×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖恐怖



 眼下にはバブイルの塔と同じ輝きを放っているバロン城がある。飛空艇の甲板でその光を見下ろしながら皆は呆然と立ち尽くしていた。
「何だよ、これは……」
「セシルたちはどうなっちゃったの?」
 私がセオドアと一緒に来た時には誰もいなかった。でもあの時、もしかしたらカインさんはセシルを見つけていたのかもしれない。謎の少女に操られた彼を。
 だとしたら今、セオドアは父親と対面しているのだろうか。

 しばらく結界を眺めていたゴルベーザさんが私を振り返る。
「ユリ、一応聞くが、結界を破れるか?」
 その質問に反応して甲板に立つ全員が私を見た。私は常人より魔力が余ってるだけで万能超人というわけじゃないんだからそんなに期待されても困る。

 バロン城をまるごと覆っている結界はかなり強力だ。
 でも破りたいだけなら方法はあった。たとえば周りの地盤を徹底的に破壊して城の位置をずらし、結界の外に出してしまう、とか。
「城ごと壊していいならできますけど、セオドア君が中にいる可能性があるのでやりません」
 結界を破る“だけ”ならできる、けどそれでは目的を果たせない。

 最初から大して期待していなかったのだろう、城に入れないという事実を皆が理解すると、ゴルベーザさんはあっさり頷いて飛空艇の舵をとった。
「他の方法を探そう」
「でもどうやって?」
 リディアが不安そうに尋ねた瞬間、俄に空が暗くなる。月が間近に迫っていた。そして無数の隕石が空を埋め尽くしている。
「星が落ちてくる……!?」
 まるで何百人もの魔道士が一斉にメテオを唱えているかのようで、言ってる場合じゃないけどちょっと壮観だった。

 あわてふためく皆の頭上、大気圏の向こう側で隕石が消滅していく。それでも視認できるだけで二個か三個くらいはどっかに落ちてしまった。
「あー、やっぱりいくつかは消し損ねてますね」
「ど、どうなってんの!? ユリがやってるの、あれ!?」
 ルカに両肩を掴んで揺さぶられ、忘れようとしていた乗り物酔いが蘇ってきた。

 ゴルベーザさんの手紙で忠告を受けて隕石対策はしてあったのだ。
 修復して再び浮上させたゾットの塔に砲台を積めるだけ積み込んで、一定以上の大きさのものが迫ったらデジョンが発動するように設定しておいた。
 十年かけてたっぷり魔力を充電してあるから、フル稼働でも何ヵ月かは働き続けてくれるだろう。
 でも小さめの隕石は見落としてるみたいだ。仕方ない。あまり細かく設定して魔導船を消してしまうのが怖かったからね。

「迎撃装置を飛ばしておいたんで、隕石については安心ですよ」
 私がそう言うとゴルベーザさんは地上に視線を据えてバロンの町を指した。
「では魔物の対策は? あれだけ月が接近しては我を失い人間の町を襲うものも多かろう」
「そうですね。そこまで手が回らなかったのでやっぱり安心しないでください」
「なにそれ!? やっぱりユリって、ユリだわ……」
 どういう意味かは分からないけどルカが失礼だということは分かる。

 本当なら各地に散らした四天王とその配下が魔物を抑えてくれるはずだったのだけれど、彼らが行方不明の現状それは期待できない。
 自分たちでどうにかしろって感じだ。私には人間のために頑張る義務などないのだから。

 ひとまず魔物被害の多寡を確認するため世界をめぐることになった。最初はバロンから程近いミストの村だ。
 上空からは村全体が濃霧に包まれて中が見えなくなっている。これはたぶん月の接近のせいではないだろう。
「そういえば先日ミストドラゴンに助けられたんですが、あれも召喚できなくなってるんですか?」
「うん……。誰も呼びかけに答えてくれないの」
 リディアは悲しげに首を振って答えた。追っ手から匿ってくれたんだから敵の手に落ちてはいないと思うのだけれど。
 あの濃霧はドラゴンが村を守っているに違いない。……操られてるわけでもないのに召喚できない、ということはあり得るのだろうか。

 村へ降りるべきか迷う私たちのもとにどこからか声が降ってくる。
『リディア……』
「この声……お母さん!?」
 エッジさんやルカは不思議そうに首を傾げている。ゴルベーザさんも正確な言葉までは理解できないようだ。
 この声は全員に聞こえるわけじゃないらしい。私に聞こえるのは、魔物だから?
『私は……この地を離れられません……、幻獣たちを……解放してください……』
「皆を、解放?」
『大丈夫、あなたなら……。待っていますよ……愛しい……リディ、ア……』
 些か苦しそうな女性の声は、それきり聞こえなくなった。

「リディア? 何が聞こえたんだ?」
 怪訝そうなエッジさんの問いかけに、呆然としているリディアは答えられない。彼女に代わって幻獣を解放しろとの声が聞こえたと説明する。
 迷っているようだ。幻界を出る時にいろいろあったリディアは、彼らの問題に自分が関わっていいのか不安なのだろう。
 でも答えなんて決まりきっている。
 エッジさんも操られたイフリートに遭遇したというし、敵が幻獣の自由意思を奪っているのは間違いないんだから、それを助けられるのは彼女だけだ。

「行きましょう」
「ユリ……」
「敵が幻獣の魔力を利用しているなら、彼らを取り戻せばバロンの結界が弱まるかもしれない」
「そうだよ。それに、皆を助けたいんでしょ?」
 ルカの言葉を噛み締めるように頷き、リディアは霧に包まれた故郷を見据える。
「私、皆を助けるわ……幻獣たちも、セシルたちも。待ってて、お母さん!」

