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🔖対峙



 魔導船が不時着したのは小高い丘だった。サイトロを唱えると遠くに洞窟が見える。あれがラストダンジョンだろう。
 総勢二十三人もの戦士たちが月面に降り立ち、見た目だけは壮観だ。
 前回は五人だったのにこれほどの大人数が必要な今作のラスボスは余程の強敵に違いない。
 ……と身構えていたらゴルベーザさんは「私一人でも倒そうと思えば倒せる」と言う。じゃあ何のために大勢で来たの?

 なんにせよ味方が多すぎて緊張感の欠片もない。遠足気分でいたら隣を歩くゴルベーザさんに頬っぺたをつねられた。
「ユリ、また顔が緩んでいるぞ」
「うっ? き、気のせいですよ」
 慌てて歯を食いしばって顔に力を入れる。魔導船でルビカンテさんの召喚に成功して以来、無自覚だけど私はずっとニヤついているらしい。
 だっていつでも会えると思ったら気持ちが楽になって……嬉しいんだもの。ゴルベーザさんはそれを見て私をからかうのだ。

 表情を引き締めて歩いていたら視線を感じて辺りを見回した。眼鏡の美人秘書が目を逸らしたので、どうやら私を見ていたのは彼女らしい。
 ハルさんは私を憎んでいる。ゴルベーザさんではなく、実際にかつてダムシアンを襲撃した“ユリ”のことを。だから彼女のことは気に入っている。
 他の事情を知らない人も彼女のように真実を知るべきだ。

「いっそセオドールさんって呼ぶように徹底した方がいいでしょうか」
 そうすれば彼が“ゴルベーザ”だったことなんて忘れられていくんじゃないかと企んでみる。でもゴルベーザさんは反対らしい。
「私にとっては、ゴルベーザでいた日々も長いからな」
 ……じゃあ勝手なことはできないよね。

 両親にもらった“セオドール”の名も、それを守るために受け入れた“ゴルベーザ”の名も、どちらの名前も現在の人格形成に重要な役割を果たしている。
 彼にとってはゴルベーザも大事な自分自身だ。
 やっぱりあの頃、“黒い甲冑ゴルベーザ”を連想させない適当な偽名を作っておけばよかったのかなぁ。

 しばらく歩いて洞窟に到着した。ダンジョンの入り口にワープ装置があり、その先にはなんと月の地下渓谷を模したエリアが広がっていた。
 敵はどうやら前回の戦いを再現したいらしいけれど、こんな風景まで再現する必要があるんだろうか。遊んでるとしか思えない。

「やたらと広いな……」
 複雑なダンジョンを見回してゴルベーザさんが呟いた。
 彼は向こうで月の帰還(今はリメイクされてガラケー以外でもプレイできるらしい)の攻略を覚えてきたらしいけれど、立体化されるとマップも分からなくなるそうだ。
 そりゃあ、ゲームでは現実に存在するはずのものが省略して表現されているだろうし、ゲーム画面と現実の風景を照らし合わせるのはほぼ不可能だと思う。ドット絵のゲームは特に。
 でも、広すぎて困るというのは確かに同感だ。

「こりゃあ、手分けした方がよさそうだな」
 エッジさんの采配でパーティ編成が行われる。先陣を切るのはセオドア、カインさん、エッジさんに火力のあるゴルベーザさんとパロム。
 ローザとセシルは後ろからゆっくり来てもらうとして、旧作ラスダン脱落組のヤンやシドたちに彼の護衛を頼み、新キャラ軍団には雑魚の掃討をしてもらうことになった。

 階段を見つけてはどんどんダンジョンを降りていく。敵の強さは大したことないけど単純に歩き疲れる。魔道士組とかシドとかダムシアン主従とか最後まで行けるのかな。
 体力の劣るメンバーにリジェネを配りつつ更に進む。次のエリアに降りる階段の近く、何か汚いものが散乱していた。
「この黒い破片は……?」
「セオドア君。ばっちいから触っちゃダメですよ」
「わ、分かってます!」
 子供扱いしないでくださいと憤慨するセオドアの横からパロムがそれを覗き込む。鉱物っぽいけど何だろう。

