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🔖T-07
ここまでは兵士の目を掻い潜って順調に進んでたけど、そうもいかない事態が起きた。
レオ将軍に連絡が来て、ここの指揮権がよりにもよってケフカに移ったんだ。
そして俺たちは、陣地のド真ん中でケフカの企みを耳にした。
「おい、毒は用意できたか?」
「は。しかし毒はレオ将軍に禁じられて……」
「やつはもういない。俺がここで一番えらいんだ! よこせ!」
「お待ちください、城内には我が軍の捕虜もおります。もし彼らが水を飲んだら」
「知るか! 敵に捕まるようなマヌケは必要ない!」
胸の辺りがムカムカしてきた。
こっそり静かに陣地を通り抜ける、なんてもう頭にはなかった。
俺が走り出すより早く、隣にいたマッシュがケフカに飛びかかっていた。
「やめろ!」
「何だぁ? うるさいやつらめ。痛い目に遭わせてやる!」
マッシュの攻撃を変な動きで避けたケフカに俺が斬りかかる。ガチン、と硬い音がした。
「いったあーい!!」
プロテスでもかかってんのか? この世界に魔法はなかったんじゃないのかよ!
さっきは威勢よかったくせに、ケフカはすぐに逃げ出した。
「待ちやがれ!」
「待てと言われて待つ者がいますか!」
くそっ、なんかマトモなこと言ってんのがムカつく。
見るからに鈍足そうなのに、ケフカはいきなり姿を消して別の場所に現れたりして逃げ回る。
マッシュが目線で合図を送ってきた。フォーメーションチェンジだ。
「おらおら! こっちッスよ!」
俺が行く手を塞いで、反対側に逃げようとしたケフカの前にマッシュが現れる。
「ぐぬぬぬ、挟み撃ちとはヒキョウですよ!」
「貴様なんぞに言われたくはない!」
あんなに怒ってるマッシュの姿はなんだか意外だった。
俺は逃がさないように注意しながらケフカを牽制して、マッシュが攻撃する。
でもやっぱり何かの魔法が守ってんのか、イマイチ効いてない。
そうこうしてる内に兵士がたくさん集まってきた。
「おい! あとはお前らが何とかしろ!」
そう言った直後にケフカの足元で爆発が起きる。煙幕であいつを見失ってしまった。
「くっ……ティーダ、逃げるぞ」
「りょーかいっ!」
囲まれたらヤバイ。幸いっていうか、ケフカの命令だったせいか集まった兵士たちはあんまり熱心じゃなかった。
騒ぎの渦中から抜け出してきた俺とマッシュにシャドウの嫌味が飛んでくる。
「隠密行動が無意味になったな」
「……悪い。勝手に体が動いちまった」
マッシュの顔色が悪かった。
無謀なことしたのは俺も同じだけど、温厚なマッシュがここまでキレてるのは変な感じがする。
俺の視線に気づいてマッシュは笑った。こんな悲しそうな笑顔ってあるのかって表情だった。
「先代のフィガロ王……俺の親父は、帝国のやつに毒殺されたんだ」
「え……」
「帝国のやつら、絶対に許さねえ」
だから毒って聞いて居ても立ってもいられなくなったんだな。
なんか、マッシュはそういう不穏なことと無縁な気がしてた。いつも朗らかで、誰に対しても優しいやつだから。
ジョゼの海岸で、機械の兵器に八つ当たりしてたワッカのことを思い出した。
弟が機械を使ってシンに殺された、だから同じ機械を使うアルベドを憎む。
俺、あの時はワッカの気持ちが全然分からなかった。弟が死んで辛いのは当然だろうけど、アルベドに当たるのはどうなんだ? って。
母さんは死んじゃってたけど、べつに誰かに殺されたわけじゃなかったし、憎む相手なんか俺にはいなかったから。
……今ならもう少し、分かってやれる気がする。
故郷が……ザナルカンドがまるごと消えちゃって……それを選んだのは俺だけど。
やるせなくって、怒りのやり場がなくて、辛い気持ちが押し寄せてくる。
ワッカもきっと、“誰か”を憎むことができなかったからアルベド族みんなまとめて嫌いになったんだ。マッシュが帝国を憎むみたいに。
でもワッカはリュックと仲直りしてくれたし、マッシュだって、帝国を許さないって言いつつティナが元帝国の兵士でも気にしない。
俺も見習わなきゃな。夢のザナルカンドを創り出した千年前の“誰か”や……自分自身を憎んだりせずに、なくしてしまったもののこと、受け入れないと。
意外なことに、俺たちとケフカの戦いはあんまり騒ぎになってなかった。
兵士の数は陣地に侵入した時よりも減ってるみたいだ。高地に登って視察してたシャドウが戻って来て言った。
「レオと共に大半の兵を撤収させたようだ。毒の使用もガストラの想定内だな。もう兵は要らんと判断したわけだ」
「くそっ!」
マッシュが悔しそうに地面を殴る。……ドマのやつら、全滅しちゃった、ってことか?