 霧のお陰でミストの村にモンスターが近づく心配はなさそうだ。ここは放っておいても大丈夫だろう。
 他の幻獣たちの居場所に心当たりはあるかとゴルベーザさんに聞いたら、彼は飛空艇の舵をとりながら答えた。
「まずはクリスタルのあった場所へ行くべきだろうな」
「でも、クリスタルはもう奪われてるのに幻獣がそこにいますかね?」
「そういうものだ」
 そうかな。そうかもしれない。他にイベントの起きそうな場所もないし。

 あわよくば幻獣と一緒に皆を解放できないかとも考える。でも心のどこかで、皆がそこにいないことを確信してもいた。
 やっぱり何度考えても、ルビカンテさんたちが敵の手中に落ちたとは思えない。では一体どこへ消えてしまったのか。

 相変わらず拒絶の光を放ち続けているバブイルの塔を見ていたら、エッジさんが話しかけてきた。
「塔でルビカンテの野郎を見たぜ」
「え?」
「幻みたいだったがな。それに、親父とおふくろの声も聞いた。イフリートのように操られてる感じじゃなかった」
 エブラーナ夫妻の声がエッジさんに語りかけたとすると……彼らはミストドラゴンのように、敵に支配されずどこかに潜んでいるということになる。

「セオドールさん。意見を聞かせてくれませんか」
 飛空艇をダムシアンに向かわせながらゴルベーザさんは思案している。
「仮にルビカンテたちが殺されたのだとすれば復活させられるはずだが、それはもう試したのだったな」
「はい。私の魔力量ならクリスタルの力を借りるまでもなく一人くらいは復活させられるはず。でも、誰もいないんです」
 前回の戦いで私が変えたシナリオが修正される可能性があったから、万が一彼らを倒してしまってもすぐ復活させられるように私は自分の魔力を高めていた。
 もしあの時バブイルの塔で謎の少女に殺されたのなら皆を蘇らせるのは簡単だったはずなんだ。
 でも魔物が、命が生まれてくるあの空間に、誰の気配も感じない。魔力で肉体を再生しようにも肝心の魂が見当たらないんだ。

「死んでしまったのではないと思います」
「では、やはり幻獣のように操られているのではないか?」
 それも不自然なのだった。四天王はまだしも、敵がベイガンさんやルゲイエさんまで連れていくだろうか。
 彼らにはさほどの魔力がない。あの無感情で機械じみた謎の少女が、魔力のないものにまで利用価値を見出だすとは思えない。
「敵と対面したのは私とルビカンテさんだけです。あの少女は私たちを『記録にない』と言っていました。存在を知らない者まで操れるでしょうか」
 向こうにしたってあの時に初めて私たちのことを知ったはず。世界中にばらけていた全員を同時にごっそり連れ去るなんて不可能ではないだろうか。

 もうひとつ、不思議なことがある。
 皆が敵の手に渡ることは最初から充分すぎるくらい警戒していた。対策してあるはずなんだ。なのに私は、自分が何をしたのか思い出せない。
 仮にその対策を上回るほどの強大な力を以て敵が皆を連れ去ったのだとしたら、なぜ私は無事なのか?
「私が操られていない時点で、ルビカンテさんたちもここにいるはずなのに」
 逆に言えば、直前まですぐそばいた彼が殺されたか奪われたかしたのなら、私も同じ目に遭っていなければおかしい。

「私がここにいるのが、皆も操られていない証ではないかと」
「そうだな。イレギュラーな存在だというのは四天王もユリも同じだ。彼らはユリと同じ状況にあるはず……」
 もし皆が、敵に殺されても操られてもいないとしたら。なおかつ私の呼びかけにも答えられない場所に潜んでいる。ミストドラゴンのように。
「鍵はお前自身だ。仲間を守るために、ユリが彼らを封じた可能性もある」
 それってすごく間抜けだ。私が守っているのに彼らがどこにいるのか思い出せないなんて。バブイルの塔で、私は何をしたのだったか。

 ゴルベーザさんは舵をルカに任せると、自身は私の前に立った。心を探る気配がする。精神支配の魔法だ。
 私の記憶の空白に触れて、彼は眉をひそめた。
「……ユリ、従姉の名を思い出せるか?」
「え、それはもちろん、」
 いや、思い出せない。言われて初めてそのことに気づき、愕然とした。あちらの世界の親友であり唯一無二の家族である彼女の顔も名前も声も忘れている。
 慌てて記憶を辿ってみると他にも思い出せないことが多々あった。前世の記憶だけではなく、この十数年の日々でさえ。

「ユリの存在はどうも……何かが欠けているようだ」
「まさか私、あの時やっぱり殺されて、再生された存在なんでしょうか?」
「そうとは言い切れぬ。まだ……」
 ゴルベーザさんなら私の取り得る行動に予想がつくはずだ。でも彼は確信が持てるまで話せないと言って教えてくれなかった。
「少し待ってくれ。幻獣を集める間にヒントが得られるやもしれぬ」
 自分の存在が急に揺るがされたようで怖い。もし今ここにある私が敵の手で再生されたモノだとすれば、いつ自分の意思をなくすかも分からない。
 皆を呼び戻すこともできなくなる。それが堪らなく恐ろしかった。


🔖


 82/112 

back|menu|index