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🔖風雲



 大変なことに気づいてしまった。もしや現実世界からレシピを持ち込めば、ユリに向こうと変わらぬ料理を作ってもらえるのではないか?
 ものによっては材料を探すのが少し難しいだろうが、うまくやればこちらでも現代日本並みの食事にありつけるはずだ。
 早速試してみたい。しかし、寸でのところで思い止まった。
 兄として伯父として、セシルとセオドアが苦境にあるのに私だけが飽食するのは如何なものか。

 今この船にはエブラーナ四人衆とハルが乗っているが、これから更に増える予定だ。食糧については悩みどころだった。
 普通に全員集合させるつもりでいたのだが、23人もの食糧を一体どうやって賄えばいいのか疑問に思う。
 いや、カルコブリーナとユリは食事を必要としないので省けるが、それも誤差の範疇だ。
 月には精鋭だけを連れて行き他のメンバーは残って青き星を守るという手もある。しかし例のボスラッシュのために人手はいくらあっても足りない。
 まったくもって悩ましい。四天王とその配下が揃っていれば、私とユリだけでも月に行けたであろうに。

 ファブール城に到着すると、城門前で警戒していた僧兵に誰何される。ダムシアンに比べると防備に割けるだけの軍が揃っているようだ。
「何奴!?」
「待て! この方たちはもしや……」
「リディア様に、エブラーナ王、エッジ様!」
 無礼を詫びる門番に微笑み、リディアが前に出る。
「月が接近し、各地で異変が起こっています。ファブール王にお会いできますか?」
「そ、それが……その、ともかく王妃様とお話しください!」
 なにやら言い淀む門番に促されて城内に入ると、そこにはシルフたちがヤンの姿を求めて徘徊していた。

「シルフ! 私よ、リディアよ!」
「……聞こえてねぇな。これもあの月のせいか?」
「そんな……」
「まずは謁見の間へ。王妃に話を聞こう」
 アントリオンのように襲いかかってはこないようだが、あまり刺激したくない。
 愛する男を守らんとする女は恐ろしい力を発揮するからな。

 半狂乱のシルフを避けて城内を進む。幻獣のお陰で魔物が近寄って来ないという利点もあるようだ。
 仮にリディアが彼女らを連れて行っても、ファブールならば自衛能力はあるだろうが。

 城に満ちた風の気配を感じ取りながら私の隣でユリが悲しそうにため息を吐いた。
「風のクリスタルがあったとこだし、バルバリシアさんがいないかと思ったんですけど」
「ユリ……」
 落胆せずともエブラーナでルビカンテに会えるはずだ。おそらくはクリスタルによって再生された紛い物ではなく彼自身の意思に。
 うまくいけば彼らがどこにいるのか尋ね、ユリの欠けた記憶の謎も解けるだろう。彼女にはそれまで待ってもらわねばならない。

 私の予想では四天王以下ユリの仲間たちはバブイルの塔にいるはずだ。しかし今あの塔は、起動した次元エレベーターの影響で強力な結界が張られている。
 どうすれば再会できるのか、確かなことが分かるまでは勝手な憶測でユリを惑わせたくなかった。

 謁見の間では王妃と共に先王らしき老人と大臣が待っていた。玉座は空のままだ。
「シーラさん! ヤンはどこに行ったの? どうしてシルフたちが……」
「リディア……せっかく来てくれたのに悪いんだけど、生憎あの人は留守だよ」
「姫さんの姿も見えないようだが?」
 エッジの問いかけに王妃は沈黙する。彼女に代わって先王と大臣が言葉を継いだ。
「二人はバロンに向かって船を出したのだ。しかしそれきり連絡が途絶えている」
「隕石が降り始めたと同時にシルフたちが現れました。彼女らは陛下の身を案じているようなのですが……」

 重くなった空気を払うように王妃が笑みを浮かべた。
「なーに、心配ないさ! あの人のことだから、きっとどっかで踏ん張ってるんだよ」
 あの二人はカイポにいるのだったな。ミシディアへ行く前に南下して寄っておくとしよう。
「シーラさん、ヤンとアーシュラは私たちが必ず見つけます!」
 心配だとは口に出せない王妃が目を潤ませてリディアに頷いた。

 やらねばならないことが次々と増えているようだが、実質やることは変わっていない。幻獣集めも仲間集めも同じ作業だ。
 世界一周をするのは難儀だがユリのテレポがあればかなりの時間を短縮できるだろう。
「ヤンとアーシュラを見つけたらシルフが召喚できるようになるんですか?」
 小声で尋ねたユリに頷く。
「そういうことだ。ちなみに二人はカイポにいる」
「分かりました」

 見た限り、シルフはマイナスどもに操られているわけではなさそうだ。つまりヤンが心配で勝手に発狂していると。
 嵐の気性を持つ女は空恐ろしい。きっとリツも風属性に違いないと密かに思った。

 密談を交わす私たちをよそに、王妃は例のアイテムを取り出してリディアに渡した。
「これを持ってお行き。私の代わりに、あの二人に喝を入れてやっとくれ」
 包丁がないせいかエッジは不満そうな顔をしているが、逆になぜエブラーナから持ってこないのかと聞きたかった。

