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🔖09



 どうぞ、と言われて振り向くとエドガーが私に向かってティーカップを差し出していた。
「ありがとう。……あったまる」
「もうじき春とはいえナルシェは未だ冷えるからね」
 レディに寒さは禁物だ、と笑う。
 フィガロ育ちのエドガーには暑さより寒さの方が厳しく感じられるんだろう。私はどちらかというと暑さの方が苦手なのだけれど。
 それでも、彼が淹れてくれた紅茶は冷えきっていた体を心地好く温めた。

 モブリズに転移して戻って来てから五日、まだ疲れがとれない。我ながらあれは結構な無茶だった。
 世界を越えるのは想像力で強引になんとでもなるけれど、特定の見知らぬ小さな街や村に飛ぶのは高い精度が求められる。
 現に、何度か失敗してどことも知れない草原に飛んでしまったりもした。たぶんあれはナルシェとフィガロの間にある草原だったと思う。
 ようやくモブリズに着いて、ちょうどティーダたちの無事な姿を見た時には心からホッとした。
 レテ川とバレンの滝をやり過ごしたのだから蛇の道も乗り越えられるだろう。
 もう少し助言してあげたい気持ちもあった。でも、長くナルシェを留守にしていると怪しまれるので急いで帰って来てしまった。

 ちょっと外に出てくる、そう言って人目のつかないところで転移して何食わぬ顔で戻った私を、エドガーは疑っているようだった。
 こうして紅茶を淹れてくれたりするのも、親切心もあるのだろうけれど、私が嘘をついているのに気づいたせいもあるのではないか。
 単刀直入に聞きたいのだが、と言われて思わず顔が強張る。
「ユリはティーダのことが好きなのかい?」
「………………はい?」
 しかし問われたのはあまりにも予想外のことだった。

 なにやら不機嫌そうにエドガーが続ける。
「君が彼を待ち焦がれて外まで様子を見に行ったのは知っているよ」
 心配しているのは確かだけれど、まさかそれが恋慕ゆえのことだと思われているとは。
 いや、私が特にティーダを気にかけているのは事実だ。だってマッシュたちの方は、無事に戻って来るのは“知っている”から。心配なんてしない。
 でもティーダは違う……。

 レテ川でティーダが落ちた時、すぐにマッシュが飛び込んだ。私も彼を追うべきかとても悩んだほどだ。
 結局、かなりの身体能力が求められるマッシュ編に踏み込んでは足手まといになるだけだと諦めて、無事を祈るに留めたけれど。
 私とティーダにはこの世界で必ず生き残るという保証がない。何のイベントもなくうっかり死んでしまいかねない。
 ある意味で私はティーダを特別な存在として見ている。
 女心に聡いからこそエドガーはそれに気づいて誤解したんだ。そう思うとなんだか微笑ましくて笑ってしまった。

「……私はおかしなことを言ったかな? ユリの笑顔が見られたのは嬉しいが」
「いや、まあ、当たらずとも遠からずというか。ティーダが心配なのは事実だよ。私は彼の保護者みたいなものだから。でも、そういう意味の“好き”はない」
 私は恋愛沙汰とは無縁を貫いているし、それよりもっと重要な事実がある。
「ティーダには、大好きな人がいるからね」
「そうなのかい?」
「事情があって離れてるけど、彼女のところに戻る日のために頑張ってる。だからいろいろ多目に見てあげてほしいな」
 しばらく悩んでからエドガーは、君がそう言うのならばと頷いた。

「彼がいいやつだろうというのは分かっているんだが。……どうもこれは同族嫌悪のようだな」
「ティーダはモテるものね。エドガーと同じくらい」
「しかし私も彼も、君やティナには無力らしいな」
「それはごめんなさい」
 でも私はともかくティナは完全にお手上げというわけじゃないと思う。
「ティナはいずれ感情が戻るだろうし、その時に口説けばまだ分からないよ」
「感情があるユリにもフラれているのでね、こう見えて少し自信をなくしているんだよ」
「そうは見えないな」
 どうせもうじきセリスが来たらすぐ復活するんだから。まあ、彼女にも素気なくフラれるのだけれど。