 黒は黒でも黒曜石のような美しい輝きはなく、なんていうか炭っぽい。あまり触りたくない感じだ。
「これ、クリスタルじゃないか? エネルギーが消えてるみたいだけど」
「クリスタルの破片……敵が魔力を奪い取ったんでしょうか」
「問題はそいつを何に使ったか、だな」
 そりゃあもう、あれでしょう。思わずゴルベーザさんの顔を見上げると彼も察して頷いた。

 地下二階フロアを歩きながらゴルベーザさんが小声で囁く。
「シナリオ通りなら三階にベイガンのコピーがいるはずだ」
「いよいよですか」
 皆が敵に奪われていたのなら戦うのを躊躇するところだけれど、本人がバブイルの異空間にいるのは分かっているから安心できる。

 まず自分にリフレシュをかけてから、次元を隔てたバブイルの塔へと呼びかけ、ベイガンさんを召喚する。現れるや否や彼は優雅にバロン式のお辞儀をした。
「ユリ様、お呼びいただき光栄です」
「いえ。私こそ自分で立てた予定を狂わせて申し訳ないです」
「あの封印が我々を守るためのものだとは承知しております故、お気になさらず」
「あ、ありがとう」
 にこりと微笑まれて、久しぶりなので妙に照れてしまった。

 皆を異次元に避難させた時、自分が何を考えていたのか完全に思い出せたわけではない。
 でも本当はもっとうまくやれる予定だったんだ。閉じ込めてしまうはずじゃなかった。彼らの自由を阻害するはずでは……なかった。
 そのことはずっと気になっていたから、皆が分かってくれてて嬉しく思う。いい仲間を持ったなあ、私。

 自動でMPを回復しているとはいえ、召喚を維持するための消費量の方がやや上回っているようだ。
 ベイガンさんはなるべく私に負担を与えないよう変身せずについて来てくれる。次からは戦闘の直前に召喚するのがいいかもしれない。

 地下三階を目前にして眉間にシワを寄せたパロムが私たちの方へと寄ってきた。
「おい、そいつは昔バロン城で戦った野郎だろ。生きてたのかよ」
「え、倒せたと思ってたんですか?」
「……なんかユリっていちいち俺に突っかかるよな」
「ああすみません、反抗期の子って可愛くてつい」
「…………!!」
 絶句したパロムをベイガンさんが鼻で笑い、更にパロムが怒って一戦勃発しそうになったのを慌てて止める。
 せっかくゲームと違って殺し合いをせずに済んだ仲なのだから、もうちょっと平和に過ごしてほしいです。

 三階に降りると大きな祭壇があり、真ん中にクリスタルが浮かんでいた。それは私たちが近づくと光を放ち、濃厚な魔力が辺りに渦を巻く。
 こうやってクリスタルのエネルギーを使ってたんだ。戦闘が終わったらこれも割れるだろう。でも上に落ちてた破片はなぜ既に砕け散ってたのかな?
「この気配は……」
「魔物の匂いがするぜ!」
「いよいよ敵主戦力のおでましってか」
 パロムがはりきってロッドを構え、セオドアとカインさん、エッジさんも前線に駆け寄ってくる。全員が戦闘態勢に入ったところで彼が姿を現した。

「ワタシハ……クリスタルカラ……サイセイ、サレタ」
 さすがベイガンさん、自己紹介までしてくれるなんてコピーも物腰が丁寧だ。
 自分とまったく同じ姿の人間を前に、こっちのベイガンさんはとても冷静に頷いている。
「ふむ。どういうわけか、あれも私本人のようですな」
 ……そうなんだよね。困ったことに。
 再生されるべき本人が生きていればこの戦闘はスキップされるか、もし現れるとしても謎の少女たちのような中身のない木偶人形だろうと思っていた。
 でも目の前にいるのは紛れもなくベイガンさんだ。声も見た目も、魔力も気配も、その精神までもそっくりそのままベイガンさん本人なのだ。

 敵意があるとはいえ味方側に立っている人と同じ姿をしたものに、セオドアたちは攻撃を躊躇っている。すると「早く倒せ」と言わんばかりにあっちのベイガンさんは魔物形態へと姿を変えた。
「タノ、ム……ワタシノ、イシキガ……アルウチニ……」
「では紛らわしいので私はこのまま戦いましょう」
「え、」
 ちょっと待ってと言う間もなくベイガンさんは魔物の自分に攻撃を開始、躊躇なく左腕を切り落とした。
 痛い! たとえ敵でもベイガンさんが攻撃されてるのはなんか嫌だ! まあ攻撃してるのもベイガンさんなのだけど……。