あいつ、あのまま尻尾巻いて逃げればよかったのに。毒なんか……卑怯な真似しやがって。
シャドウの言葉を裏づけるみたいに陣地は静かだった。そこに突然、叫び声が響く。
「拙者はドマの侍カイエン・ガラモンド! 帝国の狗ども、かかってくるがいい!」
生き残りがいたんだ。
まだ撤収してなかった帝国兵が続々と集まってくる。マッシュの目がキラッと光ってシャドウを見つめた。
「魔導アーマーを確保しといてくれ」
「……やむを得ん、乗りかかった船だ」
「恩に着るぜ!」
どういうことか聞く前に走り出していたマッシュを慌てて追いかける。エースより先に行くなっつーの!
カイエンってオッサンの後ろから斬りかかろうとしてた帝国兵をマッシュがブッ飛ばした。
「俺たちにも手伝わせてくれ」
「一人でカッコつけんなよ!」
「かたじけない!」
……ん? かたじけないって、どういう意味だ?
ドマ城への突撃がなくなってずいぶん減ったと思った帝国兵だけど、こうして囲まれてると無限に湧いてくるみたいに感じる。
突破口を作って、ひとまずそこから包囲を抜けた。テントの陰で一息つく。
「お二人とも、助かり申した」
「礼には及ばん。俺はフィガロのマッシュだ」
「俺は……っと、ティーダ、ッス」
ザナルカンドのって言えないのが困ったところだよなあ。もし「どこ出身?」とか聞かれたらどうしたらいいんだ?
敵がいなくなった辺りを見回して、マッシュが言う。
「ここはひとまず逃げよう」
「しかし拙者は皆の仇を討たねば……」
「そうは言ってもこのままじゃ多勢に無勢だ。また囲まれたら、」
マッシュが言い終わる前に帝国兵の声が聞こえてきた。
「こっちに居たぞ!」
「そら、おいでなすった。仲間が脱出の準備をしてるはずだ。ついて来い!」
さっきシャドウに魔導アーマーを確保しといて、つってたのはそれか。
マッシュに促されて進むと、涼やかな指笛の音が聞こえて思わず心臓が高鳴った。
それを鳴らしたのは当然、ユウナじゃない。……でも、なんでだろう。スピラであいつが俺を呼んでる気がした。
指笛の主はシャドウだった。
あちこち帝国兵が騒がしいのにマッシュはどこで音が鳴ったか、ちゃんと分かったみたいだ。
進んだ先にはフィガロ城で見た変な乗り物が四体並んでた。そのうち一つにシャドウが乗ってる。
「三機用意しておいたぞ」
「助かったよ、シャドウ」
「この鎧のような化け物は一体……?」
「いいから早く乗った乗った!」
困惑するカイエンをマッシュが強引に押し上げる。
ワッカが見たら何か言いそうな機械だなあ、って思いながら俺も乗り込んだ。
見た目はごちゃごちゃしてるけど、意外と操作は簡単そうだな。
ただカイエンは操縦席でパニック状態だった。
「ど、どうやれば動くでござるか!?」
「まったくもう、世話が焼けるでござるな……」
「マッシュ、ござるが伝染ってるッス」
「ううっ! しまった」
こいつかなっと手元のレバーを倒したら魔導アーマーが動き出す。
「カイエン、レバーを倒すッスよ!」
言われた通りに思いきりレバーを倒したカイエンは、追っかけてきた帝国兵を吹っ飛ばしながら走り出した。
「あわわわわ、止まらんでござるぞー!」
戦うまでもなく道が拓けてた。ちょうど南に向かっててラッキーだな、カイエン。
「よし。カイエンのあとに続いて脱出するぞ」
「うっす」
魔導アーマーに轢かれた敵が蹲って呻いてるのを尻目に俺たちも帝国の陣地を立ち去る。
全力疾走してたカイエンがなんとかブレーキのかけ方を理解した頃には、もう陣地は豆粒みたいになってた。
「ここまで来れば安全だろう」