「私が恋愛に及び腰なのは私自身の問題。エドガーに魅力がないわけじゃないよ」
「ありがとう。慰められると余計に落ち込む」
「ふふ、ごめん」
 完全に不貞腐れている様子のエドガーにますます笑みが深くなる。
 人としてなら、彼のことは好ましく思う。でも恋愛はダメだ。たとえ気軽なナンパであっても応えることはできない。
 私は誰にも深い繋がりを求めたくないんだ。恋をして、愛に変貌し、その人と永遠を誓うことが……“家族”になるという未来が、耐えられない。


 昼過ぎからまたリターナーとナルシェの会議が開かれた。
 互いの態度は最初から平行線を辿っている。
 リターナーは「既に攻め込まれた事実があるのだから重い腰を上げる時だ」と言う。
 そしてナルシェ側は「中立国という立場上、攻め込まれでもしない限り積極的に帝国と戦う気はない」と言う。
 どちらの話にもある程度の理はあるように思えた。

 ナルシェの長老が恨みがましくジュンを睨む。
「わしらに血を流せというのか? ナルシェに戦争を持ち込もうと?」
「そうは言っておらん」
「同じことじゃ。わしらは帝国と商いの上で対等の立場を築いてきた。これからもその立場を崩すつもりはない」
 ここでバナンが口を開く。

「ガストラは今も魔導の力を欲しておる。ナルシェに攻め込んだのも氷漬けの幻獣を奪うためじゃ。おぬしらはあれを交渉に使うつもりか?」
「……戦争を避けられるならば、それもよかろう」
「帝国が更なる魔導を得れば、過去の大過を繰り返すことになるぞ」
 途端にナルシェの若者たちがざわめく。長老が制そうとしても止まらなかった。
「魔大戦……あの世界を破壊し尽くしたという伝説の戦いが、また起こるというのですか?」
「既にガストラは魔導を巡って戦争を振り撒いておるではないか」
 話の流れがバナンを有利に傾いて、長老はため息を吐いた。
「人間は過去に学ぶ生き物ではなかったのか……」

 ここで数日過ごし、エドガーやジュンが気を配ってくれたお陰で、ガードたちのティナに対する反感はおさまっていた。
 しかし難攻不落のナルシェが侵入を許した、という屈辱と帝国への敵愾心は今も若者たちの中で燻っている。
 バナンは慎重派の長老ではなく、血気盛んな若者たちから口説き落とすことにしたようだ。

 そこへ扉が勢いよく開き、マッシュたちが戻って来た。大柄な彼の向こう、カイエンとガウ、そしてちゃんとティーダがいることに安堵する。
「兄貴!」
「マッシュ、無事だったか!」
 皆の注目が集まる中、マッシュが新顔の同行者を紹介する。
「ドマ王国の戦士カイエンと、獣ヶ原で会ったガウだ」
 一礼し、カイエンは長老とバナンを交互に見て語る。
「我が国は、帝国の人造魔導士ケフカによって……堀に毒を流され、皆殺しに」
「なんと、惨いことを……!」
「長老。もはやガストラの自制なぞ信用ならんぞ」

 ナルシェにはたった三人が魔導アーマーで侵入しただけだ。だから、彼らには切迫した危機感というものが足りなかった。
 そこへカイエンの報告が焦りをもたらした。長老は頻りに首を振り、迷い始めているのが見てとれる。
「だが……それはドマ王国がリターナーに与していたからではないか。中立を決め込んでいれば帝国とて無茶なことは……」
 言葉を断ち切るように、開け放たれたままの扉からロックたちが入って来る。
「それは期待できないぜ」

