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🔖疑惑



 ファルコンを駆り、あたしたちはダムシアン城にやってきた。
 また来るって分かってたらここで待機してたのにとユリがぼやいている。
 彼女はつい先日にもセオドアと一緒にここに来たらしい。その時は住民もどこかへ避難してて、クリスタルを奪いに来たバロンとの交戦もなかった様子だったとか。
「閑散としてるが、奥に人の気配はあるみてえだな」
「急ぎましょう!」
 ここの王様と親交の深いリディアとエッジが率先して無人の城門を潜り抜ける。
 その先にある中庭では、兵士じゃなくて巨大なモンスターの群れが迎えてくれた。
 
「アントリオン! どうして城の中に……」
「こいつらがダムシアンを落としたのか?」
「この子たちは大人しい生き物よ。人に危害を加えるはずないわ」
 リディアの言葉にセオドールさんが空を見上げた。
「やはり、あの月のせいか」
 このアントリオンってやつも月の魔力に惑わされて暴走してるのかもしれない。
 ただでさえ魔物が増えて困ってるのに、それが皆こんな風に暴走し始めたら世界がめちゃくちゃになっちゃうよ。

 すると近くにいた一匹が侵入者に気づいてこっちへ向かってきた。
「わわ、来ちゃったよ?」
「こうなりゃ殺るか殺られるかだな」
 先手必勝と刀を抜く寸前、ユリが足払いをかけてエッジは吹っ飛んだ。……え、足払い、だよね? なんであんな、壁に激突するほど飛ばされたんだろ。
 ちょっと城壁を凹ませておきながらすぐに復活したエッジは、噛みつかんばかりの勢いでユリに食って掛かった。
「てっ、てめえ、なんってことすんだよ! 死ぬかと思ったぞ!」
 詰め寄るエッジを無視してユリはアントリオンに向かって魔法を唱え始める。

 攻撃魔法かと思って慌てたけど、違うみたいだ。彼女の放った光に包まれてアントリオンたちは次々と姿を消した。
「転移魔法で脱出させる、か」
 神妙に呟いたセオドールさんの言葉に頷いて、ユリはチラッとエッジを見る。
「巣に帰します。それでいいでしょう?」
 やっぱり魔物相手には優しいんだ。まあ本当は大人しいモンスターだっていうなら倒すのも気が引けるし、戦わなくていいならその方がありがたいよね。

「でもユリ、平気なの? テレポをそんなに何度も唱えて」
「ええ。まとめて送っちゃいたいところですけど縄張りとかあるので一体ずつ順番にかけないと」
 たぶんリディアが言いたいのはそこじゃないと思うんだよ。
 テレポと言えばよっぽど白魔法の才能がなきゃ使えない高位の魔法だ。それを平気な顔して連発するユリ、魔物だからって規格外にも程があるでしょ。

 争うことなくどこかへ消えていくアントリオンたちを見つめて、リディアがホッとしたように呟いた。
「あの子たちには何の罪もないわ。私も戦いたくない」
「……そりゃ俺も同感だがな。向こうは違うらしいぜ」
 いくら攻撃魔法じゃないとはいっても仲間が次々と退場させられて腹が立ったのか、何匹かのアントリオンが一斉にこっちへ向かってきた。
 その鼻先にエッジが煙玉を投げつけて、煙幕に隠れるようにあたしたちは城の奥へと逃げ出した。
 セオドールさんがユリを抱えて歩き、彼女は移動砲台みたいにテレポを発射して、エッジがアントリオンの目を誤魔化しながら少しずつ奥へ進む。

 謁見の間の近くまで来ると目につくアントリオンは大体みんな逃がせたみたいだ。
 さすがにちょっと疲れたとユリが嘆いてるけど、リディアの青褪めた顔を見る限り普通は“ちょっと”じゃ済まないんだろう。
 地底で鍛練中の風景はあたしも何度か目撃したけど、たぶんルビカンテが彼女を鍛えすぎちゃったんじゃないかなぁ。
 そういえば、ルビカンテは行方不明なんだよね。ユリともども元は敵とはいえ、やっぱり心配だな。

 ユリは魔法をばんばん打ち放した自分の手を見つめて不満そうに呟いた。
「この程度で疲れるなんてやっぱりおかしい。テレポって消費MPどれくらいでしたっけ」
「20だ。それだけ使えれば充分に思えるが、MPが下がっているのか?」
「体感で500回も使えない気がします。カンストしてないってことですね。全ステ2000万以上を目指してたんですが」
「まさか、あの後にも転生を繰り返していたのか」
「いえ、まだです。カンストしたら転生する予定だったのに限界が見えなくて今のステータスが不明なんですよ」
「何も現実でそのように凝ることはあるまいに。カンストせずともゲームクリアには充分だろう」
 またユリがなんかよく分からないことを言ってる。でも普通に返事してるセオドールさんも謎だ。
 一体この人って、何者なんだろう。まさかユリと同じ異世界人なの?