ふらふらしながら魔導アーマーを降りたカイエンが、俺たちに向き直る。
「改めて、助太刀に感謝いたす」
「いいってことよ。俺たちはリターナーのメンバーで、ナルシェに向かってるところなんだ。カイエン、よかったら一緒に行かないか?」
「……うむ。もとよりドマはリターナーと同盟を結んでおった。拙者も共に行こう」
ってわけで、これで“御一行”は四人に増えた。シャドウを数に入れていいのかは分かんないけどな。
南の森を抜ければ無事な港もあるだろう、ってシャドウの言葉に従ってひたすら南下する。
みんな体力があるからか、ユリとエドガーを連れてた時より足取りはスムーズだ。
一時間もかからずに森の中に入った。ただこの森がマカラーニャ並みに複雑で、どっちが南なのかすぐに分からなくなってしまった。
「まずいな。こんなところで迷ってる時間はないぜ」
マッシュが呟いた直後、シャドウが連れてる犬が警告するみたいに一声鳴いた。
続いて警笛みたいな音が聞こえてくる。
そっちの方へ進んでみると、鉄道の駅があった。ちょうど列車が停まってる。
「未だに戦火にまき込まれていないドマ鉄道が残っていたとは……」
「ドマから逃げてきたやつがいるかもしれない。中を調べてみよう」
軽い足取りでホームに登り、列車の後部を調べていたマッシュが扉を開けた。
「おっ! ここから中に入れそうだ」
「マッシュ殿!」
「心配するなって。ちょっと調べたらすぐ降りるから」
さっさと中に入ってったマッシュと、それを慌てて追いかけるカイエン。
「俺たちも行くか」
「……」
しゃべる時はしゃべるんだけど、やっぱ愛想悪いよなあシャドウって。
列車の中に入ると風がなくなってちょっと暖かかった。これが南に行くならこのまま乗ってるのもありかも? なんて。
カイエンだけがものすごく焦ってる。
「出るでござる、これは魔列車ですぞ!」
それを合図に扉が閉まって、ガタンと車体が揺れる。
「あ、出発しちゃった」
念のためマッシュが扉に手をかけて引っ張るけど、当然もう開かない。
「遅かったか……」
「魔列車って何ッスか?」
「死んだ人間の魂を霊界へ送り届ける列車でござる」
「えっ! なんだよそれ」
つまり……これに乗ってると異界送りされちゃうってことかよ。
今になって深刻な事態に気づいたマッシュが窓の方を見る。
「このままだと俺たちも霊界に案内されちまうってことか?」
「そういうことになるでござる」
「まずいじゃん」
今度は三人がかりで扉を引っ張ってみるけど、びくともしなかった。
っていうか、窓の外を飛んでくみたいに過ぎ去る景色を見る限り、扉が開いても降りられそうにない。
「列車を止めないと、だな」
「機関室に向かうぞ」
「シャドウ、落ち着いてんなあ」
「……」
相変わらず愛想は悪いんだけどさ。
魔列車の中は、ホントに異界みたいだった。
半透明の虚ろな顔したやつらが、自分が死んだってことにも気づかずにうろうろしてる。
話しかけても無反応だ。
俺も……あの時、あのまま異界に行ってたらこんな感じだったのかな。
そんでグアドサラムの異界でユウナたちに呼び出されて、穏やかな笑顔でボーッと突っ立って。
そういうこと考えると堪らない気持ちになった。……こんな列車、早く降りたい。
しばらく進んだところでマッシュが壁についてるレバーに気づいた。
「なんだ、これ? 引っ張ってみようか」
「やたらと弄り回さない方がよいでござる」
カイエンが止めるのも聞かずにマッシュは素早くレバーを下ろした。
「もう引っ張っちゃったもんね〜」
「あわわわ!?」
な〜に遊んでるんだか。