 本人の行動に勇気づけられてセオドアたちも戦闘を開始する。私はつい敵のベイガンさんを回復したくなる衝動を頑張って堪えていた。
 たまに苦しげな表情を浮かべて魔法を放つだけで彼はろくに応戦しない。こっちの戦力過剰な面もあるけれど、それにしたって一方的すぎる。
「なんか弱くないですか?」
「申し訳ございません、ユリ様」
「いやそうじゃなくて、同じベイガンさんなのに実力差がありすぎるような」
 適正レベルなんてとっくに越えている。だからこそ、四天王やベイガンさんたちが敵に奪われるのを恐れていた。
 でも彼は……“今”のベイガンさんではなく、私が勧誘したばかりの頃、“昔”のベイガンが再現されている?

 剣に打たれ刀に斬られ槍に突かれ魔法で焼かれ、あっちのベイガンさんはついに力尽きて倒れた。ついにというかほぼ即死だったけど。
「……ワタシハ……アナタガ、アユマナカッタ……ミライ……」
 消滅する寸前に彼が呟いた言葉を受けて、ゴルベーザさんも驚いていた。
「歩まなかった未来……どういうことだ?」
 カインさんに聞かれてベイガンさんが少し考え込む。

「確かにベイガンさん本人でしたよね」
「ええ、あれは間違いなく私自身でした」
 それにしては躊躇なく斬りまくっていたけど。自分の顔をしたもの相手に戦うのって普通は嫌だと思うけど、ベイガンさんだからなぁ。
「推測ですが、ユリ様がこの世界におられなかった場合の私が再生されたのではないかと」
「……なるほど、それはあり得る」
 つまり今のは“セシルに殺されたベイガンさん”だったのだ。だからレベルも当時の、正規のシナリオに合わせた状態になっている。

 私がシナリオの細部を弄ったけれどクリスタルには通常のゲーム進行が記録されていたってことか。それであの少女の言葉も腑に落ちる。
 クリスタルが再生するのはパラレルワールドの四天王やベイガンさんたちだ。
 というか私の行動のせいで派生した現在の世界こそがパラレルワールドなのかな。

 単なる模造品の方がまだよかった。別の存在とはいえ、ある種の本人には違いないので戦うのは気が進まない。
「じゃあ……次はダークエルフですか」
 憂鬱な気持ちで呟いたらゴルベーザさんは「いや違う」と首を振った。
「次はメーガス三姉妹だ」
「えっ」
 いくら影が薄いからって飛ばされるなんてひどい。ダークエルフもちゃんとした中ボスなのに可哀想だ。と思ったらパロムが横から口を挟んできた。

「ダークエルフってやつなら俺とレオノーラが磁力の洞窟で倒したぜ」
「ああ、そうだったんですか」
 それなら上の階で砕け散っていたクリスタルはダークエルフを再生したものだったのかもしれない。
 確かに前回の通りならベイガンさんよりスカルミリョーネさんの方が先のはずだし、順番は関係ないようだ。

 先へ進む前に、魔力温存のためベイガンさんを送還する。
「では次に召喚されるのはメーガス殿ですかな?」
「うーん。本人同士戦わせるのもあれなので、ルゲイエさんを呼びましょうか」
 そしてルゲイエさんとの戦いでメーガス姉妹に暴れてもらおう。三人同時に召喚するのはまだ厳しいかもしれないし。
「承知いたしました。ではルビカンテめに確と伝えておきます」
「えっ? なんで……もしかしてルビカンテさんは今回呼ばなかったこと怒ってるんですか?」
 召喚した時と同様にこりと微笑むと、質問に答えないまま一礼してベイガンさんは異次元に還ってしまった。

 ……魔導船で試した時は詠唱途中に揺れまくって乗り物酔いの真っ最中だったし、リフレシュをかけ忘れていたからすぐ魔力がなくなってしまったし。
 ろくに話ができないままルビカンテさんは魔力切れ寸前の私を気遣って自ら送還されてくれた。
 にもかかわらず次に呼び出したのはベイガンさんで、このあとはルゲイエさん。怒っている可能性は高い。
 どうしよう……ルビカンテさんを召喚するのが怖い。


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