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🔖踏破



 セオドアはミストの崖を呆然と見上げている。タイタンが地震を起こして以来、通行不可能とされてきた断崖絶壁だ。
 普通のというか正常な人間なら絶対に「登って越えよう!」なんて思わないだろう。でも私たちは今からここを登り、更に砂漠を越えてカイポへ行くのだ。
「ほ、本当に、ここを登るんですか?」
「追っ手から逃れたければな」
 カイポやダムシアンになら余裕でテレポできるんだけどね。きっとカインさん……じゃなかった、謎の男もそのことには気づいているはずだ。でもあえて言わない。

 もう一度、空を突き破りそうなほどに高く聳え立つ崖を見上げ、セオドアは微かに肩を震わせた。
「こんな、無理ですよ……、道もないのに!」
「道は自分で切り開くものだ」
 謎の男さんはそう言うなり突き出た岩を手がかりにして崖をよじ登り始めた。
 なんかロッククライミングに慣れてる。試練の山で何度か落ちた経験があるのかな?
 彼を見てセオドアも覚悟を決めたのか、深呼吸をしてから謎の男の後に続いた。

 この二人はとても相性が良いようだ。謎の男さんはセオドアに助言と試練を与え、彼にはそれを乗り越える力があるのだと教えている。
 セオドアも身内ではない謎の男さんとの交流を通して、自分の殻を突破しつつあった。
 生真面目なセオドアはずっと“甘やかしてくれない人”を求めてたんだろう。

 テレポなんて使う必要はない。セオドアは自分の力でこれを乗り越えられる。
 でも私は、飛ぶけどね。筋力や俊敏性の強化をしてみたって度胸までは魔法で作れない。絶対に途中で落ちる自信がある。
 とりあえず二人にリレイズだけはかけておき、私は預かった荷物と共にさっさと頂上へ転移した。
 できればセオドアの好きなカレーライスでも作ってあげたいところだけれど材料がないし、適当にスープでも作りながら二人が登ってくるのを待つ。

 そして数時間後、無事に頂上へ辿り着いた二人は息も絶え絶えで私を見つめた。
「失敗すると崖から真っ逆さまなので、人を連れては転移できなかったんですよ」
「そ、そうなんですか……」
 そういう設定です。腑に落ちない顔をしているセオドアにスープの入った椀を差し出して反論を封じた。
「お疲れ様。降りてる最中に力尽きたら大変ですから、少し休憩しましょう」
「はい!」
 ごはんで元気が出る辺りはやっぱり子供だなぁ。
 空を見上げれば、月が更に大きくなっているようだ。

 さて、ろくに体を休める暇もなく反対側の崖を降りなければいけない。降りるだけなら私は重力を操りながらゆっくり落ちていくだけなので簡単だ。
 ただセオドアが疲れきっているのが心配だった。頂上で回復魔法はかけたけれど、精神的な疲労はどうしようもない。

 慣れたのか焦っているのかセオドアは登りよりもスピードをあげている。それが災いした。
「うわああッ!」
 足を踏み外したセオドアにつられて謎の男さんまで落ちそうになり、私は慌てて彼の背中を支える。
「セオドア、無事か!?」
「は、はい……」
「動くな、そこで待ってろ」
 かなり落下したようで、セオドアの声は遠く下の方から響いてくる。私は謎の男さんに強化と重力の魔法をかけた。

 竜騎士である彼ならこれくらいの距離を飛び降りるのは造作もない……と思ったのに、なんとなく不安そうなのはなぜ。
 そういえば彼、ここまでずっとジャンプをしてないな。剣装備だし。どうしたんだろう?

 重力魔法によって謎の男さんがゆっくりと着地した足場で、セオドアは足を抱えて踞っていた。
「怪我はないか?」
「大丈夫です。あの、すみません……」
「大丈夫じゃないでしょう、足を挫いてるし」
「すみません」
 責めてるわけじゃないんだけど……また萎縮しそうになっているセオドアに回復魔法をかけながら、ちらりと隣を窺う。謎の男さんの眉間にものすごいシワが。
「謝るよりも、気を引き締めろ」
「は、はい!」
 厳しく言ってみせるけれど、先程の慌てっぷりからセオドアを心配しているのは明らかだ。自分の息子みたいな気持ちになってるのかもしれない。

 二人とも互いにいい影響を与えているのは間違いない。この旅で一皮剥けて、セシルたちとうまく向き合えるようになればいいなと思う。
「さ、あと半分くらいです。頑張って!」
「……あと半分……」
 励まそうと言ったのだけれど、逆にやる気が失せたようだ。まだ半分もあるのかと思わせてしまったのかな。

 半日ほどで崖を越えることができた。満身創痍で地面に降りたセオドアは「今すぐお風呂に入って寝たい」という顔をしている。
 聳え立つ断崖を見上げれば、疲労のためか登り始めた時よりも更に高いように見えた。
「こんな崖を……越えてきたんですね……」
「ああ。自分の力でな」
「い、いえ! お二人のお陰です」
 未だ謙遜してしまうセオドアに私は「それは違う」と首を振った。
「セオドア君、私は何もしてません」
「え?」
「実は頂上で魔法をかけ直すのを忘れて、降りる時は何の強化もかかってなかったんですよ」
 これは本当。だからセオドアが落ちた時は私もわりと焦ってしまった。

