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🔖なくした良心



 セシルと戦ったことか、それともローザに触れたことか、どちらが起点となったのかは分からないがようやくカインは意識を取り戻した。しかし肉体の主導権は相変わらず俺にある。返し方が分からないのでどうしようもない。
 風のクリスタルを奪い去り、ローザを連れ去ったことにカイン殿は御立腹の様子だった。
『リツ! なぜだ!?』
「なぜも何も。ローザを我が物にしたかったんだろう? この展開は願ったりじゃないか」
『馬鹿な……、クリスタルの強奪に手を貸し、セシルに剣を向けるとは……!』
 確かに、霊に取り憑かれて親友と戦わされたなんてことになれば怒るのも無理はないが。
 そもそもセシルを殺そうとしたのは俺じゃなくてカインの意思だと思うぞ。ファブールの僧兵を殺した段階では俺が体を制御していたが、セシルと戦い始めてからは勝手に手足が動き出したからな。
 彼の怒りは我がことのように感じていた。友情を理由に戦いを拒否したあの時のセシルはつまり、カインを競うべき相手と認めなかったも同じだ。剣を取るほどの脅威もない。男として、敵ではないと。
 ローザの想いを尊重して大人しく身を引いてしまったのが裏目に出たのだろうな。セシルはカインをライバルだと思っていないんだ。

 カインもセシルと同じくバロンを出ると決意していたので、元の陛下の仇を討つべくゴルベーザに刃向かうか、俺も少しは悩んだ。しかしその結論には到らなかった。
「俺は近衛だ。王に従い、その身を守るのが使命だからな」
『陛下が道を踏み外したなら諫めるのも俺たちの義務だろう』
「何を根拠に道を踏み外したと思うんだ」
『ではリツ、お前は今の陛下の命令に従えると言うのか?』
 たとえ玉座に腰かけているのが俺を殺したモンスターだとしても、今はそいつがバロンを治める王だ。そしてその背後にいるゴルベーザこそが真なる支配者だと言えよう。
 俺にとっては……ベイガンの仕える人物こそが俺の守るべき人なんだ。
 セシルが己の正義のために国を捨てたように、俺は仕事のために正義を捨てる。ただそれだけのことだ。その行いが正しいかどうかなんて考えるのは俺の役目ではない。
「ところでゴルベーザのことは覚えているか? 赤い翼の新隊長だ」
 俺がミストを去ってバロン城に戻った時、カインは気を失っていた。しかし俺が体験したことは肉体の持ち主としてなんとなく感知していたようだ。
 バロンに入り込んだゴルベーザのことも、ローザがセシルを追って砂漠に入り、熱病に倒れたことも。そして俺がゴルベーザに従うと決めた心の動きも、ある程度は。
「彼はバロンに通じている。あなたの故郷に戦う強さを与えてくれる人に、逆らう理由があるのか?」

 ミシディアの魔道士を襲い、ミストの村を焼いたのが気に入らないのか。ダムシアンを爆撃し、ファブールからもクリスタルを強奪したのが悪行か。
 そんな程度のことならば魔物でなくともやっているぞ。むしろ“戦争”は人間の本分だ。
 国王なんて外敵を殺して我が身を富ませるのが仕事なのだ。ずっと中央にいたセシルやカインには実感がないのかもしれないが、バロン王もかつてはナイトとして名を馳せる戦士だった。……彼が誰と戦っていたと思っている。
『……リツの所領は、北の国境にあるのだったか』
「そうだ。祖父の代でうちも“バロン王国”になったんだ。父上は俺と相棒を連れて城下に屋敷を構え、竜騎士団に入団した。領地を守るために負った傷が癒えずに、すぐ亡くなったけどね」
 俺の成人を待たずに祖父も儚くなり、ベイガンが後見人となってくれなければ我が家は陛下に接収されるところだった。
 べつに恨みなどない。領地争いなど先祖代々の伝統行事だし、バロンに取り込まれてからは五月蝿い周辺領主を黙らせることもできたのだ。
「陛下が奪ったもののお陰で育まれた身で、今さら“奪うのが悪だ”とは傲慢に過ぎないか?」
『……それは』
 罪なき人々を苦しめるのが正義に悖るというのなら、どんな力で大切なものを守るんだ。誰も愛さず何も求めず生きるのが正しいとでも言うつもりか。

 ゴルベーザの行いはバロンの利になっている。彼はいずれ国を切り捨てるかもしれないが、それならまたその時に身の処し方を考えればいい。たぶん俺は、彼について行くだろう。
 しかしカインの意思もある程度は尊重するつもりだ。これは彼の体だからな。
「何にせよ、ローザはこちらの手中にある。セシルは彼女を守れなかった。それが一つの答えになるんじゃないか?」
『……俺、は……ローザを奪うつもりなど』
「惚れた女が親友に心を寄せていたとしても、あなたの想いが罪になるわけじゃない」
『……』
「誰かを好きになること、彼女を奪った男を憎むことは、恥ではないよ」
 嫌われるのが恐いか。友情を失いたくないのか。このままぬるま湯に浸っていても両方失ってしまうだけではないかと俺には思える。憎んでしまえよ。それでセシルがどうするとしても、きっと何かは変わるだろう。
「できないなら眠っておけ。あなたは今、俺に操られているのだから」
 これは経験談だが、肉体の制御をせず精神だけの存在になれば考える時間は余るほどある。ゆっくり自分の心と向き合ってみればいい。その間、行き場のない憎悪は俺が引き受けてやろう。

 ファブールを脱すると、ゴルベーザはバロン城ではなく空に浮かぶ不思議な塔に俺たちを連れてきた。ローザはここに監禁しておくことになる。彼女の母上に言い訳しなくて済むのはありがたい。
 太古の遺産である、この機械仕掛けの塔の名はゾットというらしい。魔法を使って飛んでいるのだとは思うが飛空艇とは桁違いの大きさだ。どうやってエネルギーを供給しているのか。
『こんなものが空に浮かんでいたとはな……』
「魔法で外からは見えなくしているのかもしれない」
 ゴルベーザほどの魔道士ならば可能だろうと言うと、カインはさすがに絶句していた。それに加えてあの人は機械にも強いから反則だ。赤い翼を難なく操縦していたし、整備もできるし改造までこなすのだ。
 未だ反抗的な姿勢を崩さないシド一派を除く飛空艇技師の心を掴むことができたのは、精神支配の力だけのお陰ではなさそうだった。ゴルベーザ自身の高い技術力が技師たちの尊敬を得たのだろう。
 バロンの機械技術は他国に比べてもかなり進んでいる。それを遥かに凌駕するゴルベーザの知識と能力は謎めいていた。
 彼の故郷とはどこにあったのか。どんな場所だったのか。……どうしてなくなってしまったのか。自暴自棄にも似たあの破壊の欲求は、帰る家がないことに由来しているのかもしれない。


🔖


 10/24 

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