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🔖始まりは憎悪



 風のクリスタルを得るためにファブールに向かう船上で、俺はまたゴルベーザと話をしていた。
「私に従う気になったか?」
「あんたの目的による。クリスタルを集めて何をする気だ」
 ゴルベーザは兜をしたまま空を見上げた。……いつも思うが、その格好でよく機敏に動けるもんだな。そもそも魔道士のくせにフルプレートだなんてちょっと頭が変なんじゃないかと俺は疑っている。
 まあ、モンスターを率いてバロンを乗っ取っている時点で変なのは間違いないのだが。
「私の目的は空にある」
「……はあ?」
「クリスタルを集め、バブイルを起動させる。そして月の遺産を手に入れるのだ」
「よく分からない。最終的にはバロンをどうするつもりなんだ」
 莫大なエネルギーを手中に収めた後、バロンの支配を続けて世界を統一したいならそれもいいだろう。だがその凶刃がバロンに向けられ、俺の大事な人が失われるならゴルベーザには従わない。
 睨みつける俺の視線を意にも介さず、ゴルベーザは言った。
「私には故郷がない。それを作り上げるために戦っているのだ」
 バロンは手足を得るための拠点に過ぎない。守るつもりも滅ぼすつもりも今はないのだと。

 素性の知れぬ男だとは思っていたが、故郷がないということは滅びた民族の出だろうか。だとしたらベイガンが彼に肩入れした理由もなんとなく分かる気がする。
 もし俺の上司が国ではなくゴルベーザ個人に尽くすことを選んだなら、バロンを捨ててゴルベーザの国へ行くのもいいかもしれないな。
「部下になるのはいいけど、あんまり役に立たないかもしれませんよ。体は左利きなのに取り憑いてる俺は右利きなんで、本人のようにはうまく動かせないんです。戦闘能力は元の俺より弱い」
 あっさり口調を変えた俺に驚いた気配がある。兜のせいでまったく表情が見えないけれど、こいつを動揺させることに成功すると妙に嬉しい。心の動きが感じられれば中身が人間だと実感できるからだろうか。
 左手で槍を握り、軽く構えて見せる。ゴルベーザは少し考えた後で助言をくれた。
「肉体にとってどちらの精神がより強い影響力を持つのか、だな。お前の支配下にあるならば右手で戦えばいい」
「そういうものですか」
 槍を右手に持ち替えてみる。確かに、こっちの方がしっくり来る。カインの肉体を借りているはずなのに俺の性質が出るとは、妙な感じだ。
「肩慣らしに目障りなモンク僧を蹴散らしてこい」
「分かりました。あ、黒竜を貸してくださいね」
 ファブール僧兵は精強さで鳴らしているが、主力部隊はホブス山で壊滅したというから城に残っているのは大した戦力じゃない。練習相手にはちょうどいいかもな。

 なんて気軽に城を蹂躙し、クリスタルルームまで突き進んできたのだが、安請け合いし過ぎただろうか。
 クリスタルに通じる最後の一線を守っていたのはセシルだった。どう見ても一軍クラスの屈強なモンクも共にいる。ホブス山で潰したんじゃなかったのかよ。
 ゴルベーザ様は彼がいることを知っていたはずだ。なのに黙っていた。今頃は予想外の強敵に慌てふためく俺を笑っていることだろう。あの人、ベイガンに似てるみたいだぞ。性格の悪さが。
「久しぶりだな、セシル」
 努めて冷静に歩み寄ればセシルは緊張を解いて剣を下ろした。
「カイン、無事だったのか!」
 どうかな。彼は未だに目覚めない。ミストで意識を失って以来いくらなんでも長すぎるが、何かきっかけが必要なのだろうか。目の前にいるのが親友だと信じて疑わず、セシルは手を差し出してくる。
「来てくれて助かった。お前も一緒に戦ってくれ」
「ああ。俺は戦うためにここへ来たんだ」
 跳躍して一気に距離を詰め、心臓めがけて切っ先を叩き込む。しかしセシルは寸でのところで体を逸らした。
「カイン!? 何を……」
 戦うのはあんたと、だ。悪いな。嫌ならさっさと退いてくれ。
「行くぞ!」
「やめろ、カイン!」
 暗黒騎士とサシでやり合うなんて冗談ではないと思ったが、セシルは暗黒剣を使うつもりはないようだ。やはり事情も分からぬまま親友に放つには躊躇するのか。二人の友情に感謝だな。
「どうして……いったい何があったんだ!?」
 こちらは少しずつ動きが良くなってきた。セシルが次にどちらへ避けるのか、彼の癖が先んじて分かる。肉体の反応速度も追いついてきた。カインの体が、セシルを殺そうとする俺の精神に同調してきたんだ。

