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🔖健気な少女



 ファレルの屋敷を訪ね、必要以上に親しげに接してくるローザ嬢の母上の態度を目にしてからなんとなく抱いていた疑念の正体が先日判明した。
 まず、ハイウインド邸の庭には薔薇園がある。それは別段珍しいことではないのだが、実はカイン殿は幼い頃からの習慣として毎年一輪のバラをローザに贈っていたらしい。
 兵学校に入るまでは赤いバラ、軍に入ってからは白いバラを。そして彼が軍に入ったのと同じ頃、ローザはセシルに出会ったのだった。
 赤い花には切なる愛情を、白い花には片想いの諦念を籠めて贈るのが慣例だ。しかしながらローザ嬢は、その名にバラを冠していながら花に秘められた想いには気づかなかったと見える。
 彼女は……なんというか、花より武術に興味のある少女だったからな。
 カイン殿が未だ独身で婚約者さえいないのはローザに惚れているからだったのだ。
 愛らしい容姿と闊達な性格からローザは老若男女に人気がある。しかしカイン殿の想いは憧れよりも一歩踏み込んだ切実なものだった。家柄の釣り合いはとれているし、セシルが麗しの薔薇を射止めるまで彼は彼女と結婚するつもりでいたのかもしれない。
 行方不明の恋人を追ってローザが家出をしてしまい、御母上は大層お嘆きだった。こんなことなら、やはりカインと結婚させておけばよかった、と。

 王宮とは、くちさがない噂の絶えない場所だ。それでもカイン殿がローザに惚れているなんて話は一度たりとも聞いたことがない。おそらくローザ本人ですら彼の想いを知らないのだろう。
 カイン殿が心を打ち明けるのは年に一度のバラ一輪だけ。ローザはいつも幼馴染みを屋敷に招いて食事で花の礼をしている。
 本当なら白バラに返事は不要だ。美しい花をありがとうと礼をするのは意味を理解していない証だった。
 なんというか、心がとても痛い。セシルとローザの仲睦まじさは誰もが知るところだが、誰よりも近くで彼らと共に在りながら、彼は一体どんな気持ちでいたのだろう。
 そんな状況下でさえ秘密を打ち明けることなく過ごしてきたカイン殿の自制心は鋼でできているようだな。
 というかベイガンが意味ありげにローザの行方を耳打ちしてきたのはそういうことだったのか……。彼はカイン殿の想いに気づいていたんだ。我らが近衛兵長が他人の色恋沙汰なんかに目敏いとは思いもしなかった。
 しかし改めて考えると、恋愛でやらかしてしまった近衛のやつらをてきぱき結婚させまくって片づけたりもしていたな。
 ベイガンは蛇のごとく鋭い嗅覚で人間関係の機微を嗅ぎ分ける。その能力は恋愛感情にも適応されていたというわけか。ほとんど接点もないカイン殿の想いまで察知していたとは。
 ……元部下としては、そんなことに構ってるより自分がさっさと奥さんを見つけろよ、と思ってしまうのだけれども。

 さて、独身者の悲哀はさておきゴルベーザの動向だが、彼はどうもカイン殿の中にいる俺が気になるようだ。俺は竜騎士隊長でありながら赤い翼に乗せられてダムシアン襲撃に加わるはめになってしまった。
 空の旅など久しぶりだ。前に飛空艇に乗ったのは、陛下に付き従ってダムシアンの式典に参加した時だったか。今度はあの城を襲いに行くなんて、人生は何が起こるか予想もつかないものだな。
 ちなみに火のクリスタルをどうやって入手するつもりなのかと聞けば、ゴルベーザは策とも言い難い作戦内容を教えてくれた。
 ありったけの魔法弾とドラゴンのブレスで城壁ごと破壊し、城内の人間を虐殺したのち転移魔法でクリスタルルームに直行してクリスタルを奪って帰るという。……うん。
 次に攻め込む予定のファブールの方が手強い相手なので急ぎたくなる気持ちも分からなくはないが、ヒトの命を奪うのにおざなりにするのもどうかと思う。
 そういえば、バロンを出奔したローザはカイポ砂漠で行き倒れ、運良くキャラバンに発見されてオアシスの町へと運び込まれたそうだ。
 熱病を癒すには砂漠の光が必要とされる。俺が探しに行ってやるべきなのかどうか迷うところだな。カイン殿本人ならば迷わずアントリオンの巣へ突っ込むに違いないが。
 バロンに帰って彼女の母上に助けを求めたならさっさとエスナを唱えてくれるだろうに。そしてローザは家に連れ帰られる。俺がそんな余計なことをしたらカイン殿は怒るだろうか。
 愛のため、がむしゃらに突き進むだろうとは予想していた。しかしローザの愛は俺の予想以上に深く強大だった。ミストの断崖を越えて砂漠を突っ切り、熱病に冒されてもまだ朦朧とした意識の中でセシルの名を呼んでいる。
 伊達や酔狂ではなく、愛する者のためなら本気で命を賭すことができるのだ。ローザの想いを一番近くで見ていたからこそ、カイン殿は自分の気持ちを伝えることができなかったのか。