「そんじゃ、どっから探すよ?」
「船でバロンに向かったならどこかの港にいると思うんだけど」
 さて、私としてはヤン父娘の居場所を知っているのだが、二人に「なぜ知ってるのか」と不審がられずにカイポに向かうにはどうするか。
「シルフが彼らの居所を探し当てているやもしれぬ。ユリ、ここ以外の場所にいるシルフの気配を辿れるか?」
「やってみます」
 仄めかした行間に気づいて、ユリはファルコン号ごと私たちをカイポの町へと転移させた。本当に、凄まじい魔力を得たものだ。

 いきなりの転移に目を白黒させていたリディアとエッジだが、町を見て我に返った。
「ここは……カイポ? 見て、シルフがいるわ!」
「ヤンたちがここにいるのか?」
 道行く者に尋ねたところ、東の船着場に流れ着いた父娘が近くの家に運び込まれたという。私たちは急ぎその家に向かった。
 ベッドに寝かされていたのは確かにヤンとアーシュラ。思いの外、衰弱している。これを殴っていいものだろうか。
「アー……シュラ……」
 呻くように娘の名を呼ぶヤンを見てエッジは躊躇っている。
 やはり昏睡している病人を思い切り殴るのは気が引けるようだ。前作で躊躇なくやってのけた我が弟の心性が不安になった。

 念のためユリが回復魔法をかけるが、やはり効果はない。
「えーい、仕方ねえ。リディア、そっちは頼むぜ!」
「う、うん。分かった!」
 さすがに少女を殴るのだけは無理だったらしく、エッジはお玉をリディアに手渡した。
 二人がそれを振りかざした瞬間、私の後ろでユリがぽそりと「お二人の初めての共同作業です」などと言ったせいでエッジのタイミングがややずれる。

 かなり痛そうな音がした。これは本気でやらねば目覚めないシステムなのだろうかとつられて痛みを感じながら思う。
「……うーん……シーラ……もうしばらく寝かせ……」
「んー……母上……まだねむ……あ、あれ?」
 似たような寝言を呟きつつ、似た者父娘は揃って寝ぼけ眼をこすりながら体を起こした。
「二人とも、目が覚めた?」
「リディア……エッジ殿!?」

 若干へこんでしまったフライパンをしげしげと眺めながらエッジも呆れ混じりに呟いた。
「これが家族の絆、ってやつか」
 むしろパブロフの犬ではないだろうか。毎朝これで起こされていれば自然と慣れる。この痛みでなければ目が覚めない体になっているのかもしれない。

 二人の目覚めた気配を察して、外にいたシルフたちが部屋の中に現れる。
「ヤン……あなたはそんなにもこの子が大事なのね」
「悔しいけど、家族を想うヒトの心には敵わないわ」
「でも、もう無茶はしないで。私たちも力を貸すから!」
「シルフたち……かたじけない!」
 無事にシルフの力がリディアに戻ったところで、ヤンとエッジは今までの経緯を報告し合った。

 幻獣王までも敵の手に落ちていると知らされリディアは項垂れる。
「心配すんな。その程度の絆じゃないだろ?」
「……うん。ありがとう、エッジ」
「おう……」
 珍しく自分に向けられた微笑にエッジが頬を染めたところで、私はふとユリの姿が見当たらないことに気づいた。
 いつの間に部屋を出たんだ?

「ではそなたらもバロンへ?」
「ああ。だが今のバロン城はバブイルの塔と同じ輝きに守られている」
「結界を突破するために、幻獣たちの力が必要なの」
 ならばとヤンはベッドから立ち上がろうとした。
「私も行こう」
「父上!」
 傷の痛みに顔をしかめ、傾いだ体を娘が支えるが、弱味を見せたくないのかヤンは頑なにアーシュラの手をはね除けた。
 見兼ねたエッジがヤンの腕を取り立ち上がらせる。

「来てくれると心強いが、あんたの出番はまだないぜ」
「し、しかし……」
「今は養生しておけ。そこの娘さんや、カミさんのためにもな」
「エッジ殿……すまない……」
 父を想う娘の姿も、それに照れる父の姿も。家族を想う姿というのは見ているだけで暖かな気持ちと共に苦い記憶をも掘り返され……苦手だ。
 彼らに気づかれないよう私も部屋を出た。

 さて、エッジがフライパンを振りかざすまでは確かにそばにいたのだが、一体どこへ消えたのかと思っていたユリが小走りに駆けてきた。
「あ、セオドールさん、服を買っておきましたよ。サイズは変わってませんよね?」
 心臓が跳ねる。目を背けたはずの記憶が再び蘇った。
『セオドール、新しい服を買ってきたわ。あなたはどんどん大きくなるわね』
 遠き日に喪われ、二度と聞こえぬはずの、声が。

 顔には出さなかったつもりだが、私の記憶も感情も我が物のように熟知している彼女は敏感に変化を察していた。
 そして私も彼女の心を知っている。なぜ助けを求めた私の手が彼女に届いたのか。その絶望の根源を、彼女自身の肉体の中で感じていた。

「次はどこに行くんですか?」
 この後はミシディア、アガルトと回ってからエブラーナへ行き、最後にトロイアに立ち寄ってからミストに戻る予定だった。しかし……。
「エブラーナへ行こう」
「分かりました。じゃあアーシュラたちを乗せたら飛空艇ごとテレポしますね」
 さくさく終わらせてセシルとセオドアを取り戻しましょうとユリは笑った。
 そうだな。早く行ってルビカンテを取り戻さなくては。私たちの家族のために、立ち止まっている暇はない。


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