レバーは窓を開けるためのものだったみたいだ。カイエンは慌ててレバーを元に戻している。
「カイエン、もしかして怖いのか?」
「な、なにを言うか! べつに拙者は機械が苦手なもんで、なるたけ関わりたくない、などと考えているわけではござらぬ。いや、本当に」
「……お前、機械が苦手だったのか」
「うっ! な、なぜ分かったのでござるか!」
「自分で言ってんじゃん」
「なんと!?」
憤慨したカイエンは、シャドウと一緒にさっさと前の車両に向かった。
マッシュはレバーを見つめてなんとも言えない顔をしてる。さっきまではしゃいでたのに。
「なあ、暗くなんないようにわざとふざけてるのか?」
「ん? そんなつもりはなかったんだが。そういう発想になるってことは、ティーダはそうしようと思ってるんだな」
「べつに、俺は……」
暗い雰囲気は苦手だけど。そこまで深く考えてないって。
ただ、マッシュがいてよかったなとは思う。
よく考えたらコルツ山で最初に会った時からそうだったよな。
あとでユリに聞かされたけど、あの時マッシュは自分の師匠を殺した兄弟子と対決してたんだ。
でもそんな雰囲気なんか全然なくて、俺たちには明るい笑顔しか見せなかった。
「悲しみに浸ってたら死んだやつに顔向けできないからな。ちゃんと生きようって、17でうちを飛び出した時に決めたんだ」
17ん時に、か……。
「マッシュはすごいな。俺なんか、一人で放り出されたら何もできないよ」
リュックやワッカ、この世界ではユリに助けてもらって、今はマッシュの世話になってるし。誰かの助けがあってやっとなんとかなってるんだ。
夢のザナルカンドからスピラに飛ばされて、ずっと一人だったら……どうなってたかな。
急にガシッと頭を掴まれて、そのまま乱暴に撫で回される。
「ユリに『ティーダをよろしく』って言われてたけど、俺が手出ししなくてもお前はしっかりやってると思うぜ」
「ありがたいお言葉ッス。ってかユリそんなこと言ってたのか」
恥ずかしいからやめろよな、もう。
機関室に着くと、シャドウが列車の止め方が書いてある本を探し出してくれた。
第一、第三圧力弁を止める。それから煙突の横にある停止スイッチだ。
「俺、行ってくるよ」
足元が不安定で風も強くて歩きにくいけど、飛空艇からロープを滑ってベベルに突っ込んだ時のことを思えば、これくらい平気だ。
停止スイッチを押すと、列車が警笛を鳴らした。
何もないように見えた進行方向に突然、駅が現れる。魔列車はそこに滑り込むようにして停止した。
「着いたようでござる」
「やーれやれ。やっと降りられる」
「マッシュ、結構楽しんでなかったか?」
「まあな。しかしお楽しみは終わりだ。さっさとおさらばしようぜ」
プラットホームに降り立つと、半透明の“乗客”がぽつりぽつりと現れた。
帝国兵とか……たぶん、ドマの人たちだと思う。
死者を運ぶ列車。さっきの帝国とドマの戦いで死んだ人たちを連れて行くつもりなんだ。
「あれは……!?」
いきなりカイエンが走り出した。列車に乗った親子連れが振り返る。きれいな女の人と、彼女によく似た子供。
「まさか、カイエンの……」
また警笛がプラットホームに鳴り響いた。
「列車が出ちゃうぞ!」
親子連れはカイエンに向かって何か言ったみたいだった。
「待ってくれ……っ!」
悲痛な叫びを残して魔列車は出発した。
そうだった。あの人たちは殺されたんだ。
ケフカが流した毒で……死んでしまったんだ。
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