 リレイズがあると思って安心していたセオドアは自分が死の淵にいたと知らされ青褪める。苦笑しつつ、謎の男さんはセオドアの肩をそっと叩いた。
「つまりここを乗り越えたのは、正真正銘お前自身の力だということだ」
「は……、はい!」
 うん、青春だなぁ。

 和やかな雰囲気が一転、辺りに影が射して飛空艇の一団が空を行くのが見えた。あの懐かしい真紅の船体は。
「赤い翼……」
「違います!」
 ぽつりと呟いた謎の男さんに、セオドアは強い口調で否定した。
「赤い翼は誇り高きバロンの飛空艇部隊! あんな、心のない怪物が駆る船は赤い翼ではありません!」
「……そうだな」
 同感だ。黒幕には確固たる目的があるのだろうけれど、少なくともあそこに乗ってるやつらには自分の意思なんてもの無さそうだ。
 バブイルに現れたあの少女だって、自分が何のために争いを撒き散らしているのか知らないんだろう。そう考えると腹が立つ。

「ダムシアンに向かってるようですね。また爆撃するつもりでしょうか」
 飛空艇に乗って逃げたバロンの人々を追っているのか、あるいは火のクリスタルが狙いか。さすがに急がねばならないと謎の男さんが私を見つめる。
「ユリ、ここからカイポへは飛べるか?」
「はい」
 というわけでテレポを発動してオアシスの町に到着した。せっかく速やかに飛ばしてあげたというのに二人は腑に落ちない顔をしている。
 何でしょうか。「あんなに必死で崖を越えたのに今までの苦労は何だったんだ」とでも言いたげな表情だけどまあいいか。

「ダムシアンには地下水脈を越えて行くんですよね? あそこの位置はよく知らないんで飛べませんよ」
 なんせ徒歩の旅なんてほとんどしたことがないものだから、町や村の大雑把な座標くらいしか記憶していないんだ。カイポからは徒歩になる。
「砂漠の旅は体力を消耗する。まずは宿で休もう。明日の夜明けに地下水脈へ向かう」
 飛空艇のことは気がかりだけれど、どちらにせよ今から走っても追いつけはしないのだ。焦る気持ちを抑えてセオドアも渋々ながら頷いた。

 その夜、宿で熟睡する二人のもとに忍び寄る者がある。寝静まった町に揺れる影、それは明らかに生きた人間ではなかった。
「就寝中なのでお静かに」
 疲れきってる二人を起こしては悪いので、音を立てないように消滅させておく。
 人形ではなく本物の、死人を甦らせたアンデッドだ。敵も死霊術を使えるのだろうか。それとも敵がスカルミリョーネさんを操って……?
 いや、彼が可愛いアンデッドを捨て駒のごとく使役するはずがない。四天王たる彼らがそう易々と操られるわけがないんだ。
 皆が敵の手に渡ったとは思えない。でもそれなら、皆はどこにいるんだろう……。

 夜明けと共にカイポの町を出て、私たちは地下水脈を歩き続けた。
 今更ながら人間ってよく歩くんだなと感心する。昔のセシルたちもクリスタルを巡ってあっちへ行きこっちへ戻り、こんな風に疲弊してたのだろうか。
 早くシナリオを進めてよ、とか思ってて悪かったなと反省する。

 水脈の中途で休憩できそうな岩屋があったので、気力だけで歩んでいるセオドアに「ここで休めそうですよ」と声をかけた。
「僕なら平気です」
「無理するな。先は長いぞ」
「休めるうちに休んだ方が、後々もっと早く進めますよ」
「……わ、分かりました」
 やっぱりカイポで数時間泊まっただけでは眠り足りなかったのだろう、セオドアはすぐに熟睡してしまった。

「母……さん……」
 そんな寝言を聞けば胸が締めつけられるようだ。十三歳、向こうの世界ならまだ幼い子供として扱われる歳なのに。
 ちょっとテレポでカレーライスの材料でも入手してきて作ってあげようかと真剣に悩む私に、火の番をしていた謎の男さんが話しかけてくる。
「……ユリ。他のやつらはどうしたんだ?」

 たぶん彼は、ずっとそのことを聞きたかったんだろう。
 私の周りに誰もいないこと、彼らがどこで何をしてるのか、気にならないわけがない。私だって知りたいくらいだ。
「分かりません」
「分からない?」
「別れ際、何が起きたのか思い出せないんです。ただ、敵に囚われた可能性があります」
「……そう、か」
 このまま行けばシナリオ通りに“復活した死人”である彼らと戦うのだろうか。それでも倒してしまえば私の魔力で甦らせることはできる。
 彼らの意思を無視して好き勝手している何者かの存在を思うと、腸が煮えくり返る。

「大切なものができると、それを奪われた時には憎まずにいられないんですね」
「ユリ……」
「以前の私は何も分かってなかった」
 ゼムスに対してだって憎しみは抱いていなかった。ただゴルベーザさんを守るために戦っただけだ。
 でも今回の戦いは、もし敵が本当に私の大切なものを奪っていったのだとしたら、私は何をするか分からない。
 今この時も虚ろな心を憎悪が蝕んでいる。敵をいたぶり抜いて殺す方法ばかり考えてるんだ。


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