのは“敵として死んだ場合の彼ら”……だったらなぜユリさん自身は再生されないんだろう。
 もちろん再生されてほしくなんてないのだけれど。ユリさんには“敵として死ぬ”という選択肢がなかったんだろうか?

 実は魔物だったという他にも彼女については知らないことがたくさんあるみたいだ。
 とにかく、僕にはまたひとつ強くならなければいけない理由ができた。
 対峙した相手に苦痛を与えないために。できるだけ、素早く……痛くないように、彼らを解放するために。もっと速く、鋭く、強くなりたい。


🔖


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