 轟音をたててダムシアン城が崩れ落ちてゆく。あらかたの住民は死んだだろう。俺はゴルベーザのパートナーである黒竜に乗って、城内へテレポしていった彼の後を追う。
 黒竜はバロンの竜舎にいたのではなくゴルベーザがどこからか連れてきたドラゴンだ。俺にも懐いてくれる非常に愛らしいやつだった。
 親しくなれたのはカイン殿の能力のお陰なのだろうが、彼の意識が眠りについてから他のドラゴンはあまり芳しい反応を示さなくなったので、黒竜だけは俺自身と相性のいい竜だってことだと思う、思いたい。
 ひんやりと滑らかで気持ちのいい竜鱗を一撫でして城壁の内側へと飛び降りる。
 瓦礫の隙間から呻き声が聞こえてきた。やはり多少の生き残りはいるようだ。しかしだだっ広い砂漠の向こうから援軍が来るのは早くとも明日の朝。それまでにほとんどの人間が死ぬだろう。
 ゴルベーザは瀕死の兵士や王族は無視してクリスタルルームを目指していた。
「殺さなくていいのか?」
「クリスタルさえ手に入れば国を滅ぼすなどいつでもできる」
 どうやってかは部下になるまで教えてやらないと兜の下で笑っている。魅力的な秘密を持っていることを自慢する子供のようだ。

 玉座の近くでダムシアン国王が死んでいるのを確認した。天井を突き破った魔法弾の直撃を受けたようで凄惨な有り様だ。
 そのすぐ近く、王族とおぼしき金髪の青年が青褪めた顔でこちらを見ている。茫然自失状態の彼は近づいてくるゴルベーザにも無反応だった。
「兵ではなさそうだな」
「……たぶん、ギルバート王子だと思う」
「目を開けたまま気絶しているのか?」
 王子はそんな嘲笑に憤る気力もないらしい。ゴルベーザの目的はあくまでもクリスタルであり、ダムシアン王族を皆殺しにする必要はない。しかし目が向いたついでとでも言うように左手を振り上げる。
 そこから放たれた魔法が王子を襲う寸前、物陰から走り出てきた少女が身を挺してギルバートを庇った。
「……せっかく爆撃を生き延びたのに、愚かな娘だ」
 人間離れした魔力を有するゴルベーザの魔法は、城壁を砕くほどの破壊力がある。まともに食らった少女は血に濡れながら床に倒れた。それでもギルバート王子を庇うように俺たちを睨み据えている。
 彼女の強さがゴルベーザの興味を引いてしまったようだ。王子を殺したくて仕方ないらしい彼のマントを引っ張って先へ進むよう促した。
「放っておけよ。さっさとクリスタルを持って帰ろう」
「亡国の王子など殺す価値もないか?」
「そうだ。生きていたって何もできまい」
 王子を庇った娘の方は厄介そうだが、あの様子ならじきに死ぬ。まったく、守るべきもののために容易く命を投げ出せるのだから女ってやつは……。
 一人で砂漠に飛び出したローザも、確実に己を殺すであろう魔法の前に身を投げ出したあの少女も。
 向き合うことを恐れて逃げ出し、心折れる男とは違う。女は恐い。そうやって遺された者の心を縛ってしまうんだ。


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