 意外にも、彼の姿を見て真っ先に喜びの感情を表したのはティナだった。
「ロック!」
 尤もそれは雛鳥が親の帰還を歓迎するような表情ではあった。やはり最初に彼女を救ったのがロックだから、彼に懐いているんだろう。
 感情に乏しいティナが嬉しそうにしている、そのことが私にとっても嬉しい。
 レテ川からここまであまりそんな素振りは見せなかったけれど、表情が追いつかなかっただけで彼女なりにロックを心配していたんだ。

 ティナに応じるように頷き、ロックは長老に向き直った。
「帝国はもうナルシェに向かっている。彼女……セリスが情報をくれたんだ。元帝国の、」
「やはりそうか! どこぞで見た顔だと思えば!」
 カイエンの豹変にティーダとガウがギョッとしている。
「マランダ国を滅ぼした悪名高きセリス・シェール、この帝国の狗め! 拙者が成敗してくれよう!」
「お、おいカイエン、ちょっと待てよ」
「ティーダ殿! 邪魔立ては無用でござる!」

 セリスは毅然として立っていた。抵抗する素振りも見せない彼女の前にロックが立ち塞がる。
「“元”帝国の将軍だ。セリスは俺たちに、リターナーに協力する事を約束してくれた」
「信用できぬ!」
「俺はこいつを守ると約束した。一度守るといった女を見捨てたりはしない!」
 一触即発の空気を破り、ティナが前に進み出る。
「私も帝国の兵士でした」
「何!?」

 引き留めようとカイエンの腕を掴んでいたティーダが、ティナを庇うようにカイエンの前に立つ。
「なあ、悪いのはケフカと、その上にいるガストラってやつだろ!」
「その通り。帝国は悪だ。だが、そこにいた者すべてが悪ではない。我がフィガロとて帝国と同盟を結んでいた。しかし私は今、リターナーの一員としてここにいる」
 エドガーの言葉でようやくカイエンの剣先が床を向く。そしてマッシュがそれを鞘に収めさせた。
「カイエン、頼む。兄貴に免じてここは抑えてくれ」

 重い空気だった。けれどカイエンの帝国に対する憎悪が、リターナーにとって都合のいい流れを作り出していた。
 ナルシェの若者たちの間に闘争心が燃え上がる。
 そこへ薪でもくべるように伝令が飛び込んだ。
「長老! 帝国の軍勢がこちらに向かっています!」
「何……!」
 ロックの後ろにいたセリスが初めて口を開く。
「帝国の目的は氷漬けの幻獣。ただちに住民を避難させねば、ドマの悲劇を繰り返すことになる。敵の総大将、ケフカには慈悲など欠片もない」
 もはやナルシェに選択肢はなかった。
「……やむを得ん。皆、街の者たちを避難させよ。幻獣は崖の上に移す。その手前に防衛線を張るのじゃ」

 ナルシェが山の中腹にあり、堅牢な門を備えていてよかった。帝国軍が到着するまでに少しの猶予はある。
 すぐさま住民の避難と幻獣の移動が行われる。
 雪原に防壁が築かれ、私たちリターナーの面々とナルシェのガードが各所に配置された。
 私はティーダと同じグループに振り分けられた。
 隣に立ったティーダが寒いとぼやく。急ぎ足でここまで来たのでマッシュたちは防寒具を用意できずにいた。
 といって、マッシュとガウはまったく平気そうにしているけれど。
 カイエンの顔が青褪めているのは寒さのせいではないだろう。

「あのさ。セリスって、美人だな」
 あまりに緊張感のないことをいきなり言われて槍を取り落としそうになった。
「そういう言動がエドガーの反発を招くんだけどね」
「何だよ。だって事実だろ? それに、エドガーだって同じこと思ってるんじゃない?」
「まあ……」
 今頃は彼女相手に「その台詞、しびれるね」なんて言ってるだろうし、ティーダの言うことは正しい。
 しかしそれよりも、今から戦いが始まるんだ。もう少し緊張感を持ってほしいと切に思う。


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