×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖憎悪



 セオドアは十三歳になり、赤い翼の一員となるため騎士の証を取りに旅立った。つまり今日にも“月の帰還”が始まるということだ。
 このバブイルの塔では既に住民を避難させ終えている。ルゲイエさんが研究室を放棄することに少しゴネたけれど、なんとか説得して全員が野に散り、その時に備えていた。
 そんな中で私は一人、塔に戻ってきた。
 ゴルベーザさんは事が始まる前にバブイルの塔を離れるよう忠告してくれたから、おそらくここにも敵が来るのだろう。
 仲間の安全が保証されたならば私はここを守ろうと思う。この次元エレベーターが破壊されるようなことがあってはいけない。新たな敵がこれを使うのだとしても。

 私までも逃げるのが本当に正しいのか、ずっと疑問に思っていた。
 危機が青き星全体に及ぶのなら、むしろ敵の出現場所で迎え撃つ方が対処しやすいということもある。
 四天王やドグさん、ラグ辺りは殺る気満々だったけれど、私は彼らを戦わせたくなかった。
 だって正規の“物語”では死んだはずの彼らと戦うことになるというのだから。万が一にも彼らが敵の手に落ちるようなことは、あってはならない。
 前作のシナリオから逸脱している彼らが、今回どのような運命を辿るのか、誰にも分からない。
 敵から逃げて、戦闘を避けさえすれば安全だなんて……言えないじゃないか。ゼムスだって封印の中からゴルベーザさんを操ることができたのに。
 私はここに残る。そしてやって来た敵を、絶対に殺してやる。その者が何かを為す前に。

 次元エレベーターと睨み合っていたところ、背後で足音がした。今ここは無人のはずだ。にもかかわらず、後ろに何かがいる感じがした。
 振り返るとそこには緑髪の少女が立っていた。ちょっと顔立ちがリディアに似ている気がする。彼女を幼くして感情と可愛いげを引いたような娘さん。
 しかしリディアのように友好的な態度ではない。彼女は無表情のまま口を開いた。
「お前たちは何者だ」
 それどちらかと言えば私の台詞なんですけど。と内心で突っ込みつつ、引っかかったのは“お前たち”という言葉。
 もう他の皆に接触したのか? それとも、離れていても私を通じて彼らの存在が分かるのか?

 彼女がシナリオに沿って動いている“敵”なら、矛盾を解消するために前回の戦いで死んだはずの者たちを殺そうとするかもしれない。
「他人の家に勝手にあがり込んでおいて何を言ってるんですか。そちらこそ何者?」
「……」
 答えはない。彼女は何事か考え込んでいるようだ。いまひとつ目的がハッキリしないので対処に迷う。

 無言の少女と対峙すること数分、私の隣にルビカンテさんがテレポしてきた。塔には近寄らないでと言っておいたのに。
「ユリ」
 謎の少女を警戒し、ルビカンテさんが私を庇うように眼前に立つ。その彼をじっと見据えて少女が呟いた。
「やはり、クリスタルに記録されていない存在だ」
 無機質な声が生物らしさを感じさせない。
 感情が乏しいというよりは、そもそも心を与えられていないのか。単なる人形、精神を持たない器だけの存在。戦うにしても倒すのは簡単そうだ。

 彼女のことをひとまず放置してルビカンテさんに向き直る。
「どうして戻ってきたんですか」
「セオドアの乗った飛空艇が墜落したんだ」
「え?」
 少し動揺する。それは規定のシナリオなのだろうか。
 セオドアは今作の主人公だ。だから彼自身は無事だと思うけれど……。でも、私が前作を歪めた影響から筋書きが変わっていたら?

 話している間にも月が近づくのを感じる。
 このリディアもどきのお人形さんを早急に片づけて、セオドアの無事を確認したい。
「変異種か、あるいは闖入者か。お前の世界はクリスタルの記録にない。何者だ?」
 少女はさっきと同じようなことを繰り返している。感情がないので思考するのも苦手なのだろう。
 こちらから攻撃すべきか。彼女に何が有効なのかは分からない。これがイベントバトルだとすれば“絶対に勝てない”可能性もあるのが不安といえば不安だった。

「いかなるイレギュラーか。お前たちの力、一先ずもらい受けることにしよう」
「勝手なことを。謹んでお断りします」
 彼女の目的は私および四天王の力を奪うこと?
 シナリオを無視して生き延びた者を殺しに来たのではなく、ただ力ある者を連れ去りに来たのだ。その意思にかかわらず、利用するために。
 その瞬間、私の中に敵対心が膨れ上がった。正規の物語で皆と戦うはめになるのは、こいつのせい? ならば殺す。仲間の誰一人として敵に渡しはしない。

 少女が手を翳すと同時に私も魔法を発動した。
「ユリ!」
 最後に悲鳴じみたルビカンテさんの声が聞こえ、目も眩む閃光がバブイルの塔を覆い尽くした。

 ふと気づけば私はバロン近くの野原に倒れていた。空には十数年前と同じように二つの月が浮かんでいる。
 そしてその空を隠すかのように魔物の群れが飛翔し、バロン城を襲撃しているのが見えた。その群れの中に知った顔は見当たらない。
「……ルビカンテさん」
 すぐ近くにいたはずなのに返事はない。
 一体どうなったのだろう? 少女が使ったのは精神支配の魔法のようだった。対して私は攻撃魔法で彼女を破壊し、自分と仲間を守るために更なる魔法を発動した。
 しかしなぜバロンに飛ばされたのか。なぜ一人でここにいるのか。……自分が何をしたのか、思い出せない。少女を殺した直後の記憶が欠けていた。

 バロンの様子も気になるけれど、それよりもまずはバブイルの塔にテレポすることにする。
 でも塔はもぬけの殻だった。ルビカンテさんの気配もない。
「皆……」
 呼びかけに誰も答えない。各地に散り、召集すればすぐに召喚できるはずの仲間が誰も応えない。青き星のどこに魔力を投げかけても……。
 四天王も、メーガスたちも、ベイガンさんも、ルゲイエさんも。誰もいない。どこにもいない。

 あの少女の背後にいる者が奪っていったのか。皆の力を利用するために。
 私は生まれて初めて抱く憎悪の感情に戸惑っていた。今すぐにでも敵を八つ裂きにしなければ気が済まなかった。


🔖


 74/112 

back|menu|index