 謁見の間に入るとようやくダムシアンの兵士たちの姿があった。ここが彼らの防衛線で、奥の間に一般人を隠してるみたいだ。
「止まれ、何者だ!?」
 兵士に言われてセオドールさんがユリの襟を掴んで下がる。そっか、ここはリディアと、一応王様のエッジに任せた方がいいかもね。
 ってあたしもドワーフの王女なんだけど、ダムシアンのことはよく知らないから二人と一緒に下がっておく。

 あからさまにこっちを警戒してる兵士たちの後ろから、キリッとした女の人が進み出てきた。
「ミストのリディアさんですね? 御無礼をお許しください」
 あれ、エッジのことは分からないんだ。なんで交流がないのかなって不思議に思ってたら、ユリからツッコミが入った。
「飛空艇もテレポも万人のものじゃないんですよ」
「な、なるほど」
 忘れてたけど、ダムシアンとエブラーナって遠いんだったね……。

 いかにも仕事ができます、って感じの女の人に軽くお辞儀をして、リディアが首を傾げる。
「あなた、何度かミストに来てくれたわよね。確か……」
「ギルバート様の公設秘書、ハルと申します」
 背後でユリとセオドールさんが「美人秘書」「メガネ」とか言い合ってるのはとりあえず無視で。

 ハルさんによると、ギルバート王はセオドアたちと一緒にローザとクリスタルを取り戻すためバロンに向かったらしい。
 それを聞いたユリが何かを思い出したらしくぽんと手を打った。
「ああ、あの時ローザを守むぐっ」
「挑発的な言動は控えてくれ」
 その口をセオドールさんが押さえて黙らせてる。何を言おうとしたんだろう。ローザを守む?

「まさかローザも攫われてたとはな。バロン城はあの有り様だし、あいつらがどうなってるか心配だ」
「ギルバート様がご一緒ですから、そう簡単に敵の手に落ちるはずはありません」
「え、あの王様なにか役に立むが」
「ユリ、先程アントリオンを転移させて疲れているだろう。回復薬を飲んで少し休むといい」
 セオドールさんがユリの口にエリクサーを突っ込みながら部屋の端に引きずって行き、リディアとエッジも慌ててハルさんにフォローしている。
「そ、そうね! ギルバートがついてるなら安心だわ!」
「バロンについては俺たちに任せな! あんたらはここで魔物の対処を頼む」
 そういえば、かつての戦いについてユリはダムシアンのギルバートさんのことをこう言っていた。
 他人に庇われるのが取り柄のヘタレ王子って。

 なんかよく分かんないけど、ユリはこの国に思うところがあるらしい。人間のしがらみって難しいね。あ、ユリはモンスターだけど。
「ダムシアンに恨みでもあるの?」
「いえ、べつに。歯牙にもかけてはいませんが」
 ハルさんや兵士たちに聞こえないよう小声で聞いたら、稀に見るいい笑顔で返された。なんか怖い。

「むしろ私とユリに恨みがあるのはダムシアンの方だろう」
「え、セオドールさんも?」
「いいえ、セオドールさんは関係ありません」
「だが……まあよい。とにかく、ここでは事を荒立てるな」
「まさかまた仲間になるんですか? 足手まといですよね? っていうかここ幻獣と関係ないですよね? 必要なんですかこの会話?」
「必須イベントだから我慢しろ」
 またしても意味不明の会話があったけど、セオドールさんの一言でユリは納得したらしく口を閉じた。

 この二人の関係ってよく分からない。セオドールさんはユリに弱いし、でもユリもセオドールさんの言うことは聞くし。
 まるでセオドールさんは噂に聞く四天王の上司の……あれ、ちょっと待って。そういえばあたしこの人の声に聞き覚えが……。

 なんか重大なことに気づきかけた瞬間、ハルさんの懇願する声で掻き消されてしまった。
「私も……私も連れて行ってください!」
「悪いが、秘書様の出る幕じゃねえよ」
 バロンに行ったギルバート王が心配なんだろうか。ハルさんは外見からして戦闘向きじゃないし、戦力として期待できないのは間違いないけど。
 でもハルさんの後ろにいた偉そうなオジサンが、エッジとリディアに向かって頭を下げて彼女を連れて行ってほしいと頼んできた。
「私からもお願いします。彼女は誰よりも陛下を案じておられる。どうか陛下のおそばに……」
「大臣……」
 うわー、これは断りにくい雰囲気だ。

 エッジは渋々、ハルさんを迎え入れることにしたらしい。
「分かったよ。だが秘書様を戦わせるわけにはいかねえ。ギルバートと合流するまでは大人しくしててくれ」
「ありがとうございます!」
 仕方ないわねとリディアも頷き、ハルさんにファルコンで待機するよう促した。
「何かあれば、あなたの知恵を貸してね」
「は、はい!」

 結局ユリの言う通りここは幻獣と無関係だった。でもお陰でダムシアン城とアントリオンの両方を救えたし、仲間も増えたからいいよね。
 次はこっから近いファブールに行くらしい。風のクリスタルを奉ってたって話だから、シルフがいるかもしれない。


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