×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖10



 ナルシェ防衛戦を制し、私たちは幻獣の無事を確かめるため崖上に登ってきた。
 氷の中に閉じ込められた異界の生き物。この目で実際に見ると……怖いくらいに綺麗だ。
 ここが極寒のナルシェだからというだけではなく、ヴァリガルマンダ自らの放つ冷気で凍っているのかもしれない。
 陽射しを浴びても輝きを放つばかりで氷が溶ける気配はまったくなかった。

 氷越しに生々しい姿を見せる幻獣に、カイエンが身震いしている。
「生きているようでござるな……」
「まさか。千年も前に凍っちまったんだろ?」
 そう言いつつマッシュも少し警戒している。
 戦士である彼らは本能的にヴァリガルマンダの息づかいを感じているのかもしれない。

 不意にティナが足を止めた。目を見開いて氷塊を凝視している。
 その彼女を射抜くようにヴァリガルマンダが紫色の光を放った。
「いやあっ!」
「ティナ!」
 耳を塞ぎ、蹲ったティナにロックが駆け寄る。しかしまたも放たれた光がティナの体を覆い、近づくロックを弾き飛ばした。
「幻獣とティナが……」
「反応してるのか!?」

 ロックを助け起こし、みんな固唾を呑んで事の行く末を見つめている。
 もう一度ティナと幻獣を反応させ、対話を試みる。それがリターナーの目的だった。
 でも幻獣は沈黙したまま。ここで目覚めるのはティナの方だ。
「何……この感覚は……? 今、なんて?」
 再び、さっきよりも強くヴァリガルマンダが光る。私も含めて仲間全員が吹き飛ばされた。
 ティナだけが立ち上がり、光の方へと歩いていく。
「ダメだ、ティナ……幻獣から、離れろ……」
 やがて光は消えた。そしてティナの姿が変貌し始める。
「教えて! 私は誰……誰なの!?」
 悲しげな咆哮と共に彼女は空へ舞い上がり、そのまま西の方角へ飛び去った。


 ティナの近くにいたロックは光の衝撃をもろに食らって意識を失っていた。
 彼をジュンの家へ運び、回復を待ちながらティナ捜索について話し合う。
 ケアルが使えるセリスは部屋でロックの介抱にあたっていた。

 先行き不安な状況にエドガーがため息を吐いた。
「思いがけない結果になってしまったな」
 作戦は失敗としか言えない、との言葉にマッシュが頷く。
「ティナの姿……セリスは幻獣のようだと言ってたけど、あの氷漬けの幻獣とは似てなかったよな」
「帝国は幻獣についての研究が進んでるし、セリスはあれに似た姿の幻獣を知ってるのかも」
 たとえば人間の女性に近いシヴァとか。あるいはそのものずばりティナの父であるマディンとか。
「ティナ、ピカピカしてた。ティナもゲンジュウなのか?」
 不思議そうに首を傾げながらガウが問う。その場にいる全員が……正確に言えば私とティーダ以外の全員が、その疑惑を抱いていた。

「まあ、その謎を解くためにもティナを探しに行かないと。今の彼女を帝国が先に見つけたりしたら」
「操りの輪をつけられるなんてことでは済まないだろうな」
「元帝国の兵士……だが、あの娘は助け出さなければならぬ」

 とりあえず、エドガーが場を仕切ってくれた。
「二手に分かれるとしよう。片方はティナを探しに西大陸へ、残ったメンバーはナルシェを守る」
 未だ静かな部屋を見つつ私も続けた。
「ロックはティナ捜索班に志願するだろうね」
「俺も行く! じっと待ってるなんて御免ッス」
「じゃあ必然的に私も捜索班か。セリスも連れて行こうかな」
 私の提案にエドガーが頷いた。
「それがいい。彼女をナルシェに置いておくのは少し心配だ」

 すると、ティーダが意外なことを言い出した。
「カイエンも行こうぜ」
「拙者でござるか? 無論、構わぬが……」
 ちらりとロックが寝かされている部屋の扉を見る。でも彼が気にしているのはロックではなくセリスだろう。
「セリスのこと。ちゃんと知るいい機会だろ?」
「むう……」

 迷うカイエンにマッシュも背中を押した。
「そうしろよ、カイエン。ロックは信用できるやつだ。そのロックが連れて来たんだからセリスも信用できると俺は思うぜ」
 これで五人と三人。私とティーダはイレギュラーと考えればちょうどいい振り分けだろう。捜索班に人数を多めに割くのは自然だし。
 と思ったら、エドガーまでもが「では私も捜索班に加わろうかな」なんて言う。
「おいおい、兄貴まで行っちまったらバランスが悪すぎるだろ」