 周囲で事態を見守る者たちは黒竜が冷気を放って凍りつかせてくれている。俺たちの戦いを邪魔するものはない。盾を叩き落とし、鎧をへこませ、セシルの呼吸が乱れる。なのに彼は武器をこちらに向けようとはしなかった。
「舐めてるのか? 早く打ってこい」
「お前と、戦うなんて」
 戦闘中だというのに彼が目を逸らした瞬間、突き上げるような殺気が体の奥から沸き起こる。俺に同情しているのか? 戦うに値しない相手だと見下しているのか?
 誤って殺してしまうのが恐いとでも思っているのか!
 知らず知らずの内に槍を左手に持ち替えていた。体が軽い。盾を捨て、ドラゴンと息を合わせて宙を舞う、竜騎士の戦い方を思い出した。空高くまで跳ぶこともできる驚異の脚力を以てセシルを思いきり吹き飛ばす。壁に激突して彼は苦悶の声をあげた。
「カイン……お前も、ゴルベーザに……」
「戦う気がないのなら楽にしてやろう」
 体が……勝手に動く。全身の力を抜いてみても足はセシルの方へと歩みを進め、左手に握った槍にざわざわと殺意が集まってくる。
 セシルを殺そう。俺に立ち向かう気概さえないならばそうするべきだ。そして彼女を……。
「やめて、カイン!」
 駆け込んできた声が心臓を掴む。
『ロー……ザ……』
 彼女の視線が痛烈な業火のごとく体を焼いた。
『う……ううッ! 俺を……見るな!』
 強ければすべてが許されるなら誰にも負けない強さを俺にくれ。友を憎み、殺し、欲しいものを手に入れられるだけの強さを。

 頭が割れそうに痛み、意識が混濁してくる。自分がリツなのか、それともカインなのか、分からなくなる。槍を取り落としそうになって必死で握り締める。立っていられなくなった時、冷たい声が俺の頭を冷やした。
「何を血迷っているのだ」
「……ゴルベーザ様」
 漆黒の甲冑を目にすると不思議なほど簡単に痛みが消えた。……彼の精神魔法のお陰か。心を支配できるくらいなら混乱をおさめる程度は容易いだろう。ここは感謝しておこう。 
「貴様が、ゴルベーザ……!」
 満身創痍だったセシルは剣を杖代わりになんとか立ち上がろうとする。そんな迷いを抱えた剣ではローザを守ることもできまいに。
 ゴルベーザは這いつくばる彼らを一瞥し、手を翳した。俺は咄嗟にローザの手を取り引き寄せる。
「会えたばかりで残念だが、これが私の挨拶だ」
 情け容赦のない黒魔法がクリスタルルームを埋め尽くし、有象無象ごとセシルを焼いた。
 彼の魔法はミシディア式ではない。ミンウの封印を無視してモンスターのごとく自由に魔力を放つ。ローザが巻き込まれなくて心のどこかが深く安堵していた。
「遊びは終わりだ。……カイン」
「はっ!」
 ここに来たのは風のクリスタルを手に入れるためだ。セシルやローザはどうでもいい。必死で心に言い聞かせ、クリスタルへと足を向ける。
「カイン! お願い、やめて!」
「……ロー、ザ……!」
 俺に縋って止めようとするローザを黒竜の呪縛が包む。瀕死のセシルが悲鳴じみた声をあげた。
「この女が大事か? ならばローザは私が預るとしよう。お前とは是非、また会いたい。その約束の証としてな」
 バロンに連れ帰るのだろうか。ローザは目立つから周囲の目を誤魔化すのが大変そうだ、なんて呑気なことを考えながらクリスタルに手をかける。
「命拾いしたな、セシル。次はないと思え」
「待、て……!」
 気を失ったローザとクリスタルを手に、黒竜に乗ってファブール城を後にした。


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