 ティナ捜索班が私とティーダとロックとセリスとカイエンとエドガー、そしてナルシェ防衛班がマッシュとガウ。確かに偏りすぎだ。
 場合によっては捜索班にシャドウも加わることになるのに。
「エドガーは留守番でいいんじゃない」
 そう言ったら、エドガーはいかにも哀れっぽく私を見つめた。
「ユリ、君も残らないかい?」
「どんだけ女子に餓えてるッスか」
「そう言うが、山男と野生児とむさ苦しいナルシェの連中に囲まれてこんなところに取り残される身にもなってくれ」
 さりげなく実の弟を山男扱いしてる。

 ナンパ同士の絆が生まれるかと思いきや、ティーダはあっさり言ってのける。
「俺はそんなの気になんないけどな。体動かしたいだけで、ユリが目当てでついて行くわけじゃないし」
「君はナンパの風上にも置けないな」
「置かれなくていいッスよ!」
 ナンパ同盟瓦解。
「はぁ……分かった、私も留守番する。それでいい?」
「ありがとう、ユリ……!」
 こんなくだらないことで感謝されたくない。

 ティーダと別行動をとることに不安はある。けれど魔大陸浮上からの展開を考えれば、私もティーダも慣れておくべきなのかもしれない。
 エンディングまで一緒に行動し続けるのは無理なことなのだから。
「一つ打ち明けておくね。ちょっとあそこの本棚を見てて」
 指差した先にみんなの注目が集まってから、私はそこに転移した。
「……えっ?」
「いつ移動したんだ!?」
「まさか、ユリも魔法を使えるのか?」
「魔法じゃないけど……似たようなものかな。どうしてこんな技が使えるかは聞かないでほしい。私はこれを使って、連絡係になるよ」

 本来ならナルシェ防衛班も一度ゾゾを訪れて合流する。そこから研究所侵入班と別れて残りはまたナルシェに戻ることになる。
 そんな面倒くさい行動をしなくても私を通じて状況を共有できれば、ナルシェ防衛班はティナが帰還するまでここから動かなくて済むんだ。
 本音を言えば転移のことは黙っておきたかった。でもずっと隠していても不便なだけだろう。

「……連絡には伝書鳥を使う予定だった。ユリにそんな能力があるならとても助かる」
「頑張ってお役に立ちますよ」
 エドガーがそう言って流してくれたお陰で、あえて「それはどういう力なのか」と問い質されることもなかった。空気を読んでくれて感謝だ。
「ただ、行ったことがない場所に飛ぶのは大変だから。なるべく目印になりやすい街に立ち寄るようにしてほしい。たとえば、ジドールとか」
「分かり申した」
 コーリンゲンのあとジドールに寄ってもらえば、先に情報を得ておいたと言ってスムーズにゾゾの街へ誘導できる。

 やがてロックが目を覚ました。
 ひとまずエドガーもフィガロ城までついて行って、援軍を連れてナルシェに戻って来ることになった。
 城を動かす指示もしなければならないし、妥当だろう。兵士たちが一緒なら帰りの道中も心配もない。
 里帰りがてらマッシュもついて行ってはどうかと提案したけれど、彼は「いつでも帰れるから」とそれを固辞した。私とガウを気遣ってるんだろうか。
 ともかく、ロックたち五人はティナを探すためナルシェを旅立った。


 エドガーが戻るまで数日かかるだろう。それまでは私とマッシュとガウの三人と、おまけ程度のリターナーの兵士でナルシェを守らなければならない。
 正直、戦闘があるかどうかは分からなかった。けれどロックたちが発った翌日、帝国軍の残党がナルシェに忍び込もうと試みた。
 人手を残していて正解だったわけだ。とはいえ、ほとんどマッシュ一人で対処してしまったけれど。

 その後は平和な日々が続いていた。
 偵察に出ていたマッシュが戻って来るのを門のところで見つめる。
 ボフッと雪の塊が落ちたような音がして振り向くと、
「ユリ! すきありっ!!」
 私はすかさず転移で避ける。巨大な雪玉がマッシュの顔面にぶつかって砕けた。
「あ、ござる! もどってきたのか、ござる!」
「……なあガウ、それより先に言うことがあるよな」
「おかえり!」
「じゃなくて、いきなり雪玉ぶつけてごめんなさいだろ!」
 反省の色もなく、ガウはマッシュに飛びついて首にぶら下がった。

「兄弟というか、親子みたいだね」
 私も結構遊んであげているのだけれど、やはり行動を共にした期間の長いマッシュたちほどには懐かれない。
 ガウをぶら下げたままでマッシュがうーんと唸る。
「こいつがいくつか知らないけど、ひょっとすると親子でもおかしくない歳かもな」
 スマホで確認する。ガウは13歳。マッシュは27歳。王族ということを考えれば、絶対にないとは言えない年齢差だ。

 ぼんやりと二人の様子を見ていたらマッシュが妙な顔をして尋ねてきた。
「ユリってさ、家族はいないのか?」
「……どうして?」
「淋しそうだから」
 ドキッとした。そんな顔をしてるつもりがまったくなかっただけに。

「いるかどうか、分からない」
 身の上話なんていつもはする気にならないのにな。
「あの空間転移の技ね、生まれつきなんだ。物心ついた時には知らない場所にいた。それからずっと転々として……私、自分のこと何も知らないんだ」
「でも、ユリって名前は? 誰かがつけてくれたんだろ」
「それは……小さい時に着てた服に縫ってあったらしい」
 ごく短い“ユリ”という刺繍。
 一番古い記憶の中で共に過ごした人が「赤ん坊のお前が着ていた」と言っていた。だからおそらく実の親が着せたのだろう。
 転移した先にも私の名前が伝わるように。

「ふーん……じゃあ、ユリの両親のどっちかも同じ能力を持ってたってことだろうな」
「たぶんそう。子供にそれが受け継がれることが分かってたから、わざわざ名前を縫っておいたんだと思う」
 酷い話だ。いずれ必ず離れると知っているなら……最初から子供なんて作らなければいいものを。
 皮肉げに笑う私を見てマッシュは困ったように頭を掻き、その揺れに合わせてぶら下がったままのガウも左右に揺れた。

「俺も、結婚ってやつには消極的な方だよ。子供ができると立場上、厄介事がつきまとうし」
「私のは感情の問題だからマッシュほど大変な事情はないよ」
「そうか? だけどユリの、誰も好きになんかならないって態度は……ちょっと心配になる」
 この人は基本的に世話焼き体質なのだろう。だからガウと遊ぶ姿も親子のように見えるんだ。

「おふくろは俺たちを産んですぐ死んじまった。そのことについていろいろ考えたこともあるけど、今は、産んでもらえてよかったって思ってる」
「それは……そうだよ。マッシュもエドガーも生まれてなかったら会えなかったんだから」
「ユリだって同じだろ? ……お前の両親はきっと、別れの淋しさを知っててもユリに会いたかったんだ」

 世界を移動するなんて簡単だ。ほんのちょっとの想像力があればいい。だから私は物心つく前に異世界へと旅立った。
 同じ世界に何度か足を運ぶこともあったけれど、私の両親と思われるような人物はどこにも見つからなかった。
 彼らは二度と会えないことを知ってたんだ。私の名を縫いつけた服がその証拠。
 顔も知らない両親は自分の経験から私が物心つく前に無意識でどこかへ行ってしまうことを“知っていた”わけだ。
 そのことを正直ずっと恨んでいた。淋しくて淋しくて堪らなかった。

 いずれ必ず別れの時がやって来るなら、出会うことにどんな意味があるのか?
 どうせ離れることになるんだから誰とも結ばれなくていい。浅い関係で済ませておけば傷もすぐに癒える。
 私はこれまで、何かを手に入れることをいつも恐れていた。
 でも……マッシュは違う考えらしい。

 いい加減に降りろとマッシュが体を揺さぶって、はしゃぎながらガウが雪の上に着地する。
 親子でもおかしくない年頃の二人。マッシュは結婚に消極的だと言った。王の弟だから込み入った事情があるのだろう。
 理由は違えど、私もそうだった。結婚なんて……それに伴う他人との繋がりなんて後の淋しさを強くするだけだと拒絶していた。
 まして子供なんてできてしまった日にはその子を私と同じ目に遭わせるかもしれないのだ。世界を転々とする人生を、背負わせるなんて。

 誰かを愛することは、私には未だ怖い。
 けれど私の両親は、今も共にあるのかもしれない。そしてどこかにいる私の安寧を願ってくれているかもしれない。
 淋しさに耐えても私が生まれることを望み、もしかしたら、誰かを愛することを、願ったのかもしれない。
 根気強くガウの相手をするマッシュを見ていて、そんな風に思えた。


🔖


 10/10 ×

back|menu|index